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米国

01_ワシントン会議
(画像はwikipediaより転載)

 

超要約

 

 アメリカが提唱。列強各国の中国の権益の新規獲得禁止を決定。現状維持であるが、日本の進出を警戒した米国の圧力や国際的孤立を恐れたため日本は第一次世界大戦で獲得した山東半島を返還することになった。以降、ワシントン体制という軍縮、国際協調の時代が訪れた。

 

九か国条約

 

 日露戦争が終わると日本はロシアから獲得した関東州と南満州鉄道を中心に中国への進出を強めていった。これに対して中国進出に出遅れた米国は満鉄の共同経営を提案するが日本に拒否されてしまう。米国と日本は中国を巡って利害が対立、さらに米国は、大国ロシアに勝った日本へ軍事的な警戒心も抱き始めていた。米国から見れば日本は隣国で、隣国が軍事的にも経済的にも力を付け始めたのだ。そして第一次世界大戦では、日本は日英同盟を理由に参戦。どさくさに紛れてドイツ権益である山東半島や南洋の島々を占領してしまった。

 そこで米国は、自国が主催したワシントン会議によって中国の門戸開放を主張。要するに「自分も一枚かませろ」という訳だ。この結果、締結されたのが九か国条約で、新たに権益を獲得することを禁止した。つまりは「昔の権益は持っていていい」ということだ。しかし日本に対しては満洲の権益には目をつぶる代わりに米国は、第一次世界大戦で獲得した山東半島は返還を求めた。日本の力が強くなりすぎるのは米国にとってよろしくないのだ。

 これに対して日本は抵抗するが、当時の日本は、1907年に締結した日露協約というロシアと結んだ同盟と日英同盟という英国と結んだ同盟の二つの同盟を持っていた。しかしロシアには革命が起こりソビエトとなってしまったため協約は解消、日英同盟の延長も米国やカナダが難色を示していることから日英同盟も危ない。ここで米国の提案を拒否すれば、日本は国際的に孤立してしまう。このため日本は渋々と山東半島は返還することにした。しかしこの条約に参加した国の多くは山東半島の日本支配を肯定していたため、米国の仲介により日本と中国の二国間交渉で返還することになった。

 これらを経て日本は「ワシントン体制」という国際協調の中に組み込まれていった。但し、この九か国条約、ソビエトが入っていなかったこと、違反に対する制裁規定はなかったこと、これがのちに問題となっていくのだ。

 

 

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01_F4F-3
(画像はF4F-3 wikipediaより転載)

 

グラマンF4Fワイルドキャット

 

 

  F4Fはグラマン社が開発した艦上戦闘機で、第二次世界大戦では前半は主力艦上戦闘機として、後半は護衛空母艦載機として全期間にわたって運用された傑作艦上戦闘機である。

 1935年、米海軍はグラマンF3F複葉機に代わる次期艦上戦闘機トライアルを行った。グラマン社は複葉機XF4F-1でこのトライアルに挑戦したものの、ライバルであるブルースター社は、全金属製単葉機F2Aを開発していた。これに対してグラマン社は複葉機であるF4F-1ではF2Aに勝てないと考え、完全に再設計、単葉のXF4F-2を開発した。初飛行は1937年9月2日で、トライアルの結果は速度ではわずかにXF4F-2が優っていたが機動性ではF2Aには及ばなかったため次期艦上戦闘機はF2Aに決定したものの、グラマン社は海軍の許可の下、継続してXF4-2の開発を続けた。そしてエンジンを新たにプラット&ホイットニーR-1830ツインワスプ二段二速過給機付きエンジンに変更、主翼のサイズも拡大するなどしたXF4-3を開発、性能でF2Aを上回ることに成功した。初飛行は1939年2月12日である。

 この時、次期艦上戦闘機に採用されたF2Aはブルースター社初の全金属戦闘機ということで生産が上手くいかず米軍への納入が滞っていたこともあり、1939年8月に海軍はXF4-3、78機の購入を決定した。1940年2月には米海軍に納入開始。1941年10月1日、F4F-3ワイルドキャットとして米海軍に制式採用された。このF4F-3は、全長8.76m、全幅11.58m、全高3.61mで離陸重量3,367kg、エンジンは1,200馬力プラット&ホイットニーR-1830-76 14気筒星型エンジンでプロペラは3翅定速プロペラであった。最高速度は533km/h、航続距離は1,360km、実用上昇限度は12,000m、翼面荷重139kgであった。武装は12.7mm機銃4挺で(1挺あたり450発)、45.4kg(100ポンド)爆弾2発、または燃料タンク2個を翼下に搭載可能であった。

 しかし空母艦載機として考えた場合、F4F-3はあまりにも大型であったため主翼を折り畳める機能を求める声が大きかった。このためF4F-3に主翼を折り畳める機能を搭載、エンジンもR-1830-86ツインワスプエンジン(1,200馬力)に変更、機銃も4挺から6挺(1挺あたり240発)に変更したF4F-4を開発。この機体は1941年4月14日に初飛行に成功している。しかし主翼の折畳装置に加え、機銃を2挺増設したために重量が増加、最高速度は512km/hに低下、上昇力も低下してしまった。さらに機銃の装弾数が1挺あたり450発から240発に減少、射撃の振動も酷くなったことからパイロットからは嫌われたようである。

 1943年になると、グラマンはF4Fの後継機であるF6Fヘルキャットの生産に専念するためにF4Fの生産を終了したが、F4F自体は小型の護衛空母に搭載するための艦載機としては十分な性能を持っていると判断されたため生産は継続されることとなった。但し、生産はグラマン社ではなく、ゼネラルモータース/イースタンエアクラフトで行われることとなり、その際に仕様も変更、評判の悪かった機銃も4挺に戻し、翼下にはロケット弾6発を搭載可能にした。これはFM-1と呼ばれるが、さらにその後、エンジンも1,350馬力R-1820-56に変更、それに合わせて機体も設計を変更したFM-2が開発された。FM-1/2の総生産数は5,280機である。

 F4Fは総生産数が7,860機に達した傑作機あったため、写真偵察用F4F-3P、F4F-7、水上機モデルのF4F-3S、エンジンを換装したF4F-5等多くのバリエーションがある。さらに米国以外でも英国海軍航空隊がマートレットとして採用している他、カナダ海軍も少数機を採用している。

 

 

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01_長門
(画像はwikipediaより転載)

 

ワシントン会議

 

概要

 ワシントン会議は、1921〜1922年に行われた。提唱したのは米大統領ハーディングで日本、米国、英国、仏国、中国、イタリア、ベルギー、ポルトガル、オランダの九か国が参加した。日本側の全権代表は日本海海戦時の連合艦隊参謀長であった加藤友三郎大将である。

 第一次世界大戦(1914〜1918年)は、主に欧州での戦争ではあったのだが、実は日本も連合国軍としてちゃっかり参戦している。この機会とばかりにドイツ領であった山東半島や内南洋の島々を占領した。戦後、パリ講和会議で締結されたヴェルサイユ条約によってヨーロッパの秩序は出来たものの、アジア(要は中国)・太平洋は未だ問題を多く残している(要するに日本)。このため中国や太平洋の各国の権益の調整を図るためにワシントン会議が行われたのだ。結果、中国に関しては九か国条約、太平洋に関しては四か国条約、各国の膨大な軍事費を抑えるための海軍軍縮条約も締結された。

 

九か国条約

 この会議で、中国に対しては日本側が得た山東半島を中国に返還することが決定、同時に中国に対する門戸開放、領土保全、機会均等が決められた。要するに「中国の権益は一つの国が独占しちゃだめだよ」ということだ。これは九か国条約として参加国全部が批准した。これにより日本は第一次世界大戦のどさくさに紛れて取った山東半島を返還した。九か国条約の「九か国」とは、日本、英国、米国、フランス、ベルギー、イタリア、オランダ、ポルトガルである。

 

四か国条約

 さらに太平洋についても話し合われた。これは日米関係が大きな意味を持つ。当時の日米は相当険悪になっていた。日本は中国から第一次世界大戦のどさくさで南洋のドイツ権益の島々を制圧してしまった。膨張する軍事強国日本は米国には脅威だったのだ。当時日本も米国の日系移民への迫害を行っている米国に対して良い印象を持っていない。お互い緊張関係があった。

 この状態で米国が気に入らないのが、長い間続いている同盟関係である日英同盟である。この同盟には米国と日本が戦争状態になった時の参戦条項等はないものの、日本と英国という米国を挟んだ大国同士が結んでいる軍事同盟は気持ちの良いものではない。地理的にみれば、米国は日本と英国に包囲されている状態なのだ。

 何とか二次にわたって続いた同盟をぶっ潰したい米国。米国との関係悪化を心配する英国。そして日本と三者の思惑が交差した結果、日英同盟は軍事的義務や同盟的性格を削除、問題が起これば「協議する」という激ユルな内容に変更。さらに日英に加え米国も加入、何だか分からないがフランスも加入した。結果、「太平洋における領土と権益の相互尊重、非軍事基地化」というこれもまた何だか分からない内容に変更した日英同盟に米仏も加えた四か国条約を締結した。これにより20年にわたって続いた日英同盟は破棄されたのだ。

 

