トイレで読む向けブログ

全国のトイレ人よ立ち上がれ! 〜 since 2005 〜

タグ:日本海軍

  駆逐艦 響   (以下画像はwikipediaより転載)    特型駆逐艦響は1930年に起工、1933年に就役した。太平洋戦争開戦後はフィリピン攻略作戦、バタビア沖海戦、キスカ島攻略作戦に参加。1943年には一旦トラック泊地に進出しますがソロモン海には出撃せずに内地に帰 ...

  航空母艦 隼鷹      隼鷹とは日本海軍の航空母艦である。排水量24,140トン、全長219m、全幅26.7m、最高速度25.5ノット。当初は日本郵船の貨客船橿原丸であったが、途中で空母に設計変更されて1942年5月に空母隼鷹として竣工した。初陣はミッドウェー海戦の陽動 ...

戦艦武蔵 - 忘れられた巨艦の航跡   要約    本書は、前半と後半でテーマが異なり、内容が天皇の戦争責任等のデリケートな話になることから断定を避けるような書き方が多く著者の意見が分かりにくい。  内容は結構なボリュームであるが、結論も結局、人間というのは ...

(画像はwikipediaより転載)   要約  九六式小型水上機は渡辺鉄工所(のちの九州飛行機)が開発した潜水艦搭載用の水上機である。木・金属混成の複葉機で最高速度は233km/h、航続距離732kmであった。1936年7月に制式採用され太平洋戦争初期まで潜水艦で運用された。 ...

(画像は零戦21型 wikipediaより転載)   要約  零式艦上戦闘機、通称零戦は、堀越二郎技師の設計による三菱製の艦上戦闘機で1939年4月に初飛行、1940年9月13日に初空戦を行った。特徴は圧倒的な運動性能と20mm機銃という強力な火力で日中戦争から太平洋戦争初期には威 ...

(画像はwikipediaより転載)   要約  航空母艦大鳳は飛行甲板に装甲を施した空母である。これにより重心位置が上昇したため艦内甲板は翔鶴型より1層減らしており艦載機数は少なくなった。最高速度は33ノットである。初の実戦はマリアナ沖海戦であるがこの海戦で大鳳は ...

(画像は空母蒼龍 wikipediaより転載)   要約  航空母艦蒼龍はワシントン海軍軍縮条約の枠内で計画がスタートしたがその後日本が条約を脱退したため通常の空母として設計されることとなった。それまでの事故を教訓とした結果、バランスの取れた中型高速空母となった ...

(画像はwikipediaより転載)   要約  海鷹は1939年に貨客船あるぜんちな丸として竣工、1941年に海軍に徴庸された。1942年に特設輸送船としてミッドウェー攻略戦に活躍するが1942年12月に海軍に買収、1943年11月に空母への改装が完了、同年12月に海上護衛司令部へ編入 ...

(画像は水上機母艦千歳 wikipediaより転載)   特徴  千歳型は日本海軍初の水上機母艦として建造された艦であった。1940年に千代田は甲標的母艦として改装した状態で太平洋戦争開戦を迎える。1943年には空母不足から両艦ともに空母へと改装された。竣工後は船団護衛 ...

(画像はwikipediaより転載)   要約  龍鳳は軍縮条約の抜け道として潜水艦母艦として建造、有事の際には航空母艦に改装できるように設計されていた。電気溶接を多用したことと大型艦としては初めてディーゼル機関を採用したことが特徴である。  潜水艦母艦として太平 ...

(画像はwikipediaより転載)    起重機船とはクレーン船のことで基本的には自走能力の無い浮桟橋のようなものにクレーンが付いている船のことだ。起重機船さんこうは大正時代に日本に輸入され、戦艦大和の建造、戦艦伊勢の航空戦艦化などに活躍した。2024年現在も現役で ...

(画像はwikipediaより転載)   要約  太平洋戦争開戦後に計画、設計され後期に実戦に投入された強行輸送艦である。21隻就役した内、16隻が撃沈されたが、生き残った5隻の内の1隻には数十回の輸送任務を全うした日本海軍中最高の「幸運艦」も存在する。戦後は復員船、捕 ...

(画像はwikipediaより転載)   要約  陸軍ではSB艇と言われた二等輸送艦は太平洋戦争の中期に輸送艦不足から短期間に設計、ブロック工法で終戦までに69隻が建造された。本級は多くの戦場への物資輸送に従事、戦後は復員船として活躍した。しかし戦争後期に建造されたた ...

(画像はwikipediaより転載)    河内級戦艦は日本初の弩級戦艦であった。主砲は後の戦艦のように中心線に一列に並ぶ形式ではなく、前後に2基、左右舷側に2基ずつの合計6基が設置されるという形式であった。艦首の形状も1番艦河内が垂直艦首、2番艦摂津がクリッパー型と異 ...

