三浦瑠麗『シビリアンの戦争』

 

三浦瑠麗氏

 

 三浦瑠麗『シビリアンの戦争』を紹介したい。現在(2024年)は諸事情によりテレビ出演の機会は減ってしまっているが一時期は売れっ子の政治学者としてテレビ等で活躍していたのでご存じの方も多いだろう。私が三浦氏を知ったのはyoutubeの動画で、西村博之氏や橋下徹氏との討論番組だった。ブッシュ大統領の石油利権等、的外れな議論をしている論者が多い中で一人的確な議論をしている人がいて非常に興味を持った。

 それが三浦氏だった。以来、三浦氏の動画は結構見たが、なかなかに的確であった。ということで是非三浦氏の著作を読んでみたいと思い本書を購入したのだ。本書は三浦氏の博士論文を元に書いたものである。内容を簡単に書くと、一般に軍人は好戦的で戦争を始めたがる。そのためにシビリアンコントロールという制度が生まれたのだが、実際は軍人が戦争に反対してシビリアンが戦争を強行するということが多いという。

 

軍人が戦争に反対する

 三浦氏の問題意識とはイラク戦争に端を発するものだという。イラク戦争の開戦前にシビリアンの多くが戦争に反対する中、元軍人の国務長官コリン・パウエルは戦争に反対した。15年戦争を知っている日本人の平均的な価値観とは、軍人は戦争をしたがり政治家や官僚は戦争を回避しようとするというものだ。これは日本が戦争に突入していった経緯から日本人の民族の記憶に埋め込まれたといって良い。

 となればイラク戦争の開戦に至る経緯でもパウエル国務長官は戦争を望み、その他シビリアンが戦争に反対するというのが当然の図式であるはずであった。しかし実際は逆でパウエル国務長官は戦争に反対、シビリアンが戦争を強行した。ここに三浦氏は疑問を持ったのだ。

 

コリン・パウエル

 パウエル国務長官とはどんな人物であるのかパウエル氏の略歴をここに書いておく。コリン・パウエル氏は1937年4月5日生まれでジャマイカ系移民の息子として誕生する。大学卒業後、士官として米陸軍に入隊、ベトナム戦争に二度従軍したのち大学院で経営学修士課程を修了、レーガン政権では大統領補佐官を務める。

 1989年に現役復帰して大将となった後、パナマ侵攻や湾岸戦争の指揮を執った。1993年に退役、2000年にブッシュ大統領の外交アドバイザーを務めた後に国務長官に任命される。2003年にイラク戦争勃発、2005年に退職している。2021年10月18日コロナウイルスに感染症の合併症により死去。享年84歳。

 

戦争反対

 このようにパウエル氏は生粋の軍人である。このパウエル氏はイラク戦争の際に開戦に反対したのだ。これは何故なのか。三浦氏はイラク戦争、フォークランド紛争、中東戦争等を題材に論証している。そしてシビリアン、つまり政治家は自分が戦争に行くことはないので戦争を求める。これに対して実際に戦争に行かなくてはならない軍人は反対すると考察した。

 そして三浦氏はシビリアンが戦争をやりたがることに対する対策も提示している。それはまず、政治家のリテラシーを上げること、職業軍人の助言を受けること、そして徴兵制を敷くことだという。全員が戦争に参加する可能性があれば戦争は起こらない、若しくは起こりにくいという訳だ。

 

 

論証が雑過ぎないか

 実は「軍人は戦争を嫌う」というのは三浦氏が初めて主張したことではない。元幕僚補の松村劭が著書『もう一つの「戦争学」』の中で同様の指摘をしている。軍人(もちろん高級軍人)が戦争を嫌う理由は、戦争が始まると軍人は「兵士という財産」を失ってしまう。このため戦争を嫌がるというものだ。これは非常に説得的であった。

 ただ残念であったのはこの本は一般書であった。このため私はもう少し詳しく知りたいと思い三浦氏の著書を購入したのだ。しかし結論から書くと本書は今ひとつであった。

 学術的に論証する場合は基本的に消去法である。「軍人が戦争をしたがらない」ということを論証したいのであれば歴史上のあらゆる戦争をピックアップすることだ。軍人と政治家の区分が出来た近代以降でも良い。そして戦争の開戦にいたる過程を調べてそこに軍人とシビリアンの関わりを調べる。その結果が結論だ。

 だが本書は単に軍人が反対した戦争の事例だけを取り上げて結論を出している。唯一三浦氏が軍人がシビリアンの反対を押し切って起こしたとしている戦争に満州事変を挙げているが、これに対する分析はなく、ただ「特殊な例」として特に理由もなく切り捨ててしまっているのも私としては今ひとつだ。何が特殊なのかは説明する必要があろう。

 そして何よりも私が気になったのは、本書の執筆のきっかけになったコリン・パウエル国務長官についてである。三浦氏はパウエル氏のことを「イラク戦争に反対した軍人」として扱っているが、パウエル氏はイラク戦争の時点では軍人ではなく国務長官つまりは「シビリアン」であり軍人ではない。パウエル氏を経歴から軍人と定義するのであれば、まず「軍人」という用語を定義しなければならない。本書は定義も根拠も論証もかなり大雑把であると感じた。

 

そして結論

 そして、これら「シビリアンの戦争」を抑制する対策として、政治権力の分散、三浦氏は政治家のリテラシーを上げる、軍事専門家の助言が必要であるとする。さらに国民全てが権力と責任を持つという共和国概念を提唱する。具体的な方策として、ゆるやかな徴兵制の復活を提唱している。ゆるやかな徴兵制とは全国民老若男女問わずに徴兵する徴兵制だ。90歳のおばあちゃんや寝たきりのおじいちゃんももちろん徴兵の対象になる。

 政治家のリテラシー、軍人の助言は分かるが、ここで他の仕組みではなく突然に徴兵制が出て来るのだが、なぜ徴兵制なのかの理由は全く語られない。どうも戦争が身近に感じれば戦争を起こさないという理由のようだ。だが本当にそうだろうか。

 

第二次世界大戦時はどの国も徴兵制

 第二次世界大戦を始めたドイツ、日本は徴兵制を取っていた。対抗した米国も徴兵制である。徴兵制下でもそれぞれの国民は熱狂的に戦争を支持している。この例から見ても一概に徴兵制にすれば戦争を抑制できるとはいえない。現実問題としても老若男女すべて徴兵するということも実行するにはかなり問題がある。何故かというと、現在の軍隊というのはかなり専門性が高い。兵器はハイテク化しているし、前線で戦闘をする兵士も全世界的に少数精鋭化している。

 ハイテク兵器を扱うには高度な知識が必要だし、精鋭化した部隊は戦闘に適性のある兵士を配置することが必須だ。そこに強制的に徴兵され、戦意もない何の知識も素質もない人間、それも90歳のおばあちゃんや寝たきりのおじいちゃん等が大量に入ってくれば軍隊の行動をかなり制約する。制約というよりも全く機能しなくなる。あまりにも非現実的だ。国民に戦争のリアリティを持たせるためだけに徴兵制を敷くというのは机上の空論に過ぎない。

 三浦氏の言論人としての発言は非常に的確で鋭い。だが本書は論証など学問的手続きの不備が多く、結論に至ってはあまりにも稚拙だ。この内容で東京大学で博士号を取得できたというのはただただ驚くばかりだが「シビリアンが戦争を好み、軍人は戦争を好まない」という趣旨には全く賛成である。本書は、この考え方を広めることに貢献しているという点においては価値のある本だといえる。

 

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国民国家のリアリズム (角川新書)
猪瀬 直樹
KADOKAWA
2017-09-08

 

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