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零戦搭乗員

百田尚樹 著
太田出版 (2006/8/24)

 

 海軍の搭乗員オタクの私としては読んでおきたい本の一つが本書『永遠の0』であった。最近、やっと読了したのでその書評を書いてみたい。

 主人公は司法試験浪人中のさえないにーちゃん。お姉ちゃんはフリーライター。フリーライターのおねーちゃんは主人公におじいちゃんの生涯を調べるのに付き合ってくれないかという依頼がくる。ここから主人公のおじいちゃんの生涯をたどる旅が始まる。主人公のおじいちゃんは元零戦搭乗員。当時の生存者に話を訊くと「臆病者」であったという。そして最後は特攻隊員として戦死する。なんだ、じいちゃんは臆病者で自分もその血が流れているからダメなやつなんだ。と主人公は考える。

 しかし当然、そんな話で終わる訳もない。じいちゃんは実はかなり腕のいい搭乗員だった。そして臆病者と言われたのにも訳があり、特攻したのにも訳がある。最後は今までの登場人物が意外な伏線として登場する。「臆病者」のじいちゃんがそうさせているのではないかと思いたくなるような不思議な偶然が起こる。

 本書は、零戦の会会長の神立尚紀氏が関わっていると聞いている。零戦搭乗員関係では日本で一二を争うほど詳しい方だ。元零戦搭乗員からの信望も厚い。なので零戦搭乗員の描写もかなりリアル。私からすれば、実在している(していた)いろんな搭乗員達の経験をごちゃまぜにしたのがよくわかる。要するにリアルだということだ。作中に登場する搭乗員のエピソードはほぼ事実だ。太平洋戦争中に海軍の搭乗員の誰かがやったエピソードであることが多い。

 全体的に伏線が多い作品だ。ただ、元放送作家であるからなのか、伏線も小説としてみるとちょっと軽い感じがする。これが映画やテレビ作品だったら完璧だったと思う。小説ってのは結構考えながら読むので伏線があまりにも単純だとイマイチ世界に入りきれない。それと作品全体にマスコミに対する批判が多い。確かに当時のマスコミには批判されるべきことが多いのは事実。ただ、あまり勧善懲悪なのが気になる。

 

 

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ラバウル航空隊ブイン基地
(画像はwikipediaより転載)

 

 零戦パイロットについて知りたい人という稀有な人のために「これを読めば海軍の撃墜王が良く分かる」という本を紹介。

 

秦郁彦・伊沢保穂『日本海軍戦闘機隊』エース列伝

 まずは定番中の定番。一番のポイントは海軍のエース一覧表が掲載されていること。さらには主な撃墜王の経歴が書いてある。この本は1975年に出版された同タイトルの本の復刻版なので情報がちょっと古いものや誤りもあるので注意が必要。表紙の撃墜マークの横に立っているのは谷水竹雄飛曹長。

 


ヘンリーサカイダ『日本海軍航空隊のエース1937‐1945』

 これも定番。ヘンリーサカイダは米国の戦史研究者。初版が1999年なので『日本海軍戦闘機隊』よりは新しい。同様にエース一覧表があるが、『日本海軍戦闘機隊』のものより精緻で、今まで知られていなかったエースの名前も見える。当時の搭乗員に直接インタビューもしてたり、独自取材もしている。大原亮治飛曹長のことを「ラバウルの殺し屋」と書いて抗議されたのも本書だったはず。航空機のカラー絵も多い。

 


野原茂『日本陸海軍機英雄列伝』

 1994年に出版された『海軍航空英雄列伝』『陸軍航空英雄列伝』が元になっている。基本的に表彰された搭乗員が掲載されている。多くを『日本海軍戦闘機隊』に拠っているが、水上機のエース河村一郎、甲木清美など独自に調査している。コラムにR方面部隊など、あまり知られていない航空隊のエピソードがあるのも貴重。模型愛好家のために航空機の塗装のカラー絵が多くある。

 

 この3冊を読めば日本海軍のエース、撃墜王は全て把握できる。こういう「エース列伝」はいろいろ批判されたりもしているが、愛好家であれば必読。「これらだけでは物足りない!」「もっと背景まで知りたい!」という人は下記の本もおススメ。

