01_戦艦大和
(画像は戦艦大和 wikipediaより転載)

 

超要約

 

 そもそも陸と海では海の方がロマンチックなイメージがあり印象が良い。そして当時の国民にとって陸軍は身近で徴兵で行った人も多い。これに対して海軍は距離が遠く行った人数も少ない。どちらも同じ位厳しかったが行った人数が多いので陸軍の厳しさの方が多く伝わっている。さらに海軍は学徒出陣した学生上がりを最初から士官として優遇したのに対して陸軍は一番下から始めさせた。このため戦後彼らが発言権を得た時に海軍の良いイメージが定着した。実際のところはどっちもどっちである。

 

陸軍は悪玉、海軍は善玉

 

陸海軍のイメージ

 日本はかつて大日本帝国と称し、そこには大日本帝国陸軍、大日本帝国海軍が存在した。英国やドイツのように空軍は独立していなかったため軍隊というのは陸軍と海軍であった。この陸軍と海軍、戦後の日本ではどういうことか陸軍は日本を戦争に導いた上にあくどいことばかりをやり、それを止めようとしたステキな海軍という見方が定着している。これを陸軍悪玉論、海軍善玉論という。

 これは戦前、戦中の歴史を少しかじった人ならば何となく感覚的に分かると思う。対英米戦争を決断した東条英機、戦争阻止に命を賭けた米内光政、山本五十六、井上成美の海軍左派。いや、それ以前に満州事変を起こした陸軍の参謀達と泥沼の日中戦争に突入させた陸軍幹部たち。

 これらは一面では確かにそうかもしれない。しかし陸軍が全部大賛成して様々な事変、事件を起こした訳でもないし、逆に海軍がそれらを阻止しようと躍起になった正義の味方でもない。にもかかわらず世間では海軍は正義、陸軍は悪というイメージになってしまった。では、このイメージはどうして出来てしまったのだろうか。

 

02_九七式中戦車
(画像は九七式中戦車 wikipediaより転載)

 

一般人から見た陸海軍の印象

担当地域

 まずは陸海軍の担当地域から見てみたい。陸軍の担当地域は当然陸。空もあるのだが主な担当は当然陸だ。主たる戦場も陸戦だ。泥まみれで汚らしい。これに対して海軍の担当地域は海だ。海はどこまでも広く青くて美しい。多くの人は漁師ではないので実際の海の怖さなどは知らない。とにかく海は美しくロマンチックだ。担当地域の印象からして陸軍は汚く、海軍は美しいのだ。

 

制服

 その印象は制服でまた増幅される。陸軍の制服は泥をイメージするカーキ色にところどころに赤という微妙なセンスだ。これは陸上での景色に溶け込むという実用的な目的があるので仕方ないのだが、そういった目的がない海軍は海をイメージした濃紺のスタイリッシュな制服、そして純白というこれ以上ないくらい清潔な色の制服なのである。濃紺は海の色であるから一応は保護色と言えないこともないがこの制服のお陰で敵に発見されなかったというようなこともなさそうだ。

 

行った人の人数の違い

 こんな泥臭い陸軍、そしてステキな印象を持つ海軍であるが、当時の日本は国民皆兵。どちらかに行かなければならない。そこでどちらを選ぶのかといえば海軍となるだろうが、そうは問屋が卸さない(←古い)。陸軍は終戦時の人数が540万人、これに対して海軍は170万人と規模が1/3ほどだ。その上志願兵が主体である。

 そうなると徴兵されて入隊するのはほとんど陸軍ということになる。志願兵はその名の通り自らの意志で入隊するのだが、徴兵された人はいやいや行くのだ。志願して行った人と徴兵された人とでは軍隊の印象というのは全く違う。当然、徴兵された人は軍隊に対して良い印象を持たない。