ワシントン海軍軍縮条約

 第一次世界大戦は何とか終了したものの、世界の軍拡競争は激しかった。世界の強国は今の我々がみれば、頭がおかしいのではないかと思うくらい軍隊、特に海軍に予算をつぎ込んでいた。当時は「海軍の力=国力」という側面もあったのだ。当然のように国家予算は圧迫していたため話し合って軍縮をしようではないかということになった。人類史上初の軍縮だったようだ。

 とりあえず莫大な金食い虫である戦艦、空母、巡洋艦という主力艦の新規の建造を禁止、さらに現有の主力艦も保有量を制限した。当初、対英米7割を主張した日本であったが、結果、対英米6割でまとまった。5大海軍国でみると米英5、日本3、仏伊1.67という割合である。さらに主力艦は今後10年間建造を禁止することとなった。これ以降、次のロンドン海軍軍縮条約が失効するまでの間は「海軍の休日(Naval holiday」といわれる。

 

 

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01_M610
(画像はwikipediaより転載)

 

 懐かしの名銃、ブレンテンを紹介する。ブレンテンとは80年代の人気ドラマ『特捜刑事マイアミバイス』の主人公ソニー・クロケットが当初使用した銃としても有名である。この銃が特徴的なのは10mm弾という専用弾薬を使用することであったが、10mm弾も廃れてしまった現在、激マイナーな銃となってしまった。そして製造されたのも1500挺のみであった。

 

ブレン・テン(実銃)

 

 

性能

全長 222mm
重量 1,070g
口径 10mm
使用弾薬 10mm auto弾
装弾数 10+1発
設計・開発 トーマス・ドルヌス、マイケル・ディクソン / D&D社

 

10mm弾とは

 オートピストルの弾薬の系譜は大きく、大型で破壊力に優れた弾薬である45口径の米国の系譜。もう一つは9mmという貫通力に優れた軽量弾のドイツの系譜がある。それぞれ45口径には破壊力が強い代わりに貫通力は低く、弾丸が大型のために装弾数も少ない。逆に9mmは破壊力には45口径に及ばないが、貫通力は強い。同時に弾丸が小さいために装弾数も多くすることができるという特色があった。

 これらの特徴の「良いとこ取り」をしたのが10mm弾である。1983年にブレンテン用に誕生したこのカートリッジは、弾丸の大きさも45口径(11.43mm)と9mmのちょうど中間で破壊力も貫通力も優れた弾丸であった。装弾数も9mm弾には及ばないものダブルカラム化してもグリップは太くなりすぎることはなかった。

 

開発

 

背景から開発まで

 ブレンテンはイギリス製が1930年にチェコスロバキア製のブルーノZB26軽機関銃をライセンス生産したブレン軽機関銃の「ブレン」と10mmの「テン」を合わせたネーミングの銃である。ブレン軽機関銃から名称の一部を取っているのは、ブレンテンの発案者ジェフ・クーパー氏がブレン軽機関銃が好きだったからだと言われている。

 発案者のジェフ・クーパーは元米軍特殊部隊の隊員でコンバットシューティングの神様と言われてた人だった。その人が最も理想的なハンドガンを作るということで助言して開発されたのがこのブレンテンである。普通、理想的なハンドガンを作るとなると銃のカスタムをするものだが、このブレンテンは新規で全く新しい銃を作っただけでなく、10mm弾という弾薬までも新規で作ってしまった。

 

ブレンテンの特徴

 ブレンテンは1984年にその10mm弾を使用する世界初のハンドガンとして登場し、1986年に製造を中止するまでの2年間に1500丁が生産された。デザインはジェフ・クーパー曰く「世界最高のコンバットオート」と言われたCZ75の影響を受けたデザインでスライドをフレームが包み込む構造であった。フレームはステンレスであったが、スライドはスチール製である。

 ショートリコイル機構を採用、装弾数は10発でダブルカラムマガジンを採用している割にはグリップは持ちやすく、モデルとしたCZ75のグリップフィーリングを超えるとまで言われた。バリエーションはオリジナルの他にフレームをオキサイド処理したオールブラックのミリタリー/ポリスモデル、ショートバレルのスペシャルフォーセスダークモデル(全て黒染め)、同ライトモデル(全てクロームメッキ)、45ACPのコンバージョンキスライドがセットになったデュアルマスターモデル、たった13丁だけ製造されたジェフ・クーパー記念モデル、2丁のみ製作されたポケットモデル等、極少数の各種モデルが存在する。

 

ブレンテンの問題点

 発売直後のブレンテンはトラブルが多発した。当初、マガジンの生産が追い付かなかったのか、マガジン無しで銃本体のみが送られたこともあり、やっと送られてきたマガジンも調子が悪く作動不良が多かった。さらに肝心の10mm弾は高価な割に種類は少なく流通量も少なかった。そして10mm弾の性能はあまりにも貫通力が強すぎ、近距離の戦闘ではそれほどの有効性を発揮できず、ハンターのサイドアームとしては威力が中途半端過ぎたようだ。

 薄い防弾チョッキであれば貫通する性能があったため、「コップキラー」という有り難くないネーミングを頂戴するようにまでなってしまった。これらの理由により生産は2年間で打ち切り、D&D社は倒産してしまった。

 

ブレンテン(モデルガン)

 ブレンテンのモデルガンはメーカーからは発売されてない。ガスガンでは、1987年にファルコントーイがブレンテンガスブローバックを製作したのが最初だ。これは外部ホースでガスを供給するタイプのものだった。ブラックモデルとハーフシルバーモデルの2種類があった。初期のガスブローバックであり、外部ソースのみである上にバレルカバーが無く、リアリティの点から見れば残念なものだった。

 他には、2002年にマルシンが8mm固定スライドでブレンテンを作り、その後、ブローバック化されるという話もあったはずだがいつのまにかどっかに行ってしまった。

 

まとめ

 私はかなり好きだが、マイナーであり、あまり人気のある銃とは言えないブレンテン。モデルガン化される可能性はゼロに近いがブローバックモデルで発売される可能性はちょっとある。ちょっとだけ期待しながら待ってみよう。

 

 

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01_F2A
(画像はF2A wikipediaより転載)

 

F2Aバッファロー戦闘機

 

 F2A戦闘機とは米国ブルースター社によって製造された全金属単葉戦闘機であった。一般に「バッファロー戦闘機」と呼ばれる。1936年6月に米海軍により発注、1937年12月2日初飛行。1938年6月11日、F2A-1として米海軍に制式採用された。1939年7月には爆撃能力が付与されたエンジン出力増加の改良型のF2A-2が海軍に制式採用、1941年7月には操縦席の防弾版と自動防漏燃料タンクを装備したF2A-3が制式採用されたものの、重量の増加によって運動性能が大きく低下している。

 性能は、最終型のF2A-3で全長8.03m、全高3.66m、全幅10.67m、全備重量3,200kg、翼面荷重164.9kg/屐∈嚢眤度が517km/h、航続距離1,553km、上昇限度10,100m、エンジンは1,200馬力のライトXR-1820-40サイクロンエンジンを搭載している。武装は機首と翼内にそれぞれ12.7mm機銃2挺を装備している。1939年12月8日には、空母サラトガに所属する海軍第3戦闘航空隊(VF-3)に10機が初めて配備された他、1941年12月には第221海兵航空団(VMF-221)にF2A-3 20機が配備、ミッドウェー島防衛に活躍している。しかし全金属製戦闘機の製造経験を持たないブルースター社の製造は遅れ、その間に製造遅延対策のために採用されたグラマン社のF4Fの実戦配備方が進んでしまい、実質的にはF4Fが主力戦闘機となってしまった。さらに敵対国である日本の零戦や一式戦闘機隼に対してほぼ全ての性能で劣っていたこともあり、1942年以降は前線から引き揚げられているために米軍では目立った活躍はしていない。

 米軍以外では、英国や英連邦を構成するオーストラリア軍、ニュージーランド軍、さらにオランダがF2A陸上型をB-339、B-439の名称で購入した。英国では1939年に制式採用、クレタ島に配備されたものの、ドイツ機に太刀打ちできず極東に配備、さらにオーストラリア、ニュージーランド、オランダでも同じく極東地域に配備されている。太平洋戦争開戦後は、当初こそは善戦したものの、低性能、低稼働率から被害が続出、開戦早々に壊滅的な打撃を受けたため第一線からは引退したが、1943年11月まで一部地域の後方で運用された。

 このような中で、唯一活躍したのがフィンランドに輸出された44機で、1940年春にフィンランドに到着。旧式装備ばかりのフィンランド軍にとってはB-239(F2A-1)でも十分に高性能であり、ソビエト空軍に対してB-239 19機の損失に対して477機を撃墜、さらに別の部隊では15機の損失に対して459機を撃墜するという圧倒的な戦果を挙げている。このB-239も第二次世界大戦終了までには消耗を続け、終戦時にはわずか8機のB-239が残っているのみであった。しかし内5機は戦後も運用を続け、1948年9月まで現役であった。総生産数は517機である。現存している機体はフィンランドの中央航空博物館にある1機のみである。

 

 

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01_remingtonM10
(画像はレミントンM10 wikipediaより転載)

 

レミントンM31

 

 

