
(画像はwikipediaより転載)
要約
F7Fタイガーキャットはロバート・L・ホールが設計、グラマン社が生産した艦上戦闘機である。全幅15.7m、自重7,380kg。初飛行は1943年11月2日。最高速度700km/h、航続距離2,945km、武装は20mm機関砲4門、12.7mm機銃4挺を持つレシプロ双発戦闘機で大型空母に搭載されることが前提であっために総重量7トンと大型化している。太平洋戦争、朝鮮戦争に少数が実戦投入されている。当初はトムキャットという名称であった。総生産数364機。
F7Fタイガーキャット
性能(F7F-3)
全幅 15.70m
全長 13.83m
全高 5.05m
自重 7,380kg(空虚重量)
最大速度 700km/h(高度6,767m)
上昇力 6,096mまで5分24秒
上昇限度 12,405m
エンジン出力 2,100馬力2基(P&W R-2800-34W)
航続距離 2,945km(300gal(1,136L)増槽装備時)
乗員 2名
武装 20mm機関砲4門(各200発)、12.7mm機銃4門(各300発)
爆装 胴体下907kg(2,000ポンド)爆弾1発または
翼下450kg(1,000ポンド)爆弾2発
初飛行 1943年11月2日
総生産数 364機
設計・開発 ロバート・L・ホール / グラマン社
概要
世界史上類を見ないレシプロ双発艦上戦闘機である。双発戦闘機というのは米国でもP-38ライトニング等多くの成功作があるが、レシプロ艦上戦闘機というのはほとんど例がない。このF7Fを開発したのはグラマン社で、これは同社が以前に試作していたXF5Fの開発経験が生み出した機体といえる。
機体は双発単胴で主翼は高翼に近い中翼で主翼は艦上戦闘機らしく上方に折りたたみが可能。エンジンは18気筒2,400馬力を発揮するR-2800である。大型の機体であるが、当時計画されていた大型空母(のちのミッドウェイ級空母)に搭載されることが前提であったことも機体が大型化した理由の一つかもしれない。
開発契約は1941年6月30日に結ばれ開発がスタート、1943年11月2日初飛行したが、現用のF4Fワイルドキャット、F6Fヘルキャットの生産を優先させたために第二次世界大戦には極少数機を除いて実戦参加はしていない。全幅15.70m、全長13.83m、総重量7トンの巨大な機体であり、武装も20mm機関砲4門、12.7mm機関砲4門という強力なものだった。このため着陸速度が速くなり空母への着艦には不利であった。
その他、エンジン、テールフック等にも問題があり、制式採用はされたものの空母での運用は許可されずに夜間戦闘機として陸上基地から使用されたものがほとんどであった。第二次世界大戦中に初飛行したものの上記のように生産が後回しにされたため実戦配備は遅れた。生産は1943年から1946年11月まで行われている。
バリエーション
試作機のXF7F-1が2機、F7F-1タイガーキャットはP&W R-2800-22Wを搭載34機製造された。F7F-1NはAPS-6レーダーを搭載した夜間戦闘機型。XF7F-2Nは夜間戦闘機の試作機1機製造。F7F-2N タイガーキャットは複座夜間戦闘機65機製造。これをドローンに改造したのがF7F-2D。F7F-3 タイガーキャットはエンジンをP&W R-2800-34Wに変更尾翼を大型化した型で189機製造。F7F-3N タイガーキャットは2人乗り夜間戦闘機で60機製造。F7F-3EはF7F-3を電子戦用に改装した機体でF7F-3PはF7F-3を写真偵察機に改造した機体。F7F-4Nは艦上戦闘機機能を装備した夜間戦闘機で12機製造された。
戦歴
艦上戦闘機として開発されたF7Fであったが、航空母艦での運用資格を得られなかったために実戦配備は海兵隊の写真偵察飛行隊であるVMP-354であった。VMP-354は1945年6月にグアム島、7月に沖縄読谷飛行場に進出、7月から8月にかけて南九州の偵察に使用された。のちに空母でも運用されたがこれは夜間戦闘機のみであり、結局、艦上戦闘機としては運用されなかった。この夜間戦闘機型は朝鮮戦争初期に運用されて2機の撃墜戦果を挙げている。
F7Fは同盟国に供与、貸与されることなく米軍のみで運用されたのち、多くの機体は1949年より退役開始、1954年には退役が完了した。大部分の機体は米海軍の保管施設に輸送されたのちにスクラップにされているが、森林火災消火用として運用された機体もあった。消火活動用の機体は1980年代後半まで運用されている。
F7Fトムキャット?
当初はタイガーキャットではなく、トムキャットと呼ばれていたがトムキャットとは英語のスラングで「女をあさる男」というような意味があり、さすがに駄目だということでタイガーキャットに変更された。但し、この名称はグラマン社がのちに開発する艦上戦闘機F-14では米海軍が公式に使用している。これは単純に時代が変わったのだろう。
総生産数は364機でバリエーションは主にF7F-1〜4までの4タイプがある。F7F-1はプラット&ホイットニーR-2800 -22W星型ピストンエンジンを装備、40機弱が製造された。F7F-2は複座夜間戦闘機タイプで65機製造、F7F-3はP&WR-2800-34W星型エンジンと高高度での安定性確保のために大型化された垂直尾翼が特徴である。189機、複座夜間戦闘機タイプのF7F-3Nが60機製造されている。最終型のF7F-4は強度と安定性を高めた機体で空母での運用が認められたものの12機のみの製造で終了している。
まったくの余談
F7Fは自重約7,000kgでP-38ライトニングよりもさらに1,000kg以上重い。それでも艦上戦闘機として開発されたのは大型空母ミッドウェイ級での運用が前提であったからであろう。仮に日本が降伏せずに戦争が継続したとしたらミッドウェイ級空母からF7Fが発進するというのもあったかもしれない。
F7F自体、マイナーな戦闘機であるが、最高速度はF7F-4Nで740km/hと実はメチャメチャ速い。しかし時代はジェット機へと移行しつつあり最高速度が1,000km/h近くあるP-80などと比べると740km/hというのはイマイチなのだった。性能は良かったんだけど生まれた時代が悪かったんだねー。
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コメント
コメント一覧 (1)
艦載機として致命的な欠陥があったんだろうな。
朝鮮戦争ではF-4Uが大活躍してるんだし、高速高火力の戦闘機が要らないわけじゃなかったんだから。
WW�兇任篭�母の甲板を埋めてたグラマン勢が消えるとか、
グラマン社としては忸怩たる思いだったろうな。
とりねこ
が
しました