
(画像はwikipediaより転載)
要約
ノースカロライナ級は排水量35,000トン、全長222m、最大速度28ノット、45口径40.6センチ砲3連装3基を装備する。アメリカがロンドン海軍軍縮条約が無効になった後、最初に建造した戦艦である。主砲は35.6センチ砲搭載予定であったが40.6センチ砲に変更されている。前級に比べて速力が大幅に増加、太平洋戦争では新鋭戦艦として参加、ソロモン海戦では戦艦同士の砲撃戦を行い戦艦霧島を撃沈する戦果を挙げた名艦である。
戦艦ノースカロライナ級
性能
通常排水量 35,000トン
最大排水量 44,638トン
全長 222.3m
全幅 33m
吃水 10m
機関出力 121,000馬力
最大速力 28ノット
航続距離 15,000海里/15ノット
乗員 1,880名
武装 45口径40.6cm砲3連装3基
12.7cm両用砲2連装10基
28mm機関砲4連装4基
装甲 舷側30.5cm
甲板14cm
主砲30.5cm
同型艦 2隻
特徴
ロンドン海軍軍縮条約の無効により最初にアメリカで建造されたのがこのノースカロライナ級戦艦である。全長は前級よりも32mも長くなり、米戦艦独特の籠マストが廃止されている。主砲は当初は35.6cm(14インチ)4連装砲の搭載を予定していたが、より強力なマーク��45口径40.6cm(16インチ)3連装砲に変更され、砲塔の配置も従来の前後均等ではなく前部に2基、後部に1基の配置となった。
これはロンドン海軍軍縮条約に定められたエスカレーター条項によるもので、仮に1937年4月1日までに第二次ロンドン海軍軍縮条約に調印しない国があれば、諸々の制限を緩和するというもので、戦艦に関しては排水量45,000トン以下、主砲16インチ(40.6cm)以下に緩和される規定であった。次級のサウスダコタ級戦艦でも本級と同じマーク�困鯏觝椶靴討い襪�、こちらは当初からマーク�困鯏觝椶垢詬縦蠅農澤廚気譴討い襦�戦争後期には対空防御用として40mm4連装砲が15基追加された。
本級の特徴としては主機に蒸気タービンを採用したことで前級であるコロラド級の28,900馬力を大幅に上回る121,000馬力を出すことが可能となった。これにより速力が前級の21ノットから28ノットへと大幅に向上している。本級の問題点としては主砲が変更になったため装甲が35.6cm砲用のものであり、ある程度の余裕を持たせた設計ではあったものの、40.6cm砲に対しての防御力は十分とは言えなかった。
建造
1番艦ノースカロライナは1937年8月に発注され、1937年10月に起工、1940年6月に進水、1941年4月に就役している。2番艦ワシントンは1937年8月に1番艦と共に発注され、1938年6月に起工、1940年6月に進水、1941年5月15日に就役している。
戦艦ノースカロライナ級の活躍
1番艦ノースカロライナ

(画像はwikipediaより転載)
1番艦ノースカロライナは1937年10月に起工され、1941年4月に就役したが、試運転の際、推進器の振動による不具合が発生、実戦投入可能な状態になるまでに数年を要した。1942年3月、姉妹艦ワシントンと共に大西洋に配備され、イギリス艦隊の支援及び、対ソ物資輸送船団の護衛に当たった。6月にはパナマ運河を通過し太平洋に転戦、8月にガダルカナル島上陸支援、第二次ソロモン海戦に参加する。
1942年9月には日本海軍の潜水艦伊号19潜の発射した魚雷が命中爆発するが、被弾後も24ノットでの航行が可能であり、米軍のダメージコントロールの巧みさと本級の堅牢さが証明された。その後自力で真珠湾に寄港修理を受けた。11月には戦列に復帰、空母の直衛を行う。
1943年3月、真珠湾に寄港、新型の射撃管制装置及びレーダーが装備された。以後、ギルバート諸島、マーシャル諸島、クェゼリン環礁、サイパン島攻撃等に参加。1944年6月にはマリアナ沖海戦に参加する。その後、フィリピン、硫黄島、沖縄攻撃に参加の後、終戦を迎える。
