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12ゲージ

01_レミントンM870
(画像はwikipediaより転載)

 

レミントンM870(実銃)

 

 

 1950年に設計されて以来、現在まで生産されている傑作ショットガンである。総生産数は1,000万丁を超えるために無数のバリエーションが存在するが、全長は大体670〜1,280mm、重量3.2〜3.6kg程度、装弾数は3発から最大7発まである。レミントン社はそれまでにM10、M17、そして最高傑作ともいえるM31を生み出してはいたが、このM31、高性能で高品質なだけに製造コストも非常にかかるものであった。このためセールスとしては今ひとつであったため、製造コストを下げたショットガンを開発する必要に迫られた。

 このためM31の設計者でもあるジョン・ペダーセンは、M31をベースに安価で生産性の高いショットガンを生み出した。これがM870である。生産工程を工夫してレミントン社で製造されている他の銃器とのパーツ互換性を高める等して生産コストを削減したものの、レシーバーはスチールの削り出しで製造されている等、品質を下げるような安易なコストダウンは行っていない。このためM870は、比較的安価で信頼性が高くメンテナンスが容易ということもあり商業的に大成功、史上最も売れたショットガンとなった。

 口径は12、16、20、28ゲージ、.410口径があり、すでに特許が切れていることもあり、レミントン社製のバリエーション以外にも多くのコピーモデルがある。因みに生産数であるが、1973年に200万丁達成、1983年には300万丁を販売し世界で最も売れたショットガンとなった。その後も記録を更新、1996年には700万丁、2009年には1,000万丁を突破、2022年現在での総生産数は1,100万丁を超えている。

 

 

 

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01_M1897
(画像はwikipediaより転載)

 

ウインチェスターM1897ショットガン

 

 米国ウインチェスター社製ショットガンで有名な銃器設計者であるジョン・ブローニングによって設計された。全長1,000mm(20インチモデル)、重量3.6kg、装弾数5発(または6発)+1発で主に口径は12ゲージと16ゲージの2種類であり、さらに多くのバリエーションが存在する。このM1897は、同じくジョン・ブローニングが設計したM1893を改良したもので、M1893が黒色火薬の使用を前提としていたためフレームを強化。無煙火薬の使用を可能としたこと、薬莢を側面から排莢することが出来るようになったこと、安全装置としてスライドロック機能が追加されたこと等が挙げられる。

 発売当初は銃身とレシーバーは固定されていたが、1898年から銃身分離式モデルに変更。1899から生産が始まった16ゲージモデルは当初から銃身分離式であった。バリエーションは主に8種類で特に軍用散弾銃として銃身に放熱板、着剣装置が装備されたトレンチガンが有名である。1897年7月(11月とも)から生産が開始、1957年9月まで製造された。M1893の改良型であるためシリアルナンバーはM1893の続きである34,150から始まり1,024,701で終わっている。生産数1,024,701丁。1912年には後継モデルのM1912が発売されており、どちらもスラムファイアが可能である。発売から120年以上経過している銃であるが、現在でも使用されている。

 

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01__M1887
(画像はM1887 wikipediaより転載)

 

ウインチェスターM1887/M1901

 

 

M1887

 ウインチェスター社が1887年に発売したショットガンである。設計は有名なジョン・ブローニングによって行われた。それまで水平二連が普通であったショットガンで初の多弾数を連射できるショットガンであったといわれている。全長997(30インチモデル)、重量3.6kg、装弾数5発で30インチモデルと20インチモデルがある。口径は10ゲージと12ゲージの二種類があり、使用する火薬は旧来の黒色火薬である。当初から設計者であるジョン・ブローニングは、ショットガンにはポンプアクションが最適と提案していたが、自社のレバーアクションに対する知名度の高さからウインチェスター社はレバーアクションに執着。レバーアクションとして設計されることとなった。

 ショットガンでありながら装弾数5発+薬室に1発というファイアーパワーは強力であったが、ショットシェルとレバーアクションの相性は悪く、さらに黒色火薬ということもあって手入れを怠ると装填不良を起こすことが多かった。そして無煙火薬が主流になるとこのM1887では強度が不足していたために新たにM1901が開発されることとなった。M1887は、1887年から1901年の間に64,855丁が製造されている。映画『ターミネーター2』で主人公が使用した銃として有名である。

 

