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アメリカ海軍

BB-57戦艦サウスダコタ01
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦後も活躍したアイオワ級戦艦ほどの知名度はないが、第二次世界大戦、特に太平洋戦争では最も激しく戦った戦艦の一つである。第二次世界大戦時の最新鋭艦であり、米海軍所属の戦艦では数少ない戦艦同士の砲撃戦を経験したクラスだ。

 

戦艦サウスダコタ級 〜概要〜

 

性能

 基準排水量 35000トン
全長 207.4m
全幅 33m
吃水 10.3m
機関出力 13000hp
最大速度 27ノット
航続距離 15000海里/15ノット
乗員 1793名
武装 45口径40.6cm(16インチ)砲 3連装3基
   12.7cm両用砲 2連装10基
   28mm機関砲4連装7基
   20mm機関砲 35基
装甲 舷側31cm 甲板14.6cm 主砲45.7cm 
同型艦 4隻

 

特徴

 ノースカロライナ級の改良型として建造された本級は、当初は35.6cm(14インチ)砲搭載を予定していたノースカロライナ級とは異なり、計画当初から40.6cm(16インチ)砲を搭載していたのが特徴である。これはロンドン海軍軍縮条約中の「エスカレーター条項」に沿ったもので、もしも参加国が条約を破った場合、参加国は16インチを搭載する戦艦の建造が可能となっていた。本級の設計を開始したのが1937年3月で、日本の条約脱退以降であったために16インチ砲搭載での設計が可能になったのである(日本の条約脱退は1936年12月)。

 排水量は35000トンでノースカロライナ級と同等だが、搭載の16インチ砲の直撃に耐えるための側面装甲がかなりの重量になってしまうために全長を15mほど短くしている。これによって装甲の面積を縮小化および艦体の軽量化が達成されたことにより、310mmの重装甲を施すことが出来た。しかし16インチ砲直撃弾の貫通を防止するために必要な装甲厚は390mmなので不足分は19度の傾斜角をつけることで解決している。

 全幅は33mとノースカロライナ級戦艦と同じためサウスダコタ級戦艦はノースカロライナ級戦艦に比べてずんぐりとした艦形となっている。これらの設計により心配されていた速度であるが、機関の増強により27ノットでの走行が可能となっている。但し、ずんぐり形状の艦体は高速を出しにくく、特に艦首部の浮力低下が問題となった。戦争後半に艦首部に40mm4連装機関砲を装備するようになってからは凌波性は絶望的に低下している。

 全長の短縮と重装甲化で居住性は悪くなった。因みにノースカロライナ級戦艦とサウスダコタ級戦艦の外観上の特徴は煙突の数でノースカロライナ級戦艦が2本であるのに対してサウスダコタ級戦艦は1本煙突である。

 

建造

 サウスダコタ級は1番艦サウスダコタ、2番艦インディアナ、3番艦マサチューセッツ、4番艦アラバマの4隻が建造された。1〜3番艦までは1938年12月に発注、4番艦のみ1939年4月に発注されている。起工は、1番艦サウスダコタが1939年7月、2番艦インディアナが1939年11月、3番艦マサチューセッツがは、1939年7月に起工、4番艦アラバマが1940年2月である。

 

戦艦サウスダコタ級の活躍

 

1番艦サウスダコタ

BB-57戦艦サウスダコタ
(画像はwikipediaより転載)

 

 1942年3月には1番艦サウスダコタが就役、7月26日まで2ヶ月弱の訓練を終え、東海岸のフィラデルフィア海軍工廠を出航、パナマ運河を通過し太平洋に配備された。最初の実戦は1942年10月の南太平洋海戦で日本機の攻撃により250kg爆弾の直撃を受けている。11月にはノースカロライナ級戦艦ワシントンと共に第三次ソロモン海戦に参加、激戦の中、大小27発被弾している。その内徹甲弾は1発だけで3番砲塔下に命中した。

 ニューカレドニアに待機していた工作艦プロメテウスの修理を受けた戦艦サウスダコタは本土に帰還、完全修理とオーバーホールの後、1943年4月より大西洋で作戦行動を行った。8月には米本土に帰還、9月より再び太平洋に移動、11月にはギルバート諸島攻撃、1944年1月にはマーシャル諸島の攻撃に活躍する。その後、マリアナ諸島の攻略戦に参加、6月にはマリアナ沖海戦に参加、日本海軍の彗星艦爆より250kg爆弾の直撃を受ける。

