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アメリカ

01_S&WM657
(画像はwikipediaより転載)

 

S&WM57

 

開発・そして完成!

 S&WM57とはS&W社が1964年4月に発売した41口径マグナムカートリッジを使用するダブルアクションリボルバーである。装弾数は6発でフレームはM29と同じNフレームを使用した。このフレームは1935年S&W社が357マグナム(のちのM27)を設計した際に新規に製作された大口径弾の発射にも耐えられる頑丈なフレームであった。使用する41口径マグナム弾は正式には41口径レミントンマグナムで357マグナム弾と44マグナム弾の中間の威力を目指して開発されたものであった。

 主なセールス先は警察官等の法執行機関であったため、カートリッジ名も最初は「41口径ポリス」という名称すら提案されたほどであった。しかしS&W社はそれ以前の「マグナム」という名前の破壊力を重視。新しい41口径弾の名称も「41口径マグナム」となった。当初ラインナップされていたのは強力な破壊力を発揮するメタルジャケットで覆われたソフトポイント弾と法執行機関での使用を目的としたセミワッドカッター弾である。

 

思いっきり滑った!

 S&W社は最初の目的通りに警察や法執行機関に営業をかけるが、反応は鈍くいくつかの都市の警察に採用された程度であった。理由は、そもそも警察官は41口径という高威力の銃は必要としておらず、ほとんどの場合、今までの38口径スペシャルで不満はなかったからだ。仮に高威力を求めるのであれば357マグナムで十分であり、41口径マグナムという高威力のカートリッジを採用する必然性はなかった。実用性以外にも当時(恐らく現在でも)、警察の暴力行為に対する世間の目は厳しく、警察が大口径カートリッジを使用するのを躊躇わせる理由ともなった。

 そしてさらに41口径マグナムが不運であったのは、M57の発売から7年後の1971年に上映された『ダーティハリー』の大ヒットである。 これにより44マグナムを発射することができるM29が大人気となり、同時に41口径マグナムという「微妙な」立ち位置のM57の人気はさらに落ちていった。要するに徹頭徹尾陽の目を見なかった銃がM57なのである。

 

 

M57の特徴

 

 しかし、銃自体の性能が悪い訳ではない。安定した大型のフレームに44マグナムよりは反動の少ない41口径マグナムという組み合わせは撃ちやすく、民間のシューターには比較的評判が良かった。フロントサイトは赤のインサート入りでリアサイトは調整可能なフルアジャスタブル。銃身長は3インチ、4インチ、6インチ、8.375インチモデルが存在している。ターゲットハンマー、ターゲットトリガー、ターゲットグリップを装備しており、外観上はM29に酷似している。現在までに5回の小さな改良が行われており、オリジナルのM57から最新のM57-5まで6種類が存在する。さらに発売当初からニッケルメッキモデルも発売されており、こちらもブルーモデルと同様のバリエーションが存在するが、1986年にステンレスモデルの発売と同時に生産終了となった。1991年に生産が終了したのち、2008年に再生産。現在でも販売されているのはこのM57スチールモデルのみで価格は1,078ドルである(2022/9現在)。

 

廉価版のM58

 

 1964年7月10日、S&WはM57をさらに警察向けに改良したM58を発表。これはM57の廉価版で外観はM10ミリタリーポリスを彷彿とさせる。ヘビーバレルでエジェクターロッドは露出しており、リアサイトは固定式となった。グリップはサービスグリップと呼ばれる小型の細いグリップを採用した。このM58はサンフランシスコやサンアントニオ警察で採用されたものの生産自体は約20,000丁を製造、1977年に生産は終了した。個体数が少ないためにコレクターの間では注目されている逸品である。2008年にブルーモデル、ニッケルフィニッシュモデルが再販された。因みにブルーモデルとは青く塗装したモデルということではなく、ブルー液という酸化剤で金属の表面を処理したものだ。要するにフツーの黒い銃である。現在では販売されていない。

 

ステンレス製のM657

 

 さらに1986年にはステンレスモデルのM657を発売、これはM57のステンレスモデルである。バリエーションは多く、3インチ、6インチ、7.5インチ、8.375インチの4種類の銃身長のモデルに加え、アンダーラグモデルも存在する。アンダーラグモデルとは銃身の下におもりが装着されているモデルでこれにより反動を抑制するのと同時に銃のバランスの調整にも役に立っている。コルトパイソンやM686等で採用されている形式で横から観ると銃身が二つ上下に並んでいるように見える。さらにサイトもフルアジャスタブル(調整可能な)フロントサイトを装備しているモデルや固定サイトのモデル、シリンダーも溝が彫ってあるフルーテッドシリンダーモデルとノンフルーテッドシリンダーモデルが存在する。M57と同様、生産中止されたが2008年より再生産を開始しているが、現在は生産はされていない。

 

トイガンと「ワンオブサウザンド」

 管見の限りトイガンではモデルアップされたことはない。相当なガンファンでも外観上はM29と酷似しているため区別がつかない。実銃は41口径マグナム弾を使用するという必要性があったが、トイガンでは敢えてモデルアップする必要がないのだろう。因みにシティーハンターに「ワンオブサウザンド」として登場する。これは機械工作の偶然から数千丁に1丁の割合で奇跡的に命中精度の高い個体が存在するというもので、シティーハンターではそれがM57(M58?)であったという設定である。機械工作の偶然であれば全種類の銃にそのようなモデルが存在するハズなので、M57(M58)のみにそのようなモデルが存在する訳ではない(多分ね)。あくまでもフィクションの話である。

 

 


ミリタリーランキング

M16A1
(画像はwikipediaより転載)

 

 M16ライフルは、米国の銃器設計者ユージン・ストーナーにより設計された銃で自動小銃の最高傑作と言っていい銃だ。米軍に制式採用された当初はM16に合わない火薬を使用したために不信論も出たが、完成から半世紀経った現在においても改良型が米軍の主流を占めている。

 

M16ライフル(実銃)

 

 

性能

全長 994mm
重量 約3kg
口径 5.56mm口径
使用弾薬 5.56×45mm弾
装弾数 20発、30発
設計・開発 ユージン・ストーナー アーマライト社

 

背景から開発まで

 米陸軍の小口径弾薬の有用性への提言は1920年代からあったが、米陸軍は30口径(7.62mm)を米軍の制式小銃の弾薬とし続けていた。しかし1950年代初頭、朝鮮戦争でセミフル切替式で30カービン弾を使用するM2カービンが多く運用されたが、実戦部隊からは威力不足が指摘されていた。30カービン弾とは口径こそ7.62mmとM1ガーラインドと同口径ではあるが、ボトルネックカートリッジではなく、火薬量が少ないカービン専用の弾薬である。

 逆に当時制式小銃であったM1ガーランド小銃は威力こそ強力であったが、装弾数8発のセミオート方式で空間制圧の点では劣っていた。このためM2カービンとM1ガーランドの中間口径が必要であることが銃器開発者サイドから提言されていた。

