隼況
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 ビルマ方面の連合軍航空隊の中では日本軍にメッサーシュミットBf-109と零戦で編成されたブラックドラゴン飛行隊が存在するという噂があった。さらにソロモン戦線では最高速度650km/hのナゴヤタイプという高性能零戦が存在するという噂もあった。これらの噂は戦争による恐怖心や不安心理から来ているのだろう。

 

撃墜王ってホントは何機落としているの?

 「撃墜王」やら「エース」と言われている人の記録、著作を読むと、日本軍は来襲する敵機をバッタバッタと端から撃墜しているような印象を受ける。しかし、『日本海軍戦闘機隊』巻末の彼我の戦果報告と損害報告を見ると実はかなりの誤認戦果があったようだ。この誤認も戦果を過小に誤認することはほとんどなく、多くの場合、過大な戦果が報告される。これは空戦という極限状態での戦果確認である上にどうしても希望的観測が入ってしまうので仕方が無いことだ。ラバウル航空戦を例にとれば部隊に報告された戦果と実数の差は大きい時で10倍にまで膨れ上がったりする。

 「撃墜王オタク」だった私としては、憧れの撃墜王が「本当は何機撃墜しているのだろうか」というのがとても気になるところ。そこを出来る限り資料を突き合わせて調べたのが梅本氏の著書だ。一冊2,000〜3,000円ほどする梅本氏の著作は一般的には割高に感じてしまうが日米の公文書や戦闘参加者の手記などを丹念に読み解く手間を考えるとむしろ割安といってもいい。それはともかく、梅本氏の著作を読んでいて気になったことがあったのでちょっと書いてみたい。

 

ブラックドラゴン飛行隊

 みなさんは「ブラックドラゴン飛行隊」というのをご存じだろうか。これは日本軍がビルマ方面の航空戦に投入したエース部隊だ。隊長機は黒塗りのメッサーシュミットBf-109で6機の零戦を従えている。この部隊はガダルカナルの戦場からビルマに展開した部隊でとんでもなく練度の高い部隊だ。このように書くと、よくある架空戦記物かと思われがちだが、実際に米軍の公式記録に記載されているという。

 もちろんこんな事実はない。Bf-109といえばドイツ空軍の主力戦闘機として活躍した機体である。いくら同盟国だからといって日本にドイツ空軍の主力戦闘機があるはずがないだろうと思うかもしれないが実はあったのだ。1941年に渡独した山下奉文航空総監がドイツから実験用としてBf-109E-7を3機日本に輸入している。当然、零戦もあるので、当時の日本でこの「ブラックドラゴン飛行隊」というのは編成することは可能であった。

 しかし日本が輸入したBf-109はわずか3機、実験用のためスペアパーツもそれほどないだろう。航空機というのは精密機器なので丹念な整備とパーツ交換を行わなければ運用することはできない。ドイツと日本では技術力に差があるため日本での部品の製造も難しいだろう。他の機体から部品を取る共食い整備で運用することは可能であるがそれでも戦場で運用するというのは現実的ではない。

 さらに問題は隊長機と列機の機種が全く異なることだ。アニメ等では通常の3倍のスピードが出る隊長専用機等が登場するが実際の運用では異なる機種で飛行隊を編成したり編隊を組むことは難しい。パーツの供給も2倍必要になるし巡航速度や航続距離が異なるため運用が複雑になってしまうのだ。敵機が飛来した際の迎撃戦ではそのようなことも起こるが通常はあまりない。

 恐らく「ブラックドラゴン飛行隊」という噂が広まったのは、敵に対する恐怖心や戦場心理からであり、そこに日本とドイツが同じ枢軸国であることや高性能で連合軍を驚かせた零戦の話などがつながったのだろう。隊長はBf-109というのはもしかしたら人種的な偏見もあったのかもしれない。理由はどうあれ実際、彼らが戦っていたのは一式戦闘機隼で編成された日本陸軍戦闘機隊であった。

 

