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(以下画像はwikipediaより転載)

 

 

要約

 キング・ジョージ5世級はドイツのビスマルク級戦艦に対抗する目的で建造された無条約時代の戦艦である。主砲は35.6cm砲で最高速度は28ノット5隻が建造された。初陣はビスマルク追撃戦で同型艦2隻が参加している。2番艦プリンス・オブ・ウェールズはマレー海戦で撃沈されてしまうが、その他姉妹艦4隻は無事終戦を迎えた。

 

キング・ジョージ5世級

 

 

性能

 基準排水量 36,727トン
 全長 227.1m
 全幅 31.5m
 機関出力 110,000馬力
 最大速力 28ノット
 航続距離 7,000海里 / 10ノット
 乗員 1,422名
 武装 45口径35.6cm砲4連装2基、連装1基
    50口径13.3cm両用砲連装8基
    39口径40mmポンポン砲8連装4基
 装甲 舷側381mm、甲板152mm、砲塔330mm、司令塔110mm
 搭載機 4機
 竣工(1番艦 キング・ジョージ5世) 1940年10月1日
 竣工(2番艦 プリンス・オブ・ウェールズ) 1941年1月19日
 竣工(3番艦 デューク・オブ・ヨーク) 1941年11月4日
 竣工(4番艦 アンソン) 1942年4月14日
 竣工(5番艦 ハウ) 1942年8月29日
 同型艦 5隻

 

開発前史

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 1922年に発効したワシントン海軍軍縮条約とそれに続くロンドン海軍軍縮条約によって英国、米国、日本の戦艦の新規の建造は中止された。しかし1936年、日本が第二次ロンドン軍縮条約の締結を拒否したために世界は無条約時代と呼ばれる軍拡時代に突入した。

 

開発

 キング・ジョージ5世級は全部で5隻あり、1番艦のキング・ジョージ5世は1937年1月1日に起工、1939年2月21日に進水、1940年10月1日に竣工した。以下2番艦プリンス・オブ・ウェールズが1941年1月19日、3番艦デューク・オブ・ヨークが1941年11月4日、4番艦アンソンが1942年4月14日、5番艦ハウが1942年8月29日に竣工している。

 排水量は36,727トンで全長227.1m、全幅31.4mで主砲は35.6cm砲を搭載していた。ロンドン条約が失効したのは1936年末であったので1番艦キング・ジョージ5世の起工はその直後、つまりは条約期間中に設計が完了していたため排水量、主砲もロンドン海軍軍縮条約の制限内で設計されている。

 主砲は先述のエスカレーター条項により41cm砲までの建造が可能であったが旧来の35.6cm砲を選択したのは砲を変更すると船体そのものの設計変更も余儀なくされ、結果的に完成が遅れることになりかねなかったからである。

 当時の欧州情勢はドイツが再軍備を開始、戦艦ビスマルク級が建造中であった。これに対して英国はネルソン級以外は第一次世界大戦型の戦艦を近代化改修したものばかりで早急に新型戦艦を戦力化する必要があったからである。

 

主砲

 レイアウトはオーソドックスであったが、主砲はほとんど先例の無い4連装砲塔を採用した。この45口径35.6cm砲4連装を前後に1基ずつ、さらに前部には同砲連装1基が設置された。当初は4連装3基の予定であったが、設計初期に弾薬庫の防御に問題があることが発覚したために2番砲塔を連装として重量軽減を行い、軽減分を防御装甲に当てている。

 主砲の最大仰角は40°(2番、3番砲塔は35°)で最大射程が35,260m、射程22,860mで241mmの垂直装甲または102mmの甲板装甲を貫通、射程16,460mでは305mmの垂直装甲を貫通することができる。日本の戦艦の舷側装甲は305mmが多いためほとんどの戦艦は射程内で貫通してしまう。

 副砲は50口径13.3cm両用連装砲が4基舷側左右に2基ずつ設置された。この砲は仰角最大75°で高度14,925mまで届くという高性能であったが、実際には旋回速度や砲身の上下速度が凡庸であり急降下爆撃機に対しては弱かった。近接対空火器としては40mmポンポン砲4連装4基も装備されたが、この砲は有効射程も短く弾道特性も悪い上に故障が多く性能は今ひとつであった。

 

装甲・主機関

 防御装甲は舷側最大381mm、主砲前面330mm、甲板装甲が152mm、司令塔が114mmで12度の傾斜装甲が採用されている。この重装甲は英国戦艦の特徴ともいえる。また船体内には水雷防御縦壁や防水区画を設けるなど水中防御対策も講じられている。

 主機関はネルソン級と同様のギアードタービン方式であるが4基を搭載、4軸推進となった。機関出力は110,000馬力で最高速度は28ノットを発揮、航続力は10ノットで7,000海里である。

 ドイツ海軍のビスマルク級に対抗する目的で建造された本級であるが、性能を比較すると排水量がキング・ジョージ5世級が36,727トンに対してビスマルク級が41,700トン、全長227mに対して250.5m、全幅31.4mに対して36mと船体は一回りビスマルク級の方が大きかった。

 性能も主砲がキング・ジョージ5世級が35.6cm砲10門であるのに対して38cm8門、機関出力110,000馬力に対して138,000馬力、最高速度が28ノットに対して30.8ノットと砲数では2門優っているものの性能面でもビスマルク級には及ばなかった。

 

戦歴

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 キング・ジョージ5世級の初陣は1941年5月のドイツ戦艦ビスマルク追撃戦である。同時に戦艦ビスマルクにとっても初陣であった。対抗目的で建造された戦艦がどちらも初陣で衝突した訳である。この戦闘には1番艦キング・ジョージ5世、2番艦プリンス・オブ・ウェールズの2隻が参加したものの2番艦プリンス・オブ・ウェールズは最初の会敵でかなりの損害を受けて戦線を離脱した。

 その後キング・ジョージ5世は他の艦と連携して戦艦ビスマルクの撃沈に成功する。戦闘では勝利したがビスマルク級への対抗として建造されたキング・ジョージ5世級としては2隻を派遣したが1隻はビスマルクに撃退されており性能の違いがそのまま戦果の違いとなった形である。

 1941年12月2日、修復が完了したプリンス・オブ・ウェールズは東洋艦隊に配属となりシンガポールに進出するが、12月10日のマレー沖海戦で日本海軍の九六式陸上攻撃機一式陸上攻撃機の集中攻撃を受けて14時50分に撃沈された。

 1941年11月から1942年8月までに3番艦以降が次々と竣工するが、これらの戦艦は主に船団護衛任務に活用された。1944年11月になるとキング・ジョージ5世は太平洋艦隊に配属されてアジア方面に進出、日本本土沿岸への艦砲射撃を行った。1945年4月には3番艦デューク・オブ・ヨーク、4番艦アンソンも同艦隊に編入されたものの戦闘には参加せずに終戦を迎えた。

 戦後は練習艦、予備艦を経て1957年に除籍、解体処分されている。

 

 

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