 この頃、M1ガーランド旧式化に伴い、新小銃の試験が始まっていたが、口径は相変わらず7.62mm大口径カートリッジであった。1955年、この制式小銃のトライアルにのちにM16小銃を開発するユージン・ストーナーはAR10自動小銃を提出している。この小銃は7.62mm弾を使用するが、大型のマズルブレーキを装備し、レシーバー上部に設置されたキャリングハンドルとピストルグリップが特徴であった。主要パーツはアルミで造られており、7.62mm弾使用の小銃の割には3.3kg〜4.05kgと非常に軽量であった。

 当時としては革新的な小銃であり、性能も試験を行ったスプリングフィールドアーモリーに絶賛されるほどであった。しかし制式採用されたのはM1ガーランドの改良型であるM14自動小銃であった。このM14自動小銃は、M1ガーランドで使用していた弾薬である30-06弾(7.62×63mm)を低威力化した7.62×51mm弾を使用するセミ・フルオート切替式の銃であった。

 このM14小銃は採用直後に発生したベトナム戦争で実戦の洗礼を受ける。実戦に投入されたM14小銃は威力こそ強力であったもののフルオートは制御不能であり、北ベトナム軍が使用していたAK47小銃に火力で太刀打ちできなかった。このことから上記銃器開発者から提言されていた中間口径の小銃の必要性が叫ばれるようになった。

 

開発

 アーマライト社はA10サンダーボルト兇寮渋じ気箸靴突名なフィアチャイルド社の小火器部門として設立された会社で、主任エンジニアはユージン・ストーナーでアルミとグラスファイバーを多用した「AR」シリーズを製作していた。米陸軍はベトナム戦争の経験から軽量小口径カートリッジの必要性から新たに制式採用小銃の検討に入っていた。これに対してアーマライト社は前述のトライアル用に開発したAR10小銃を小口径化したAR15小銃を開発した。

 口径は22口径でレミントン社が開発した5.56×45mm弾を使用する。連射速度は700発/分、初速は995m/sと高速であり、連射速度は高速であるが、反動が弱いために容易にコントロール可能であった。作動はカートリッジ発射時のガス圧でボルトを動かすガスオペレーション方式で、全体はアルミとグラスファイバーで構成されており、ボルト、ボルトキャリアーは鋼鉄製であった。断面が三角形のハンドガード、ピストルグリップ、キャリングハンドル等、革新的な機能を持った小銃であった。

 このAR15小銃は1958年に陸軍によって試験されAR10同様に高評価を得るが、前年に採用されたM60軽機関銃と同口径のカートリッジを採用するべきだとしてAR15の採用は見送られた。しかしこのAR15に注目したのは米空軍参謀総長カーチス・ルメイであった。空軍はAR15の試験を実施、結果、8,500丁のAR15と850万発のカートリッジを購入した。さらにAR15は南ベトナム軍によって試験が行われ80,000発の発射で無故障という記録を打ち立てた。

 1963年、これらの実績に陸軍はM14小銃の生産を中止、AR15小銃にボルトフォワードアシストを追加したAR15をXM16E1として暫定採用、1966年にM16小銃として制式採用した。当初は三叉の所謂「チューリップ型」フラッシュサプレッサーが採用されていたが、引っかかり易く衝撃にも弱いことから1966年9月より鳥かご型に変更された。

 当初こそメンテナンス不足や火薬の性能の問題から作動不良が発生し信頼性に疑問が持たれたが、このM16小銃は世界の銃器の歴史において革命的であり、現在においても改良型が米軍で使用されており、採用期間の長さは米軍史上最長である。

 

バリエーション

M16A1

 ボルトフォワードアシストが装備されたモデルであり、1967〜1982年まで製造された。途中で銃口内にクロームメッキ加工、30連マガジン等が追加されている。

 

M16A2

 1980年にNATOは標準弾薬としてSS109弾を制定した。これはM16ライフルに使用されていた223レミントン弾よりも重量があった。1983年に制式採用されたM16A2は、この弾薬に合わせるためにライフリングのピッチを12インチで1回転から7インチで1回転に変更した。

同時にバレルを肉厚なものに変更、ストックの材質もプラスチック製からナイロン樹脂に変更された上、全長も25mm延長された。ハンドガードは生産性を考慮し左右同型に変更、グリップにはフィンガーチェンネルが追加された。

 リアサイトはダイヤル式に変更され、排莢された薬莢が射手に当たることを防ぐためにカートリッジ・ディフレクターが追加された。さらにフルオート機能が排除され、新たに3点バースト機能が加えられた。

 

M16A3

 A2によって廃止されたフルオート機能を復活させたモデル。1996年に米海軍に制式採用された。最大の特徴はキャリングハンドルを取り外せるようになった点で、これにより光学機器を安定して装着できるようになった。

 

M16A4

 A3のハンドガードにピカティニー規格のレールを採用。再びフルオート機能は廃され、3点バーストのみとなる。1996年に米陸軍に制式採用、1998年には米海兵隊も採用した。

 

M16小銃(トイガン)

 

概要

 M16の人気は非常に高く、とても把握しきれない程モデルアップされている。代表的なモデルをピックアップすると、モデルガンでは1973年にMGCが金属製モデルガンを発売、1979年にはマルシン工業が同じく金属製モデルガンM16A1を発売している。ガスガンでは1988年にJACがM16を発売、1992年には東京マルイから電動ガンが発売されている。

 

東京マルイ M16ベトナムバージョン

性能

全長 984mm
重量 2,900g
装弾数 190発

 今ではあまり見かけないM16小銃の電動ガン。東京マルイ製なので命中精度はスバ抜けているが、ロア、アッパーフレームは樹脂製なので剛性が弱いのが欠点。開発されてから相当時間が経っている製品なので全体的に現行モデルに比べると不満が残るかもしれない。

 

WE M16ガスブローバック

性能

全長 1,000mm
重量 3,750g
装弾数 30発

 ストックとハンドガードは樹脂製、それ以外の主要パーツは全金属製。ハンドガード内のアルミも正確に再現されている。外装はパーカーライジング仕上げを再現。ガスブローバックなので実物と同じ操作が可能であり、グリップの細さも実物同様である。安全装置もボルトを引かないと作動しない。空撃ちモード搭載。初速は70m/s前後とガスブロとしては平均的。ガスブロなので命中精度には電動ガンに比べて劣る。

 欠点としては外観の完成度が甘い点である。何よりもストックがA2タイプのものなのが残念。その他、キャリングハンドル周辺等、細部のディティールが甘い。基本的に無刻印である。

 

東京マルイ MTR16 Gエディション ガスブローバックライフル

性能

全長 837 mm / 919 mm(ストック最大伸長時)
重量 2,676g
装弾数 20発

 2018年に発売されたガスブローバックライフルで、東京マルイオリジナル設計の製品であるが、東京マルイが米国で同じデザインの実銃を作ったというユニークな経緯がある。つまりは架空銃ではない。東京マルイ製であるので命中精度は非常に高い。欠点としてはマガジンが20連型マガジンなのでガス圧が低下しやすい。対策としては同社製の30連マガジンを使用すれば解消される。