高品質・高価格ショットガン

 レミントンM31とは米国レミントン社が製造していたショットガンである。重量は3.2kg、口径は12ゲージ、16ゲージ、20ゲージがあり、装弾数は4発である。当時のショットガンはウインチェスター社が1912年に発売したショットガンM1912が圧倒的なシェアを誇っていた。これに対してレミントン社には、1908年以来販売している同社最初のショットガンであるM10があった。しかしM10は構造が複雑であり故障が多く今ひとつ評判が良くなかった。このためレミントン社は、1921年にはM17を発売。これはかの有名な天才銃器デザイナーであるジョン・ブローニングによって設計されたショットガンである。このM17は構造もシンプルで故障も少なかったものの、これもセールス的には今ひとつであった。そして1929年にはM10を改良してM29を開発、対抗して販売していたもののこれもまたセールスは今ひとつであった。このためレミントンはこのM1912に対抗するために新型ショットガンの設計を開始することになる。設計はチョウンシー・ルーミス、ジョン・ペダーセン(レミントンで最初にポンプアクションショットガンを設計した人)によって行われた。

 設計者C・ルーミス、J・ペダーセンはレミントン製ショットガンM10、M17がなぜM1912に対抗できないのかを検討した結果、ウインチェスターM1912は、射撃終了時の薬莢が側面から排出されるのに対してレミントン社製ショットガンは下部から排出される構造であった。設計者達は、射手が単発でロードする際には横から排莢する機構の方が便利であることから多くのユーザーがウインチェスター社製を選んでいると推定、新たに横に排莢する機構を開発した。1930年1月、M17をベースに設計を開始、1931年8月にM31として発売された。当初は12ゲージモデルのみであったが、1933年に16ゲージと20ゲージモデルが追加された。フレームサイズは12ゲージ用と16、20ゲージ用がある。

 しかし発売された1931年はちょうど世界恐慌のただ中であり、このような高性能、高品質のショットガンを製造するには不利な時期であった。このためライバルであるM1912は売価を下げたものの、製造コストのかかるM31はそれができなかった。製造は1931年から1949年まで行われ、総生産数は189,243丁で、内、12ゲージモデルが117,709丁、16ゲージモデルが40,309丁、20ゲージモデルが31,225丁である。しかし同時期のウインチェスターM1912の販売数が588,000丁であったことを考えると1/3程度の生産数でしかない。

 M31は製造コストが高すぎる上に利益率が低すぎたために1949年に製造中止されるが、後継機のM870に比べて高品質であること等から愛好家たちの間ではM870よりも人気の高いモデルである。バリエーションは、ベンチレーテッドリブを装備したモデルなど実に35種類にも上る。特に有名なバリエーションとしては、1941年頃に発売されたアルミ製レシーバーとトリガーハウジングを備えた軽量モデルであるM31Lがある。

 

トイガン事情

 日本では1975年にMGCからM31Rを金属製モデルガンとして発売。実銃の所持が許可されているショットガンタイプのモデルガンであったためか、実弾が装填できないようにチャンバーレス機構で発売した。さらに1981年にはABS製モデルとしても発売している。これは当時のテレビドラマ『西部警察』とのタイアップであったこともあり大ヒットした。

 因みに『西部警察』とは1979年から1984年までテレビ朝日系列で放送された刑事ドラマで、西部署という架空の警察署の激闘の物語である。西部署の刑事たちは通称「大門軍団」と呼ばれ、大門部長刑事の指揮下に危険な捜査や毎週激しい銃撃戦を展開する。特殊車両と呼ばれるスーパーカーが登場、刑事たちは44マグナム銃やショットガン、競技用のPPCカスタム等の個性的な銃で武装、毎週最後には「敵」との激しい銃撃戦が展開されるという男の子ココロをこれ以上なく刺激するドラマであった。

 しかし刑事たちがやっている捜査方法がかなり問題があったり(取り調べで手をグーにして凄い勢いで相手の顔に触る等)、その他「むしろこの刑事たちを逮捕するのが先なのではないか?」と思ってしまう描写があまりにも多いため、決して再放送されることがないドラマである。

 

 

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01_S&WM657
(画像はwikipediaより転載)

 

S&WM57

 

開発・そして完成!

 S&WM57とはS&W社が1964年4月に発売した41口径マグナムカートリッジを使用するダブルアクションリボルバーである。装弾数は6発でフレームはM29と同じNフレームを使用した。このフレームは1935年S&W社が357マグナム(のちのM27)を設計した際に新規に製作された大口径弾の発射にも耐えられる頑丈なフレームであった。使用する41口径マグナム弾は正式には41口径レミントンマグナムで357マグナム弾と44マグナム弾の中間の威力を目指して開発されたものであった。

 主なセールス先は警察官等の法執行機関であったため、カートリッジ名も最初は「41口径ポリス」という名称すら提案されたほどであった。しかしS&W社はそれ以前の「マグナム」という名前の破壊力を重視。新しい41口径弾の名称も「41口径マグナム」となった。当初ラインナップされていたのは強力な破壊力を発揮するメタルジャケットで覆われたソフトポイント弾と法執行機関での使用を目的としたセミワッドカッター弾である。

 

思いっきり滑った!

 S&W社は最初の目的通りに警察や法執行機関に営業をかけるが、反応は鈍くいくつかの都市の警察に採用された程度であった。理由は、そもそも警察官は41口径という高威力の銃は必要としておらず、ほとんどの場合、今までの38口径スペシャルで不満はなかったからだ。仮に高威力を求めるのであれば357マグナムで十分であり、41口径マグナムという高威力のカートリッジを採用する必然性はなかった。実用性以外にも当時(恐らく現在でも)、警察の暴力行為に対する世間の目は厳しく、警察が大口径カートリッジを使用するのを躊躇わせる理由ともなった。

 そしてさらに41口径マグナムが不運であったのは、M57の発売から7年後の1971年に上映された『ダーティハリー』の大ヒットである。 これにより44マグナムを発射することができるM29が大人気となり、同時に41口径マグナムという「微妙な」立ち位置のM57の人気はさらに落ちていった。要するに徹頭徹尾陽の目を見なかった銃がM57なのである。

 

 

M57の特徴

 

 しかし、銃自体の性能が悪い訳ではない。安定した大型のフレームに44マグナムよりは反動の少ない41口径マグナムという組み合わせは撃ちやすく、民間のシューターには比較的評判が良かった。フロントサイトは赤のインサート入りでリアサイトは調整可能なフルアジャスタブル。銃身長は3インチ、4インチ、6インチ、8.375インチモデルが存在している。ターゲットハンマー、ターゲットトリガー、ターゲットグリップを装備しており、外観上はM29に酷似している。現在までに5回の小さな改良が行われており、オリジナルのM57から最新のM57-5まで6種類が存在する。さらに発売当初からニッケルメッキモデルも発売されており、こちらもブルーモデルと同様のバリエーションが存在するが、1986年にステンレスモデルの発売と同時に生産終了となった。1991年に生産が終了したのち、2008年に再生産。現在でも販売されているのはこのM57スチールモデルのみで価格は1,078ドルである(2022/9現在)。

 

廉価版のM58

 

 1964年7月10日、S&WはM57をさらに警察向けに改良したM58を発表。これはM57の廉価版で外観はM10ミリタリーポリスを彷彿とさせる。ヘビーバレルでエジェクターロッドは露出しており、リアサイトは固定式となった。グリップはサービスグリップと呼ばれる小型の細いグリップを採用した。このM58はサンフランシスコやサンアントニオ警察で採用されたものの生産自体は約20,000丁を製造、1977年に生産は終了した。個体数が少ないためにコレクターの間では注目されている逸品である。2008年にブルーモデル、ニッケルフィニッシュモデルが再販された。因みにブルーモデルとは青く塗装したモデルということではなく、ブルー液という酸化剤で金属の表面を処理したものだ。要するにフツーの黒い銃である。現在では販売されていない。

 

ステンレス製のM657

 

 さらに1986年にはステンレスモデルのM657を発売、これはM57のステンレスモデルである。バリエーションは多く、3インチ、6インチ、7.5インチ、8.375インチの4種類の銃身長のモデルに加え、アンダーラグモデルも存在する。アンダーラグモデルとは銃身の下におもりが装着されているモデルでこれにより反動を抑制するのと同時に銃のバランスの調整にも役に立っている。コルトパイソンやM686等で採用されている形式で横から観ると銃身が二つ上下に並んでいるように見える。さらにサイトもフルアジャスタブル(調整可能な)フロントサイトを装備しているモデルや固定サイトのモデル、シリンダーも溝が彫ってあるフルーテッドシリンダーモデルとノンフルーテッドシリンダーモデルが存在する。M57と同様、生産中止されたが2008年より再生産を開始しているが、現在は生産はされていない。

 

トイガンと「ワンオブサウザンド」

 管見の限りトイガンではモデルアップされたことはない。相当なガンファンでも外観上はM29と酷似しているため区別がつかない。実銃は41口径マグナム弾を使用するという必要性があったが、トイガンでは敢えてモデルアップする必要がないのだろう。因みにシティーハンターに「ワンオブサウザンド」として登場する。これは機械工作の偶然から数千丁に1丁の割合で奇跡的に命中精度の高い個体が存在するというもので、シティーハンターではそれがM57(M58?)であったという設定である。機械工作の偶然であれば全種類の銃にそのようなモデルが存在するハズなので、M57(M58)のみにそのようなモデルが存在する訳ではない(多分ね)。あくまでもフィクションの話である。

 

 


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01_FP45
(画像はwikipediaより転載)

 

