01_USS_Ranger_(CV-4)
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 航空母艦レンジャーは米海軍初の空母として建造された空母である。性能は日本空母蒼龍、飛龍に匹敵する。格納庫は半開放型で急降下爆撃機に対する機銃も装備している。第二次世界大戦では防御力の弱さから太平洋戦域には派遣されず大西洋戦域で活躍した。終戦後スクラップとして処分されている。

 

航空母艦 レンジャー

 

 

性能

 基準排水量 14,576トン
 全長 234.4m
 全幅 33.4m
 飛行甲板 216.1m×26.2m
 エレベーター 3基
 機関出力 53,500馬力
 最大速力 29.25ノット
 航続距離 10,000海里 / 15ノット
 乗員 2,148名
 武装 5インチ(12.7cm)砲連装8基
    12.7mm機銃40基
 搭載機 76機(最大86機)
 竣工 1934年6月4日
 同型艦 1隻

 

概要

 ワシントン海軍軍縮条約で米海軍に認められた航空母艦の保有枠は135,000トンであった。米海軍はこの枠内でレキシントン級航空母艦(33,000トン)を2隻建造した。これにより66,000トン使用したため、残りの枠は69,000トンとなった。残りのトン数でどのような空母を建造するかについて米海軍内では大型空母を建造するという意見と小型空母を多数運用するべきという意見に分かれた。

 結局、小型空母(といっても10,000トン以上であるが)を多数建造して多くの海域に空母を配置するという意見が主流となり排水量13,800トンの空母レンジャーが建造されることとなった。この空母が米海軍で初めて空母として建造された空母である。しかしレンジャー建造が決まったのは1927年であったが、この後も艦隊側と航空側で空母への要求を巡って意見が対立したため起工は1931年9月になってしまった。

 

空母レンジャー

 レンジャーは1931年9月26日に起工、1933年2月25日に進水、1934年6月4日に竣工した。艦形は艦首のみ乾舷が高い短船首楼型船体で飛行甲板は平甲板であった。当初、艦橋は飛行甲板での作業の邪魔になるとして飛行甲板下に設けられていたが、レキシントン級の運用実績により飛行甲板上に艦橋が設置されていても運用上支障はなく、むしろ利点が大きいためにアイランド型とすることになった。因みにこの設計変更によって竣工がさらに遅れることとなった。

 完成した空母レンジャーは、当初の予定排水量13,800トンを上回り、14,576トンと約2,000トン大型化した。全長234.4m、全幅33.37m、主機関の出力は最大53,500馬力で蒸気タービンを採用、最高速力は29.25ノット、飛行甲板は216.1m×26.2mと速力では劣るもののほぼ日本海軍の中型空母蒼龍飛龍に匹敵する能力であった。兵装は5インチ単装高角砲8門に急降下爆撃機迎撃用の12.7mm機銃40挺を装備していた。

 格納庫は、半開放型を採用、これにより航空機を多数搭載でき、格納庫内で暖機運転が出来ることや爆撃された際のダメージコントロールには優れていた。半開放型であるため悪天候時には金属製のドアを閉じることで航空機を保護することが可能である。さらに米艦艇で初めて急降下爆撃機を迎撃するための機銃が設置された。これらの航空艤装は先進的であり、以後、多くが米空母に採用された。

 航空艤装は優れていたものの最高速度は29.25ノットと航空母艦としては低速であり、攻撃に対する船体の防御力は事実上皆無であった。

 

戦歴

 竣工後のレンジャーは各種演習や実験に参加したが、1939年に第二次世界大戦が始まるとパトロールのためバミューダ海域に進出している。1940年には米空母で初めてF4Fワイルドキャットを装備、1941年にはいち早くレーダーが装備された。

 1941年12月8日、米国も第二次世界大戦に参戦することになるが、前述のようにレンジャーは低速で艦の防御力が非常に弱いため激烈な太平洋戦域での活動は問題があるとされ、大西洋海域で活動、米陸軍のP-40ウォーホーク戦闘機の輸送などに従事した。

 1942年10月には護衛空母と共に任務部隊を編成、1942年11月にはモロッコへの上陸支援を行った。その後12月にはノーフォークの海軍工廠に入渠、1943年2月7日までオーバーホールを行っている。その後、再びP-40の輸送任務に就いたのち、8月には英海軍本国艦隊の指揮下に編入、通商破壊作戦を行っている。

 12月3日には米本土に帰還、1944年1月より訓練やP-38ライトニング戦闘機の輸送任務に活躍した。5月16日、レンジャーはノーフォークの海軍工廠に入渠、新型レーダーやカタパルトの設置等の能力改善工事を行った。一時は太平洋方面で作戦空母として運用することも検討されたがやはり速力と防御力の不足を理由として中止、以降は練習空母として運用され終戦を迎えた。

 

退役

 1946年10月18日退役、1947年1月28日にスクラップとして民間企業に売却された。レンジャーは戦前の米国空母の中で唯一日本軍と交戦しなかった空母であると同時に米軍が戦前に保有していた8隻の空母(ラングレー、レキシントン、サラトガ、レンジャー、ヨークタウンエンタープライズホーネットワスプ)の内、終戦まで生き残った3隻(レンジャー、サラトガ、エンタープライズ)の1隻である。

 

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