 その徴兵された人達を待ち受けるのは強烈なしごき。昔の軍隊の自殺者は尋常な数ではない。凄まじい体罰が待ち受けている。いやいや入隊して体罰を受けまくる。良い印象を持つはずがないのだ。では海軍は体罰がないのかといえばそんなことは全く無い。海軍には伝統のバッター制裁という強烈な体罰がある。これは新兵のお尻を木製バットでぶん殴るという強烈なものだ。基本的に手加減はしないため死者が出ることもある。

 どちらも体罰は凄まじいのだが、実は海軍の方が酷かったという話もある。これはエビデンスがある訳ではないが、陸軍は陸戦だ。体罰を与えた上官、先輩と一緒に戦うことになる。仮に恨みがあった場合、後ろから撃たれるという可能性はなくはない。これに対して艦の中で作業する海軍には全くそんな心配はない。そこで体罰がエスカレートするという。ただこれはあくまでウワサ。実際はどうだか分からないが陸海軍共に体罰は酷かった。

 しかし志願兵主体の海軍と徴兵された人が主体の陸軍(もちろん志願兵もいるが)。モチベーションが全然違う上に人数も圧倒的に陸軍が多い。このため陸軍に悪い印象を持つ人は多いと考えられるのだ。

 

03_五式戦闘機
(画像は五式戦闘機 wikipediaより転載)

 

距離の近さ

 当時の一般ピープルにとって軍隊と言えば陸軍だ。前述のように海軍は人数が少なくて海軍軍人というのは現在では絶滅が危惧されているとまでは言わないがそれなりに希少生物なのだ。これに対して陸軍の軍人というのはそこらへんにいる。

 まずは悪名高い憲兵。「憲兵と巡査にはなるものではない」とまで言われた憲兵は陸軍軍人だ。さらに学校には配属将校というウルさいオッサンがいる。軍隊の教練を強制的にやらせる嫌な奴だ。この配属将校というのは1925年に可決された陸軍現役将校学校配属令によって中学校以上の官立、公立、私立の中学校以上に配属された現役陸軍将校で軍事教練等を担当する。

 これら陸軍の軍人たちに比べ希少生物である海軍軍人は滅多に見かけない。戦艦や航空機という高度なメカを駆使する専門性の高さから憧れの対象にもなった。たまに見かける海軍軍人の純白の制服に短剣を吊って歩く姿もまた憧れを増幅する。

 

学徒動員された高学歴者の印象

 1943年、太平洋戦争が激しくなってくるとそれまで徴兵検査が猶予されていた大学生等にも徴兵検査が行われるようになった。この結果、当時のエリートである学生が大量に陸海軍に入隊することになった。

 陸軍はこれらの学生に対しても一般人同様に激烈下っ端として扱った。その後幹部候補生となったのちに下士官、士官と昇進していくのだが初めの数ヶ月は激下っ端で前述のシゴキを受ける。当時の大学生や高校生というのは今とは全く違う。人数も少ないし「自分達を学士としてちゃんと扱え」と上層部に意見した人もいるほど自意識も高い。その彼らがそのような扱いを受ければ当然に不快である。

 これに対して海軍は違う。海軍では士官と下士官以下というのは、制度上「貴族と奴隷」と言われるほどに区分がはっきりしている。学生の多くは士官として採用されるので「貴族」の方になる。時期によっては従兵まで付いたりするのだからその待遇は陸軍とは雲泥の差である。

 その彼らは戦後、本を出し社会の上部に行く。彼らの体験がそのまま陸軍と海軍の印象になるのだ。徴兵されなかった学生も学校での教練で野蛮な陸軍の配属将校を散々見ている。陸軍の印象が良くなるはずがない。

 

政治干渉

 しかしじゃあ陸軍が嫌われるのは印象だけなのかといえばそうではない。実際に陸軍の政治性の高さは海軍の比ではなかった。内閣を何個も倒し二・二六事件では内大臣斎藤実、大蔵大臣高橋是清を殺害している。ただ事件に関してはその4年前に海軍の青年将校によって五・一五事件が起こっているのでどちらも似たり寄ったりであるが政治干渉に関しては陸軍はすごかった。

 

