戦艦武蔵 - 忘れられた巨艦の航跡
要約
本書は、前半と後半でテーマが異なり、内容が天皇の戦争責任等のデリケートな話になることから断定を避けるような書き方が多く著者の意見が分かりにくい。
内容は結構なボリュームであるが、結論も結局、人間というのは自分が目の前で体験したことくらいしか原因を追究しようとしないというような感じのものであるが、これ自体も明確な「結論!」「私の意見!」というような感じではなく概ね首肯できるものの、ここまでの労力をかけた作品にしては結論がちょっとぼんやりしすぎているというのが率直な感想である。
戦艦武蔵
戦艦武蔵とは大和型戦艦の2番艦として1942年8月5日に竣工した日本海軍の戦艦である。排水量64,000トン、最高速度27ノット、主砲は45口径46cm砲3連装3基を装備する。これは戦艦ビスマルク級やキング・ジョージ5世級、アイオワ級を上回る世界最大最強の戦艦であった。
就役後は戦艦大和と交互に連合艦隊旗艦として後方に位置したが1944年6月のマリアナ沖海戦まで実戦に参加することはなかった。同年10月にはレイテ沖海戦に参加するが米機動部隊艦載機の集中攻撃によりシブヤン海にて撃沈された。
一ノ瀬俊也『戦艦武蔵』
書籍データ
著者 一ノ瀬俊也
タイトル 『戦艦武蔵』
出版年 2016年
出版社 中公新書
今回紹介するのは一ノ瀬俊也氏の『戦艦武蔵』。一ノ瀬氏が戦艦武蔵をテーマにしたのは同型艦大和に比べて武蔵は地味で暗いイメージがあることに疑問を持ったことによるようだ。本書は最新の歴史学の成果や発見で「戦艦武蔵がここまで分かった!」というようなものではない。戦艦武蔵を題材に太平洋戦争の主に大艦巨砲主義と航空主兵主義等の海軍内部の問題から歴史学的な問題意識から戦争をどうとらえどう継承していくかというところまで行く。
著者の一ノ瀬氏は日本近代史の専門家だ。今まで『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』等、歴史史料を駆使して今までにない視点から近代戦争史を分析してきた人だ。その著者が歴史学的な問題意識にまで踏み込んだのは本書が初めてなのではないだろうか。
ただ、本書はちょっと詰め込み過ぎの感はある。前半は戦争とファンタジー、後半は戦争を当事者達はどう描き、それが戦争を知らない世代にどう継承されていたのかを描いている。実は、私は「戦艦武蔵には噴進砲が装備されていた!」的な内容を期待していたのだが・・・。 それはそうと、前半は戦争体験者は戦争をリアルに感じ、戦争を知らない世代だけが戦争を「ファンタジー」と感じる訳ではないということを書いている。
戦中派でも実際に戦争をしている最中でも戦争にファンタジーを感じることもあるとする。それはそうだと思うが、そもそもファンタジーとリアルの定義があいまいである。本書中の戦争中のファンタジーの例を見ると、当事者の夢や希望がファンタジーとして扱われている。これがファンタジーであるならば世の中全てがファンタジーなのではないかと思ってしまうこともある。まずは何がファンタジーで何がリアルなのかという定義を最初にした方が良い。
戦争を知らない人間が戦争をファンタジーとして捉えることの問題点は、戦争に対して自身の理想を投影し、現実の殺し合いや各種残虐行為という「リアル」が見えなくなってしまうことだ。これによって戦争を無邪気に賛美することになってしまう。著者は戦争当事者自身もファンタジーであると結論付けるが、そうなると上記の戦争を理想化する問題は戦争当事者も理想化してしまうことになる。要するに戦争を知らない人、戦争の当事者共に戦争は理想的なものという結論になってしまう。
それではそういう結論になることによって我々、今を生きる人々にとってその結論から何を得られるのかということを語らなければならない。「こういうことがありました」では学問にならない。それは史料を羅列したのと同じことだ。学問であるならば、この結論によって著者は何を主張したいのかというのを明確にしなければならない。
後半部分になると主な問題意識は戦艦武蔵の撃沈を中心になぜこのような悲惨なことになったのか、海軍士官と下士官の違いから戦中戦後の意識の違いから分析する。日本にはなぜこうなったのかという原因を追究する姿勢がないという結論に落ち着いたようだ。本書は近代史を専門とする歴史学者が戦争責任等のデリケートな内容にまで踏み込んだということでは意義がある。しかしどこかしら明確な結論を出すことを避けている感があるのが残念だ。
しかし私は著者の基本的なスタンスが歴史学会の標準的なスタンスにあることが分かったのでこれは良かった。つまり、左右問わず思想的なものを極力排除して合理的な結論を導き出す作業を行っているということだ。ただ思想的なものを排除した結果、結論もありきたりになってしまったのが残念だ。
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