(画像は戦艦大和 wikipediaより転載)   超要約    そもそも陸と海では海の方がロマンチックなイメージがあり印象が良い。そして当時の国民にとって陸軍は身近で徴兵で行った人も多い。これに対して海軍は距離が遠く行った人数も少ない。どちらも同じ位厳しかった ...

(画像はwikipediaより転載)    敷島級戦艦はイギリスアームストロング社等で建造された当時としては最新鋭、世界最強の戦艦であった。この戦艦4隻を中心に日本海軍は日露戦争を戦い抜き、日本海海戦で大勝利を挙げることとなる。殊勲のクラスである。   戦艦敷島級  ...

(画像はwikipediaより転載)    富士級戦艦はイギリスのロイヤル・サブリン級の改良型で、日本初の近代戦艦であり、当時の新鋭戦艦であった。同型艦は2隻で日露戦争で活躍する。戦艦富士は日露戦後も運用され続け推進器を撤去され練習艦としてではあったが太平洋戦争終戦 ...

(画像は浅間 wikipediaより転載) はじめに    装甲巡洋艦とは、巡洋艦が重軽に分類される前に存在していた区分で、戦艦に比べて軽量、高速である巡洋艦をある程度重装甲とした艦種である。妙にふわっとしているが、艦種分類はその時代と国によって異なっており、明 ...

(藤田信雄中尉と零式小型水偵 画像はwikipediaより転載)   ドーリットル隊の日本本土爆撃    1942年4月18日、ドーリットル少佐率いるB-25ミッチェル爆撃機16機が日本本土を空襲した。この爆撃隊は空母ホーネットから発艦し、東京・名古屋・神戸を爆撃、そのまま中 ...

(紫電改 画像はwikipediaより転載)   横須賀航空隊最後の空戦   あまり有名ではない重爆B-32 (B-32 画像はwikipediaより転載)    1945年8月15日正午、天皇陛下の玉音放送があり戦争は終了した。と思いきや、実は15日以降に飛来した米軍爆撃機B-32ドミネー ...

(第二特務艦隊旗艦明石 画像はwikipediaより転載)   第二特務艦隊   (映像は全く関係のない日本海海戦)   護衛艦隊を派遣  1914年7月28日、第一次世界大戦が勃発すると翌月15日には日本も日英同盟を根拠にドイツに対して最後通牒を行い連合国として強引に ...

(零戦62型 画像はwikipediaより転載)   零戦62、63型   性能(62型) 全幅 11.00m 全長 9.12m 全高 3.57m 自重 2,055kg 最大速度 563km/h(高度6,400m) 上昇力 6,000mまで7分58秒 上昇限度 10,180m エンジン出力 1,210馬力(栄31型乙エンジン) 航続距離 ...

(零戦52型 画像はwikipediaより転載)   最強の零戦54型丙   性能 全幅 11.00m 全長 9.24m 全高 3.57m 自重 2,150kg 最大速度 572km/h(高度6,000m) 上昇力 6,000mまで6分50秒 上昇限度 11,200m エンジン出力 1,560馬力(金星62型エンジン) 航続距離 全 ...

(零戦32型 画像はwikipediaより転載)   零式艦上戦闘機    零式艦上戦闘機とは1937年に開発開始、1940年に制式採用された日本海軍の艦上戦闘機である。日中戦争で実戦に投入されたがあまりに高性能であったために後継機の開発が遅れ、結局、太平洋戦争末期まで使 ...

(画像は淡路 wikipediaより転載)   要約    御蔵型海防艦は択捉型海防艦の設計を大幅に改良して誕生した海防艦である。択捉型の建造途中に設計が完了したため設計が反映できる艦から択捉型から御蔵型に変更された。大きな変更点は主砲に対空砲が装備されたこと、爆 ...

(画像は占守 wikipediaより転載)   要約    占守型海防艦とは日本海軍が主に北方での漁船の警備、救難のために建造した排水量860トンの小型艦艇である。北方での活動を想定していたため、船体は耐氷構造で、解氷装置、暖房等が充実していた。速度は19ノットと遅いも ...

(画像はwikipediaより転載)   はじめに    海防艦とは沿岸防衛用の旧式艦の総称であったが、のちには護衛任務を主任務とする800〜900トンクラスの小型艦艇の名称へと代わっていく。初の新造海防艦は占守型でこれは北方警備を想定したものであった。その後、太平洋戦 ...

(画像はwikipediaより転載)    工作艦明石は日本海軍で初めて工作艦として建造された艦であった。能力は非常に高く、当時は国内にすらなかった貴重なドイツ製工作機械を多数装備していた。太平洋戦争中は主に海軍の拠点であったトラック島において活躍。数えきれないほ ...

↑このページのトップヘ