01_U-2
(画像はwikipediaより転載)

 

ロッキードU-2偵察機

 

 

性能

全幅 31.39m
全長 19.13m
全高 4.88m
自重 7,250kg
巡航速度 760km/h(高度22,000m)
上昇力 46m/秒
上昇限度 27,000m
エンジン出力 7,711kg(GE F118-101ターボファンエンジン)1基
航続距離 7,400km
滞空時間 12時間
乗員 1名
武装 - 
初飛行 1955年8月1日
総生産数 104機
設計・開発 クラレンス・ケリー・ジョンソン / ロッキード社

 

概要

 U-2偵察機という特殊な航空機がある。この機体は何もかもが特殊といってよく、そもそも発注元は米国空軍や海軍航空隊ではなく、アメリカ中央情報局つまりはCIAが発注した機体なのである。形式名の「U-2」についても偵察機であれば「偵察=reconnaissance」を意味する「R」が割り振られるのが普通であるが、このU-2に関しては汎用機を表す「U」となっている。そして機体は黒一色と外観も通常の航空機とは一線を画している。

 第二次世界大戦が終結すると米ソ間では新たな戦いが開始された。いわゆる冷戦である。双方資本主義と共産主義という相容れない主義を持つ国であるが、双方が核兵器を保有することから直接戦火を交えることはできない状態である。このような状態のなかでCIAは相手方の意図を知るために高高度偵察を行う必要に迫られていた。

 当時米国では、ソビエト連邦軍の戦闘機が迎撃に上がれる最高高度はせいぜい13,700mでレーダーも19,800m以上の高度では捕捉することは不可能だと考えらえていた。このため高度20,000m以上の高高度を飛行する偵察機を開発することができれば安全に領空侵犯を行って航空写真を撮影できるという訳だ。

 その意図を知ったロッキード社はF-104をベースに設計された偵察機の案を空軍(資金を出しているのはCIA)に提出、出来レースのようなコンペがあり、ロッキード社の案が採用されることとなった。外観からは想像もできないが、このU-2のベースのなったのは航空自衛隊でも採用されたジェット戦闘機F-104でU-2を設計した設計者は大戦中の傑作機P-38ライトニングを設計したクラレンス・ケリー・ジョンソンである。

 

設計と各種試験

 恐らく極秘に試験するためだろう。この航空機のテスト飛行は宇宙人が匿われていることで有名なエリア51で行われ、形式名も「Utility=汎用」を意味する「U」が選ばれた。そしてU-1、U-3という航空機はすでに存在していたことから形式名はU-2となった。

 高度21,212mという超高高度、成層圏を飛行するため徹底した軽量化が図られ地対空ミサイルの爆風の衝撃波によって墜落した機体もあるほど外面は薄く、燃料も通常のジェット燃料ではなく、JPTSという特殊燃料を使用する。これは高高度という超低温状態でも凝固しないタイプの燃料でコストは通常のジェット燃料の3倍にもなる。

 ギリギリの設計のため操縦は極めて難しく、高高度を飛行中の最高速度と失速速度の差がわずか18km/hしかない。つまりは高高度において最高速度から19km/h速度が落ちた時点で「失速」してしまうのだ。さらに横風にも弱く、降着装置も独自であり離着陸は特に難しい。さらにパイロットは与圧服を着用するが、高度20,000mでの与圧服というのはいわゆる「宇宙服」に似ているというか、完全に宇宙服そのものだ。違うのは生命維持装置、宇宙での推進装置の有無、そして色だけだ。これを装備した状態でこの大変操縦が難しいU-2を操るパイロットの腕というのはもう神業のレベルであろう。

 だが、このU-2、空母の狭い甲板にも着艦した実績がある。これは米国の空母を母艦とすることで第三国に基地を設けなくて済むという発想だったようだが、1964年に米空母レンジャー、1969年に空母アメリカに着艦を成功させている。ただ、実際に使用されたのはフランスが太平洋で核実験をやった時の偵察のみだったようだ。

 初飛行が1955年8月1日という70年近く前の機体であるU-2であるが、現在も運用され続けている。もちろん初期型がそのまま運用されている訳ではなく、エンジンもアビオニクスも改良されている。

 

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