かわぐちかいじ 著
小学館 (2015/9/30)

 

 最近、護衛艦いずもにF-35Bを搭載するというのが話題になっている。プレゼンス的には効果はありそうだけど、実際戦闘になったらそれほど威力を発揮するのだろうかという疑問がふつふつと湧いてくるのだった。そこで、実際に護衛艦にF-35Bを搭載して戦うという設定の『空母いぶき』を読んでみだ。一応、私の記事はネタバレ等は一切気にしないのでネタバレされたくない人はここで読むのを止めて下さい(-_-;)。

 

あらすじ  20XX年10月、嵐の中で遭難者に擬装したと思われる工作員[注釈 1]が、尖閣諸島の南小島に上陸し、「この島は中国固有の領土であり、中国本土の船舶を待つ」と主張する「尖閣諸島中国人上陸事件」が発生。さらに日本の領海に侵入を図る中国海警局の船舶と海上保安庁巡視船との衝突、調査目的で派遣された護衛艦への威嚇射撃と事態がエスカレートし、日本政府はなかば中国に屈する形で事態の収拾を図るが、中国の行動に危機感を覚えた首相は、同時に新型護衛艦の就役と、その艦船を旗艦にした新護衛隊群の創設を柱とする「ペガソス計画」の前倒しを決定する。
(wikipediaより転載)

 

 上記「あらすじ」の結果、完成したのが護衛艦いぶきで、護衛艦いずもの改良型という設定だ。いぶきはF-35Bを15機搭載することができる。このいぶきを中心として第5護衛隊群を編成する。そこへ中国海軍が先島諸島に軍事侵攻してくる。侵攻作戦は成功し先島諸島のいくつかの島は中国軍の手に落ちる。急遽、先島諸島に向かういぶきと中国海軍の間で激しい戦闘が行われるのだ。

 ざーっとストーリーを説明するとこんな感じになる。一応、8巻まで読んでみたんだけど、正直、あまり面白くなかった。世間ではすごいリアルだと思われているんだろうけど、私はあまりそうは感じなかった。何というか、人や部隊の運用、兵器その他全てが全て防衛省や自衛隊がアピールしているカタログスペックそのままの能力を発揮している。

 作中の自衛隊の兵器はミサイル、弾薬ともに十分に装備されており、人員も充足している。隊員の練度も高く敵といえども人命を尊重し、戦闘中であっても人を殺すことに躊躇するほどモラルも高い。それに対して中国海軍の兵器は性能が劣っておりステルス機でもF-35Bに太刀打ちできない。自衛隊のミサイルその他兵器は百発百中で中国側から発射したミサイルはフレア等の対ミサイル装備でほぼ無効化される。

 中国軍側は隊員の練度においても自衛隊に比べて劣っており、自衛隊員の命については何も考えていないどころか自軍の兵士の命すら軽視している。もしかしたらその通りなのかもしれないけどあまりにも日本側の視点に立った一方的な設定だ。実戦経験から見れば、海上自衛隊と中国海軍。海上自衛隊は海戦の経験は皆無であるが、中国海軍は創設以来、10年に一度位は実戦を行っている。

 作中では中国の部隊は本気を出した自衛隊に「鎧袖一触」だが、中国のハイテク技術を低く見積もり過ぎだし、中国海軍の実戦から得た経験値を軽視し過ぎている。逆に自衛隊は、装備や武器弾薬が護衛艦の乗組員は絶えず不足しているのは有名な話だし、ミサイルや弾薬も絶対的に数が足りない。技術的にも世界から遅れ始めている上に欠陥兵器も多い。

 さらには実戦経験皆無(掃海とかはあるけどね)であることを考えると作中のような一方的な戦闘にはならないだろう。できれば自衛隊に潜む問題の指摘なども欲しかった。本作品は単純に正義の日本が悪の中国をコテンパンに打ち倒すというようなストーリーになってしまっている。これを読んで留飲を下げる人がいるのかもしれないが、それではあまりにも情けない。

 あと、もう一点、もう少し中国側の立場や中国人に人間味を持たせて欲しかった。日本には日本の「正義」があるのと同時に中国には中国の「正義」があるのだ。日本人も苦しみ悩み、喜び楽しむ人間であるのと同じく、中国人も苦しみ悩みや喜び楽しみがある。そこまで描いてくれるとストーリー的にもより面白くなると思う。

 何か、悪いことばかりを書いてしまったが、実際に「有事」が起こった場合の政府の対処や現場での対処の方法やジレンマ、葛藤などは興味深かった。実際はどうなのかは知らないがリアリティを感じる。

 


空母いぶき
佐藤浩市
2019-11-05