 FP-45リベレーター(リバレーター)とは、第二次世界大戦中に米軍によって製造されたピストルで、シングルショットの45ACP弾を使用する小型ハンドガンである。これは大量に生産して航空機により空中から敵占領地に投下することを想定しており、当該地のレジスタンスを武装させることを目的としていた。しかし実際にはこのような目的で使用されることは少なく、多くの場合はそのまま海洋に投棄されたり鉄くずとして再利用された。

 

FP-45リベレーター(実銃)

 

 

性能

全長 141mm
重量 450g
口径 45口径
使用弾薬 45ACP
装弾数 1発
設計・開発 ジョージ・ハイド / GM社

 

概要

02_FP45
(画像はwikipediaより転載)

 

 簡易ピストルを大量に生産して敵国の占領地にばら撒き現地のレジスタンスの支援をするという発想は、1943年3月、ポーランド軍のアタッシェにより提案されたプロジェクトであった。この計画は米軍に採用され、1943年5月にはゼネラル・モーターズ社(GM)のジョージ・ハイドにより設計が完了した。

 材質は鋼製で部品点数はわずか23点で単発シングルショットのハンドガンであった。安価なピストルを大量製造していることを偽装するために名称は「フレア・プロジェクター45」と呼ばれ、部品の名称もバレルを「チューブ」、トリガーを「ヨーク」、トリガーガードを「スパナ」等と呼称した。総生産数は100万丁、一丁当たりの納入価格は2.10ドル(現在の価値だと32ドル。日本円で3,500円程度)で、構想から生産完了まで6ヶ月、製造期間は11週間であった。

 単発であるため構造は非常に簡単でカートリッジを薬室に装填、引き金を引くとボルトが後退しある程度の位置になるとロックが外れる。そうするとスプリングの圧力によりボルトが前進しボルト先端に付いている撃針がカートリッジを叩くと発射される。発射後の薬莢は銃口から棒で押し出す。命中精度は論外で銃自体が450gしかない上に使用するカートリッジが45ACP弾であるため尋常でないくらい反動は強い。

 完成したリベレーターは、本体と共に、グリップ内に内蔵できる45ACP弾10発(弾倉ではない)と漫画で描かれた取扱説明書(この取説のコミックはウォルトディズニー作である)、装填・排莢用の木製ロッドが段ボールに収められた状態で出荷された。これらは航空機によって大量に占領地に投下されることになっており、想定される使用法としては、この投下されたリベレーターをレジスタンスが回収し、これを武器として占領軍の武器を奪い、占領軍の武器で武装するというものであったようだ。これでレジスタンスの軍事力強化と占領軍の士気低下を同時に行うことを目的としていた。

 しかし実際は、欧州方面、太平洋方面のどちらの最高司令官もこの計画に積極的ではなく、欧州のアイゼンハワー将軍が2万5000丁のFP-45の投下、45万丁がOSS(CIAの前身組織)に回された。さらに中国に10万丁を輸送、太平洋戦線でも若干数が使用されたが、多くの製品は使用されないまま海洋に投棄されたり、金属として再利用するために溶かされた。ほとんど使用されることがなかったリベレーターであったが、それでも一番使用されたのは中国戦線であったという。

 

03_取説
(画像はFP-45の取説。ウォルトディズニー作だそうだ。wikipediaより転載)

 

FP-45リベレーター(トイガン)

 

 トイガンでは2012年にHWSが発売していたのみである。

 

HWS FP-45リベレーター

性能

全長 141mm
重量 500g
装弾数 1発

 HWSが2012年に発売したモデルガン。精巧なモデルガンを製作することで定評のあるHWS製だけあって再現性は高い。2022年1月に再生産。生産数が少ないため再生産した際には早めの購入をおすすめする。

 

まとめ

 

 このFP-45リベレーターは漫画『マスターキートン』にも登場している。リベレーターは単純な構造で堅牢であり、現在においても発射可能である個体も多い。但し、45ACP弾を直に発射するため反動はものすごい。実際には計画通りの使用はあまりされなかったようだが、戦時下を感じさせるユニークな銃である。

 

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01_フルメタルジャケット

 

 『7.62×51mm・・・Full Metal jacket!』そう叫んだ後、「ゴマ―パイル」は便座に座って、銃口を口に当てて引き金を引いた。この衝撃的なシーンで非常に印象に残っている映画『フルメタルジャケット』。。。久しぶりにどうしても観たくなってしまった。とは言っても1987年の映画。名作ではあるが、さすがに新品のDVDを買うのは勿体ない。レンタルまたはネット配信で観るか。。。いやいや近くの市立図書館であるのではないかと色々調べた結果、ブックオフオンラインで中古が何と300円で売っているのを発見。早速購入して鑑賞したのであった。

 

概要

 

『フルメタルジャケット』とは1987年に『2001年宇宙の旅』等で有名なスタンリー・キューブリック監督によるベトナム戦争を描いた戦争映画である。私には、スタンリー・キューブリック監督はそれまで戦争映画の監督という印象はあまりなく、『2001年宇宙の旅』や『時計仕掛けのオレンジ』等のメッセージ性の強いいわば「崇高な作品」を撮る監督という印象が強かった。原作はグスタフ・ハスフォードの小説『ショート・タイマーズ』である。

 本作品が登場した当時は、ベトナム戦争が終結してからほぼ10年となり、ベトナム戦争の総括的な機運もあったのだろう。『地獄の黙示録』や『プラトーン』『ハンバーガーヒル』等の有名なベトナム戦争映画が数多く上映されていた。これらの作品がベトナム戦争の定番であるジャングルでの戦闘シーンや夜間戦闘を印象的に描いているのに対して、『フルメタルジャケット』は前半が新兵訓練、後半がベトナム戦争での日中の市街戦を描いているのが特徴である。

 

ストーリー

 

新兵教育隊

02_フルメタルジャケット
(画像はwikipediaより転載)

 

 冒頭、軽快な歌とともにバリカンで丸坊主にさせられているアメリカの青年たちの映像からこの映画は始まる。海兵隊員に長髪は許されないのだ。髪の毛を全て切られて訓練用の戦闘服に着替えた若者たちはそこで狂犬のような教官であるハートマン軍曹の暴言の洗礼を受けることになる。このハートマン軍曹のシゴキ振りは当時かなり話題となった。それもそのはず、このハートマン軍曹の役を演じている俳優リー・アーメイはベトナム戦争で実戦も経験した本物の元海兵隊の教官。当初はテクニカルアドバイザーとして参加していたものの、「本物の」あまりの迫力に急遽教官役として抜擢されたものであった。この迫力は相当なものであったらしく、罵声を浴びせられた俳優が本当に怒り出してしまったというエピソードもあったようである。因みに本来教官役をやる予定であったティム・コルセリは主人公ジョーカーが移動の際に利用した輸送ヘリのガナー役で男女問わずベトナム農民を片っ端から撃ち殺す役を演じている。

 それはともかく主人公ジョーカー達は新兵として海兵隊に入隊。ハートマン軍曹による激しいシゴキを受ける。その訓練を受け、新兵たちは一人前になっていくが、極言すれば兵隊になるということは「人を殺すことを仕事にすること」であり、一人前になるということは、同時に人間性を失っていくということでもあった。

 この訓練の中で当初から教官に目を付けられた「兵隊に向いていない」新兵「ゴーマー・パイル」二等兵は訓練から完全に脱落、連帯責任のため他の同期の恨みを買っていく。そしてある夜、同期達は共謀してゴーマー・パイルにリンチを加えるのであった。このリンチの描写は非常に生々しく、一人がタオルでゴーマー・パイルの口を抑え、もう一人が足を抑える。それを合図に靴下に石鹸を入れた「武器」を手にした同期が全員がボコボコにぶっ叩くというものであった。石鹸入り靴下は結構痛そうである。それまではゴーマー・パイルに優しくしていた主人公ジョーカーも参加せざるを得ず、一緒になってボコボコぶっ叩いた。

 この一件以来、ゴーマー・パイルは精神に変調をきたしたのと同時、射撃の能力を開花させる。それは鬼軍曹ハートマンに認められるところになるが、事件は訓練終了後の最後の夜に起こる。この夜、当直はジョーカー。彼はトイレに人の気配があるのに気が付く。懐中電灯でトイレ内を照らすとそこには狂気に満ちたゴーマー・パイルの顔があった。

 彼は実弾を込めたM14自動小銃を持ち、訓練で習った銃に対する忠誠の言葉を大声で叫び、卓越した銃の扱いを見せるが、その大声に気が付き現れた教官を射殺、自身も銃口を口に加え引き金を引く。

 

ベトナムへ・・・

03_フルメタルジャケット
(画像はwikipediaより転載)

 

 1968年、米軍機関紙の報道員となったジョーカーは取材のため前線部隊に同行、テト攻勢さ中の激戦地フエ市で最前線に身を置くことになった。最前線では訓練所同期のカウボーイに再会するものの、小隊長は砲撃により戦死、分隊長はブービートラップで戦死してしまう。その後、狙撃兵に狙い撃ちされたカウボーイ始め隊員達は次々に戦死していく。

 多くの隊員を失いながらもジョーカー達は狙撃兵を追い詰めることに成功、狙撃兵の背後を取ったジョーカーが見たのはAK47自動小銃で狙撃を行っていた少女であった。躊躇するジョーカーに銃を向ける狙撃兵の少女、少女の銃が火を噴く寸前に仲間の銃弾により少女は斃れる。体中に銃弾を受け瀕死の状態となった少女はベトナム語で祈りの言葉を唱えたのち、片言の英語で自分を殺してくれと懇願する。迷った挙句にジョーカーはその少女を射殺することにしたのだった。

