(画像はwikipediaより転載)
戦艦インペラートル・アレキサンドル2世級はロシア海軍初の近代戦艦である。姉妹艦にはインペラートル・ニコライ1世があり、バルチック艦隊に配属され、日本海海戦で日本軍に鹵獲された。以降、二等戦艦壱岐となり、1915年に標的艦として撃沈されている。
戦艦インペラートル・アレキサンドル2世級 〜概要〜
性能
通常排水量 9,500トン
最大排水量 -トン
全長 105.53m
全幅 20.42m
吃水 7.87m
機関出力 8,500馬力
最大速力 15.3ノット
航続距離 4,000海里/10ノット
乗員 611名
武装 30口径30.5cm砲連装1基
22.8cm砲単装4基
15.2cm砲単装8基
4.7cm砲単装10基
3.7cm砲単装8基
38.1cm水上発射管5基(ニコライは6門)
装甲 舷側 35.6cm
甲板 -cm
主砲 25.4cm
同型艦 2隻
特徴
本級はドイツ海軍のザクセン級装甲艦に対抗する目的で建造されたバルチック艦隊用小型戦艦である。姉妹艦は2隻あり、主砲や装甲等が若干異なる。主砲は連装1基で天蓋が付いているが、破片を防ぐ程度の能力しかない。砲弾の揚弾、装填は水圧によって行われる。発射速度は1発/5分である。
同型艦
インペラートル・アレキサンドル2世(起工1885年7月、竣工1891年6月)
インペラートル・ニコライ1世(起工1886年8月、竣工1891年7月)
戦艦インペラトール・アレキサンドル2世級の活躍
1番艦インペラトール・アレキサンドル2世
(画像はwikipediaより転載)
1891年に竣工したインペラートル・アレキサンドル2世は、バルト艦隊に配属。1896年8月には地中海艦隊に配属、さらには1897年からはマルタ島に移動、国際艦隊に参加した。1901年9月にはバルチック艦隊の拠点であるクロンシュタットに帰還した。1902年から1904年にフランスで改装を受け武装が強化されたが、1907年には練習艦となり、1917年5月にはザリャ・スヴォボデ(ロシアのカザフスタン近郊の地名)と改称される。1922年スクラップとして売却された。
2番艦インペラートル・ニコライ1世
(画像はwikipediaより転載)
姉妹艦のインペラートル・ニコライ1世は1891年、バルト艦隊に配属、1893年には大西洋を横断してアメリカに行った。その後、その後、アレキサンドル2世と同様に国際艦隊に所属、太平洋に回航された。日清戦争後の1895年4月には長崎に寄港している。1898年4月には大規模な改修を受けている。1905年1月には第三太平洋艦隊旗艦としてバルチック艦隊に配属、日本海海戦で日本海軍に降伏した。
二等戦艦壱岐
日本海軍によって鹵獲された戦艦インペラートル・ニコライ1世は、二等戦艦壱岐と改名し、横須賀鎮守府籍となるが、同年12月には一等海防艦に類別変更された。1915年5月退役、10月には標的艦として戦艦金剛、比叡の砲撃により撃沈される。
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