01_B-24lberator
(画像はwikipediaより転載)

 

要約

 B-17の後継機として開発された機体でデイビス翼を採用することにより長い航続距離を獲得した。最高速度は475km/hで航続距離は3,380kmを発揮した。反面、防御力が弱く武装もB-17に比べて若干弱い。それでも各種改良型が開発され総生産数は18,000機以上であった。

 

B-24 リベレーター

 

 

性能(B-24J)

全幅 33.53m
全長 20.47m
全高 5.49m
自重 17,556kg
最大速度 475km/h(高度7,620m)
上昇力 6,100mまで25分
上昇限度 8,530m
エンジン出力 1,200馬力(P&W R-1830)4基
航続距離 3,380km
乗員 10名
武装 12.7mm機銃10挺
爆弾搭載量 4,000kg
初飛行 1939年12月29日(XB-24)
総生産数 18,188機
設計・開発 アイザック・M・ラドン / コンソリデーテッド社

 

開発経緯

 B-24開発のきっかけは1938年に米陸軍航空隊がコンソリデーテッド社に対してB-17のライセンス生産を行うように要請したことであった。これに対してコンソリデーテッド社はこの提案を拒否、自社で独自の爆撃機を製造することを提案した。そして1939年1月になると今度は米陸軍航空隊から大陸間爆撃機の構想である「プロジェクトA」の一環としてB-17を上回る航続距離、速度、上昇限度を持つ爆撃機を製造するように依頼された。

 

特徴

 この結果完成したのがB-24爆撃機である。B-24は高アスペクト比のデイビス翼を採用したため比較的高速でなおかつ高い揚力を発揮する翼が長い航続距離を可能にした。飛行艇を製造していたコンソリデーテッド社らしく胴体は正面から見ると縦長の楕円形で車輪は機首と両翼にある首輪式で以降、米軍爆撃機はこの方式が主流となる。

 ノースアメリカン社B-25ミッチェルと同様に水平尾翼の先には垂直尾翼が左右翼端に取り付けられており、エンジンはプラット&ホイットニー社製R1830-35ツインワスプエンジンが4基搭載された。最大4,000kgを搭載できる爆弾倉は前後左右に4分割されており、中央に乗組員が移動するためのキャットウォークがあった。爆弾倉の扉はそれまでの観音開きではなく空気抵抗を減らすためにシャッター式が採用された。

 機内容量が大きく航続距離が長大であったため汎用性が高く、多くのバリエーションが登場、総生産数は爆撃機史上最大の18,000機以上であった。しかし同時に欠点もあった。高アスペクト比の翼を採用したことで高い揚力を獲得した反面、同時に重量物を搭載すると飛行が不安定になり、飛行中に氷結しやすく翼にゆがみが生じるという問題もあった。さらにB-17に比べて翼の強度が弱く、戦闘によって損傷を受けやすかった。

 新しいアイデアのシャッター式爆弾倉も強度が弱く、乗組員の体重で穴が開いてしまったということもあったようだ。これは水面に不時着した際は致命的で浮力を維持できず瞬時に沈没してしまう可能性があった。B-17に比べ航続距離では圧倒していたものの機体の防御力は弱く、武装もB-17が12.7mm機銃12挺であったのに対して12.7mm機銃10挺と少ない。このため乗組員には嫌われる傾向があった。

 初飛行は1939年12月29日であったが、性能が陸軍の要求に達していなかったためエンジンを排気タービン過給器付きに変更、XB-24Bとなった。1941年から本格的に生産が開始、1941年12月にはB-24C型、1942年1月にはB-24D型が登場した。

 

主なバリエーション

 大量生産されただけにバリエーションは非常に多くある。基本的にB-24の後にAから順番にアルファベットが付けられているので以下、アルファベット順にバリエーションを見てみたい。

 B-24A型は初期生産型あるが生産数はわずか9機のみ、B型は排気タービン過給器装備の試験機、C型はB型の量産型であるが生産数は9機で実戦には使用されていない。本格的な量産型は排気タービン過給器装備のD型で約2,700機製造された。E、G型はD型をフォード社、ノースアメリカン社が生産したものでそれぞれ801機、430機が製造された。

 F型は防氷装置を付けた試験機、H型は砲塔の形状が変更された量産機で3,100機製造された。I型はなく、J型はF型で試験された防氷装置が標準装備されている型で後期主力生産型として約6,700機製造された。K型は垂直尾翼を1枚にした試作機、L型は軽量型で1,000ポンド(454kg)ほど軽量化された上に砲塔の形状が変更されている。約1,700機が製造された。

 M型はL型の砲塔の形状を以前の型に戻したタイプで2,600機製造された。N型はK型同様単垂直尾翼型で約5,200機が発注されたが終戦によりキャンセルされた。O型はなく、P型は砲塔を連装にした試作機、Q型はレーダーを搭載して砲塔の形状を変更した試作機である。

 末尾にアルファベットを付するバリエーションは以上であるが、量産されたのはD型(E、G型を含む)が約4,000機、H型が3,100機、J型が6,700機、L型1,700機、M型2,600機の5タイプである。

 

その他バリエーション

 上記以外のバリエーションとしては輸送機型のC-87、C-109、偵察機型のF-7、ガンシップ型のYP-41、無人飛行爆弾のBQ-8がある。このBQ-8はドイツ軍のバンカーを破壊する目的で製造された機体で離陸のみはパイロットが行い、その後パイロットはパラシュートで脱出、以降は無線で操縦される。

 B-24は陸軍航空隊が採用した他、米海軍でも対潜哨戒機PB4Yとして採用されている。総生産数は977機で内65機が写真偵察機PB4Y-Pに改造された。これ以外にもPB4Yをベースに長距離哨戒機として再設計したPB4Y-2が739機製造されている。

 

戦歴

 1941年後半、B-24は英国で初めて実戦配備、以降、英国はヨーロッパでの爆撃にはほぼ使用せずに対潜哨戒や中東、インドで運用した。特に航続距離の長いB-24は対潜哨戒機としては非常に効果的でUボートの活動を封じるのに大きな貢献をした。

 米陸軍航空隊への配備は1941年中頃であった。12月に日本軍による真珠湾攻撃が行われ米国も第二次世界大戦に参戦するとB-24も全戦域に配備されていき、1943年までには爆撃機の主力はB-17からB-24へと代わっていった。英国と異なりヨーロッパでは戦略爆撃にも使用され戦果と共に大きな損害を出している。

 このB-24は米国、英国以外にもカナダ空軍、オーストラリア空軍、ソ連空軍、中華民国軍でも使用された他、鹵獲機がドイツ空軍、中国共産党軍でも使用されている。B-24を最後まで使用したのはインド空軍で最後の機体は1968年に退役している。

 

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