 サウスダコタは米本土に帰還、修理の後、フィリピン、香港、沖縄攻撃に参加した。7〜8月には日本本土を砲撃、終戦を迎えた。1946年6月には大西洋予備役艦隊所属、1947年1月予備役編入、1962年6月に除籍され、スクラップとして売却された。

 

2番艦インディアナ

BB-58戦艦インディアナ
(画像はwikipediaより転載)

 

 2番艦インディアナは、1942年4月に就役、1942年11月1番艦サウスダコタの代わりに空母エンタープライズに合流、ソロモン諸島進攻支援の後、1943年10月真珠湾に帰還。1943年11月にはタラワ、クェゼリン環礁砲撃に参加。1944年2月修理のため真珠湾に後退した。4月には第58任務部隊に合流。トラック島攻撃、ポナペ島砲撃、マリアナ諸島攻略に参加した。6月にはマリアナ沖海戦に参加、至近弾を受けるも大損害には至らなかった。8月にはフィリピン攻略に参加した後、一旦米本土に帰還する。

 1945年1月再び第58任務部隊に合流、沖縄攻撃、本土への艦砲射撃を行い終戦を迎える。1946年9月に予備役編入され、1947年9月退役。その後、太平洋予備艦隊配属となり、1962年1月除籍、スクラップとして売却された。

 

3番艦マサチューセッツ

BB-59戦艦マサチューセッツ
(画像はwikipediaより転載)

 

 3番艦マサチューセッツは1942年5月に就役、10月には地中海に向かい、西部方面任務群と合流する。11月にはフランス海軍戦艦ジャン・バールの砲撃を受け反撃、フランス駆逐艦2隻を撃沈した。同月、米本土に帰還する。その後、太平洋戦線に配属され、1943年12月よりナウル、クェゼリン環礁等の砲撃、上陸支援に参加した後、1944年5月米本土に帰還する。

 1944年10月フィリピン攻撃、1945年には沖縄戦に参加、本土砲撃を行い終戦を迎える。1947年3月に退役、1962年6月に除籍された。除籍後はバトルシップ・コーヴに博物館艦として保存されている。

 

4番艦アラバマ

BB-60戦艦アラバマ

(画像はwikipediaより転載)

 

 4番艦アラバマは1942年8月就役、訓練、検査を行った。1943年5月1番艦サウスダコタと共に船団護衛を目的としてイギリスに配備された。1943年11月、太平洋戦線に配属、ギルバート、マーシャル諸島攻撃に参加、1944年6月にはマリアナ、パラオ諸島攻撃、10月にはフィリピン攻撃に参加した。1945年には沖縄、日本本土攻撃に参加して終戦を迎えた。1947年退役、太平洋予備艦隊配属。1962年除籍、記念館としてアラバマ州モービル湾に展示された。

 

戦艦 サウスダコタ級(模型)

 

ハセガワ 1/700 アメリカ海軍 戦艦 サウスダコタ スーパーディテール プラモデル

 サウスダコタ級戦艦の中で最も多くの修羅場をくぐり抜けてきた1番艦サウスダコタ。南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦、マリアナ沖海戦と30発近い砲弾と爆弾を受けながらも生き抜いた歴戦の艦。

 

トランペッター 1/700 米海軍 サウスダコタ級 戦艦 BB-59 マサチューセッツ

 地中海ではフランス戦艦と交戦し沈黙させた他、駆逐艦2隻を撃沈。その後は太平洋戦線で艦砲射撃に活躍した3番艦マサチューセッツ。現存するサウスダコタ級の1隻。

 

トランペッター 1/700 米海軍 サウスダコタ級 戦艦 BB-60 アラバマ

 上陸支援、艦砲射撃に活躍したサウスダコタ級4番艦。太平洋に地中海にと広い地域で活躍した。サウスダコタ級現存艦の内の1隻。

 

まとめ

 

 戦艦サウスダコタ級はロンドン海軍軍縮条約以降に建造された戦艦で第二次世界大戦時には新鋭戦艦として多くの戦場で武勲を挙げた。特に1番艦サウスダコタは、第三次ソロモン海戦で日本海軍の金剛型戦艦と激しい砲戦を行っている。米海軍で最も激しく戦った戦艦の1隻といえるだろう。

 

関連リンク

前級ノースカロライナ級戦艦

 

次級アイオワ級戦艦

 

 

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戦艦ミズーリ03
(画像はwikipediaより転載)

 