 

秦郁彦・伊沢保穂『日本海軍戦闘機隊』―戦歴と航空隊史話

 前述の『日本海軍戦闘機隊』の姉妹編。航空隊や戦歴について書かれたもの。パイロットが所属した航空隊や航空戦史についても詳しく書いてある。但し、これも最初に出版されたのが1975年なので情報がちょっと古いので読むときは他の書籍と情報を突き合わせながら読むことをお勧めする。

 


秦郁彦・伊沢保穂『日本海軍戦闘機隊―付・エース列伝』

 1975年初版の海軍のパイロット好きには必携の本。撃墜王、エースの一覧表、主要搭乗員の経歴、さらには航空隊史、航空戦史まで網羅している。2000年代に再販されているが、その際にエース列伝と航空隊史・航空戦史が分冊となってしまった。古くてもいいから1冊で読みたいという方にはこちらがおススメ。

 

 

零戦搭乗員会編『海軍戦闘機隊史』

 この本は海軍戦闘機搭乗員の生存者が戦後作った「零戦搭乗員会」が出版したもの。他の本と違い当事者の手によるもので史料的価値も高い。海軍航空の成り立ちから制度、訓練さらには航空戦史など海軍航空の全てをかなりの精度で網羅している。巻末には海軍戦闘機搭乗員の名簿がある。かなりの貴重本。

 

 以上、海軍の撃墜王を知るための基本的な文献を紹介してみた。最近は、航空戦史の研究が進んだことで陸軍戦闘機隊が意外に善戦していたことが判明したりと陸軍航空隊が注目されているが、海軍航空隊にも魅力的な航空機やエピソードが多くある。こちらも注目だ。

 

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ラバウル航空隊ブイン基地
(画像はwikipediaより転載)

 

福本繁夫の経歴

 

 撃墜72機といわれる謎の多い撃墜王である。

生年月日不明である。大正9年前後生まれ。乙種予科練7期生なので、昭和11年6月予科練7期生として海軍に入隊したと推定される(但し、昭和10年とする資料もあり)。昭和14年3月飛練課程修了。開戦前は美幌航空隊に所属していたようだ。その後千歳航空隊に転属しマーシャル諸島で開戦を迎える。

 台南航空隊に配属されラバウル航空戦に参加、同僚からは「坂井と肩を並べるベテラン」と言われていたようだ。千歳航空隊以来、どうも同期で日本海軍のトップエースの一人である西沢広義と一緒に転属していたようだ。昭和18年11月、乙飛7期出身者は飛曹長に昇進しているので恐らく福本もこの時期に飛曹長に昇進したと思われる。

 昭和18年12月に253空には転属する。岩本徹三、小町定らと共に連日の戦闘に参加。第一中隊長岩本徹三、第二中隊長福本というような編成もあり253空の基幹搭乗員として活躍していた。川戸正治郎氏の著書『体当たり空戦記』によると福本飛曹長が新人である川戸二飛曹の危機を救ったこともあったようだ。昭和19年2月、岩本達253空本隊はトラック島に後退するが福本は残留している。

 この253空後退後のラバウル253空についてであるが、秦郁彦『日本海軍戦闘機隊』253空の項には「ラバウルには福本繁夫飛曹長の指揮する零戦9機のみが残留した。」とあり、福本飛曹長と共に零戦9機も残留したことになっているが、碇義朗『最後のゼロファイター』にはラバウルには958空の零式三座水上偵察機8〜9機のみとある。どちらが正しいのかは不明であるが、その後の経緯から考えても零式三座水偵が残った可能性が高そうだ。

 ともかくも福本飛曹長は何らかの事情でラバウルに残留している。どうして福本ほどの熟練者が本隊から離れたのかは不明だが、同時期にラバウルに残留した零戦搭乗員川戸正治郎氏の回想録によると零戦隊ラバウル撤収時の残留搭乗員はマラリアの重症患者と負傷者の7〜8名だったとあり(川戸正治郎「零戦ラバウルに在り」『炎の翼』)、福本飛曹長も重症又は負傷していた可能性が高い。