 

まとめ

 

 M16といえば銃好きでなくても知っているほどの知名度の高い銃である。M16は、ライフルというのは鋼鉄製で木製ストックを使用するというのが当然であった時代にアルミとグラスファイバーで作り上げた革新的な自動小銃であった。1966年の制式採用以来、現在でも米軍で使用され続けている傑作中の傑作である。

 

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01_タクシードライバー

 

 『タクシードライバー』とは1976年の映画で、監督はマーチン・スコセッシ、主演ロバート・デ・ニーロである。人間の二面性、狂気について描いた映画で好き嫌いはかなり別れる。特に女性には苦手な方が多いようだ。表面的に観ると正義のヒーローが少女を救出しにいった映画と見えるが、実は狂気に満ちたホラー映画と言っても良い内容である。かなりヘビー級であるため『死霊の盆踊り』や『ロボ道士』のように楽しく何度も観る映画ではないことは間違いない。

 

ストーリー

 

02_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

映画の公開年と映画内の時間軸

 

 映画内では大統領選が行われている。アメリカの大統領選挙は4年に一度、1年間かけて行われる。70年代の大統領選は1972年と1976年に行われているが、トラヴィスが海兵隊を除隊したのが1973年であるので本作の大統領選は1976年であることが分かる。本作が公開されたのが1976年2月、アメリカ大統領選の予備選挙が開始されるのと同じタイミングで公開された映画なのである。

 そして主人公トラヴィス・ヴィックルについて。ベトナム戦争は1973年1月にパリ協定が締結され終結した。トラヴィスが海兵隊を除隊したのが1973年5月なのでベトナム戦争終結後である。海兵隊を除隊して学歴が全くないトラヴィス。1976年に26歳でタクシー会社の面接を受けていることから逆算するとトラヴィスはトラヴィスは1949または50年生まれ、高校卒業後すぐに海兵隊に志願したとすると1969年に19歳で入隊、1973年までの4年間海兵隊に在籍したのち23歳で名誉除隊。3年間のブランクがあって1976年5月にタクシー会社に応募したことになる。

 

ベトナム戦争帰還兵トラヴィス

03_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

 

 主人公トラヴィス・ヴィックルは不眠症であった。眠れない日々を過ごす彼は、夜勤のタクシーの仕事に応募する。タクシー会社に入ったトラヴィスは自身の経歴について語る。学歴について触れられると口ごもるトラヴィス。察したタクシー会社の採用担当者は軍歴を訊く。海兵隊出身。1973年5月名誉除隊。華々しい軍歴である。

 名誉除隊とは、米軍においておおむね勤務態度良好であり、軍法会議や民事訴訟の対象にならなかった隊員が除隊する際に対象にとなる。米国では軍人の社会的評価は非常に高く、名誉除隊証明書を持つことは再就職等に有利となる。

 トラヴィスの名誉除隊は1973年5月となっており、ここからベトナム戦争に従軍していたことが分かる。このベトナム戦争とは米国で一番人気のない戦争であり、それまでの戦争の帰還兵が英雄として扱われていたのに対して、ベトナム戦争帰還兵には英雄どころか「ベビーキラー」等の心無い言葉まで投げかけられることもあった。このためなのかは分からないが、トラヴィスにはタクシードライバーという最底辺の仕事しか得ることは出来ず、それも採用担当者が同じ海兵隊出身であったから優遇された結果であった。

 

ベツィに恋をする

 ベトナム戦争で心を病んだトラヴィスの目には荒んだ街が写る。そして誰からも認められない自分自身。重くのしかかる孤独感。仕事が終わったトラヴィスはそれらを忘れるために酒を飲みポルノ映画に通う日々。そこに転機が訪れる。大統領候補のボランティアとして活動している美しい女性ベツィ。ただ見とれているだけのトラヴィスであったが、ある日、勇気を出してベツィに声をかけた。

 デートに応じてくれたベツィであったが、トラヴィスはこともあろうにベツィをポルノ映画に誘ってしまう。当然、ベツィには嫌われ再び孤独感に苛(さいな)まれるトラヴィスであった。トラヴィスの孤独感、社会のためにこの世界を浄化しなければならないという使命感、そしてそれを出来るのは自分しかいないとの思い込み。そしてベツィが応援する大統領候補パランタインのテレビインタビューを見たトラヴィスは行動を決意する。そう、自分こそがこの世界の悪を駆逐する正義のヒーローなのだ。

 

目的を見つけたトラヴィス

 銃を購入するトラヴィス。そして除隊以来の鈍り切っていた身体を鍛え直す激しいトレーニングを開始する。そんな時、トラヴィスはアイリスという売春をしている12歳の少女に出会う。本気で更生を薦めるトラヴィスに対して心を動かされるアイリスであったが、スポーツとあだ名されるヒモ男に心を奪われているため決心がつかない。

 そんな中、トラヴィスはいよいよ社会の「浄化」を決意する。ターゲットは大統領候補パランタイン。モヒカン頭にしたトラヴィスは大統領候補の暗殺を企てるがシークレットサービスにより阻止されてしまう。しかしトラヴィスはその後、もう一つの「浄化」を決行する。それはアイリスの救出であった。売春宿に突入したトラヴィスはアイリスのヒモ男スポーツを射殺、反撃をされながらも売春宿の「悪人」全員の射殺に成功する。

 命を賭けて少女を救出したトラヴィスはヒーローとしてメディアに取り上げられ、その記事を読んだベツィもトラヴィスを見直した。望み通りヒーローとなったトラヴィスは再びタクシードライバーとして夜の街を走るのだった。

 

結局、この映画は何が言いたいのさ。。。解説すると

 

04_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

 この『タクシードライバー』意外に正義のために戦ったヒーローの話ととられることが多いがもちろんそんな話ではない。トラヴィスは不眠症。ベトナム戦争で心の傷を負った男で朦朧とした世界の中を生きていた。冒頭の蒸気の中を彷徨うタクシー、そしてトラヴィスが車から見ている街が雨で全て歪んで見えるのはこれを表している。タクシー会社に入る際、トラヴィスが蒸気の中から現れているのもその朦朧とした世界から現実の世界に現れていることを表現している。

 

トラヴィスの価値観

 「正義のヒーロー」であるトラヴィス。そのトラヴィスの「正義」とはどんなものなのだろうか。まず、映画の最初でトラヴィスの内面の声で「売春婦、街娼、ヤクザ、ホモ、オカマ、麻薬売人 すべて悪だ」と語られる。売春婦やヤクザ、麻薬の売人と一緒にホモ、オカマも悪であると考えているのが分かる。さらに同じく内面の声で「黒人を乗せない奴もいるが、俺は平気だ。と語っている。平気というのは、つまり「黒人が嫌いだけど乗せられる」という意味だ。決して黒人に対して好意を持っている訳ではない。これが良く分かるのはトラヴィスの黒人を見る時の目つきである。

