01_信濃
(画像はwikipediaより転載)

 

航空母艦 信濃

 

 

性能

 基準排水量 62,000トン
 全長 266m
 全幅 38m
 飛行甲板 256m×40m
 エレベーター 2基
 機関出力 150,000馬力
 最大速力 27ノット
 航続距離 10,000海里 / 18ノット
 乗員 2,400名
 武装 12.7cm高角砲連装8基
    25mm3連装機銃37基
    25mm単装機銃40基
    12cm28連装噴進砲12基
 搭載機 常用42機、補用5機  竣工  1944年11月19日
 同型艦 1隻

 

開発経緯

 1939年大和級戦艦の3番艦、110号艦(のちの信濃、以下信濃と仮称)として建造が決定、1940年4月に起工した。しかし1941年11月に艦艇建造計画の見直しにより、航空機と潜水艦を優先することになった。この決定により大和級戦艦4番艦である111号は即刻解体されたが、信濃は建造が進み過ぎていたために解体することも出来ずに中途半端な状態となってしまった。

 この状況が急展開したのはミッドウェー海戦である。この海戦により日本海軍は主力空母4隻を一挙に失ってしまうという大敗北を喫してしまった。このためまだ解体されていなかった信濃を空母として完成させることが決定される。本来であれば雲龍型空母や損傷艦の修理を優先したいところではあったが、前述のようにもう解体することも出来ず、戦艦として完成させるにも大和級戦艦の主砲を運搬する専用艦である給兵艦樫野は9月にガトー級潜水艦に撃沈されてしまった。

 このため海軍は信濃を空母信濃として建造することを決定、当初は戦艦ゆずりの重装甲を活用した洋上補給基地的な運用が想定されていた。これは攻撃機を搭載しない洋上補給基地「信濃」が味方機動部隊より前方に進出、後方の機動部隊より進出した航空機に補給を行い敵艦隊を攻撃するというもので、これにより機動部隊は敵艦隊の攻撃範囲外から攻撃隊を送り込むことができるというものである。

 むろん信濃は前進しているため敵の集中攻撃を受けるが重装甲と直掩戦闘機(直掩戦闘機のみは搭載)により撃退するという案であった。しかし実戦部隊を統括する軍令部が猛反発、結局、固有の攻撃隊を搭載した上で他の空母の航空機への補給も行うことができるようにするという何とも日本的な間を取った結論となった。

 

戦艦を空母に改装する不利

 普通に考えると戦艦を空母に改装することには何の問題もない。しかし戦艦を空母に改装するというのは意外に大変なのだ。理由は速度である。戦艦というのは重装甲であるが故に速度が出せない。周知のように空母から航空機を発艦させる際には「合成風力」というものを作る。これは空母が風上に向かって走ることで自然の風プラス空母の速度によって起こす風のことでこれによって航空機は空母から短距離で発艦することができる。

 この合成風力を発揮するために必要な速度は当時30ノット前後と言われていた。しかし戦艦の速度は遅い。この信濃でも最高速度は27ノット、長門級戦艦では26.5ノット、伊勢型戦艦では25ノットなどなどである。米戦艦アイオワ級エセックス級と同じ33ノットを発揮するが、残念ながらこれは技術レベルの違いである。

 このため他艦種を新たに空母に設計変更する場合、巡洋戦艦が選ばれる場合が多い。巡洋戦艦というのは戦艦並みの火力を持った軽装甲の艦種のことで装甲が薄い代わりに速度が速いからである。日本の戦艦では金剛型が巡洋戦艦で最高速度は30ノットと高速である。

 1920年代にワシントン海軍軍縮条約により他艦種から空母に改装された艦も赤城レキシントン級等、ほとんどが巡洋戦艦を空母に改装している。空母加賀は戦艦からの改装であったがやはり速度の低さが問題となっている。

 このような理由から当初、信濃は通常の空母としてではなく補給基地的な運用が想定されていた。

 

重装甲空母、完成前に撃沈

 このような経緯とそれまでの戦訓を踏まえ信濃の飛行甲板には500kg爆弾の直撃に耐えられるとした空母大鳳を上回る800kg爆弾の直撃にも耐えられる重装甲が施されることとなった。完成すれば日本海軍最強の重装甲空母となったはずだ。

 信濃は格納庫は一段のみで艦載機は47機と少ないものの飛行甲板、エレベーターにも重装甲が施された。そして1944年11月19日、戦局が悪化していく中で信濃は未完成箇所、テスト未了の箇所を残したまま海軍に引き渡され竣工したが、同月29日、横須賀から呉に回航中の信濃はバラオ級潜水艦アーチャーフィッシュの雷撃を受け、魚雷4発が命中そのまま撃沈した。

 大和級戦艦と同型艦でありながらあっけない最期であったが、これは艦内では未だ作業中であったこともあり防水扉等がちゃんと閉まっていなかったこと、乗組員が艦に全く慣れていなかったこと等の艦内の問題の他に、夜間に少数の護衛艦での回航であったこと、護衛の駆逐隊が司令官不在で統一指揮が取れなかったこと等山のような問題点があるが、これらも言ってしまえば「末期状態」であったのだろう。

 かくして世界最大の空母信濃は完成する前に一隻の潜水艦により海底に沈んだ。この信濃は米軍でも把握していなかったようで当初は「巡洋艦改造空母信濃」撃沈と判断されたようだ。竣工からわずか10日であった。

 

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