 

戦争について考えなければならない

 ついついストーリーの紹介が長くなってしまったが、特に訓練センターで新兵たちが人間性を失っていくのが印象に残る。射殺された教官、ゴーマー・パイルの自殺という衝撃的な事件が起こったにも関わらず、何事もなかったように進むストーリー。戦場ではヘリコプターから無差別にベトナム人を殺害する米兵。感傷的なシーンもなく簡単に死んでいく米兵達。監督が描きたかったのはこういった無機質な戦争の姿であったのだろう。

 後半の少女狙撃兵の戦い方も非常に洗練されたものでターゲットにした兵士に敢えて致命傷を与えず、仲間達の前でなぶり殺しにしていき、助けに来た仲間を次々と殺していくという方法であった。その残酷な方法で戦い続けたのはまだ10代前半とも思える少女であり、死の間際に祈りの言葉を唱えるという死を怖がる「普通の女の子」であった。

 瀕死の状態の少女は止めを刺してくれと懇願する。これは潔いということではない。ジョーカーの仲間であるアニマルマザーが主張したように、このまま瀕死の状態で生かしておきネズミ等に食われて苦しんで死しんでいくことになる。少女が止めを刺すことを懇願したのは苦痛からの解放だったのだろう。「優しい」ジョーカーはその気持ちを汲み取って1発で射殺する。

 そして地獄から脱出したジョーカー達は制圧したフエ市の戦場をミッキーマウスマーチを合唱しながら歩いていく。平和の象徴であるミッキーマウス。ネズミに食われることの恐怖のため殺してくれと頼んだ少女はベトナムにさえ生まれていなければディズニーランドで夢中になって遊ぶ年頃であったのだろう。

 

登場する銃器等

 

M14自動小銃

04_フルメタルジャケット
(画像はwikipediaより転載)

 

 話が重くなってしまったが、ここで登場する銃器について解説していこう。まず主人公達が訓練センターで使用するのはM14自動小銃。この小銃は1954年に設計された自動小銃で口径は7.62mmで大戦中に米軍の主力小銃であったM1小銃の後継にあたる。M1が使用する弾薬が30-06弾であるのに対してM14は7.62×51mmNATO弾を使用する。30-06弾に比べて7.62×51mmNATO弾はカートリッジ長が短縮されているが、これは火薬の性能が高くなったためであり、同等の威力の弾薬と考えて良い。

 M1との最大の違いはフルオート機能を備えていることであるが、曲銃床である上に7.62mm弾という強力なカートリッジを使用したためにフルオートでの射撃は困難であった。このため制式採用はされたもののベトナム戦争初期に使用された後は、5.56×45mmNATO弾を使用するM16自動小銃が制式採用されM14自動小銃は一部を除いて第一線からは退いた。

 

 

M16自動小銃

05_フルメタルジャケット
(画像はwikipediaより転載)

 

 M14自動小銃が設計された3年後の1957年に銃器設計者ユージン・ストーナーにより設計された自動小銃である。口径はM14の7.62mmに対して5.56mmと小口径化され、それまでの銃器が鋼鉄に木製ストックであったのに対してフレームにアルミニュウムを採用、ハンドガード、ストックにプラスチックを採用する等、斬新な自動小銃であった。1962年にこのM16の高性能に着目した空軍が制式採用、その後陸軍、海軍も制式採用した。

 当初は使用している火薬がM16と合わなかったために作動不良が頻発したり、作動方式がガス圧直接利用方式であったために燃えカスが付着する等の問題が起こったが、基本設計が非常に優れた銃器であるため様々な改良を加えられたM4カービンが現在でも米軍の主力小銃として使用されている。本作では戦場ではほぼ全ての米兵がM16を使用している。因みに発砲シーン以外では日本のモデルガンメーカーであるMGC製モデルガンが多数使用されている。これは銃右側面のボルトホワードアシストの形状の違いによって判別することが可能である(本作では発砲用のM16にはボルトホワードアシストがない)。

 

 

AK47自動小銃

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(画像はwikipediaより転載)

 

 1947年に設計されたソビエト製自動小銃で7.62×39mm弾を使用する。特徴はとにかく頑丈で壊れないという非常に信頼性の高い小銃である。M16、FN-FAL、G3と並んで世界4大自動小銃とも言われる名銃である。ドイツの突撃銃であるStG44の影響を強く受けた銃で、当初はプレス加工で製作されたがのちに削り出しに変更されている。

 反動が非常に強いという欠点があるものの、AK47もM16同様、基本設計が非常に優れた銃であるため現在でもロシアを始め多くの国で改良型が使用されている。

 

 

M60汎用機関銃

07_フルメタルジャケット
(画像はwikipediaより転載)

 

 ドイツの汎用機関銃MG42をベースに開発した汎用機関銃で1957年に米軍に制式採用された。ベルト給弾方式の機関銃で、加熱するため銃身は200発程度で交換する必要がある。ベトナム戦争時にはあまりにも弾薬消費量が多く、重量もあるため「豚」というニックネームが付けられた。

 しかし他の汎用機関銃と比較すると重量は比較的軽い方である。当初は銃身に二脚が設置されていたため銃身交換時には二脚が使用できず交換に手間がかかった。このため改良型では二脚はガスチューブに設置されるようになった。総生産数は22万5000丁で現在でも使用されているが米軍では新型機関銃に変更予定である。

 通常は射手と弾薬手のチームで運用されるが、実戦では一人で使用するケースもあり、劇中ではアニマルマザーが一人で使用している。

 

 

まとめ

 

 かなり昔の作品であり、監督のスタンリー・キューブリックは1999年、ハートマン軍曹役のリー・アーメイは2018年に他界している。ベトナム戦争は現在では歴史となっているが、1987年当時は戦後10年ちょっとしか経ておらず最新の戦争であった。米国の映画の割には米軍に対して辛辣であるのは、ベトナム戦争時の反戦運動の影響を受けていると考えて良いだろう。

 ベトナム戦争は世界最強の米軍が全力を以って戦ったにもかかわらず東南アジアの小国であるベトナムのさらに北半分の政府に勝利することが出来なかった「米国で最も人気のない戦争」であり、厭戦気分になった米軍内では麻薬が蔓延して社会問題にもなった。

 本作はそのベトナム戦争をテーマにして訓練を通して人間が殺人機械に作り替えられていくという事実、これらの戦争の上に現在の平和があるという監督のメッセージは現在においても全く色あせることはない。

 

 


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MEUSOCM45
(画像はwikipediaより転載)

 

 海兵隊が採用している45口径拳銃である。正式名称は、PISTOL, CALBER .45, MEU(SOC)であるが、日本では一般的にMEUピストルと呼ばれているM1911A1の改良型である。米軍制式採用拳銃であるM9の威力不足に不満を持った海兵隊が保有しているM1911A1のフレームの中で状態の良い物をベースにカスタムを施したモデルである。

 

海兵隊遠征部隊(MEU)とは

 

 MEUとは日本語では海兵隊遠征部隊のことで、創設年は意外に古く、1960年代後半である。普通の海兵隊と違うところは小規模の単位で航空機、戦車も含む支援部隊も持つ自己完結能力を持つ部隊で単独で15日間の作戦行動が可能な常設部隊である。

 

MEUピストル(実銃)

 

 

性能

全長 216mm
重量 1,130g
口径 45口径
使用弾薬 45口径ACP
装弾数 7発
設計・開発 海兵隊他

 

概要

 1985年にアメリカ軍の正式拳銃が45口径M1911A1から9mm口径ベレッタM9に変更された。9mm口径に不満を持っていたアメリカ海兵隊特殊作戦部隊は、45口径の使用を続けることを決定。独自にこれまでのM1911A1拳銃を改良していわゆる「MEUピストル」を製作した。正式名称は「PISTOL, CALBER .45, MEU(SOC)」である。

 これは1945年以前に生産されたM1911A1のフレームの中から程度の良い物を抽出し、フレーム以外のパーツをほぼ新規に購入して製作された。一応、修理部品の調達という名目で製作された。完全に新規で製作されなかった背景には、新規で購入するには議会の承認を得ることが必要だったためである。余談だが、1945年以前に生産されたモデルから抽出された理由は、M1911A1自体が1945年までしか生産されていないからである。

 新規に購入された部品は、スプリングフィールド・アーモリー製のスライド、バレル、バレルブッシング、エジェクター、メインスプリングハウジング等はナウリン・アームズ社、ビーバーテイルセイフティ、リコイルスプリングガイドはエド・ブラウン社、サイトはノバック社、マガジンはウイルソンコンバット社のものが使用されている。特徴としては、固定のハイマウントサイト、アンビセイフティ、ビーバーテイル形グリップセイフティ、パックマイヤー社製ラバーグリップなどである。これらのパーツ、仕様は時期によって異なっている。

 2005年からは供給不足を補うために次期正式拳銃の採用トライアルまでのつなぎという名目で、スプリングフィールド・アーモリー製プロフェッショナルモデルを新規に購入し上記のカスタムを施したモデルを調達していたが、銃の経年劣化、隊員数の増加により、2012年になると45口径拳銃であるM45A1が制式採用されており、現在はモデルに置き換えられつつある。

