01_弁当

 

手作り弁当

おっはトイレ〜!
全国のトイレ人達よ、おはよう。管理人です。このブログも実はもう18年以上が経った。と言ってもどこまでこのブログを検索しても18年前の記事は出てこない。あまりにも内容がクソなので全部消して流してしまったのだ。トイレだけにね。

 画像は私がいつも食べている弁当。もちろん自分で作ったものだ。出来るだけ油物、肉類を減らして野菜や魚メインのおかずにしている。よく勘違いされるけど、こういうのを作るからと言って私は料理好きではないんだ。単純に栄養バランスの良い食事を摂りたいだけ。誰かが作ってくれるのであれば自分では作らないが誰も作ってくれないので自炊するだけのことだ。

 

今日のアップ記事

 

航空機メーカーの戦後

 朝の記事は航空機メーカーの戦後。零戦を開発した三菱重工業、一式戦闘機隼を開発した中島飛行機等、自前で航空機を開発、量産することができた世界でも数少ないメーカー。戦後はGHQの命令により航空機の製造が禁止されていまった。このためこれらの企業は航空機の代わりに自動車を開発する。これが世界に名だたる日本車の誕生だ。

 戦後、日本ではYS-11を最後に航空機の製造が行われなくなったと思っている人も多いがそれは全くの間違い。二式大型飛行艇で有名な川西航空機は新明和工業と名称を変え、戦後も飛行艇の開発を続けているし、中島飛行機は富士重工業からスバルへと名称を変更しつつも航空機の製造は続けている。三菱重工業も戦後にF-1支援戦闘機を開発していたりと航空機産業はちゃんとあるんだ。

 

コルト M1851ネービー

 1848年にコルト社はM1848ドラグーンを発売する。これはM1847ウォーカーの改良型で重量も若干軽くなってはいるがそれでも1.9kgとヘビー級のリボルバーだった。当時は鋼鉄の値段が高くて軟鉄を使用していたので強度を保つためにはどうしても大型化してしまうんだ。

 そうは言っても1.9kgはさすがに重すぎる。特に海軍の船乗りたちは万が一の戦闘のために1.9kgの大型拳銃を腰に吊っているのはかなりの苦痛だ。そこで軽量化が求められた結果完成したのがM1851ネービーだ。軽量化といっても口径を小さくして威力を弱くしたために銃の強度を下げることが出来たというだけなんだけど、これは爆発的にヒットした。みんな辛かったんだろう。

 売れに売れまくって、やがてコルト社の最高傑作SAAにつながっていく。M1851は地味にパーカッション時代の大ヒット作だったんだ。

 そんなこんなで今日も一日頑張ろう!
ばあーい!

 




 

 

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