 トラヴィスが黒人を見る時、その目は悪意に満ちている。冒頭のタクシー会社での面接の際に鏡に映っている黒人を見た時、食堂で近くに座っている黒人を見た時、さらにドライバー仲間の黒人に対しての目つきではっきりと黒人に対して悪意を持っているのが分かる。この悪意は、映画の中盤でトラヴィスが黒人の強盗(コソ泥)に遭遇した際、何の躊躇もなく黒人の頭を撃ち抜くという行動が証明している。因みにトラヴィスが殺害したのは売春宿の3人以外にはこの黒人だけである。

 

トラヴィスと女

 これらからも分かるようにトラヴィスの価値観はたいぶ歪んでいる。もちろんその「正義」というのも世間の正義とはだいぶ違う。この「正義のヒーロー」トラヴィス。映画の序盤で大統領候補パランタインの事務所で働くベツィに恋心を抱く。デートに誘うことに成功するが、自分がいつもみているお気に入りのポルノ映画を見せ、ベツィに嫌われると選挙事務所まで押しかけてベツィに罵詈雑言を浴びせかける。

 要するにトラヴィスという男は自分の価値観を人に押し付ける。そしてそれが断られるとブチ切れるというかなりヤヴァい奴なのだ。そのトラヴィス、ベツィに振られてからは歪んだ正義感がさく裂する。偶然タクシーに乗り込んだ妻を殺すと豪語する客(スコセッシ監督本人)から44マグナムで女性を殺すという知恵を付けられ、トラビスの頭の中は徐々にベツィに対する復讐で溢れていく。

 

なぜ大統領候補を暗殺しようとしたのか

 しかしまだ理性が働いているトラヴィスはタクシー仲間の先輩に相談する。しかし先輩は有効な解決法を提示することは出来ない。とうとう理性での制御不能となったトラヴィスはついにパランタイン議員の暗殺を企てるが結果は失敗。だが、ここで一つの疑問が出る。掃きだめみたいな街に嫌悪感を抱いていたトラヴィス。正義のヒーローとしての行動の一発目がなぜパランタイン議員の殺害なのだろうか。

 パランタイン議員は劇中で決してネガティブな描き方はされていない。むしろ偉ぶらずタクシーを利用するという庶民派大統領候補である。そのタクシーの運ちゃんトラヴィスに対してもアメリカの問題点について質問、口ごもるトラヴィスに対して「何かあるはずだ」と本心を引き出そうとしてその言葉に真摯に耳を傾ける誠実な人物である。トラヴィスが暗殺の対象にする理由はどこにもない。

 ではなぜ暗殺しようとしたのか。これはパランタイン議員が最初に登場したシーンにヒントがある。最初に登場したのは本人ではなくベツィと同僚トムとの会話のシーンである。ベツィがパランタイン議員について話す際、「情熱的でセクシー・・・」とうっとりした顔で話している。これは当然だ。ベツィはボランティアをしてまでパランタイン議員に大統領になって欲しい。つまりはパランタイン議員に惚れ込んでいるのだ。

 これに対してベツィに嫌われてしまったトラヴィス。可愛さ余って憎さ百倍。トラヴィスは自分を受け入れてくれないベツィに復讐を決意する。しかし攻撃の矛先が直接ベツィに向かうことはなかった。これはトラヴィスが両親に宛てた手紙でベツィと交際していると書いていることからも分かるようにトラヴィスはベツィに対する想いを捨てきれていない。ベツィの大切な男を殺す。これがトラヴィスのベツィに対する復讐なのだ。

 

アイリスの救出が目的ではない

 要するにトラヴィスは社会を良くするためや街を浄化するのが目的なのではなく、単に自分を愛してくれなかった女に復讐しているだけなのだ。これはアイリス救出でも同様のことがいえる。トラヴィスが思いを寄せたもう一人の女性アイリス。自分の正義を絶対視するトラヴィスはアイリスに更生を促すものの、アイリスはスポーツに惚れているため自分の言うことをきかない。孤独感に苛まれるトラヴィスはまたしても女性に「裏切られた」のだ。

 孤独と自分の愛を受け入れてくれなかった女達に対してトラヴィスは正義の名の下に売春宿に殴り込みをかける。まずはアイリスが愛している男であるスポーツを射殺。売春宿にいる関係者を片っ端から撃ち殺しているが、特にスポーツに対しては死体に対して何発も銃弾を撃ち込んでいる。そして近くで震えているアイリスには見向きもせずに自殺を図る。

 何故アイリスには見向きもしないのか。もしアイリスの救出が目的であれば、敵を殺したらすぐにアイリスを保護するのが自然である。アイリスも救出を望んでいるのであれば、救出しにきたトラヴィスに対して好意的な態度をとるはずだ。しかしアイリスはトラヴィスに向かって「撃たないで!」と叫んで怯えており、トラヴィスもアイリスを気にする様子はない。そしてトラヴィスはアイリスのことを全く気にせずに拾った拳銃で自分の頭を撃つ。

 つまりはトラヴィスの殴り込みというのはアイリスの愛した男であるスポーツの殺害が目的だったからだ。目的を達成したトラヴィスは「目的外」のアイリスには見向きもしない。そしてすべてのミッションを終えたトラヴィスは気が付く。自分の行動が正義ではないことに。それどころか自分のやった行動は単に振られた女の惚れた男を殺しただけである。悪は自分自身であった。このため「正義のヒーロー」トラヴィスは悪を消し去るために自分自身に向けて引き金を引いた。

 

鏡に映ったもう一人の自分

05_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

 この映画は人間の表の顔と裏の狂気の顔という二面性について描いている。自分の中にいるもう一人の自分。この映画で注目したい点は「鏡に映っているもう一人のトラヴィス」である。この映画ではドッペルゲンガーのように「鏡に映ったもう一人のトラヴィス」が徐々にトラヴィスに近づいてくる。

 最初に鏡が登場するのはタクシー会社の室内である。そこに写っているのは口論をする従業員とそれを笑いながら見ている女性従業員のみであった。ここにトラヴィスは写っていない。次に出て来る鏡はトラヴィスの部屋の中をカメラがパーンする時である。トラヴィスは日記を書いている。この時、鏡には日記を書くトラヴィスの後ろ姿が写っている。しかしこの時の「鏡の中のトラヴィス」はまだ後ろ姿で下を向いていた。写ったのも一瞬である。

 正面を向いた「鏡の中のトラビス」が登場し出すのは、アイリスがヒモ男スポーツに連れ去れる場面からである。そして妻を44マグナムで殺すと豪語する男を乗せた際には、妻の殺し方を延々と語るその男が乗るタクシーのバックミラーには「鏡の中のトラヴィス」がじっとこちらを見つめて話を聴いている。狂人と判断して冷静に対応しようとするトラヴィス。その男の話にじっと聴き入る「鏡の中のトラヴィス」。二人のトラヴィスが葛藤を始める。

