
(画像はwikipediaより転載)
要約
S&W社が1857年に初めて開発したリボルバーである。全長178mm、重量315g、装弾数7発、使用弾薬は22口径RFショート弾。初めて金属カートリッジを使用した銃でカートリッジは22口径RFで装弾数は7発であった。装填は銃身を上部に跳ね上げて行う。威力は低かったものの25万挺以上のセールスを記録した。
S&W No1リボルバー
性能
全長 178mm
重量 315g
口径 22口径
使用弾薬 22口径RF
装弾数 7発
総生産数 253,000丁
完成 1857年
設計・開発 S&W社
概要
ハンドガンには主に自動拳銃とリボルバーという二種類がある。構造が古いのはリボルバーでシリンダーと呼ばれる筒に6個程度の穴をあけ、そこに弾丸を詰めて発射、シリンダーを回転させて次弾を発射する方式である。当然、装弾数はそのシリンダーの穴の数であり、シリンダーの大きさに限度があるため装弾数にも限度があった。
このリボルバー。様々な方式があったが、19世紀から20世紀に主流となっていったのは米国の銃器デザイナーであるサミュエル・コルトが発明したハンマーをコッキングするとシリンダーが回転するという形式のものであった。これは商業的にも成功を収めたものの、そこは米国人サミュエル・コルト、しっかりと特許を取得。自分の利益はちゃんと守っていた。
金属カートリッジと貫通シリンダー
しかしその特許、無限(レーシングチームではない)に独占できるはずもない。米国の特許の有効期間は今も昔も20年。サミュエル・コルトが1836年に取得した革命的なリボルバーメカニズムの特許は20年後の1857年に失効してしまった。
これに合わせて待ってましたとばかり(本当に待ってました)に開発されたのがS&W社初のリボルバーであるNo1リボルバーだ。初のリボルバーだからNo1!とても分かりやすいのだ。名称についてもその他においてもS&W社は非常に合理的だ。このNo1リボルバーが発売された100年後の1957年にはナンバー制を導入。全モデル「モデル〇〇」という身も蓋もない無味乾燥な名称にしてしまった。
話が脱線してしまったが、S&W社が作った最初のリボルバー。特許がなくなったとはいえコルト社の「パチモン」を作った訳ではない。構造はオリジナルで何より画期的であったのは、コルト社ではまだ使用していない「金属カートリッジ」を使用していることであった。
当時は未だ黒色火薬全盛時代、ライフルもリボルバーも銃本体に火薬を詰めて、弾を詰めてプライマー(雷管)を詰めて始めて射撃準備完了というものであった。そこに登場したのが金属カートリッジである。金属カートリッジとは金属(ほぼ真鍮)でできたカップに火薬を注ぎ、フタ(弾頭)を閉める。カップの底にはプライマーがセットしてあるのであとは銃に装填してお尻を叩く((∀`*ゞ)エヘヘ)だけだ。
ローリンおじさんの特許
使い終わったら空のカートリッジはそのままポイしてしまう。弾丸も火薬も雷管も一個のカートリッジにまとまっているため非常に便利である。便利すぎて現在の銃はほぼすべてこの方式になってしまった。S&W社は何とこの金属カートリッジの特許を取得独占してしまった!。。。と言いたいところだが厳密には違う。S&W社が取得した特許はローリン・ホワイトというおじさんが開発した「後装填できる貫通シリンダー」の特許だった。
こう言われても何のことやら意味がピーマン(分からないの意。昭和の流行語)だと思うので少し説明しよう。当時の銃の装填はシリンダー前部から行う。ボトルに入った火薬をシリンダー前方からサラサラと投入、道具を使ってギューッと押し込んで鉛の弾丸で蓋をする。シリンダー後部は閉塞されており、そこに小さな導火孔が空いている。その穴の後端にプライマーをセットして装填完了となる。
ローリンおじさんの発明はシリンダーを貫通式にして後ろからカートリッジを後装填できるようにしたこと。カートリッジの存在を知っている我らには何てことないものだ。だがこれは画期的でこの構造がないとカートリッジを使用することができないのだ。
S&W社はローリンおじさんと契約を結び、一丁につき25セントの特許料を払うことで独占使用権を得た。そして訴訟が起こった場合の裁判費用は全てローリンおじさんの負担と決まった。ワイなら絶対に拒否するがローリンおじさんは承諾。のちに裁判地獄となる。
実はこの特許、ローリンおじさんはまずコルト社に契約を持ちかけたのだが、コルトは相手にしなかったためにS&W社が取得することになったのだ。結果、コルト社は金属カートリッジを使用したリボルバーを販売することができなくなってしまった。特許で大儲けしたコルト社が今度は特許で大損することになった。世の中うまくいかない。
装填
それはともかく金属カートリッジを使用したS&WNo1リボルバーは後装填。カートリッジを装填するためにはシリンダーの後ろから装填しなければならない。このためS&W社は中折れ式を採用した。これは銃身とフレームがポッキリ折れる構造で上部に蝶番が付いているため折れても元に戻せる画期的な構造だ。但しカートリッジを装填する際には上方に跳ね上げ、シリンダーを抜いてから装填するものでのちのトップブレイク方式のリボルバー(エンフィールドリボルバー等)に比べて装填するのは大変でムスカのように喋りながら装填するという芸当はできない(すごい練習すればできる)。これは過渡期のリボルバーでは仕方のないことだ。
No1の構造
それでもパーカッション式リボルバーに比べれば装填が各段に早くなったのは間違いない。装填が完了してシリンダーを元に戻すとハンマーをコッキングする。同時にトリガーが前方に出て撃てるようになるというコルトパターソンモデルのような構造になっていた。作動方式はシングルアクションのみでフレームは真鍮製、銃身は八角形のオクタゴンバレルで22口径、リムファイアカートリッジを使用する。装弾数は7発で重量は312gと非常に軽量であった。但し、22口径で火薬量も少ない上に黒色火薬ときては威力もたかが知れている。ワイのパンチよりもちょっと強いくらいだ。
それでも小型軽量で護身用にはうってつけであった。奇しくも数年後には南北戦争が始まったこともありNo1はバカ売れした。戦争なのでみんな身を守らなければならない。バカみたいにバカバカ売れたのだ。No1は3タイプ存在するが、全種類合計何と253,000丁のセールスを記録した。
各型の特徴
それぞれ3タイプの特徴を簡単に説明すると、初期型は1857〜1860年まで発売されたモデルで12,000丁が生産された。2ndモデルは真鍮製フレームが鋼鉄製に変更されている以外はわずかな違いがあるのみである。総生産数は110,000丁で1860〜1868年まで製造された。
3rdモデルになると全長がわずかに短縮、グリップの形状も変更されている他、シリンダーにフルート(溝)が彫られるようになった。この現在のリボルバーの多くにみられるこのフルートは重量軽減のために彫られたものであり、3rdモデルになってシリンダーの強度への信頼性が高まった結果なのだろう。銃身もそれまでのオクタゴンバレルから筒状のバレルに変更、仕上げも通常のブルーフィニッシュの他におしゃれなニッケルフィニッシュも加わった。総生産数は131,000丁で1868〜1882年まで製造された。後年、コルト社と共にアメリカを代表する銃器メーカーの記念すべき第一作である。
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