01_丹後
(以下画像はwikipediaより転載)

 

要約

 戦艦丹後は日露戦争において鹵獲したロシア戦艦ポルタワである。大破着底していた戦艦ポルタワを日本軍が引き揚げて2年間の修理ののちに戦艦丹後として運用した。主砲や機関を交換しているため速度が2ノット遅くなった。第一次世界大戦では同盟国であったロシアに返還されている。

 

戦艦 丹後

 

性能(丹後)

 基準排水量 10,960トン
 全長 114.6m
 全幅 21.3m
 機関出力 10,600馬力
 最大速力 16.2ノット
 航続距離 10,000海里 / 10ノット
 乗員 668名
 武装 45口径30.5cm砲連装2基
    45口径15.2cm砲連装4基、同単装4基
    40口径76mm単装砲10基
    オチキス43.5口径47mm単装砲4基
    魚雷発射管2基
 装甲 舷側368mm、甲板51mm、砲塔254mm、司令塔254mm
 竣工 1897年
 同型艦 3隻

 

開発前史

 ロシア太平洋艦隊の主力戦艦がペトロパウロースク、セワストーポリ、ポルタワの3隻である。30.5cm砲を装備しているがウラジオストクのドックに入るように船体は若干小さく設計されている。3隻ともロシア国内で建造され、日露戦争開戦時にはすべて旅順港に配備されていた。

 3隻の内、ペトロパウロースクはロシア太平洋艦隊の旗艦となったが1904年4月13日に触雷、マカロフ司令官と共に撃沈された。その後、ポルタワ、セワストーポリの2隻は黄海海戦に出撃するが、ほぼ旅順港内にあった。しかし12月、旅順を包囲している日本軍からの砲撃によりポルタワが被弾着底した。さらに旅順のロシア軍が降伏したため1905年1月2日セワストーポリが自沈した。

 旅順を占領した日本軍はポルタワを引き揚げて1905年8月22日付で一等戦艦丹後として日本海軍に編入した。その後2年間舞鶴海軍工廠で修理が行われている。

 

開発

 戦艦ポルタワはペトロパウロースク級戦艦2番艦で1892年5月1日起工、1894年11月6日進水、1897年に竣工した。排水量11,500トン、全長114.6m、全幅21.33m、最大速度16ノットを発揮する戦艦であった。

 主砲は40口径30.5cm砲連装2基でこれは当時の日本海軍の主力戦艦と同等の能力を持っている。副砲は45口径15.2cm連装速射砲4基、同単装速射砲4基、43.5口径47mm単装速射砲12基、23口径37mmガトリング機砲28基、さらに魚雷発射管水上4基、水中2基、19口径63.5mm野砲2基、機雷50個を装備している。

 防御装甲は舷側最大368mm、甲板51mm、主砲254mm、司令塔229mの装甲を誇る。機関はレシプロ機関で2基2軸、最大出力は11,213馬力、最高速度は18ノットであった。

 当時の日本海軍の新鋭戦艦三笠と比較すると排水量は三笠が15,140トンでポルタワの1.5倍あるが、これは前述のようにポルタワがウラジオストクのドックに入港できるようにしたためである。火力は主砲は三笠が40口径30.5cm連装砲2基、副砲40口径15.2cm単装砲14基、76mm単装砲20基である。主砲は全く同等で副砲も若干三笠の方が多いがほぼ同等その他の火器もほぼ同等と見て良いであろう。

 主機関はレシプロ機関2基2軸で15,000馬力を発揮する。ポルタワが11,213馬力であるので1.4倍程度三笠の方が馬力が強いがこれは排水量が大きいためで最高速度はどちらも18ノットである。装甲は三笠が舷側229mm、甲板102mm、主砲254mm、司令塔356mmとこれも全体的にみれば同等といえる。

 

丹後

 海底から引き揚げられた戦艦ポルタワは1905年8月22日付で戦艦丹後となった。丹後はその後舞鶴海軍工廠において2年間におよぶ修理を受ける。この際に海水に浸かったボイラーは国産の石炭専焼缶16基に変更、これにより最高速度が16.2ノットに低下している。

 さらに主砲はアームストロング社製のものに変更、76mm単装砲を両舷に各5基追加、魚雷発射管も水中2基は撤去、水上魚雷管は45.7cm魚雷発射管へと変更された。1912年8月28日艦艇類別が一等海防艦となった。

 

戦歴

 第一次世界大戦が勃発すると丹後も出撃、青島攻略戦に参加する。第一次世界大戦において日本とロシアは連合軍の同盟国となったため、1916年4月4日に丹後は相模、宗谷と共にロシアに返還された。ロシアでは元の名称であるポルタワはガングート級戦艦で使用していたためチェスマと改名してウラジオストク艦隊に所属、その後白海艦隊に編入された。

 1918年にムルマンスクに進出した連合軍により武装解除された。その後ボルシェビキの白海海軍に所属するが英軍により受けた損傷が甚大であったために1923年に廃棄処分が決定、1924年7月3日に解役、解体された。

 

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