01_USS_Independence_(CV-22)
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 インディペンデンス級軽空母は米海軍の空母不足を解消する目的で建造された空母であった。軽巡洋艦を空母に改装したもので同型艦は9隻である。排水量11,000トンで艦載機は30機と少ないが最高速度は32ノット、カタパルトを装備しているため艦隊型空母として運用された。1943年に竣工して以来、1960年代まで運用された。

 

インディペンデンス級航空母艦

 

 

性能

 基準排水量 11,000トン
 全長 189.7m
 全幅 33.3m
 飛行甲板 168.25m×22.25m
 エレベーター 2基
 機関出力 100,000馬力
 最大速力 31.6ノット
 航続距離 13,000海里 / 15ノット
 乗員 1,569名
 武装 40mm4機銃26基
    20mm機銃22基
 搭載機 33〜45機
 同型艦 9隻

 

開発経緯

 1941年にヨークタウン級航空母艦ホーネットが竣工したが、以降1944年まで新造空母が建造されないことを知った米大統領ルーズベルトは1941年8月に巡洋艦の空母転用を提案した。そもそも艦隊型軽空母の整備にあまり興味がなかった米海軍は巡洋艦サイズの軽空母には飛行甲板の広さや搭載機数に限界があることを理由に難色を示した。

 しかし1941年12月に日本海軍による真珠湾攻撃が行われたことで事態は一変する。当時の米海軍の航空母艦はCV-2レキシントン、CV-3サラトガ、CV-4レンジャー、CV-5ヨークタウン、CV-6エンタープライズ、CV-7ワスプ、CV-8ホーネットの7隻のみであった。

 幸い、真珠湾攻撃時にはどの空母も真珠湾に在泊していなかったため被害には遭わなかったものの空母レンジャー、ワスプは装甲が無いに等しい空母であり強力な正規空母6隻を擁する日本海軍との決戦が予想される太平洋戦域に派遣することは困難であった。

 レキシントン級とヨークタウン級は十分に対抗できるものの、空母ホーネットは真珠湾攻撃の約2ヶ月前に竣工したばかりでとてもすぐに実戦に投入することはできなかった。最強の空母エセックス級の大量建造は開始されていたものの戦線に出るのは数年後であった。

 このため米海軍は多くの航空母艦を配備する必要性が生じたため1942年1月にはクリーブランド級軽巡洋艦を空母に改装するように命じた。この改装が比較的順調に行きそうだという手ごたえを得た米海軍は、続けて2月には2隻、3月に3隻、6月に3隻の改装を指示した。

 

インディペンデンス級航空母艦

 インディペンデンス級航空母艦は排水量11,000トン、全長189.7m、全幅33.3mで飛行甲板は168.25m×22.25mと日本海軍の瑞鳳型千歳型空母の180m×23mと比べると若干小さいが、大鷹型の162m×23.7mよりは少し大きい程度である。このため搭載機数は通常30機程度、最大でも45機が限界であった。エレベーターは2基で閉鎖型格納庫を有している。

 艦橋は飛行甲板右絃に張り出した形で設置されており、艦橋後方には航空機を積載するためのクレーンが設置されていた。さらに空母改装により上部構造物が増加したため重心が上昇してしまうトップヘビーの状態を回避するために船体下部にはバルジが設けられた。欠点としては船体の設計上凌波性が悪く装甲が脆弱であること、飛行甲板が狭いため大型空母に比べて事故が起きやすいことなどが挙げられる。

 それでも日本の大鷹型空母が速度が遅くカタパルトも装備していなかったことから艦隊型空母として運用できず、輸送用または船団護衛用として運用されたのに対して、巡洋艦を改装したインディペンデンス級は最高速度は31.6ノットと俊足であり、カタパルトを装備していることから艦隊型空母として実戦に投入することが可能であった。

 1番艦インディペンデンスは1941年5月1日に起工、1942年8月22日に進水、1943年1月14日に竣工した。以降、2月には2番艦プリンストン、3月には3番艦ベロー・ウッドと順次竣工していき、11月までに全9隻が竣工した。

 

戦歴

 1943年7月15日には艦種分類がそれまでの「CV」から「CVL」に変更、正式に軽空母となった。そして慣熟訓練が終わった艦から順次実戦に投入されていった。戦線に投入されたのは8月頃からでインディペンデンス級空母の当初の攻撃目標はマーシャル諸島やウェーク島等の中部太平洋の島々であったが戦況が進むにつれてトラック諸島やソロモン諸島、ついでマリアナ諸島へと進撃する。

 1944年6月のマリアナ沖海戦ではエセックス級空母と共に機動部隊の中核として活躍、1944年10月24日にレイテ沖で2番艦プリンストンが艦上爆撃機彗星の攻撃により撃沈されてしまったものの他の8隻は終戦まで生き残った。

 

戦後

 第二次世界大戦後は1番艦インディペンデンスがビキニ環礁での原爆実験の標的艦として沈没、残りの艦は全て予備役に編入された。これら残存した7隻の内、4番艦カウペンズ、9番艦サン・ジャシントはそのまま現役に復帰することなくそれぞれ1961年、1971年に解体されたが、5番艦モントレー、8番艦バターンは1950年に再就役、それぞれ1954年、1956年まで運用されたのち除籍、モントレーは1971年、バターンは1961年に解体された。

 この他のインディペンデンス級空母残り3隻は外国海軍に貸与された。3番艦ベロー・ウッドは1953年にフランス海軍に貸与、空母ボア・ベロー(ベローウッドの仏語)となり、アルジェリア戦争に参加した後、1960年に米国に返還され除籍、その後解体された。6番艦ラングレーも1951年にフランスに貸与、1963年まで運用されたのち1964年に解体された。

 7番艦カボットは1967年に空母デダロ(スペイン語でダイダロスを意味する)としてスペイン海軍に貸与、1972年に売却された。1989年8月に退役、米国に返還され一時期は歴史遺産として保存されるが2002年に解体された。

 

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