01_M2smg
(画像はwikipediaより転載)

 

M2 サブマシンガン

 

 

性能

全長 813mm
重量 4,190g
口径 45口径
使用弾薬 45ACP弾
装弾数 20/30発
完成 1940年頃
総生産数 400〜500挺
設計・開発 ジョージ・ハイド / マーリン・ファイアーアームズ

 

開発経緯

 それまでの機関銃というのは数名で組み立て、設置して射撃するものであった。これを一人で持ち歩き射撃できるトンプソン短機関銃は革命的な銃器であった。同時に小銃クラスの大きさの銃器でありながらピストルグリップを装着するというのもそれまでにはない斬新なアイデアであった。

 しかしこのトンプソンにも欠点があった。それは本体が5kgを超えてしまうという重量の問題。そして削り出し工法を採用したために生産性が低い上に単価が高くなってしまうという主に二つの問題があった。削り出し工法というのは金属の塊を機械で削り目的の形状に仕上げていく工法でその他の方法としては鋳型を使用した鋳造、プレス加工等がある。

 この削り出し工法を採用した結果、小規模な工場でも生産することが可能になった反面、大量生産には向かず当然のように製造単価は高くなってしまった。第二次世界大戦の勃発により大量生産をする必要に迫られた米軍はトンプソン短機関銃の製造にプレス加工を採用する。これがM1A1短機関銃である。それと同時に米軍はトンプソンに代わる短機関銃を模索することになる。

 

開発

 銃器設計者のジョージ・ハイドは1942年4月に米軍の短機関銃のトライアルに自身が設計したハイド・インランド1、それに改良を加えたハイド・インランド2を提出した。この短機関銃は比較的良好な性能を発揮したため、同月、最初に制式採用されたM1A1短機関銃に次いで2番目の短機関銃ということでM2短機関銃として制式採用された。

 M2短機関銃はM1ガーランドM1カービンのように機関部を木製のストックで覆った従来の小銃のデザインを受け継いだ形状にトンプソンで成功したピストルグリップが装着されていた。発射機構はシンプルなオープンボルト、ブローバック方式であった。口径は45口径で使用弾薬は45ACP弾、装弾数は20発または30発のボックスマガジンでトンプソン短機関銃で評価が今ひとつであったドラム弾倉は採用していない。

 全体的には現代の自動小銃に近い形状をしているがストックやグリップが木製であったりと生産性の面では過渡期の銃という印象がぬぐえない。発射機構がシンプルブローバックであるため重量もM1A1の4.9kgに対して4.19kgと若干軽くはなっているが大きな違いとは言えない。但し、銃床は直銃床を採用していることからフルオート射撃には有利であり、これはトンプソン短機関銃よりも進歩したといえる。

 

直銃床と曲銃床

 ところでこの直銃床について簡単に説明してみたい。直銃床とは銃身の真後ろに銃床(ストック)がある形式の銃のことである。現在の機関銃はほとんどがこの方式であるが、これに対して曲銃床という形式の銃がある。これは古来からの形状で銃身から斜め下方にストックが下がっている形式で狩猟用のライフルやショットガンなどで現在でも多く採用されている。

 曲銃床は銃身から下にストックがあるために照準が付けやすく単射に向いている。このため狙撃銃などは曲銃床が多い。しかしフルオートでの射撃となると反動がストックを通じて下方に向かうために銃身は逆に上方に向かってしまうため連射のコントロールが困難であるという欠点がある。このためフルオート射撃を行う銃では基本的に直銃床を採用している。但し、自動小銃でも過渡期に開発されたM14自動小銃やAK47自動小銃等は曲銃床を採用している。このためこれらの銃をフルオートで撃つ場合はタイヘンであったようだ。

 

製造と実質的な制式採用撤回

 製造はボルトアクションライフルやショットガンの製造で有名なマーリン・ファイアアームズによって行われた。1942年12月から製造を開始したものの、1943年1月11日に同じくジョージ・ハイドにより設計された短機関銃がM3として米陸軍に制式採用された。このM3は通称グリースガンと呼ばれた短機関銃で木製パーツは使用せずにプレス加工と溶接で製造されていた。

 M3はM2よりも安価でさらに大量生産に向いていたため、当初は米軍もマーリン社に対して164,450挺のM2を発注していたものの全てキャンセルされた。このため実際に製造されたのは400〜500挺程度で現存しているのは何と6挺のみであるという。もしもM2が押入の中に入っていたら相当なプレミアが付くのは間違いない。因みにM2、M3短機関銃の開発者ジョージ・ハイドは使い捨て拳銃FP-45リバレーターの設計者でもある。

 

 

まとめ

 このような経緯のためM2短機関銃というのはほとんど知られていない。銃自体も目新しいものはなく木製ストックを採用するなど何ならトンプソン短機関銃よりも先祖返りしてしまっているともいえる。しかしこれを米軍が採用したのは1942年4月、第二次世界大戦に米国が参戦してからわずか5ヶ月程度の時期で南雲機動部隊が太平洋を暴れまわっていた時期であることを考えるとなりふり構っていられない米軍の焦りというものを感じる。

 

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