ということで陸軍悪玉、海軍善玉となった。

 陸軍は多くの国民が徴兵されて行くところであり、それ以外の国民も憲兵や配属将校など身近な存在であり、海軍は志願兵中心で総数も少なかったため国民からはあまり知られていない存在であった。このためしごき等の恨み節も圧倒的に陸軍が多い。

 そこに輪をかけるのが、海軍でイメージする海の美しくロマンチックなイメージ、スマートな制服。一般ピープルの印象はデフォルトで海軍の方が圧倒的に良いのだが、さらに学生の身分で徴兵されたインテリ達はエリートとして扱った海軍には好印象、逆にクソ下っ端の兵から始まる陸軍には悪い印象を持つようになる。

 彼らは戦後自身の軍隊生活について語ると陸軍に徴兵された人は陸軍に悪い印象を持ち、海軍に徴兵された人は海軍に良い印象を持つ。思想は経験に影響を受ける。彼らが様々な場面で陸海軍を語る際にはどうしても自身の経験が影響してしまい陸軍に厳しく海軍に優しくなってしまう。そしてそれを読んだ一般読者もまた前述の陸海軍のイメージからこれらの論を受け入れてしまう。この結果、陸軍悪玉論、海軍善玉論が成立してしまったようだ。

 

 

04_紫電改
(画像は紫電改 wikipediaより転載)

 

実際はどうだったのか

 実際にはどうだったのかというとこれは政治面と実務面で分けて考える必要がある。政治的な面でいえば陸軍は確かに海軍に比べて政治干渉は多かったし、満州事変等の暴走もあった。これに対して政府や天皇は何とか食い止めようとしたが、海軍がそれを身を挺して防いだようなこともない。そもそも陸軍も圧倒的な世論の支持の下に暴走したのであって、国民の大反対を押し切って戦争を始めた訳ではない。

 では実務面においてはどうだったのかといえば正直どっちもどっちといったところだ。Wikipediaなどを見ると海軍に比べて陸軍は航空機の防弾を考慮していたことや最初に特攻を始めたのが海軍であったこと等から陸軍の方が人命を大切にしていたようなことが書いてあるが、そんなものはハッキリ言ってしまえばどっちもどっちだ。

 確かに航空機の防御に関しては陸軍の航空機の方が多少は重視されていた。では陸軍の航空機が米軍機ほど頑丈にできていたのかといえばそうではない。海軍機と同じ会社が設計して同じエンジンを使った結果、同じようなスペックの機体が出来上がっている。つまりは同じような重量だったのだ。仮に陸軍がパイロットの保護のために防弾性能を強化しまくっていたら防弾を軽視した海軍機に比べて圧倒的にスペックが落ちているはずだ。

 特攻に関しても確かに最初に始めたのは海軍である。しかしその後陸軍も特攻隊を編成して盛んに特攻を行っている。特攻に関しては後発であっただけだ。太平洋戦争時における陸軍兵の輸送船による輸送は奴隷貿易時の奴隷と同じ床面積しか与えられておらず、前線での無謀な突撃や斬り込み、戦車への爆雷攻撃など人命を尊重している要素はミジンコほどもない。

 

どちらも大差ない

 この『陸軍悪玉論、海軍善玉論』で大切なことは、どちらかが善でどちらかが悪であったということではない。陸軍が「悪玉」で無かったからと言って「善玉」であった訳ではない。無論、これは海軍に対しても同じことが言える。もちろん個人としては陸軍にも海軍にも立派な人はいたし合理的な人もいた。個別の事象に関しては陸軍の方が先進的な場合もあったし海軍の方が進んでいた場合もある。しかし個別の事象を抜き出してこちらの方が先進的であったというような、どちらかが「多少はマシだった」というような論に意味はない。

 当時の日本軍の人命軽視の風潮、精神主義はどちらの軍隊をも蝕んでいた。人命軽視はどちらも同じで兵器の先進性や戦略の合理性等も全体として見ればどちらも同じようなものだ。

 

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