 

MEUピストル(トイガン)

 

 MEUピストルであるが、モデルガンではタニオ・コバがオープンデトネーター方式のGM7として発売している。ガスガンではWAが前期モデル、後期モデルをガスブローバックで発売している。さらに東京マルイが後期モデルをガスブローバックで発売している。それぞれ完成度は非常に高い。

 

東京マルイ MEUピストル ガスガン

性能

全長 223mm
重量 843g
装弾数 28発

 東京マルイ製なので素材は通常のABSである。実銃を正確に採寸しているようで外観の完成度は非常に良い。リアサイトはノバック社公認。外観上で残念なのは、スライド後方のファイアリングピンが再現されていないことであろう。ここは射手がどうしても見てしまう部分であるためここが再現されていないのは若干痛い。命中精度は非常に高く、トリガープルは0.6kgで切れは良い。初速70m/s 強。グリップはゴムコーティングをしたプラ製であるためエッジが手に当たり痛い。グリップ内には200g程度のウェイトが入っているためグリップを交換すると極端に軽くなる。

 

WA MEUピストル

 

性能(レイトモデル)

全長 223mm
重量 956g
装弾数 28発

 アーリータイプ(初期型)、ミッドタイプ(中期型)、レイトタイプ(後期型)と3種類のMEUが発売されている。バリエーション展開が多いのはWAらしい。グリップは全てメダリオン無しの旧型を再現している。パックマイヤーの純正品ではなくレプリカであるが、旧型グリップは現在では生産されていないのでむしろ貴重である。レイトタイプはロングマガジン。グリップはメダリオン無しのパックマイヤー旧型グリップを再現している。

 レイトモデルの重量は956g。命中精度は高いが、東京マルイと比較すると見劣りする。しかし反動の強さは東京マルイ以上で低温でも他社製品に比べれば比較的作動は良い。重量は1垓瓩ある。リアル志向のファンにはうれしいが、サバイバルゲームに使用するには少し重いかもしれない。WAの製品のほとんどは常時ラインナップされていないが定期的に再販されている。

 

まとめ

 

 実戦で使用されるM1911は最終的にはラバーグリップに大型のアンビセイフティ、エッグホールハンマーにストレートタイプのメインスプリングハウジングとMEUピストルと同様のカスタムを施したものが多い。20mmレイルこそないもののMEUピストルとはM1911の究極の姿であるともいえるだろう。

 

 


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01_scar
(画像はwikipediaより転載)

 

 SCAR-H(L)とは、FN社の米国法人FN USAが開発した自動小銃で米軍制式採用カービンM4の5.56×45mmNATO弾での遠距離性能の不足を補うために開発された7.62×51mmNATO弾を使用する小銃である。7.62×51mmNATO弾を使用する割には軽量であり、部品の交換によって5.56×45mmNATO弾仕様に変更することも可能である。米軍の特殊部隊や一部部隊で採用され、アフガニスタン等の実戦で使用され高い評価を得ている。

 

SCAR-H(L)(実銃)

 

 

性能

全長 965mm
重量 3,590g
口径 7.62mm
使用弾薬 7.62×51mmNATO弾
装弾数 20発
設計・開発 FNハースタル社

 

開発

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(画像はwikipediaより転載)

 

 米軍を中心にNATO軍で制式採用されている5.56×45mmNATO弾は、携行弾数が多く使い勝手の良い弾薬であったが、遠距離での性能に不満が残った。近年、米軍の戦場がイラクやアフガニスタン等の開けた地域で行われることが多く、遠距離性能の不足が問題となった。このため米軍、特にSOCOMは遠距離射撃可能な銃の必要性からトライアルを実施、その結果、採用されたのがSCARである。

 開発は、FN社の米国法人FN USAが中心となって行われた。7.62×51mmNATO弾仕様でありながら部品を交換することによって5.56×45mmNATO弾仕様に変身させることも可能である。米軍SOCOM内ではMk.17、民間向けモデルはSCAR17Sと呼ばれている。発射機構はガスオペレーション方式で閉鎖機構はターン・ボルト方式でレシーバー上部はアルミ製、下部はポリマー製、ボルト、バレル等の主要パーツはスチールという構成になっている。

 上部にはピカテニー規格の20mmレイル、ハンドガード部には左右下に同レイルを装備する。光学照準器を装着することを前提に設計されているのでフロント・リアサイトは折り畳み式で折りたたんだ状態でも光学照準器に干渉しないように設計されている。セレクタースイッチ、マガジンキャッチはアンビタイプで左右両方から操作することができ、コッキングレバー、エジェクションポートも左右に変更することが可能である。

 ストックはポリマー製で折りたたみが出来る上に長さの調節も可能、さらにはチークピースまで装備されているという優れた設計である。7.62×51mmNATO弾仕様のSCAR-LはSTANAGマガジンが使用可能である。

 

バリエーション

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(画像はwikipediaより転載)

 

 バリエーションとしては、オリジナルのSCAR-H(Heavy)、SCAR-L(Light)、7.62×51mmNATO弾の分隊支援火器仕様のIAR、その改良型のHAMR、民間向けセミオートモデルのSCAR17S(7.62×51mmNATO弾仕様)、SCAR16(5.56×45mmNATO弾仕様)、狙撃仕様のSSR、PDW仕様のSCAR-L Mk16 PDW等がある。

 

SCAR-H(L)(トイガン)

 

概要

 2010年12月27日に東京マルイから次世代電動ガンとしてSCAR-L(FDE)が発売、2011年3月30日にはSCAR-L(ブラック)が発売された。同年10月21日にはSCAR-L CQCモデルが発売、12月28日にはSCAR-H(ブラック)、2012年1月20日にはSCAR-H(FDE)が発売されている。海外メーカーでは、VFC、WE、Cyber Gunからいずれもガスブローバックモデルが発売されている。

 

東京マルイ SCAR-H 次世代電動ガン

性能

全長 711mm
重量 3,630g
装弾数 90発
初速 90m/s前後
定価 62,800円

 外観の完成度は非常に高く、重量も実銃と同重量を実現している。レシーバーや銃身は金属製で剛性も十分にある。装弾数は90発でマガジンはスチールプレス製、ボルトストップ機能も搭載する等と凝った作りになっている。フラッシュハイダーは取り外すことが可能で3インチのアウターバレルを追加することで16インチ仕様に変えることもできる。ストックを折り畳んだ状態で635mmとなるため大き目のリュックサックにも収納できるのはありがたい。次世代電動ガンなのでリコイルショックもあり、命中精度も非常に高い。

 

まとめ

 

 SCARはFN社が1970年代に開発したFNCをベースに改良を加えられたモデルである。しかしあまりにも改良を加えたため原形をとどめない形状となってしまった。2000年代に開発された銃であるが信頼性は高く、米軍では第75レンジャー連隊、米軍特殊部隊等で採用され、アフガニスタン等の戦場での使用で高い評価を受けている。

 

 


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01_M1ガーランド
(画像はwikipediaより転載)

 

 M1ガーランド小銃とは、1936年に米軍に制式採用された小銃で制式採用としては世界初のセミオート小銃であった。口径は7.62mmで装弾数は8発。最大の特徴はセミオート機能と共にローディングクリップを採用したことである。これにより装填の簡略化が可能になった反面、半装填が出来ないことやクリップの排出音等の問題もあったが、現在においても世界各国で使用され続けているタイムプルーフされた小銃である。

 

M1ガーランド小銃(実銃)

 

 

性能

全長 1,100mm
重量 4,370g
口径 7.62mm
使用弾薬 7.62×63mm(30-06弾)
装弾数 8発
設計・開発 ジョン・ガーランド / スプリングフィールド造兵廠

 

開発

02_M1ガーランド
(画像はwikipediaより転載)

 

 1909年、米陸軍武器省は自動小銃の開発を志向、第一次世界大戦で自動火器の有用性が確認された。そして1918年6月にはスプリングフィールド造兵廠の技師ジョン・ガーランドがセミオート小銃のプロトタイプを開発したが性能は実用レベルには達せず、さらなる改良が行われた。1929年から1934年までの間、各種のトライアルを実施、1936年には米陸軍制式採用小銃となった。

 翌年より生産が開始されたものの予算不足、需要不足のため生産は進まなかったが、第二次世界大戦の勃発により生産が拡大、1941年12月に真珠湾攻撃により米国も第二次世界大戦に参加するに至り大量生産が開始された。総生産数は第二次世界大戦終戦までに約400万挺、朝鮮戦争時に約150万挺の合計550万挺が生産された。当時としては珍しいセミオート小銃で発射機構はガスオペレーション方式、閉鎖機構はロータリーボルト方式を採用している。装弾もローディングクリップという独特の方式を採用しており、8発を1つのローディングクリップに固定、クリップごと上部から薬室に挿入する。8発撃ち終わると最後の薬莢と共にクリップも自動的に排出、またクリップごと次弾を装填するという方式となっている。

 当時の小銃は工場生産時に部品の規格化が行われておらず、同じモデルでも部品の互換性が無い場合があり、生産効率の面でも工場の職人が微調整するということが一般に行われていた。これに対してM1小銃は世界の小銃で初めて部品の規格化を実施、大量生産が可能となったと共にメンテナンス性が向上している。

