伊藤祐靖『自衛隊失格』
海上自衛隊特殊部隊「特別警備隊」の設立に尽力した初代隊長伊藤祐靖氏の著書。内容は面白い。元来アピールがうまいのだろう。防衛大学の教官をしていた時代の卒業の言葉まで文字起こしされている。当時からカリスマ性があったようだ。
文章力があるので読んでいて面白い。等身大の自分をさらけ出すことで読者が共感できる。陸軍中野学校出身のお父さんが蒋介石が死ぬまで蒋介石の暗殺ミッションを準備していたことや戦後、暴力団の用心棒をしていたこと、さらにソビエト連邦領に侵入したことなど著者以外のエピソードも面白い。
能登半島不審船事件の時の描写は圧巻。不審船が海自の指示に従って停戦した時、何の訓練もしていない隊員に臨検させる場面は、以前の『国のために死ねるか』でも書いていたがやはり迫力がある。北朝鮮の不審船は最後には自爆することが確実な状況で臨検隊員は死ぬ覚悟で向かっていく。つまりは伊藤氏は隊員に臨検を命じた時点で「死ね」と命令しているのに等しいことを自覚している。
それに対して隊員は「そうですよね」と一瞬で覚悟を決めて死に向かっていく。その責任感に感動しつつも同時に抗えない日本人の国民性に危機感も感じるというバランスの良さもある。伊藤氏の思想は基本的に合理的で思想性、精神性は極力抑えている。この合理性は中野学校で訓練を受けた父親の影響なのかもしれない。
荒谷卓『戦う者たちへ』
陸上自衛隊特殊作戦群初代群長である荒谷卓氏の著書。武士道に忠実に生きる人といえる。伊藤氏と異なりあまり理ずくめでものを考える人ではないのだろう。武士道とは時代と共に変容していくのは近年の研究では明らかにされているが、荒谷氏はそこらへんはあまり興味がないようだ。難しい理屈はともかく、我々は天皇陛下の命の下、命を賭けて戦うということに尽きるということなのだろう。思想的には戦前の社会を理想としている感じがする。
しかし一人の戦士として、または実戦部隊を統括する者としては優秀であることは想像に難くない。本気で武士道に生きるという気概は本を通しても伝わってくるし、そういう指揮官に指揮される隊は精強になるだろう。伊藤氏、荒谷氏と面識のある人が私の知り合いにいるが、どちらも優秀な戦士であるという。この優秀な戦士が二人とも自衛隊を定年前に辞めているというのが自衛隊の問題なのかもしれない。
荒木和博他『自衛隊幻想』
伊藤氏、荒谷氏と予備役ブルーリボンの会代表の荒木和博氏の共著である。内容は北朝鮮による拉致に関するものだ。拉致に対する国の対応、自衛隊の対応に関して元特殊部隊隊長が意見を述べるというもの。どちらもブルーリボンの会の会員のようだ。荒木氏は大学教授で予備自衛官の階級を持っているとのこと。自衛官から予備自衛官となったのではなく予備自衛官補からの採用のようだ。専門の朝鮮語での採用ということで基本的に学者だと考えた方が良さそうだ。
三者三様の個性が出ていて面白い。伊藤氏は本質的には天皇中心の価値観を持っているようだが、それを全面に出すことはしないであくまでもロジカルに物事を考えていく。これに対して荒谷氏は精神的なものを重視するタイプのようだ。
荒谷氏の「和を崩しにかかる力が入ってくれば、そこに群がって死体の山をつくってでも侵略者を死滅させる。それが日本の軍隊ではないかと思っています。」(P63)という発言には戦慄を覚える。これは戦前の玉砕や万歳突撃、特攻の精神そのものである。あまり軍事力を持つ組織の高級幹部が持って欲しくない思想だ。
それはともかく伊藤氏、荒谷氏共に、拉致被害者救出に対する政治の問題、自衛隊の問題点等、専門家だけにかなり的確に指摘している。自衛隊を無条件に賛美する人も多いが自衛隊も多くの問題をはらんでいることを知るには良い本かもしれない。
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