01_ソビエト
(画像はwikipediaより転載)

 

超要約

 

 ソビエト連邦とは単一の国家ではなく、1922年に成立した複数の共和国で構成される社会主義連邦である。共産主義の構造上の問題から経済が停滞、権力の集中により汚職が蔓延した。1980年代に改革を試みるも中央が統制力を失ったために構成国が独立、1991年に崩壊した。

 

ソビエト社会主義共和国連邦

 

成立から発展

 ソビエト連邦とは、1922〜1991年まであった世界初の社会主義国家である。一応は共和国が集まった連邦国家であったが、ソビエト共産党による中央集権的な政治が行われていた。

 1917年、ロシア帝国が崩壊した。これによりボルシェビキ(のちのソビエト共産党)が臨時政府を設立。その後、ボルシェビキと反対派の内戦が激化するもののボルシェビキが勝利。1922年、ボルシェビキによりロシア帝国の領土の大部分を領域とするソビエト連邦が成立する。しかしボルシェビキを指導していたレーニンは1924年に死亡。後継者スターリンの独裁が始まる。

 このスターリンは反対派を弾圧。大粛清をはじめとする恐怖政治が行われる。経済は、計画経済と呼ばれる中央が全て管理する方式を採用。その失策により、ホロドモールと呼ばれる数百万人規模の餓死が起こるのもこのころである。1953年にはスターリンが死亡するが、ソビエトは、資本主義国家のように競争が無く、権力が集中しやすい構造であったため経済は停滞、集中した権力による汚職が蔓延した。さらに1979年にはソビエト軍がアフガニスタンに侵攻。経済はさらに苦しくなった。

 

改革から崩壊へ

 プラハの春と呼ばれる反対勢力に対する軍事侵攻やアフガニスタン侵攻により西側は対決姿勢を鮮明にする。そして経済の停滞により技術革新も進まず、西側との経済格差は広がっていった。この中で1980年代になるとゴルバチョフ書記長が登場、ペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)という一連の改革を実施した。これによりソビエトはそれまでの一党独裁の体制から議会政治に移行、経済も自由化が進んだ。

 しかしこれらの政策によって、それまで集中していた権力が分散、情報公開により様々な政権内部情報が公開されたことにより中央の統制力が低下、ソビエト構成国の独立運動がさかんになる。ソビエトの同盟国であった東欧諸国でも民主化革命が起こり始める。

 1991年8月、これらソビエトが解体の方向に進んでいくことに危機感を持った保守派がモスクワで蜂起。クーデターを実施したもののこのクーデターは国民の支持も諸外国の支持も得られなかったため失敗した。しかしこのクーデターによりゴルバチョフも影響力を失ってしまった。中央の統制力が弱体化した結果、ソビエトを構成していた共和国が次々に独立を宣言、新たにCIS(独立国家共同体)を構成することを決定、そして1991年12月25日、ゴルバチョフ書記長はソビエト連邦の解体を宣言した。

 

CIS(独立国家共同体)

 ソビエトに代わり結成されたCISであったが、これはソビエトのように強力な中央集権の連邦ではなく、独立した国家の連合体であった。現在でもロシアを中心に存続しているが、ウクライナ、ジョージアは脱退している。

 

 

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