 欠点としては、8発を一度に装填しなければならないため1発ずつの装填が行えないこと、弾倉にカートリッジを装填するのみで薬室には装填しない「半装填」が行えないこと、最終弾発射後にクリップが自動的に排出される際に独特の金属音を発するため敵に最終弾を知らせてしまう等の問題がある。

 

バリエーション

03_M1C
(画像はwikipediaより転載)

 

 1944年には狙撃銃仕様のM1C狙撃銃が完成。M1小銃の構造上上部に光学照準器を設置できないため左側面に光学照準器を設置するという構造になっている。総生産数は7,971挺。さらにガーランドが設計した狙撃モデルM1Dがある。他にはフルオート化したM1小銃がのちにM14自動小銃として米軍に制式採用されている。M1の短銃身モデルとして知られるタンカー・ガーランドであるが、これは戦後に民間業者が製作したもので軍の制式採用モデルではない。

 

M1ガーランド小銃(トイガン)

 

概要

 1976年にミコアームズが実物ストックを装備した高級モデルガンを発売、1988年にはハドソン産業がモデルガンとして発売している。1992年には同じくハドソン産業が短銃身モデルタンカーを発売している。エアガンではマルシンがM1、M1タンカーを8mm仕様で発売、その後6mm仕様に変更して販売している他、電動ガンとして海外メーカー数社が発売している。

 

マルシン M1ガーランド小銃 ガスガン

性能

全長 1,103mm
重量 3,890g
装弾数 8発
初速 60m/s前後
定価 68,000円

 木製ストックに全金属製の機関部というリアルな外観を持っており重量も500gほど少ないものの実銃に近い重量となっている。機構はガスブローバックで、命中精度、パワー共にあまり評判は良くないが、本モデルは、M1ガーランド独特のクリップを自動的に排出するギミックが再現されていたりするなど「遊び」の要素が強い。明らかにサバイバルゲームや実射には向かないモデルであるが、ギミックや質感を楽しみたいユーザーには魅力的なモデルである。同社のモデルには新旧モデルがあるが新モデルの方が圧倒的に完成度が高いため新型モデルを購入することをお勧めする。

 

まとめ

 

 M1小銃は一般に開発者の名前をとってM1ガーランドとも呼ばれる。世界初のセミオート小銃として有名な本銃であるが、世界各国がセミオート小銃の制式採用を躊躇したのには技術的な問題以外にもセミオート化されることによる膨大な弾薬消費、それを生産するコストや輸送する車両等の問題が大きかったからである。巨大な経済力を持ち、十分なロジスティクスを持つ米国ならではの小銃であったといえる。

 

 


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01_M4
(画像はwikipediaより転載)

 




 M4カービンとは、1994年に米軍に採用されたカービン銃で、第二次世界大戦中に採用されたM1カービン、そのフルオート版であるM2カービン、暗視装置を装備したM3カービンに次いで制式採用された4番目のカービン銃である。銃身を20インチから14.5インチに短縮して弾薬に高威力のSS109弾を使用、脱着式キャリングハンドルを採用する等現代の光学機器の使用にも対応している高性能カービン銃である。

 




M4カービン(実銃)

 




 




性能



全長 838mm

重量 2,680g

口径 5.56mm

使用弾薬 5.56×45mmNATO弾(SS109)

発射速度 700〜900発/分
装弾数 20 / 30発

設計・開発 コルト社

 




背景から開発まで



 M16小銃を制式採用した米軍であったが、前制式採用小銃M14に比べれば小型、軽量化されたものの、閉所やジャングル地帯での戦闘ではさらに小型のカービン銃が求められるようになっていった。特に特殊部隊ではその任務上、カービン銃が求められており、このため米軍の一部の部隊(特に特殊部隊)ではM16小銃を小型化したCAR-15、XM177等のカービンを使用し続けていた。

 




 




開発



02_M4
(画像はwikipediaより転載)

 




 1982年米軍はコルト社に対してM16A2のカービンバージョンを作ることを要求、その結果、完成したのがXM177E2であった。これはXM177A1同様、旧タイプの大型フラッシュハイダーを装備していたものの使用弾薬がSS109(M855)弾を使用するのが大きな違いであった。このSS109弾とは旧来のM16に使用されていた弾薬M193の弾頭内側に鉛のコアがあり、その先端部分にスチール製の円錐台形のコアを持つ重量弾である。このコアにより着弾した際、弾頭が潰れ破壊力が増すように設計されている。発射時のガス圧もM193が55,000psiに対して62,000psiと12%も高圧になっているカートリッジである。


 完成したXM177E2カービンはXM4と命名され、1983年6月には米陸軍によってテストされ、1985年5月には海兵隊によってもテストを受けることとなった。この間にグリップはM16A2と同様のフィンガーチャンネル仕様、銃身長は14.5インチ、ライフリングピッチの変更、バレルを肉厚にした上でM203グレネードランチャーを取り付けるための改良が施された。1991年5月には名称がXM4からM4に変更、1993年からはさらに米海軍特殊部隊SEALのテストを経て、1994年5月にはM4カービンとして米陸軍に制式採用された。2007年には海兵隊でも制式採用、2015年には全ての部隊をM4カービンに変更することが決定している。


 M4カービンはSS109弾を使用、装弾数は20発、または30発のSTANAGマガジンで発射機構はセミオートと3点バースト射撃のみである。日本ではエアガンがフルオート仕様となっているため誤解されがちであるが、M4にフルオート機能はない。但し、バリエーションとしてフルオート射撃が可能なM4A1モデルが存在する。部品はコストを考慮した結果、フルサイズバージョンのM16A2と80%の部品を共用しており、ストックはXM177がアルミ製であったのに対して軽量化のために樹脂製となっている。キャリングハンドルは取り外し可能であり、マウントはピカテニー規格20mmレールである。バリエーションとして

 




主なバリエーション



03_M4
(画像はwikipediaより転載)

 




M4A1


 セミ・フルオート射撃可能モデル。

 




SOPMODブロック機↓供↓



 米軍特殊作戦軍がM4をベースとしてブロック気魍発している。これはナイツアーマメント社製RISハンドガードを装備、グレネードランチャーやサプレッサー、光学照準器等がモジュラー化されており、現在、特殊部隊によって使用されている。ブロック兇任聾学照準器等がさらに進化、ブロック靴任9.5インチまたは12.5インチのダニエルディフェンス社製RIS競譟璽襪鯀備している。

 




M4コマンド―


 M4のバレルを11.5インチとしたモデル。キャリングハンドルが固定されているM733と脱着可能でピカテニー規格の20mmレイルを装備しているM933がある。

 




M4カービン(トイガン)

 




概要



 エアガンでは1998年12月18日に東京マルイから電動ガンとして発売されている。2008年3月にWAがM4CQB-Rを発売、同年12月22日に東京マルイが次世代電動ガンとしてM4SOPMODを発売、2009年にはM4A1を発売、2010年7月14日にはハイサイクルモデルM4CRWを発売している。同年10月23日、タニオコバからM4 ガスブローバックが発売、続いて2010年10月26日にはKSCがガスブローバックモデルのM4を発売、2013年には電動モデルのM4を発売している。モデルガンでは2011年にタニオコバがM4CQB-Rを発売、発売年不明であるがHFも無発火モデルガンとしてM4を発売している。超人気モデルのためその他海外製に至っては鬼のように発売されてる。もう把握するのはムリムリ。。。

 




 ↓ガスブロについて詳しく知りたい方はこちらをご参照下さい。




 




WA製 M4カービン ガスブローバック





性能



全長 845mm(ストック伸長時910mm)

重量 3,300g

装弾数 50発

初速 86m/s前後

定価 77,000円(初期モデル)



 ガスブローバックで非常にリアルな外観、構造を再現してガスガンに「革命」を起こしたWAが長物をガスブローバック化したという衝撃の作品。精巧な外観と実物さながらの内部構造は圧巻。高価ではあるがセミカスタムともいえる品質の高さは独自の存在感を示している。欠点としては他社のM4ガスブローバックに比べて高価であること、特にマガジンは1本12,000円と他社のハンドガン1丁分に相当する金額、命中精度の評価が人によって異なるので個体差がある可能性が高いことである。

 




東京マルイ M4SOPMOD 次世代電動ガン





性能



全長 803mm(ストック伸長時878mm)

重量 3,270g

装弾数 82発

初速 92m/s前後

定価 54,800円



 次世代電動ガン第3弾。次世代電動ガンとはそれまでの電動ガンに擬似反動の機能を付加した新しい電動ガンで、M4SOPMODは初期の次世代電動ガンであるが、東京マルイ製品であるので品質は高い。特に命中精度は折り紙付きで箱出しの状態で最高スペックを発揮する優れものである。トイガンメーカーはロッド毎に細かな改良が繰り返されているので同モデルでも最新のロッドを購入することをお勧めする。初期のものでも命中精度は高い。

 




東京マルイ M4MWS ガスブローバック





性能



全長 777mm(ストック伸長時854mm)

重量 2,970g

装弾数 35発

初速 81m/s前後

定価 59,800円


 東京マルイ初の長物ガスブローバックモデル。製作発表から発売まで異常に時間がかかったモデル。その理由はボルトの摩耗を防ぐために新しく開発したZシステムのためである。このシステムのため部品の耐久性は増したが、内部構造は若干ディフォルメされた。命中精度は非常に高いがフロンガスを使用するため圧力にムラが出てしまうため電動ガンほどの命中精度はない。代わりに次世代でも味わえないような強烈なリコイルを体験することができる。