 だが、ベツィに振られ先輩のアドバイスも役に立たなかったトラヴィスは徐々に孤独、怒り、何かをしなくてはという焦りが強くなっていく。銃を購入して「正義の戦い」を決意するトラヴィス。「鏡の中のトラヴィス」はとうとうトラヴィスに話しかけて来るようになった「誰に話しているんだ?」「俺しかおらん」。「鏡の中のトラヴィス」がどんどんトラヴィスを侵食してきているのだ。

 そして完全に「鏡の中のトラヴィス」に浸食されたトラヴィスは行動を起こす。結果、意外にもヒーローとなってしまった。そして狂気の「鏡の中のトラヴィス」は消え、トラヴィスは再びタクシードライバーとして街を徘徊する。

 

その後のトラヴィス

 売春宿襲撃後、自殺に失敗したトラヴィスに意外なことが起こった。昏睡状態から覚めた彼は少女をマフィアから命がけで救出したヒーローになっていたのだ。アイリスは親元に帰り学校に通うようになり両親からは感謝の手紙が届いた。新聞はトラヴィスをヒーローと称えた。これこそトラヴィスが望んでいたことだった。犯行後は、自分を悪と思い自殺を図ったトラヴィスであったが、社会の称賛により自身の行動が正義であったと確信する。自身の新聞記事をスクラップにしてアイリスの両親の手紙とともに誇らしく部屋の壁に貼り付けたトラヴィスは、社会から認知されたことにより孤独も感じなくなった。

 満たされたトラヴィスはタクシーの仲間と共に生き生きと仕事をするようになった。そんな時、トラヴィスはある客を乗せる。それはかつて自分が愛した人、ベツィであった。バックミラーに写るベツィ、トラヴィスが愛し、そして傷付けてしまった女性ベツィ。新聞記事を読んで復縁を望んでいるだろうベツィに対してトラヴィスはタクシーのメーターを戻して笑顔で去っていく。

 トラヴィスは成長した。人に感謝され英雄になることで承認欲求を満たしたトラヴィス。傷つけてしまったベツィと付き合う資格はないし、同時にもうベツィにすがることもない。メーターを戻し美しい夜の街を走るトラヴィス。その刹那、バックミラーにトラヴィスが写る。消えたはずの「鏡の中のトラヴィス」。彼はその後もずっとトラヴィスに付いてきているのだ。

 

登場する銃器等

 

S&WM29

06_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

 S&W社が1955年に発表した当時世界最強のカートリッジ44マグナムを使用する大型拳銃。本来は狩猟用に使用することを想定して開発したと思われるが、「最強のカートリッジ」のインパクトの強さにより映画『ダーティーハリー』で主人公の愛銃となった。これで一躍有名になった本銃である。『タクシードライバー』が公開された1976年末には『ダーティーハリー3』が公開されている。

 劇中では売春宿の料金徴収係の何も悪いことをしていないおじさんの手を吹き飛ばしたあと、反撃してきたスポーツにも一発お見舞いしている。2発発射したのみ。ハリーキャラハン刑事よりもトラヴィスの使用目的の方が明らかにダーティーである。武器商人アンディからは350ドルで購入。トラヴィスの一週間分の給料だ。さらに胡散臭いメキシコ製手作りホルスターを40ドルで買わされている。

 

 

S&Wチーフスペシャル

07_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

 劇中ではスクエアバットのパールグリップが装着されたニッケルメッキモデルを使用しているが、射撃場のシーンではコルトディテクティブに代わっている。S&Wチーフスペシャルは、1950年に発売された重量わずか554g、装弾数5発の38口径のリボルバーであった。当時、38口径でこの大きさのリボルバーは例が無く衝撃的な銃であった。

 武器商人が「一日中ハンマー代わりに釘を打っても精度は変わらん」と言っているが、精密機械なのでそういう使用法は避けた方が賢明。劇中ではスポーツに向けて発射したのち追いかけて来る料金徴収係のおじさんをハンマー代わりに叩いた。全弾撃ちきっていたため精度がどうなったのかは不明。素敵な武器商人アンディからは250ドルで購入。

 

 

ワルサーPP

08_タクシードライバー
(画像はwikipediaより転載)

 

 ドイツワルサー社製の中型拳銃で380ACPと威力は低いものの、小型で当時としては先進的な機構であったため以降、多くの銃の参考となった。ストレートブローバックのため反動は強い。劇中では武器商人が将校専用に支給されたというようなことを言っている。強盗に向けて発射したのち商店のおっちゃんに回収された。トラヴィスは銃の携行許可証を持っていなかったが、商店のおっちゃんがその後うまくやってくれた。劇中ではほぼアストラコンスターブルになっている。スマートなビジネスマン風武器商人アンディからは150ドルで購入。

 

 

コルト25

 一応、コルト25となっているが、実際はS&WM61エスコート。エスコートはS&Wが1970年に開発した護身用のハンドガンで口径は25口径、装弾数5発である。劇中ではトラヴィスの右腕のレールに装着されて使用された。トラヴィスによって腕を振ると銃が飛び出すというほとんど実用性のないギミックを与えられた。

 しかし全く実用性がないと思いきや襲撃時に急にドアが開き売春宿のボス(?)に発砲された際に腕を振り飛び出した本銃により危機を回避。その人は25口径ACP弾を顔にたくさん貰って他界。いい銃は人を見て売るというポリシーを持っている闇の武器商人アンディからは125ドルで購入。

 

まとめ

 

 映画『タクシードライバー』は車の窓から見える夜景で終わる。その夜景はバックミラーに反射して半分は逆方向に流れているように見える。夜の街とそこを歩く人々。美しい夜景を歩く人々の中にも「鏡の中のトラヴィス」はいる。この映像はそれを暗示しているのかもしれない。非常にメッセージ性の強い映画で、蒸気や曇ったガラス、鏡等の他にも冒頭でタクシーの配車をするおじさんが長々と映されていたりと各所にメタファーがあるのでその意味を考えてみるのも面白い。

 余談ではあるが、この映画内での日付。日記の最初の日付が5月10日でベツィと喫茶店に行ったのが5月26日、戦いを決意するのが6月8日で決行したのが7月。実は2ヶ月程度の間の出来事なのである。それはともかく真剣に観るとかなり破壊力のある映画であるため気軽に人に勧めることはできないが、機会があれば一度観てみるのも良いだろう。但し、トラヴィスがベツィをポルノ映画に連れて行って嫌われたように女性にこの映画を薦めると十中八九嫌われる。リアルトラヴィスにならないように気を付けたいところだ。

 

 


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01_M60
(画像はwikipediaより転載)

 

 M60機関銃とは、1957年に米軍が制式採用した汎用機関銃である。口径は7.62mmでベルト給弾式で歩兵の戦闘支援を想定して開発された。当初は装填不良や各種不良が多発したものの現在でも使用されている高性能機関銃である。米国海軍特殊部隊SEALを始め特殊部隊でも使用されている。