 アイオワ級戦艦は1940年に起工、1943年に就役したアメリカ海軍最強の戦艦であり、1992年に退役するまで活躍した最後の戦艦である。最後はCIWSやトマホーク等のハイテク兵器で武装された究極の戦艦となった。この海の王者は他の戦艦にない強烈な個性を発揮している。

 

アイオワ級戦艦 〜概要〜

 

性能

基準排水量 45000トン
最大排水量 59000トン
全長 270.6m
全幅 33m
機関出力 21万2000馬力
最大速度 33ノット
乗員 1921名
武装 50口径40.6cm3連装3基
   12.7cm連装砲10基
   40mm機関砲4連装15基
   20mm機関砲単装20基
装甲 舷側30.7cm
   甲板15.2cm
   主砲43.1cm

 

建造

 1936年、ロンドン海軍軍縮条約を日本は脱退した。これにより英米仏の三か国は条約にあるエスカレータ条項を発動する。この条項は、第二次ロンドン海軍軍縮条約に調印しない国があった場合、諸々の制限を緩和するというもので、これにより戦艦の保有枠も拡大、戦艦自体の制限も排水量35,000トンから45,000トンに、主砲も14インチから16インチに拡大した。英米仏はこの新しい制限内で大型戦艦の建造を始めることになった。時に仮想敵国である日本が大型戦艦を開発しているとみなしていた米国はそれに対抗するための戦艦を計画する。

 計画の排水量は条約の上限ギリギリの45,000トン、全長270m、艦首水面下にはバルパス・バウが設けられ凌波性を高めた。全長は最長になったもののパナマ運河を通過することが考慮された結果、全幅は33mに抑えられたスマートな艦形となっている。主砲は条約の上限である40.5cm(16インチ)3連装砲となっており、前級サウスダコタ級と同じであるが、口径(砲身の長さ)が45口径から50口径に延長され火力が向上している。さらに副砲として12.7cm連装砲を10基、40mm4連装砲を15基装備し高い防空能力を持っている。

 速力は、空母部隊に随伴することを念頭に、主機は4基の蒸気タービンで前級の13万馬力に対して21万2000馬力と大幅に強化され、最大速度が33ノットと前級よりも6ノット増加した。

 

同型艦

 1940年6月27日に1番艦アイオワが起工、同年9月16日に2番艦ニュージャージーが起工する。1941年1月6日には3番艦ミズーリ、25日には4番艦ウィスコンシンが順次起工した。1943年2月22日1番艦アイオワが就役、5月23日には2番艦ニュージャージーが就役する。1944年4月16日には4番艦ウィスコンシンが就役、6月11日には3番艦ミズーリが就役した。さらに5番艦、6番艦も計画されたが、5番艦イリノイは1945年8月12日に建造中止、6番艦ケンタッキーは戦後も建造が続けられたが1947年2月に建造中止となった。

 

アイオワ級戦艦の戦歴

 

第二次世界大戦

 1番艦アイオワは当初、ドイツ戦艦テルピッツに対抗するため大西洋に派遣されるが、1944年1月太平洋に転戦、2番艦ニュージャージーと共にクェゼリン、エニウェトク環礁、トラック島、サイパン島、グアム島攻撃に参加した。1944年12月からは4番艦ウィスコンシンが戦列に加わり、フィリピン、台湾、沖縄攻撃に参加した。3番艦ミズーリも1944年2月の硫黄島攻略戦に参加、北海道室蘭攻撃、沖縄攻撃に参加している。

 第二次世界大戦が集結すると1番艦アイオワは1948年9月まで作戦活動に従事、1949年3月24日には予備役となった。2番艦ニュージャージーは1948年6月に予備役。4番艦ウィスコンシンも1948年1月1日に予備役に編入され、3番艦ミズーリのみが現役であった。

 

朝鮮戦争

 1950年に行った朝鮮戦争が始まると全艦が戦列に加わり艦砲射撃を行った。朝鮮戦争後もしばらくは現役であったが、1番艦アイオワは1958年2月に予備役編入、2番艦ニュージャージーは1957年8月、3番艦ミズーリは1955年2月、4番艦ウィスコンシンも1958年4月には予備役に編入され、同型艦は全艦第一線から姿を消した。

 

ベトナム戦争

 1968年、ベトナム戦争が激しくなるとアイオワ級戦艦は2番艦ニュージャージーのみが現役に復帰、半年間に亘ってベトナムに艦砲射撃を行ったが、1969年12月再び予備役に編入となる。

 