 




KSC M4カービン ガスブローバック





性能



全長 783mm(ストック伸長時865mm)

重量 3,490g

装弾数 40発

初速 74m/s前後

定価 46,800円


 WA、タニオコバに次いで発売されたガスブローバックM4。初期モデルは部品の耐久性に若干問題があると言われている。2013年頃から新型チャンバーを採用しているため、以前のモデルとは命中精度が比べ物にならないくらい高くなっている。M4ガスブローバックでも旧バージョンと最新バージョンがあるので中古で購入する際は注意が必要。最新ロッドになるほど完成度は高くなるので財布に余裕がある場合は中古ではなく、最新ロッドを購入するのがおススメ。

 




KSC M4カービン 電動(TEG)





性能



全長 826mm(ストック伸長時909mm)

重量 3,140g

装弾数 30 / 60発

初速 85m/s前後

定価 36,250円



 反動のあるERGシリーズと反動機能を除いて射撃性能に特化したTEGシリーズの2タイプがある。ERGシリーズは発売当初、他社と若干もめたりもしている。TEGシリーズは東京マルイのハイサイクルモデルに匹敵するモデルで反動が無い代わりに1000発/分の高サイクルでの連射が可能である。モデルガンメーカーであるKSCだけあって外観の完成度の高さは業界トップレベル。命中精度も新型チャンバー仕様になってからは東京マルイにも比肩する。実銃パーツメーカーとのコラボで多くのバリエーションがあるのも魅力。

 




タニオコバ M4CQB-R モデルガン





性能



全長 685mm(ストック伸長時765mm)

重量 2,300g

装弾数 30発

初速  - m/s前後

定価 86,000円


 唯一の発火式M4モデルガン。メーカーのタニオコバはモデルガンの草創期からモデルガンを設計している伝説のモデルガンデザイナー小林太三氏が興したメーカー。モデルガンの神様の設計だけあって外観の完成度の高さ、作動性能共に非常にハイレベルである。現在は製造中止となっているため入手困難。中古で発見した場合は無理をしてでも購入するべし。あまり需要が無さそうなので、今後、モデルガンとして製造される可能性も発火モデルとして発売される可能性も一桁万円で発売される可能性も低いと思われる。

 



まとめ

 




 M4は1994年に米軍に採用されて以来、現在でも現役のカービン銃である。90年代の小銃の動向としては小銃の全長が長すぎるためFA-MASやステア―AUG等のようにブルパック化が流行っていた。このブルパック化とは発射機構をストック内に収納する方式であるが、重量バランスやマガジンの装填に関して問題点も多い。この点、人間工学的に理想的な形状であったM16をカービン化で対応した米軍の判断には目を見張るものがある。

 








 



















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01_MEU
(画像はwikipediaより転載)

 

海兵隊とは。。。

 

 米海兵隊とはアメリカ独立戦争中の1775年11月10日に創設された米軍の一組織である。当初は将校10名と兵員200名、全員が戦闘経験皆無の組織であったが、現在では総数18万人で米国の世界戦略の一翼を担うまでになっている。この海兵隊の中で航空機から戦車、兵站までを自己完結する組織がある。それが海兵遠征隊である。

 

海兵遠征隊とは。。。

 

 海兵遠征部隊とは簡単に言うと歩兵、砲兵から司令部、補給部隊までを含めた一つのユニットである。さらに大規模になると海兵遠征旅団、さらに大きい海兵遠征軍が存在する。部隊規模は海兵遠征旅団が3,000〜20,000名、海兵遠征隊が約2200名でこれらの上部機関として海兵遠征軍が存在する。海兵遠征隊は単独で15日間の作戦行動が可能であり、早い段階で橋頭保(前線の拠点と理解すれば分かり易い)を確保することが可能となる。さらに海兵遠征旅団になると30日間の単独作戦行動が可能で、海兵遠征軍になると60日間の単独作戦行動が可能となる。

 

海兵遠征軍の存在意義

 

 「今まで通りの軍隊じゃいけないの?」と思われるかもしれないが、もちろんいけないのだ。今までも緊急展開部隊として空挺師団が存在した。フランス外国人部隊の第二落下傘部隊は48時間以内に世界中どこでも空挺降下することが出来ると豪語する。展開する時間の速さから言えば空挺師団にMEUは及ばない。

 しかし空挺師団は落下傘降下のために戦闘力が弱い。相手方に戦車等の強力な兵器があった場合はお手上げだ。機甲師団は強力だが展開速度が遅すぎる。この弱点を解消するためにあるのが陸軍のストライカー旅団と海兵隊の遠征部隊だ。空挺程ではないにしろ迅速に展開することができ、機甲師団程ではないにしろ重兵器も装備している。考えようによってはどっちつかずの部隊ともいえる。しかしこの部隊の登場によって米国は迅速に強力な橋頭保の確保ができるようになった。

 さらにこの海兵遠征部隊の誕生には、米国の議会制度がかなり影響している。アメリカでは戦争を開始するには議会の承認が必要だ。しかし緊急の場合、大統領の判断で戦端を開くことができる。戦争を始めてしまってから議会の承認を得るというプロセスでも大丈夫なのだ。

 議会の承認を得るまで大統領の独断が許される期間が60日間。そう、海兵遠征軍が単独行動できる期間そのままだ。つまりこの部隊の登場によって大統領は独断で最大で師団規模の戦闘力を紛争地帯や災害発生地域に展開することが可能となったのだ。

 

まとめ

 

 海兵遠征隊で最も注目すべきなのは米議会との関係である。海兵隊は議会の承認を得なくても米国の大統領の権限で作戦行動が可能な日数を基準として「大・中・小」とユニットを構成、大統領に対して選択肢を提供している。海兵隊という存在意義が不明確な組織が現在においても陸海空軍と対等な存在として存続しているのはこのような柔軟性からであろう。

 

 

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01_XD40
(画像はwikipediaより転載)

 

 XDM-40とは、クロアチアの銃器メーカーHSプロダクツが開発したポリマーフレームオートで米国のスプリングフィールドアーモリー社がライセンス権を得て生産しているモデルである。45ACP弾仕様、40S&W弾仕様等があり、装弾数は13発、15発と多い。米国では45ACP弾仕様が発売されてから人気が爆発しており、他にも世界各国の軍や警察が制式採用している。

 

XDM-40(実銃)

 

 

性能(4.5インチ)

全長 196mm
重量 885g
口径 10mm
使用弾薬 40S&W弾
装弾数 15発
設計・開発 マルコ・ヴコヴィッチ / SFA社

 

開発

02_HS2000
(画像はwikipediaより転載)

 

 クロアチアの銃器メーカーHSプロダクツの技師、マルコ・ヴコヴィッチ率いるチームによりHS2000として開発されたポリマーフレームオートである。1999年に完成したHS2000は、クロアチア軍及び、クロアチアの法執行機関によって採用され、世界市場においても高評価を獲得していた。当然、米国でもHSの米国法人である「HSアメリカ」によって販売されていたが、これに目を付けたスプリングフィールドアーモリーがライセンス権を取得。米国においてXD(eXtreme Duty)ブランドとして発売した。本来、頭文字を取れば「ED」となるのであるが、いろいろ問題がありそうな頭文字なのでXDとしたのであろう。

 機構はストライカー方式、ショートリコイルを採用しており、スチール製のスライドとポリマーフレームで構成されている。スライドはスチールの上に酸化防止処置を施してある。スライドストップは左側にのみであるが、マガジンキャッチはアンビとなっている。本銃の特徴としてはサムセイフティが省略されている代わりに、トリガーセイフティ、グリップセイフティが装備されていることであろう。

 上述のようにHS2000は、クロアチア軍、法執行機関が制式採用している他、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ軍、ドミニカ、マレーシア、インドネシア、タイ等、多くの軍隊で制式採用されている。米国では45口径仕様のXDMの発売によって人気を得ることとなった。

 

バリエーション

03_HS2000
(画像はwikipediaより転載)

 

 バリエーションは、オリジナルの4インチモデルで9mmパラベラム弾仕様(装弾数19発)、45ACP弾仕様(装弾数13発)、40S&W弾仕様(装弾数15発)の他、4.5インチモデル、5.25インチモデル、3.8インチモデル、タクティカル、装弾数5発の超小型モデルXD-S等が発売されている。2020年現在ではどうも9mm仕様はカタログ落ちしているようだ。

 

XDM-40(トイガン)

 

概要

 モデルガンでの発売はなく、ガスガンでは2012年1月に東京マルイがガスブローバックモデルで40S&W弾仕様のXDM-40を発売している。

 

東京マルイ XDM-40 ガスブローバック

性能

全長 230mm
重量 745g
装弾数 26+1発

 スライド後部にコッキングインジケーターが再現されている他、トリガーセイフティ、グリップセイフティ共に再現されている。初速は70m/s前後と平均的で、命中精度は非常に高い。

 

まとめ

 

 XDM-40の機構はストライカー方式にショートリコイル、マガジンはスチール製、グリップセイフティを装備している等、比較的保守的なデザインである。シングルアクションのみであるが、ストロークは比較的長く、トリガーセイフティ、グリップセイフティ等により安全性が確保されている。伝統と最新技術をうまく組み合わせたオートといえる。

 

 

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