 

M60機関銃(実銃)

 

 

性能

全長 1,077mm
重量 10,500g
口径 7.62mm
使用弾薬 7.62×51mmNATO弾
装弾数 M13弾薬ベルト給弾式
設計・開発 スプリングフィールド造兵廠

 

背景から開発まで

 米軍は、第二次世界大戦の戦訓として歩兵の支援火器の不足が問題となっていた。といっても米軍にはブローニングM1919やブローニングM1918BAR等の軽機関銃を制式採用しており、支援火器自体の保有はしていた。しかしM1919は、分隊単位の支援機関銃としては大型に過ぎ、BARは弾倉式で火力の面では不満の残るものであった。このため第二次世界大戦において分隊支援火器として高性能を発揮したドイツ軍のMG42をベースに汎用機関銃の開発を開始した。

 

開発

02_M60
(画像はwikipediaより転載)

 

 当初、スプリングフィールド造兵廠はドイツ製機関銃MG42の使用弾薬を米軍制式の30-06弾に変更したT24実験銃を開発する。さらにこれにドイツ製機関銃FG42の機構を組み合わせたT44を開発する。その後、当時、NATO制式カートリッジに新しく採用された7.62×51mmNATO弾を使用するT52が製作され、発展型としてT161試作マシンガンが製作する。1957年、このT161の試作品の内、7.62×51mmNATO弾を使用するT161E3をM60汎用機関銃として制式採用された。

 発射機構は日本の64式小銃やH&K社HK416と同様のショートストロークピストン方式を採用したガスオペレーション方式で閉鎖機構はターンボルト方式を採用している。フルオートのみのオープンボルト方式で、給弾は、ベルト給弾方式で連続射撃により銃身が過熱する際の冷却方法としては空冷式を採用しているが、連続射撃の際は200発程度で銃身をスペア銃身に交換するのが通常である。部品の多くはスチール板をプレス成型したもので一部に耐久性の高いプラスチックも使用している。

 1957年に制式採用されたM60は、その直後に始まったベトナム戦争に投入される。弾薬消費量の多さから兵士からは「豚」という愛称が付けられたという。M60の運用は基本的に射手と弾薬手のチームで運用されるが、ベトナム戦争映画のように一人で運用する場合もあった。実戦に投入されたM60は精密な構造のため装填不良、軽量化のため各パーツの変形等の問題が多発していた。M60は基本的に標準装備されている二脚を使用するが、この二脚は銃身に装着されているため銃身交換時には二脚を取り外さなければならないというのは構造的な欠陥であったため、改良型では二脚はガスチューブに装着されるようになった。

 M60は、当初、スプリングフィールド造兵廠で限定的に生産されたが、のちにサコ―ディフェンス社で生産され、米国以外でも制式採用されている。現在でも運用されているが米軍では新型軽機関銃に更新予定である。総生産数は約22万5000丁である。

 

バリエーション

03_M60E3
(画像はwikipediaより転載)

 

B,C,D型(主にヘリコプター搭載用)

 M60Bはヘリコプター内から射撃するためのモデルで二脚とストックが取り除かれている。1960年代から1970年代に少数が配備されたもののすぐに完成度の高いM60Dに変更されている。M60Cはヘリコプターに実装するためのモデルで射撃は操縦者によって行われる。M60Dは所謂「ドアガン」でヘリコプター機内から射撃するためにヘリ内部のマウントにより固定され、円滑に給弾を行うためにメタルループを採用、カートキャッチャーも装備されている。

 

E型

 E1は、オリジナルのM60の欠点であった二脚の設置位置をバレルからガスチューブに変更している他、いくつかの改良が施されている。E2は戦車や装甲車等に搭載する車両同軸機銃モデルで車載のためストックが排除され、トリガーは電気式、発射ガスが車内に残らないようにガスチューブによって銃口下部から排出されるように変更されている。E3は1980年代に製作された歩兵用火器としての改良型で軽量化が図られた他、二脚の設置位置がガスチューブに変更、キャリングハンドル、フォアグリップの設置、両利きに対応するように改良されているが、軽量化のため銃身の耐久性が低下している。E4は1990年代に開発されたE3のショートバレルバージョンで内部構造にも改良が加えられた結果、信頼性が向上、米国海軍もMk43mod0として制式採用している。E6はM60シリーズの最新の改良型でM60に比べて約1kg軽量化された上、キャリングハンドルと新型の二脚、レイルシステムを装備している。2014年にデンマーク陸軍に制式採用された。

 

 これら以外にも民間用にしたM60セミオートバージョン等も存在する。

 

M60機関銃(トイガン)

 

概要

 トイガンでは1987年にJACがガスガンでモデルアップ、1988年には同様にガスガンでアサヒファイアーアームズがM60E3モデルをモデルアップしている他、1995年にはTOPが電動ガンでモデルアップしている。近年ではSTAR、A&K等海外メーカーからも発売されている。

 

まとめ

 

 M60機関銃は第二次世界大戦において歩兵支援火器の不足を痛感した米軍によって「痛めつけられた」ドイツ製機関銃FG42、MG42を基に開発が開始された。1950年代に完成、ベトナム戦争で実戦デビューした後、現在まで使用され続けている息の長いモデルである。当初は作動不良や故障に悩まされていたものの、兵器としては非常に有用であったようだ。日本でも特にベトナム戦争映画によって多くの人に知られるようになった。

 

 


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01_オートマグ
(画像はwikipediaより転載)

 

 オートマグは、1969年に発売された銃で、映画『ダーティーハリー4』で一躍脚光を浴びた44口径マグナムを使用するオートマチック拳銃である。実銃は商業的には大失敗だったが愛好家の間では人気が高く、権利を買い取った数社がその後も発売している。日本でも人気があり、多くのメーカーがモデルガン、エアガンとしてモデルアップしている。

 

オートマグ(実銃)

 

 

性能

全長 295mm
重量 1600g
使用弾薬 44AMP
装弾数 7発
設計・開発 オートマグコーポレーション他

 

背景から開発まで

 1955年、S&W社は当時世界最強の拳銃弾44マグナム弾を発表した。狩猟用のサイドアームとして最適なこのカートリッジは話題となり、スタームルガー社からも同カートリッジを使用するリボルバー、ブラックホークが発売、一躍人気のカートリッジとなった。この44マグナムカートリッジに目を付けたハリー・サンフォードはこの44マグナムカートリッジを自動拳銃で発射することを計画、自動拳銃用にカートリッジ後部のリム(カートリッジがシリンダー内に落ちてしまわないようにするための突起。当然自動拳銃には不要)を無くしたリムレス弾を開発、同時にそのカーリッジを使用する自動拳銃を設計した。

 1958年、ハリーはこの44口径オートマチック拳銃を銃器メーカーに売り込むもメーカーは興味を示さなかった。このためハリー自身が会社を興し、44口径の自動拳銃「オートマグ」を生産することを決意、1966年より開発を開始した。

 