600隻艦隊構想

 ベトナム戦争後、縮小していた米海軍であったが、1981年、ソビエト海軍の膨張に脅威を感じた結果、優位を確保すべく海上戦力の大再編を行った。この結果、アイオワ級は4隻とも現役に復帰することとなる。

 1番艦アイオワは1984年4月、2番艦ニュージャージーは1982年12月、3番艦ミズーリは1986年5月、4番艦ウィスコンシンは1988年10月に現役に復帰した。この際、アイオワ級は近代化改修が行われ、ハープーン対艦ミサイル、巡航ミサイルトマホーク、CIWS等が新たに装備された。

 2番艦ニュージャージーは、近代化改修後、レバノン内戦に参加、主砲による艦砲射撃を行ったが、1990年代始めにソビエトが崩壊したため軍事予算の削減が行われたため1番艦アイオワは1990年10月、2番艦ニュージャージーは1991年2月に予備役に編入される。

 

湾岸戦争・退役

 1991年1月、湾岸戦争が始まると未だ現役にあった3番艦ミズーリと4番艦ウィスコンシンはペルシャ湾に展開、イラク軍陣地にトマホークと主砲による攻撃を行った。これがアイオワ級の最後の戦闘であった。

 湾岸戦争後の1991年9月、4番艦ウィスコンシンが予備役編入、1992年3月3番艦ミズーリが退役した。これによりアイオワ級全艦が現役を離れた。現在は4艦共に博物館として公開されている。

 

まとめ

 

 日本人だとどうしても戦艦といえば「戦艦大和」となってしまう。しかし合理性の国、アメリカで開発された戦艦というのは興味をそそる。その合理性の国が最後まで戦艦を運用した国だというのも面白い。戦艦という古武士が近代装備の鎧を纏った姿も魅力的である。アイオワ級の魅力は尽きない。

 

前級サウスダコタ級級戦艦

 

 

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01_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 ミッドウェイはミッドウェイ級空母の1番艦であり、1945年に就役以来、1992年に退役するまで50年近くも現役に留まった空母である。この間、航空機はレシプロ機から第三世代ジェット機へと変遷している。それに合わせて艦載機もF4Uコルセア戦闘機から最後はFA/18ホーネットまで搭載した。これらの母艦足り得たミッドウェイの拡張性の高さが分かるというものだろう。

 

空母ミッドウェイ 〜概要〜

 

 

性能 ※カッコ内は改装後

 通常排水量 45000(64200)トン
 最大排水量 60100(70000)トン
 全長 295m(305.26m)
 全幅 49.68m(78.79m)
 吃水 10.67m
 機関出力 21万2000馬力
 最大速力 33ノット
 航続距離 15000海里/15ノット(11520海里/15ノット)
 乗員 4712名
 武装
  建造時
    5インチ砲単装18基
    40mm機銃4連装21基
    20mm機銃単装68基
  改装後
    シースパロー8連装2基
    ファランクスCIWS2基
 搭載機 136〜145機(建造時)
     約100機(朝鮮戦争時)
     68〜80機(ベトナム戦争〜退役時)
 同型艦 3隻

 

同型艦

ミッドウェイ(起工1943年10月、就役1945年9月、退役1992年4月)
フランクリン・D・ルーズベルト(起工1943年12月、就役1945年10月、退役1977年10月)
コーラル・シー(起工1944年7月、就役1947年10月、退役1990年4月)

 

特徴

 空母ミッドウェイは1943年10月に起工、1945年3月進水、1945年9月に就役した当時米海軍最大の艦艇であり、初のパナマ運河を通過することが出来ない艦艇であった。太平洋戦争での日本の特攻隊の戦訓として装甲飛行甲板を装備していた。甲板の装甲厚は89mmで水線にも193mmの装甲が張り巡らされていた。

 搭載されていた艦載機は、当初はF4Uコルセア、SB2Cヘルダイバーであったが、1947年からはF8Fベアキャットも搭載された。1950年代初頭にF9Fパンサー、1956年からはF3Hデーモン、F8Uクルセイダーが搭載、さらにA3Dスカイウォーリア、A4スカイホーク、AD-1スカイレイダーも搭載された。1965年にはF4ファントムが配備され、1970年からは爆撃機はコルセア供A6イントルーダー、、AD-1スカイレイダーに代わり、E2早期警戒機に変更された。因みにF-14戦闘機はフライトデッキが小さすぎるために搭載することが出来なかった。

 