M1901

 無煙火薬に対応するために再設計されたのがM1901である。当時、ウインチェスター社が発売していた12ゲージを使用するポンプ式ショットガンM1897と競合しないように10ゲージバージョンのみが製造された。その後も12ゲージモデルが発売されることはなかったが、この理由としては、さすがのウインチェスター社ももうこの時点では、ポンプアクションのM1897が大ヒットしてレバーアクションに拘りがなくなっており、新規に12ゲージモデルを製造する必要性を感じなかったのではないかと言われている。バリエーションは32インチ銃身のみで1901年から1920年の間に13,500丁が製造された。

 

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01_remingtonM10
(画像はレミントンM10 wikipediaより転載)

 

レミントンM31

 

 

高品質・高価格ショットガン

 レミントンM31とは米国レミントン社が製造していたショットガンである。重量は3.2kg、口径は12ゲージ、16ゲージ、20ゲージがあり、装弾数は4発である。当時のショットガンはウインチェスター社が1912年に発売したショットガンM1912が圧倒的なシェアを誇っていた。これに対してレミントン社には、1908年以来販売している同社最初のショットガンであるM10があった。しかしM10は構造が複雑であり故障が多く今ひとつ評判が良くなかった。このためレミントン社は、1921年にはM17を発売。これはかの有名な天才銃器デザイナーであるジョン・ブローニングによって設計されたショットガンである。このM17は構造もシンプルで故障も少なかったものの、これもセールス的には今ひとつであった。そして1929年にはM10を改良してM29を開発、対抗して販売していたもののこれもまたセールスは今ひとつであった。このためレミントンはこのM1912に対抗するために新型ショットガンの設計を開始することになる。設計はチョウンシー・ルーミス、ジョン・ペダーセン(レミントンで最初にポンプアクションショットガンを設計した人)によって行われた。

 設計者C・ルーミス、J・ペダーセンはレミントン製ショットガンM10、M17がなぜM1912に対抗できないのかを検討した結果、ウインチェスターM1912は、射撃終了時の薬莢が側面から排出されるのに対してレミントン社製ショットガンは下部から排出される構造であった。設計者達は、射手が単発でロードする際には横から排莢する機構の方が便利であることから多くのユーザーがウインチェスター社製を選んでいると推定、新たに横に排莢する機構を開発した。1930年1月、M17をベースに設計を開始、1931年8月にM31として発売された。当初は12ゲージモデルのみであったが、1933年に16ゲージと20ゲージモデルが追加された。フレームサイズは12ゲージ用と16、20ゲージ用がある。

 しかし発売された1931年はちょうど世界恐慌のただ中であり、このような高性能、高品質のショットガンを製造するには不利な時期であった。このためライバルであるM1912は売価を下げたものの、製造コストのかかるM31はそれができなかった。製造は1931年から1949年まで行われ、総生産数は189,243丁で、内、12ゲージモデルが117,709丁、16ゲージモデルが40,309丁、20ゲージモデルが31,225丁である。しかし同時期のウインチェスターM1912の販売数が588,000丁であったことを考えると1/3程度の生産数でしかない。

 M31は製造コストが高すぎる上に利益率が低すぎたために1949年に製造中止されるが、後継機のM870に比べて高品質であること等から愛好家たちの間ではM870よりも人気の高いモデルである。バリエーションは、ベンチレーテッドリブを装備したモデルなど実に35種類にも上る。特に有名なバリエーションとしては、1941年頃に発売されたアルミ製レシーバーとトリガーハウジングを備えた軽量モデルであるM31Lがある。

 

トイガン事情

 日本では1975年にMGCからM31Rを金属製モデルガンとして発売。実銃の所持が許可されているショットガンタイプのモデルガンであったためか、実弾が装填できないようにチャンバーレス機構で発売した。さらに1981年にはABS製モデルとしても発売している。これは当時のテレビドラマ『西部警察』とのタイアップであったこともあり大ヒットした。

 因みに『西部警察』とは1979年から1984年までテレビ朝日系列で放送された刑事ドラマで、西部署という架空の警察署の激闘の物語である。西部署の刑事たちは通称「大門軍団」と呼ばれ、大門部長刑事の指揮下に危険な捜査や毎週激しい銃撃戦を展開する。特殊車両と呼ばれるスーパーカーが登場、刑事たちは44マグナム銃やショットガン、競技用のPPCカスタム等の個性的な銃で武装、毎週最後には「敵」との激しい銃撃戦が展開されるという男の子ココロをこれ以上なく刺激するドラマであった。

 しかし刑事たちがやっている捜査方法がかなり問題があったり(取り調べで手をグーにして凄い勢いで相手の顔に触る等)、その他「むしろこの刑事たちを逮捕するのが先なのではないか?」と思ってしまう描写があまりにも多いため、決して再放送されることがないドラマである。

 

 

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