↓M29、ルガーブラックホークについては詳しく知りたい方はこちら。

 

開発

 1966年にハリーが開発を開始したオートマグは、3年の歳月を経た1969年に発表。44口径オートという斬新なアイディアの上に素材をオールステンレスとした意欲的なモデルであった。因みにオールステンレス製のハンドガンはこのオートマグが世界初である。口径は44口径で、さらに38口径(357AMP)、41口径等も発売された。発射機構はシンプルなショートリコイル方式で閉鎖機構にはターンボルト方式が採用された(商業的に成功した44マグナムオートであるデザートイーグルは自動小銃と同様のガス圧利用式である)。  社長のハリー・サンフォードは、翌年の1970年にカリフォルニア州に工場を開設。1971年8月8日最初のオートマグを出荷した。しかし、コストに対して価格が安すぎたため3000丁あまりを生産した段階で翌年の1972年5月3日に破産宣告した。

 オートマグ・コーポレーションは倒産したが、オートマグはTDE社で引き続き生産され、さらにはOMC、トーマス・オイル・カンパニー、ハイスタンダード、AMT社で生産が続けられた。1983年には生産を終了するが、この間に生産されたオートマグは約6000丁で、オートマグコーポレーションの分も含めると合計9000丁のオートマグが生産された。このATM社で生産されたオートマグの内1挺は映画『ダーティハリー』でハリーキャラハン刑事を演じた俳優のクリントイーストウッドに寄贈されている。このモデルは銃身長8.5インチの特別モデルでシリアルナンバーは「CLINT-1」である(厳密にはシリアルナンバー部分に同刻印がある)。

 2015年8月、オートマグ設計者の息子であるウォルター・サンフォードはオートマグ社に売却、44口径の初代オートマグの生産を行っている。映画『ダーティハリー4』で主人公が使用した8.5インチモデルと6.5インチモデルがラインナップされている。価格は8.5インチモデルが3,995ドル、6.5インチモデルが3,495ドルとなっている。仕上げはサテンフィニッシュとポリッシュ仕上げが選択できるようになっており、グリップもホーグ社製の3種類から選ぶことが出来る。

 

欠陥

 オートマグは発売当初から話題となり、実に8,000丁もの予約があった。しかし、オートマグ専用のカートリッジである44AMP弾の供給が間に合わなかった。この44AMP弾とは通常のリボルバーに使用される44マグナム弾がシリンダーからカートリッジが抜け落ちないようにカートリッジ後端のリムがカートリッジの直径よりも少し大きくなっているリムド弾であるのに対して、オートマチック用に使用しやすいリムの無いリムレス弾である。このカートリッジが市場に出回らなかったために同径の308winのカートリッジの前半分を切断して自作することが行われていた。

 銃本体も問題が多く、マガジンには7発装填できることになっているが、実際には6発しか装填できないこと、射撃中にマガジンが脱落すること等問題が多い。その中でもオートマグ最大の欠点は、「オートジャム」と揶揄されるほどの装填不良の多さである。これは当時、最新の素材であったステンレスの加工技術が未熟であったことや、ステンレス用の潤滑油が無かったこと、前述の専用の44AMP弾の供給が間に合わず、ユーザーが308winの薬莢を切り詰めて自作したためであったとも言われている。

 

バリエーション

 44AMP、357AMP、300AMP、45win、45ACP(実験用のみ)、475オートマグ(実験用のみ)、41JMP、30LMP、25LMP、22LMP、45ACPマグナム等の口径が試作又は販売された。銃身長は当初は6.5インチモデルのみで、特別仕様として俳優クリントイーストウッド氏に贈呈した8.5インチモデル「クリント1」とプロップ用の「クリント2」がある。この8.5インチモデルは2丁のみの製造であるが、2017年から生産されたオートマグには8.5インチモデルがラインナップされている。

 

オートマグ(トイガン)

 

概要

 オートマグはモデルガンでは、MGC、コクサイ、マルシンが発売している。1976年にMGCがCP-BLKのオートマグを発売、1977年にはコクサイも金属製モデルを発売した。それから3年後の1980年にマルシンも発売するが、これはコクサイの構造をコピーしたもののようだ。この3種類の内、MGCのオートマグのみがプラ製であり、シルバーとブラックがあった(無論ブラックは実在しない)。

 作動は一番良かったが、ショートリコイルが省略されている他、外観や内部構造は相当にデフォルメされていた。バレルサイズはMGC、コクサイ、マルシン製は全て6.5インチモデルであったが、マルシンはのちにクリント1をモデルガン化する。他にもモデルガンでは1984年に東京マルイの「造るシリーズ」でもモデルアップされている。

 エアガンでは、1977年にタカトクが7个弔鼎瀉討鮖藩僂垢襯ート式SSオートマグナムカスタムを発売。これはクリント1をモデルにしたもので、ブラックモデルとシルバーメッキモデルがあった。1984年にタカトクが倒産すると製造はマルコシに引き継がれ、1985年にはマルコシUXスーパー44オートマグが発売される。これはタカトク製オートマグを6mmBB弾仕様に変更したものであった(1990年頃まで販売されていた)。1985年にはクラウンがモデルアップ、1986年には東京マルイ、1988年にはヨネザワが発売している。東京マルイは当初はブラックモデルのみであったが、1989年には東京マルイがステンレス風メッキモデルが発売されている。

 ガスガンは1987年にマルゼン、その後90年代〜2000年代にマルシンがクリント1のガスガンを販売した。マルゼンのガスガンはあまり知られていないが意外とよくできている。マルシン製はクリント1の8mm固定スライド、ブローバックが販売されている。

 

まとめ

 

 オートマグは当時最新であったステンレスをいち早く本体の素材に採用、44口径という強力なカートリッジを自動拳銃で使用した意欲作であった。旧来の銃を参考に改良することなく、全く独自の設計であったため、外観も独自のものとなった。その斬新なデザインは現在でもその価値を保ち続けている。しかし欠陥が多く、そのため市場から消えていってしまったが、現在でも多くのファンの心を魅了している銃である。

 


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スタールM1858
(画像はwikipediaより転載)

 

 スタール(スター)M1858リボルバーとは、1858年に開発、翌年から製造されたダブルアクションリボルバーである。このリボルバーの特徴はダブルアクションと共にシングルアクションでの射撃も可能であるということである。モデルガンではHWSが販売している。

 

スタール M1858(実銃)

 

 

性能

重量 1.3 kg
全長 320mm
弾薬 ボールパーカッションケープ
口径 44口径、36口径
機構 パーカッション式
装弾数 6発

 

時代背景

 スタールM1858が開発された当時、金属カートリッジやダブルアクションリボルバーは開発されていたものの、まだまだ一般にはカートリッジを使用しないシングルアクションリボルバーが主流であった。コルトが最初に金属カートリッジを使用するモデルを開発したのが1873年、初のダブルアクションリボルバーを開発したのは1877年であった。1858年に開発されたダブルアクションリボルバーであるスタールM1858がいかに先進的なモデルであったのかがわかるであろう。