空母ミッドウェイ 〜戦歴〜

02_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 1945年9月に大西洋艦隊に就役。1947年には大型の航空機を運用出来るようにするための補強と通信設備の増強が行われた。1953年には最新のレーダーシステムが搭載され、1954年12月から第7艦隊所属となる。1955〜1957年まで近代化改修を受けるた後、再び第7艦隊に配属された。1961年にはレーダーシステムが最新の物に変更されている。1965年4月からベトナム戦争に参加。1966年には再び近代化改修を受けた。

 第二次近代化改修を終えたミッドウェイは1971年から再びベトナム戦争に参加、北ベトナムの港への機雷敷設作業を行った。1973年10月より初の日本駐留空母として横須賀に配属される。1975年4月には陥落寸前のサイゴンからの脱出作戦であるフリークエント・ウィンド作戦に参加した。

 その後もミッドウェイは横須賀を母港として駐留を続けた。1985年にはレーダーシステムが最新の物に変更された後、1986年には第三次近代化改修を受ける。同時に艦載機もそれまでのF4ファントムとA-7コルセアからFA/18ホーネットに変更された。1988年にはソウルオリンピックの警戒任務に就いた。

 1990年8月、湾岸危機が起こるとミッドウェイはアメリカ空母では初めてペルシャ湾に侵入した。そして翌年1991年1月7日、湾岸戦争が始まるとイラクへの航空攻撃を行った。同年6月にはフィリピンのピナツボ火山の噴火に伴い在留米国人の救出活動に参加している。

 1991年、第5空母航空団の母艦としての任務を空母インディペンデンスに引き継ぎ1992年に退役、1997年に除籍された。2004年6月よりサンディエゴ港でミッドウェイ博物館として保存されている。因みに横須賀の第5空母航空団の母艦は1998年にキティホーク、2008年ジョージ・ワシントン、2015年ロナルド・レーガンと変更されている。

 

空母ミッドウェイの改修

03_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 空母ミッドウェイは大戦中に建造され、1997年まで就役していた艦齢50年以上にもなる空母であった。この間の航空機の発達は目覚ましく、この発達に対応するためにミッドウェイは数度にわたって近代化改修が行われた。

 

第一次改修(1955〜1957年)

04_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 1955年になると近代化改修工事が行われた。具体的には艦首をハリケーン・バウに変更、後部エレベーターを廃止し、艦橋後方に新たにエレベーターを設置した。さらにそれらエレベーターは大型化されている。他にもアングルド・デッキ化(空母の進行方向に対して斜めに伸びる滑走路)、蒸気カタパルトの設置(3基)が行われた。この改装で固定武装のほとんどが撤去された。

 

第二次改修(1966〜1970年)

05_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 この改修によりフライトデッキが、それまでの11.412屬ら16.286屬般1.5倍に拡張された。前方のエレベーターが廃止され、艦橋前方と左舷後方に新たに設置された。さらにエレベーターの可搬重量が34tから59tに増強、カタパルトや着艦制動装置も新型が設置された。同時にカタパルトは距離不足のためそれまでアングルド・デッキに設置されていた1基が撤去され2基となる。さらにシースパロー対空ミサイルが装備された。この近代化改修はあまりにも高価になり過ぎたため、ミッドウェイ級空母2番艦であるフランクリン・D・ルーズベルトの近代化はキャンセルされた。

 

第三次改修(1986年)

 この改修では重い艦載機を搭載するために浮力を増す工事とカタパルトの強化も行われた。さらには近接防御システムとしてファランクスCIWSが装備された。しかし、この時の改修に設計ミスがあったらしく、以後、ミッドウェイは船体の動揺も大きく舷側から不自然な白波が立つようになった。

 

空母ミッドウェイ(模型)

 

マイクロエース 1/800 戦艦・空母シリーズ No.8 アメリカ海軍 空母 ミッドウェイ プラモデル

 1/800という微妙なサイズの空母ミッドウェイ。1/700サイズでないのが残念だが、これが現在普通に入手できる唯一のミッドウェイの模型。改修を繰り返した独特の艦型は他の空母にはないもの。

 

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01_工作艦メデューサ
(画像はwikipediaより転載)

 

 工作艦メデューサは米海軍で初めて工作艦として建造された工作艦である。主に太平洋戦争で活躍した本艦は開戦後、真珠湾での復旧活動、南方での損傷艦艇の修理に活躍した。この工作艦メデューサの活動海域をみると当時の米軍が安全と認識した海域が良く分かる。

