01_神鷹
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 第二次世界大戦の勃発によりドイツに帰港できなくなったドイツ大型貨客船を日本海軍が買い取り空母へと改装された。1943年12月に空母神鷹となり海上護衛総司令部へ編入されたが機関不調のため日本製の機関へ変更される。1944年3月改装完了11月23日に米潜の雷撃により撃沈。

 

 

航空母艦 神鷹

 

性能

 基準排水量 17,500トン
 全長 198.34m
 全幅 25.64m
 飛行甲板 180m×24.5m
 エレベーター 2基(12×13m1基、13m×12m1基)
 機関出力 26,000馬力
 最大速力 21ノット
 航続距離 8,500海里 / 18ノット
 乗員 834名
 武装 40口径12.7cm高角砲連装4基
    25mm3連装機銃10基
    25mm単装機銃12挺
 搭載機 常用27機、補用6機
 竣工 1943年12月15日
 同型艦 1隻(大鷹型としては4番艦で同型艦5隻)

 

シャルンホルストの災難

 貨客船シャルンホルストは1935年4月30日に竣工した排水量18,000トン、最高速度21ノットを誇る大型貨客船であったが、1939年8月下旬、神戸より本国丹向け出港するが本国からの暗号電文により本国の開戦を知る。シャルンホルストは、連合国軍に拿捕される危険を避けるために再び神戸に戻ることとなった。乗員はシベリア鉄道により本国に帰国したものの、乗員のいないシャルンホルストは神戸に係留されたままとなった。

 3年間、神戸に係留された状態であったシャルンホルストであったが、1942年に日本とドイツの間で交渉がまとまり日本へと売却されることとなった。当時、日本はミッドウェー海戦で主力空母4隻を一度に失ったため空母の補充を優先しており、この時に大和級戦艦3番艦信濃千歳型水上機母艦(甲標的母艦)、あるぜんちな丸(のちの海鷹)も空母へと改装されている。

 

空母神鷹

 1942年6月、シャルンホルストは呉工廠に到着、空母への改装工事が始まった。シャルンホルストはドイツ製の貨客船であるが、シャルンホルストに対抗するために建造された新田丸級貨客船(のちの大鷹型)は大きさや構造がシャルンホルストに酷似していたため新田丸級貨客船と同じ要領で改装を行うことができた。

 1943年12月15日、空母として竣工したシャルンホルストは神鷹と命名され、大鷹型航空母艦に類別された。12月20日には通商護衛を専門に行う部隊である海上護衛総司令部に編入され、1944年1月8日には船団護衛任務に付いたが、主機関に故障が続出したため主機関を日本製のボイラーに変更することとなった。この改装によって神鷹の速力は23ノットから22ノットに減少した。

 1944年3月、神鷹の主機関の改装が完了、戦列に復帰、6月には931航空隊の九七式艦上攻撃機14機を搭載して訓練を実施、翌月より船団護衛任務を再開した。主にシンガポール、フィリピンへの船団の護衛任務に活躍したものの、11月23日バラオ型潜水艦スペードフィッシュの雷撃により撃沈した。1945年1月10日除籍。

 

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