著者は元海上自衛隊潜水艦艦長であり、本書は特に日本海軍の潜水艦の歴史についてほぼ網羅されているといっていい。私は正直、現代の潜水艦の運用方法や長所短所を知りたくて本書を購入したのだが、amazonポチっのよくあるパターンで、内容が全く違っていた。

 しかし、読み進めていくうちに本書はまた充実した内容であることが分かった。本書は前半と後半に分かれており、前半は日本海軍の潜水艦運用史といっていい。後半はそこから引き継いだ海上自衛隊の潜水艦を含めた全般的な問題点について書いている。私はてっきりハードカバーの本の文庫化かと思ったが、本書は文庫として書き下ろしたそうだ。私が勘違いしたのはそれだけ内容が充実していたからだ。

 前半の日本海軍潜水艦史は徹底した史料調査により「第○○号はどこでどういう行動をとった」というような細部まで書かれている上に、甲標的、回天、運貨筒まで詳述されている。さらに伊400型潜水艦と晴嵐攻撃機の能力と必要性についても言及するなど潜水艦関係は網羅されている感がある。この前半部分だけでも資料としては十分に価値があると思う。しかし著者はこれを資料としてのみ提示したのではない。この大量のデータを元に日本海軍の潜水艦戦の問題点について追及していく。

 日本海軍の潜水艦戦は戦前から敵艦隊の漸撃が目的であり、太平洋戦争(著者は大東亜戦争と称しているが、私は違和感があるので太平洋戦争と書く)開戦後、その戦術が実際の潜水艦の個性に合わなくなっているにも関わらず対艦隊戦という思想から脱出することが出来なかったという。そうなった理由というのは潜水艦隊司令部に潜水艦の専門家がほとんどいなかったことを指摘している。そのため戦略・戦術ともに素人が口を出し、本来の潜水艦の個性を大幅に削ぐ結果となったという。

 その極端な例が竜巻作戦や伊400型潜水艦による米本土空襲計画だという。竜巻作戦とは潜水艦に特四式内火艇を乗せ環礁をキャタピラで乗り越えて環礁内に潜入しようというものだ。特四式内火艇の性能不足で取りやめになったという。伊400型潜水艦は有名だ。伊400型は艦内に水上攻撃機晴嵐を3機搭載することができる。本来の計画はこの潜水空母を使用しての米本土爆撃だったという。しかし数十機の晴嵐が米本土に攻撃をかけたとしても米国の国力から考えてもほとんど意味がなかっただろうとしている。

 その他潜水艦を知らない上層部が行った作戦の多くは、潜水艦の運用自体が潜水艦の個性を殺すもので実際、多くの潜水艦が大きな戦果を挙げることなく沈んでいった。前半部分では日本海軍の潜水艦運用の問題点を指摘した上で現在の海上自衛隊ではそれはどう改善されているかを検証する。結果、より悪くなっていると結論付ける。この海上自衛隊の問題点の指摘はやはり元海上自衛隊幕僚であり、潜水艦長の著者の真骨頂だ。

 驚くほど多くの問題があることが判明する。多くのミリタリーファンが読んだらあまりの世間の情報との落差に著者の頭を疑うんじゃないかとすら思う。世間にアピールされている最新鋭護衛艦を筆頭にした精鋭のイメージとはうらはらに、現実の海上自衛隊は多くの問題を抱えていると指摘する。詳細は本書を読んでもらえば分かると思う。私は基本的に本は流し読みをする。読む本が多すぎて熟読していると時間がいくらあっても足りないのだ。本書も前半部分は割と流し読みだったが、後半の最後になるにつれどんどん読むペースが遅くなってきてしまった。

 本書が出たのが2006年、そこから現在までの間に多少でも改善されていて欲しいものだ。本書を読んで著者中村秀樹氏の著書を何冊か読んでみようと思った。

 




 


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