 

工作艦メデューサ 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 10620トン
 最大排水量 -トン
 全長 147.47m
 全幅 21.41m
 吃水 6.07m
 機関出力 7000馬力
 最大速力 16ノット
 航続距離 -
 乗員 499名
 武装 51口径12.7cm砲単装4基
    50口径7.6cm高角砲単装2基
 同型艦 1隻

 

特徴

 1924年に就役した工作艦メデューサは独力で水上艦艇の大規模修理を完遂する能力を持つ米海軍で初めて工作艦として設計された艦であった。艦内には鍛冶、ボイラー修理から溶接、旋盤等、艦底を修理するためのあらゆる工作機械が装備されていただけでなく、水上機の修理も行えるようになっており、さらには大型洗濯機や製パン設備、冷蔵庫なども持つ給糧艦的な艦でもあった。

 

同型艦

工作艦メデューサ(起工1920年1月、竣工1924年9月、解体1951年)

 

戦歴

02_工作艦メデューサ
(画像はwikipediaより転載)

 

 メデューサは竣工すると太平洋艦隊に配属、以降、太平洋戦争開戦までは主に輸送任務に従事した。太平洋戦争開戦時には真珠湾に停泊しており、日本海軍の真珠湾攻撃時には特殊潜航艇甲標的を撃沈する戦果を挙げている。攻撃終了後には工作艦としての修理任務に活躍した。以降、1942年3月までは真珠湾で復旧活動を行った。

 1942年4月、メデューサはニューヘブリディーズ、エファテ島に進出した。このエファテ島とは、ガダルカナル島東南約1000kmにある島で日本軍の根拠地であったラバウルからガダルカナル島までの距離に等しい。メデューサはここで1944年3月まで戦闘で損傷した艦艇の修理任務を遂行した。

 1944年3月メデューサはエファテ島を出航、ニューギニア、ガダルカナル島とソロモン海近海で修理任務を行った。日本海軍のラバウル航空基地は1944年2月にはほぼ全部隊が撤収を完了しており、本艦がソロモン海近海で作戦行動を行ったということはこの海域が後方地帯となったことを意味すると考えてよいだろう。

 以降、アドミラルティ諸島マヌス島を拠点として艦艇修理を担当、1945年1月にはニューギニア島ホーランディア(ニューギニア島中央北部パラオ諸島の南方)で艦艇修理を行った。1945年7月には再びマヌス島に進出終戦を向かえる。1946年11月退役、1947年除籍され1951年に解体された。

 

 

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01_BB-1戦艦インディアナ
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦インディアナ級はアメリカ海軍初の近代戦艦であった。性能に特に斬新な点はないものの同時代の戦艦並みの能力を有し、米西戦争で有名な閉塞作戦やシベリア出兵等にも参加した。本級の内1隻は日本において解体処分されている。

 

戦艦 インディアナ級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 10288トン
 最大排水量 -トン
 全長 107m
 全幅 21.1m
 吃水 7.3m
 機関出力 9000馬力
 最大速力 15ノット
 航続距離 5640海里/10ノット
 乗員 473名
 武装 35口径33cm砲連装2基
    35口径20.3cm砲連装4基
    40口径15.2cm砲単装4基
    5.7cm砲単装20基
    45cm水上発射管6基
 装甲 舷側 45.7cm
    甲板 7.6cm
    主砲 43.2cm
 同型艦 3隻

 

特徴

 アメリカ海軍初の近代戦艦であるインディアナ級は、乾舷(甲板と水面の距離)が低く、耐波性に難があり、外洋での運用は出来なかったため、3番艦オレゴンが太平洋を渡りフィリピン、中国近海まで進出した以外は、主に沿岸防備用に運用された。しかし装甲は45.7cm、火力も33cm連装砲とイギリス戦艦ロイヤルサブリン級とほぼ同等の能力を有した。同型艦は3隻建造されている。

 

同型艦

1番艦インディアナ
2番艦マサチューセッツ
3番艦オレゴン

 

建造

 1番艦インディアナは1891年5月に起工、2番艦マサチューセッツは1891年6月、3番艦オレゴンは1891年11月に起工されている。1番艦インディアナは1895年11月に就役、2番艦マサチューセッツは1896年6月、3番艦オレゴンは1896年7月に就役した。

 

戦艦 インディアナ級の活躍

 

1番艦インディアナ

02_BB-1戦艦インディアナ
(画像はwikipediaより転載)

 