零戦ナゴヤタイプ

 その「ブラックドラゴン飛行隊」がかつて戦ったとされていたガダルカナルでは、1942年にしばしば新型の零戦「ナゴヤタイプ」が目撃されている。この「ナゴヤタイプ」は零戦の徹底的な軽量化を行い、他の零戦に比べて信じられないような機動性を発揮する。さらに速度はグラマン(F4Fワイルドキャットか?)に比して111kmは速いという。ナゴヤタイプは、当時の主力であった零戦21型を基準にすれば640km/h、32型を基準にすると650km/hくらいは出せるということだ。しかし、軽量化のために防弾性能や自動消火装置を排除してしまったので機体としての性能はグラマンの方がいいというのが対戦したパイロットの報告であった。

 むろんナゴヤタイプなどという零戦は存在しない。日本の戦闘機で650km/hを出せるのは太平洋戦争後期の四式戦闘機疾風くらいだが当時は存在していない。零戦だけでいえば最も高速であったのが零戦52型の560km/h、試作機まで含めると戦争末期に試作された零戦54/64型が572km/hを出しているがどちらも最高速度650km/hは出せない。

 そもそも零戦を徹底的に軽量化したというが、零戦というのはそもそも徹底的な軽量化が行われている。このためテスト飛行では強度不足から空中分解しており、テストパイロットの下川万兵衛大尉、奥山益美工手が殉職している。すでにこれ以上軽量化できないレベルにまで軽量化が行われており、米軍パイロットが指摘する防弾性能や自動消火装置などという高度な防御装備は零戦には搭載されていない。

 当時、ソロモン方面に展開していた海軍航空隊の戦闘機は零戦21型、零戦32型が中心であり、もしかしたら初期に配備された九六式艦上戦闘機があるかもというレベル。そんな高性能機は存在していないのだ。これもやはり米軍パイロットの恐怖心と戦場心理から来ているのだろう。

 

結局は、航空戦も人間同士の戦い。

これらの噂が出たのは日本軍が比較的優勢、または戦力が連合軍と拮抗していた時期であったことが興味深い。味方が優勢であればある程度冷静に判断する余裕があり、逆に劣勢であればそもそも「強力な飛行隊がいた」「強力な戦闘機がいた」というのは当たり前のことであるので噂にもならない。戦力が拮抗した一時期にこのような噂が流れるというのは非常に人間的である。

 

第二次大戦の隼のエース

第二次大戦の隼のエース (オスプレイ軍用機シリーズ)

 

 航空史家梅本弘氏の著作。第二次世界大戦時の陸軍戦闘機隊の活躍を描く。特に本書では隼に登場した「エースパイロット」について詳しく描いている。彼我の戦果報告書を丹念に読み解くという精緻な研究で知られている梅本氏であるが、本書では連合軍パイロットや陸軍戦闘機隊員の人柄までもがわかる。連合軍を恐れさせた「ブラックドラゴン飛行隊」等のユニークなエピソードもある。

 

 「ナゴヤタイプ」について書いているのはこれ。
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梅本弘『ガ島航空戦』上

ガ島航空戦上: ガダルカナル島上空の日米航空決戦、昭和17年8月-10月

 

 本書は私にとっての名著『海軍零戦隊撃墜戦記』を上梓した梅本氏の新刊である。本書の特徴は著者が日米豪英等のあらゆる史料から航空戦の実態を再現していることだ。これは想像通りかなりのハードな作業だ。相当な時間がかかったと推測される。

 『海軍零戦隊撃墜戦記』は宮崎駿氏おススメの本で、有名なラバウル航空戦の後半部分を史料を元にして再現したものだ。後半部分というのは私の憧れ、岩本徹三飛曹長が活躍した時期の前後だ。本書はそのラバウル航空戦の初期の戦いについて記している。

 興味があれば読んでみると面白いですよ。撃墜数云々という話はともかく、彼我の記録を辿ることでどちらの搭乗員も苦しんだり悩んだりする普通の人であることが分る。零戦に対する恐怖心なのか戦場心理なのか、高性能の零戦「ナゴヤタイプ」が出現したなどのエピソードも面白い。

 

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