01_ビスマルク
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 戦艦ビスマルク級は対外的には排水量35,00s0トンとしていたが、実際には41,700トンあり建造当時世界最大の戦艦であった。主砲は38cm砲連装4基で前後に2基ずつ設置されている。最高速度は30.8ノット。ビスマルクは初出撃で英艦隊と砲撃戦の末撃沈、テルピッツは温存され軍港内で大破着底して終戦を迎えた。

 

ビスマルク級戦艦

 

 

性能(ビスマルク)

 基準排水量 41,700トン
 全長 250.5m
 全幅 36.0m
 機関出力 138,000馬力
 最大速力 30.8ノット
 航続距離 9,280海里 / 16ノット
 乗員 2,092名
 武装 48.5口径38cm連装4基
    55口径15cm連装砲6基
    65口径10.5cm連装高角砲8基
    37mm連装機関砲8基
    20mm単装機関砲12基
 搭載機 4機
 竣工(1番艦 ビスマルク) 1940年8月24日
 竣工(1番艦 テルピッツ) 1941年2月25日
 同型艦 2隻

 

開発前史

 ドイツはヴェルサイユ条約で艦艇建造について厳しい制約を受けていたが、1935年3月、ドイツはヴェルサイユ条約を破棄、同年5月18日に英独海軍協定を結んだ。この協定の主な内容とは英海軍の35%までの艦艇を建造することが出来ること、戦艦の枠は184,000トンであることであった。これにより35,000トン級の戦艦を5隻程度建造することが可能となった(のちに45,000トンまで拡大された。)。その結果として建造されたのがビスマルク級である。

 

開発

 戦艦ビスマルクは、1936年7月1日ハンブルグのブローム・ウント・フォス社で起工、1939年2月14日進水、1940年8月24日に竣工している。同型艦のテルピッツは1936年11月2日ヴェルヘルムスハーフェン海軍工廠で起工、1939年4月1日進水、1941年2月25日に竣工した。完成したビスマルクは排水量41,700トンで全長251m、全幅36mであった。これに対してテルピッツは基準排水量42,900トン、全長253.6m、全幅36mとわずかに大きい。

 対外的には35,000トン戦艦として押し通していたもののビスマルク級の排水量は当時の戦艦中最大だった。無条約時代の戦艦ではあったが、キール運河を通過できることが条件としてあり、このために全幅はキール運河の幅44m以下となっている。

 主砲は47口径38cm連装砲4基、副砲は55口径15cm連装速射砲6基でその他10.5cm高角砲8基、37mm連装機関砲8基、20mm4連装機関砲2基、同単装12基を装備している。防御は吃水線の70%を32cmの強力な装甲ベルトによって防護された。これはシャルンホルスト級の35cmよりも薄いが艦内の傾斜装甲板の鋼板の最大厚は12cmでありシャルンホルスト級の11cmを上回る。

 機関はワーグナー式高圧重油専焼缶が12基、タービンはブローム・ウント・フォス製(テルピッツはブラウン・ボベリー製)ギヤード・タービンを3基3軸装備している。出力は138,000馬力で最高速度は29ノット、16ノットで9,280海里の航続距離を持つ。この機関は故障が頻発したものの艦自体の設計は良かったため操艦性は良かった。

 

戦歴

 ビスマルクは1940年8月24日に竣工、乗員の訓練のために出港する準備を行っていたが9月15日に英空軍の夜間爆撃機が侵入、高角砲による実弾射撃を行った。結果的にこれがビスマルク級戦艦の初陣となった。その後は乗員の訓練や残りの艤装を行い、最初の出撃は1941年5月18日で重巡洋艦プリンツ・オイゲンと共に「ライン演習」と呼ばれる通商破壊作戦を行った。

 5月24日、デンマーク海峡で英戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦フッドに捕捉され砲戦となる。ビスマルクはフッドを撃沈、プリンス・オブ・ウェールズに数発の命中弾を与えたものの、ビスマルクも数発被弾をした。この命中弾によってビスマルクは作戦の継続が不可能となった。このため通商破壊戦を継続するプリンツ・オイゲンと別れ、ビスマルクはフランスのサン・ナゼールに向かうこととなった。

 これに対して英艦隊は巡洋戦艦レナウンと航空母艦アーク・ロイヤルを派遣するとともにプリンス・オブ・ウェールズ、重巡洋艦ノーフォーク、サフォークが接触を続けた。26日、英艦隊はビスマルクを発見、空母アーク・ロイヤル艦載機のソードフィッシュ雷撃機の攻撃により被弾した。

 27日には戦艦キング・ジョージ5世、ロドニー、重巡洋艦ノーフォーク、ドーセットシャーに捕捉、これらの艦艇の集中砲火を浴び1941年5月27日1040撃沈された。

 姉妹艦テルピッツは1941年2月25日に竣工、その後バルト海に移動して訓練を重ねた。するが、海軍に編入された時点ではすでに僚艦ビスマルクは撃沈されていた。1941年6月22日バルバロッサ作戦が開始されるとテルピッツは巡洋艦5隻とバルト海艦隊を編成してソビエト艦隊をけん制した。

 1942年1月テルピッツはノルウェー海域に派遣される。この際に英空母ヴィクトリアスのアルバコア雷撃機12機の攻撃を受けるが損傷はなかった。これ以降、テルピッツは英国艦隊をけん制するために出撃の機会は少なく、ノルウェーのトロンハイムに停泊し続けた。これに対してテルピッツの存在を恐れた英国が数度にわたって攻撃を行っており、ランカスター爆撃機やX艇の攻撃で被弾している。1944年11月12日にはランカスター爆撃機から投下された爆弾トールボーイにより大破横転して着底した。

 その後テルピッツはドイツ敗北まで放置されたが、1948年から1957年にかけて解体された。

 

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