 残留した福本は、現地で製作された零戦を駆って指揮官として戦った。現地制作の零戦は、253空撤収後、まず2機修復され、さらに昭和19年2月末までにさらに5機完成した。昭和19年3月3日、福本飛曹長を指揮官とする現地製作された零戦隊7機はアメリカ海兵隊第223戦闘中隊と空戦に入る。米軍側記録によると米軍機に損害無し、零戦を1機撃墜、1機不確実とあるが、日本側記録では米軍機5機を撃墜したとある。

 3日後の3月6日にも空戦が行われているがこの戦闘に福本が参加していたのかは不明。3月13日には列機3機を率いて、グリーン島の攻撃に参加しているが列機は集合できず、福本のみが攻撃し帰投している。3月23〜24日の深夜に第17軍突撃掩護のため零戦3機が出撃したが、滑走中の事故で3機とも損傷。掩護を行うことが出来なかった。福本は自身が出撃しなかったことを理由に苛立った司令から暴行を受けた。

 そして昭和19年4月25日、ラバウル108航空廠で廃機から製作された月光2機を護衛するためラバウルからトラック島に向かう。その後、潜水艦で日本に戻った(『最後のゼロファイター』)。日本に戻った日は不明だが、昭和20年2〜3月頃のようだ。昭和20年5月頃から首都防空のエース302空に配属された。5月25、26日の京阪地区防空戦では零夜戦を駆って敵機1機を撃墜したようである(『首都防衛三〇二空』)。その後、302空で終戦を迎えた。

 昭和20年12月、酒気帯び運転による自動車事故により死亡した(『最後のゼロファイター』)。撃墜72機を自称し、当時の搭乗員の記録にもほとんど登場しないが石川清治氏によれば「フクチャン」の愛称で呼ばれ、にこやかな茶目っ気たっぷりの人柄だったという。

 

福本繁夫関連書籍

 

ヘンリーサカイダ・碇義朗『最後のゼロファイター』

ヘンリーサカイダ・碇義朗 著
光人社 (1995/7/1)

 幾多の撃墜王を生んだラバウル航空隊は昭和19年2月にトラック島に後退する。ここで太平洋戦争の中心は中部太平洋から比島、本土へと移っていくのだが、忘れ去れたラバウル航空隊では、廃棄された零戦や隼、九七式艦攻などの部品を組み合わせて「ラバウル製航空機」を生産し始めた。海軍は105基地航空隊として偵察、輸送、攻撃の任務に就いた。ほとんど知られることが無かった「その後のラバウル」の出来事を克明に記している。パイロットの多くは他の戦場に移動するが、ラバウルに残留したパイロットに乙7期予科練出身というベテラン搭乗員福本繁夫飛曹長がいた。

 

川戸正治郎『体当たり空戦記』

 丙種予科練12期という戦中派中の戦中派、川戸正治郎上飛曹の戦い。満足な訓練も受けられず、「搭乗員の墓場」といわれたラバウルに派遣される。ラバウル航空戦では5回も撃墜されながらも19機を撃墜する。航空隊が撤退した後もラバウルに残留して空戦を行った。福本飛曹長についての記載もある。因みに本書は大手出版社による本ではないので購入できるうちに買っておいた方がいい。この手の本が再販される可能性は低い。

 

日本海軍戦闘機隊―付・エース列伝

伊沢 保穂 秦郁彦 著
酣燈社 改訂増補版 (1975)

 1975年初版の海軍のパイロット好きには必携の本。撃墜王、エースの一覧表、主要搭乗員の経歴、さらには航空隊史、航空戦史まで網羅している。2000年代に再販されているが、その際にエース列伝と航空隊史・航空戦史が分冊となってしまった。古くてもいいから1冊で読みたいという方にはこちらがおススメ。

 

ヘンリーサカイダ『日本海軍航空隊のエース1937‐1945』

 これも定番。ヘンリーサカイダは米国の戦史研究者。初版が1999年なので『日本海軍戦闘機隊』よりは新しい。同様にエース一覧表があるが、『日本海軍戦闘機隊』のものより精緻で、今まで知られていなかったエースの名前も見える。当時の搭乗員に直接インタビューもしてたり、独自取材もしている。大原亮治飛曹長のことを「ラバウルの殺し屋」と書いて抗議されたのも本書だったはず。航空機のカラー絵も多い。

 

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