 1番艦インディアナは1898年、米西戦争が始まると北大西洋艦隊の一員として参加、姉妹艦、オレゴンと共にキューバ作戦に参加した。戦後は練習艦として運用されるが1903年に退役する。1906年には再び練習艦として運用、1914年に再び退役する。1917年に三度就役するが、1919年に標的艦として海没した。

 

2番艦マサチューセッツ

03_BB-2戦艦マサチューセッツ
(画像はwikipediaより転載)

 

 2番艦マサチューセッツは、1896年に就役、米西戦争に参加した後は北大西洋艦隊所属艦として活躍、その後練習艦となった。1914年5月退役したが、1917年6月に再び練習艦として就役、1919年3月除籍、標的艦として使用された後に水没。スクラップとして売却しようとしたが買い手が付かず1956年、フロリダ州の資産となった。

 

3番艦オレゴン

04_BB-3戦艦オレゴン
(画像はwikipediaより転載)

 

 3番艦オレゴンは、1898年に米西戦争に参加した。その後は太平洋方面で警備艦として活動した後、フィリピンに派遣され、さらには義和団の乱においては中国のウソンに展開した。1901年5月オーバーホールのため米本土に帰還する。1903年3月、再び極東に派遣されたが、1906年に退役する。1911年に再就役したが目立った活躍は無く1914年に予備役編入。1917年、現役に復帰し、シベリア出兵に参加した後、1919年10月退役した。退役後は博物館艦となるが、1941年スクラップとして売却、船体はのちに海軍に返還され、1944年のグアム戦では艀(はしけ)として利用された。1956年3月売却され日本において廃棄される。

 

まとめ

 

 戦艦インディアナは主に米西戦争で活躍した戦艦だった。乾舷が低く大洋での航海には不向きであったがフィリピンや中国にも派遣されている。特に3番艦は極東方面にしばしば派遣され、戦後に日本において解体されている何かと日本と関係の深い艦であった。

 

 

 

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01_BB-61戦艦アイオワ
(画像はwikipediaより転載)

 

 第二次世界大戦のアメリカ参戦は真珠湾攻撃によって始まった。これによって米戦艦部隊は壊滅的打撃を受け、以後、空母中心の戦術に変更せざる得なくなったと言われているが実際には米国は戦中も戦艦の建造を続けて10隻もの新鋭戦艦を戦場に送り込んでいる。今回はこの10隻の戦艦についてみてみたい。

 

太平洋戦争での戦艦の活躍

 

 アメリカの第二次世界大戦は真珠湾攻撃によって始まった。この空母機動部隊が海の王者戦艦を壊滅状態にしたという空前の事件により、米国は航空機の威力を知り戦艦中心から空母中心に代えていったと言われる。この分析は正しいとはいえない。何故ならばアメリカは開戦後も戦艦の建造を続け、新鋭戦艦を10隻も戦場に送り込んでいるからだ。

 さらには真珠湾攻撃で大破着底した旧式戦艦すらも改装を行現役に復帰させている。確かに海戦の主役は航空機と空母に移り始めてはいたが、太平洋戦争初期から中期までは戦艦同士の砲撃戦も行われる等、依然として戦艦の存在は重視されていた。特に戦艦ノースカロライナ級や戦艦サウスダコタ級は戦争中期に南太平洋戦域に派遣され海戦によりかなりの戦果を挙げている。

 

ノースカロライナ級戦艦

03_BB-56戦艦ワシントン
(画像はwikipediaより転載)

 

性能

 通常排水量 35000トン
 最大排水量 44638トン
 全長 222.3m
 全幅 33m
 吃水 10m
 機関出力 12万1000馬力
 最大速力 28ノット
 航続距離 15000海里/15ノット
 乗員 1880名
 武装 45口径40.6cm砲3連装3基
    12.7cm両用砲2連装10基
    28mm機関砲4連装4基
 装甲 舷側30.5cm
    甲板14cm
    主砲30.5cm
 同型艦 2隻

 

 ロンドン海軍軍縮条約では戦艦の主砲は35.6cm以内と決められていたが、1937年にこの条約が失効したことにより各国は制限のない状態での新型戦艦の開発が可能となった。但し、本級が計画された段階ではロンドン海軍軍縮条約が延長されるかどうかは不明であり、35.6cm砲搭載艦として計画されたものを条約の失効により40.6cm砲搭載艦として設計し直したという経緯がある。