戦後は兵員の輸送任務に従事した。1945年10月には米本土に帰還し、オーバーホールを受ける。その後は練習艦として活躍するが、1947年6月退役、予備役に編入される。1961年6月除籍。1962年より記念館として保存された。1986年にはアメリカ合衆国国定歴史建造物に指定された。
2番艦ワシントン

(画像はwikipediaより転載)
2番艦ワシントンは、1938年6月に起工、1941年5月に就役した。本艦も1番艦ノースカロライナと同様、振動問題に悩まされ、スクリューの修理、交換、乗組員の訓練を行っているうちに太平洋戦争開戦を迎えた。開戦後は1番艦ノースカロライナと共に第6戦艦戦隊を編成し、1942年3月には大西洋に向かった。
大西洋ではイギリス艦隊の支援及び、対ソ物資輸送船団の護衛に当たった。7月にはワシントンは米本土に帰還、オーバーホールを受ける。1942年8月ワシントンは太平洋に転戦、12月には第三次ソロモン海戦では日本艦隊に単艦で突入、戦艦霧島を撃沈した。
その後、タラワ、クェゼリン環礁、メジュロ珊瑚礁、サイパン島攻撃に参加、1944年6月にはマリアナ沖海戦に参加、日本艦隊を追撃するも戦闘をする機会はなかった。1944年9月にはパラオ攻撃、フィリピン攻撃に参加した後、レイテ沖海戦に参加する。1945年2月には硫黄島攻略に参加、4月には沖縄への艦砲射撃を行う。1945年6月には米本土に帰還する。1947年6月に予備役に編入、1960年6月除籍、1961年5月に解隊処分された。
ノースカロライナ級と日本戦艦
前述のようにノースカロライナ級が竣工したのは1941年でこの時期に竣工した日本戦艦は大和型のみである。この大和型と性能を比較すれば当然に大和型に軍配が上がるが排水量が違い過ぎるために比較対象とするのは妥当ではない。長門型と同クラスであるが長門型は建造時期からするとコロラド級に近い。そうすると本級と比較できる日本戦艦はないと言って良い。
日本はノースカロライナ級以上のクラスの戦艦といえば長門型、大和型の合計4隻のみであるが、米国ではノースカロライナ級2隻、サウスダコタ級4隻、アイオワ級4隻の合計10隻がある。さらに長門型と同時期に建造された40.6センチ砲装備のコロラド級3隻も含めると米国13隻に対して日本4隻となる。
単艦の性能でいえば大和型等は米国の13隻に対して優れているものの戦いは数。13対4の差を覆すことはできない。そしてこの物量の差は運用の違いにもなっていく。圧倒的な物量を持つ米軍は新型戦艦を惜しみなく実戦投入していくのに対して物量を持たない日本軍は戦艦を出し惜しみする。これは米戦艦が竣工後すぐに最前線に投入されたのに対して大和型、長門型が初めて実戦に投入されたのがマリアナ沖海戦であることからも明らかである。
第二次世界大戦というのは総力戦であり国力が全てを決定する戦争であったと言って良い。経済力というのは物量を生み出すと同時に積極的な運用にもつながる。こういう面からも国力の違いというのは決定的なのだ。
まとめ
戦艦ノースカロライナ級は、太平洋戦争初期から中期の日米の戦力が比較的拮抗している時期に投入された新鋭戦艦であった。そのため日本艦隊の攻撃による被弾も多かったが2隻とも無事に終戦を迎えた。2番艦ワシントンは解体されてしまったが、1番艦ノースカロライナは現在記念館として保存されている。
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コメント
コメント一覧 (2)
ヤツは、私(女性扱い)がダメージ担当だったから安全に攻撃できただけ。
ノースカロライナ級もサウスダコタ級も大戦末期には、
対空火器マシマシ状態だから速度が25ノットがやっとまで落ちた上に、
乗員の寝床も満足に無い状態。
そのせいか、アメリカでこのニ級に愛着ある話しは聞かない。
(アイオワ級とは大違い)
とりねこ
が
しました