01_若宮
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 水上機母艦若宮は英国製の貨物船で日露戦争中に日本軍に拿捕、没収された。当初は運送船として運用されたが1914年に水上機母艦に改装、第一次世界大戦に参加している。その後二等海防艦となり運用され続けたが、1931年に除籍された。

 

水上機母艦 若宮

 

性能

 基準排水量 5,180トン
 全長 111.25m
 全幅 14.68m
 飛行甲板  - m
 エレベーター  - 基
 機関出力 1,591馬力
 最大速力 11ノット
 航続距離  -
 乗員 140名
 武装 40口径8cm単装砲2基
    5cm単装高角砲2基
 搭載機 常用1機、補用3機
 竣工 1901年10月
 同型艦 1隻

 

開発前史

 20世紀初頭に航空機が登場するとすぐに軍事利用が考えられるようになった。当初は偵察目的であったが、その内爆弾を投下する爆撃機が誕生、さらに敵飛行機を撃墜することを目的とした戦闘機と機首が増えていった。周知の通りこれらの機種は現在に至るまで独自の発展を遂げている。

 この航空機を水上艦艇から発艦させるという発想が出て来るのは当然のことであった。もっとも早い試みは米国で行われた実験である。1910年11月15日に軽巡洋艦バーミンガムの前甲板に設置された滑走台から航空機を発艦させることに成功した。1912年には英国でも同様に前甲板に設置された滑走台から航空機の発艦に成功している。

 その後第一次世界大戦勃発の前後から英国で商船等を改造した水上機母艦が現れる。

 

戦歴

 若宮は1901年10月に英国グラスゴーのロバート・ダンカン社で建造された貨物船レキシントンである。排水量5,180トン、単スクリュー船で最高速度は11ノットであった。これが日露戦争中の1905年1月12日、香港からウラジオストクに向かう途中、隠岐近海を航行中に不審船として日本海軍に拿捕、没収された。1905年2月14日に沖ノ島丸と命名されるが1905年9月1日には若宮丸と改名された。

 日露戦争中から人員、器材の運搬に使用され、1907年から1912年までは日本郵船に貸し出されたれた。1912年には砲塔運搬用として2番ハッチの拡張工事を実施、3月9日には艦籍編入され運送船として類別された。1913年の演習では水上機を搭載して参加している。

 1914年に第一次世界大戦が勃発すると8月には水上機母艦として本格的に改修工事を開始、対独宣戦布告の日である1914年8月23日に改装が完了して横須賀を出航している。1914年、青島攻略戦に参加、搭載した4機の水上機により青島への攻撃を行った。9月13日(または30日)には機雷に触雷して座礁、何とか佐世保へ帰投した。この損傷は軽微で11月中旬には再び戦地へ出航している。

 1915年6月1日には二等海防艦として正式に軍艦籍に編入、艦名も若宮丸から若宮となった。1920年には艦艇類別に航空母艦が新設、若宮は日本海軍初の航空母艦となった。母艦設備はその後も逐次改良されて運用され続けた。しかし所詮は速力11ノットの貨物船、当時の日進月歩で進化する航空機の性能には付いていけず、1922年に空母鳳翔の竣工と相まって退役していった。1925年まで艦隊に配属されたがその後は佐世保鎮守府警備艦となり数年間佐世保に係留された。

 1931年4月1日除籍。11月26日には売却され1932年に解体された。尚、若宮の代艦として航空母艦龍驤が建造されている。

 

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