 主砲こそは40.6cm砲を搭載したものの、装甲が35.6cm砲用のものであり、40.6cm砲に対しては防御力が不足することが本級の弱点であった。さらにスクリューが動くと艦に大きな振動が起こるという問題点があった。この問題は結局は解決するも、解決するまでに数年を要した。

 本級は就役後、欧州戦域に派遣されたりしたが、海戦で敵戦闘艦と戦火を交えることはなかったが、太平洋戦域に派遣されると第二次ソロモン海戦を手始めに多くの海戦に参加することとなる。特に2番艦ワシントンは第三次ソロモン海戦で日本海軍の戦艦霧島に主砲9発を命中させ撃沈するという戦果を挙げた。

 

 

サウスダコタ級戦艦

02_BB-60アラバマ
(画像はwikipediaより転載)

 

性能

 基準排水量 35000トン
全長 207.4m
全幅 33m
吃水 10.3m
機関出力 13000hp
最大速度 27ノット
航続距離 15000海里/15ノット
乗員 1793名
武装 45口径40.6cm砲 3連装3基
   12.7cm両用砲 2連装10基
   28mm機関砲4連装7基
   20mm機関砲 35基
装甲 舷側31cm 甲板14.6cm 主砲45.7cm 
同型艦 4隻

 

 ノースカロライナ級戦艦が計画変更によって40.6cm砲を搭載したのと異なり、サウスダコタ級戦艦は当初から40.6cm砲搭載が予定されていた。このため装甲も前級に比べて厚く、よりバランスのとれたものとなった。全長は前級に比べて15mも短くなった代わりに軽量化された分は装甲の強化に充てられた。外観上は全長が短くなった分、「ずんぐり」した形状になっていることと前級では煙突が2本であったものが1本になっているのが特徴である。

 本級もノースカロライナ級戦艦と同様、戦艦同士の砲撃戦を経験している。1番艦サウスダコタ、2番艦インディアナ級は太平洋戦域に派遣され日本海軍と激戦を展開、3番艦マサチューセッツは大西洋戦域に派遣され、フランス海軍戦艦ジャン・バールと戦火を交えている。この際、マサチューセッツはフランス駆逐艦2隻を撃沈するという戦果を挙げている。

 

 

アイオワ級戦艦

04_BB-62戦艦ニュージャージー
(画像はwikipediaより転載)

 

性能

基準排水量 45000トン
最大排水量 59000トン
全長 270.6m
全幅 33m
機関出力 21万2000馬力
最大速度 33ノット
乗員 1921名
武装 50口径40.6cm3連装3基
   12.7cm連装砲10基
   40mm機関砲4連装15基
   20mm機関砲単装20基
装甲 舷側30.7cm
   甲板15.2cm
   主砲43.1cm

同型艦 4隻

 

 ノースカロライナ級戦艦、サウスダコタ級戦艦とは全く別次元の戦艦がこのアイオワ級である。前級の排水量が3万5000トンであったのに対してアイオワ級は4万5000豚、最大排水量では5万9000トン、全長もサウスダコタ級戦艦に対して60m以上も長いアメリカ海軍史上最強の戦艦であった。大型化はしたものの最大速度は新戦艦中最速の33ノット、主砲はサウスダコタ級戦艦と同じ40.6cm砲であったが、口径が50口径となりさらに強力になった。つまりは全てにおいて別次元の戦艦であったのだ。

 アイオワ級は1943年に就役すると当時最強であったドイツ戦艦テルピッツに唯一対抗できる戦艦として大西洋に派遣されるが、しばらくして太平洋戦域に移動することになる。以降、同級は戦艦同士の海戦はなかったものの、艦砲射撃に威力を発揮した。

 戦後も予備役と現役復帰を繰り返し、朝鮮戦争、ベトナム戦争に活躍する。1980年代に600隻艦隊構想により現役復帰した際には近代化改装を行い、最新の電子機器を装備した上に巡航ミサイルトマホーク、対艦ミサイルハープーン、CIWSなどが装備された世界で唯一の「ハイテク戦艦」であった。改装後はレバノン紛争、湾岸戦争に活躍した世界最後の戦艦である。

 

 

まとめ

 

 太平洋戦争は一般に航空機と空母の戦争であったと言われる。しかし実際にはまだまだ戦艦の能力に頼っていた部分は多く、特に前半から中盤に至るまでは戦艦がその主砲の威力を発揮する場は多くあった。後半になるとその機会はほぼ無くなったが、それでもレイテ沖海戦では戦艦同士の砲撃戦が行われている。

 

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