 

概要

 スタール社M1858は1858年開発されたダブルアクションリボルバーで、1861年から始まった南北戦争では多くが北軍により使用された。当時、金属カートリッジは開発されていたものの、S&Wが特許を独占していたため本銃は金属カートリッジは使用していない。装填は射手が鉛の弾丸と黒色火薬パウダーをシリンダーに装填し発射する。M1858は基本的にはダブルアクションで使用するが、精密射撃用にシングルアクションでの射撃もできる。ダブルアクションはトリガープルが8.16kgと非常に重いが動きはスムーズである。

 シングルアクションで発射する場合、トリガー後部のスイッチを下げ引き金を引くとハンマーコック状態になる。次にトリガー後方にある突起のような形をしたシングルアクション用トリガーを引くとハンマーが落ちるという構造になっている。ハンマーに現在のリボルバーと同じような指掛けが付いているがこれはシングルアクション用のものではない。

 M1858は、日本にも持ち込まれており、現在でも古式銃として売買されている。生産開始は1859年で、最初のモデルは36口径スタールダブルアクションネービーリボルバーであった。これは1859〜1860年までの間に3000丁が生産された。

 続いて1862〜1863年の間には、口径を44口径に変更したダブルアクションアーミーリボルバーが南北戦争での需要もあり、何と21454丁も製造された。さらに1863〜1864年までダブルアクション機能を廃したシングルアクションアーミーリボルバーが23000丁生産されている。

 スタールM1858はクリントイーストウッド主演監督『許されざる者』で使用されたことでも有名である。

 

スタール M1858(トイガン)

 

 トイガンでは2015年にHWSがモデルガンとして発売している。素材はHW製でHWS社が製作しているだけあって細部まで精密に再現されている。HWであるのでブルーイングも可能である。2020年7月300丁限定生産した。

 

HWS スタール・アーミーリボルバー モデルガン

性能

全長 300mm
重量 720g
装弾数 6発
初速  -
定価 37,000円(税抜)

 

まとめ

 

 スタールM1858ダブルアクションリボルバーはまだダブルアクションリボルバーが珍しかった時代にダブル/シングルアクション両方の機能を持たせた独特のリボルバーである。構造があまりにも特殊であったため後の時代に継承されることはほとんどなかったが、当時としては非常に有用なリボルバーであった。

 


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01_コルト25オート
(画像はwikipediaより転載)

 

 コルト(FN)ポケット25オートとは、1906年にベルギーFN社より発売されたジョン・ブローニング設計の超コンパクトハンドガンである。1908年にはコルト社が製造権を購入して製造販売している。このためほぼ同じモデルがFN社とコルト社によって販売されているという稀有な銃でもある。カートリッジは25ACP弾で装弾数は6発。ストレートブローバック方式で撃発機構はストライカー方式を採用している。

 

コルトベストポケット(実銃)

 

 

性能

全長 114.3mm
重量 367g
口径 25口径
使用弾薬 25ACP
装弾数 6発
設計・開発 ジョン・ブローニング / FN社、コルト社

 

開発

02_FN25オート
(画像はFN社製25ポケット wikipediaより転載)

 

 日本ではコルトポケット25オートとして有名な小型拳銃である。ベストのポケットにも入ることからコルト・ベスト・ポケットとも呼ばれる。ベルギーのFN社とアメリカのコルト社がほぼ同じ製品を製造販売した稀有な銃でもある。この経緯であるが、1900年代初頭、コルト社がポケットピストルのプロトタイプを開発した。これはデザインも機能もあまり洗練されたものではなかったが、これに注目したベルギーに在住していたジョン・ブローニングはデザインを改良、グリップセイフティ等も新たに内蔵したポケットオートを開発。FN社によってM1905として発売された。これに目を付けたコルト社は製造権を購入、コルトM1908ベストポケットとして製造販売したというもののようだ。

 カートリッジはブローニングが新たに開発した25ACP弾で装弾数は6発、撃発機構はストライカー方式、ストレートブローバックというシンプルなものであった。安全装置は右側面にサムセイフティとグリップセイフティ、1916年(または1917年)にはマガジンセイフティが追加された。生産はFN社製が1906年から1959年、コルト社製のものが1908年から1948年(1941年とも言われる)まで行われた。コルト社製だけでも42万挺が生産されたと言われるほど人気の高い銃でコピー品も含め様々なバリエーションが生まれている。

 

ベビーブローニング

 

 

性能

全長 104mm
重量 275g
口径 25口径
使用弾薬 25ACP
装弾数 6発
設計・開発 デュードネ・ザイーブ / FN社

 

 大ヒットしたFN社製M1906であったが、多くの海賊版が発売されたためオリジナルのFN社製品の販売が圧迫されてしまった。このためFN社はM1906の改良型の開発を開始した。設計はブローニングハイパワーを設計したことで有名なデュードネ・ザイーブが担当、1927年にはグリップセイフティの省略等、さらなる軽量化に成功したベビーブローニングを完成させた。生産は1931年から始まり、1960年にはM1906の生産はほぼ終了、ベビーブローニングも1979年には生産を終了したが、その後、フランスのMAB社が製造権を引き継ぎ、1979〜1983年まで生産、さらにパテントを引き継いだ米国のメーカーにより現在でも生産が行われている。

 

ジュニアコルト

 

性能

全長 111.8mm
重量 368g
口径 25口径
使用弾薬 25ACP
装弾数 6発
設計・開発 アストラ社、コルト社

 

 

 1948(1941)年に生産が終了したベストポケットであったが、それに代わるものとしてコルト社は1958年よりスペインのアストラ社が生産していたアストラ・カブ(アストラ2000)をコルト社のブランドとして輸入販売、1968年に銃器の輸入規制が行われるまで約6万4000丁が輸入された。その後、コルト社は1970年よりジュニアコルトを国内生産して販売、1974年まで製造販売を行った。

 ジュニアコルトは、ベストポケットと口径、全長はほぼ同じであるが、ベストポケットと異なりハンマー方式を採用、マニュアルセイフティもトリガーガードの付け根に変更されている。

 

コルト25オート(トイガン)

 

概要

 1966年にコクサイ(当時はインターナショナルガンショップ)から金属製のモデルガンとして発売されたのち、1982年にABS製モデルガンとしてリニューアルされた。当初から再現性は高かったがリニューアルされたモデルは特に実銃に忠実に再現されている。エアガンでは1986年にヨネザワからエアーコッキングモデルとして発売、1988年にはマルシンのブランドレプリカから固定スライドガスガンが発売されている他、クラウンもエアーコッキングモデルを発売している(発売年不明)。他にもブローニング社が改良を加えたモデルであるベビーブローニングが1982年にハドソン産業からモデルガンとして発売、1986年にヨネザワからエアーコッキングモデルで発売、1990年にはナガノから固定スライドガスガンとして発売されている。1982年にはマルシンがベストポケットの後継モデルであるジュニアコルトを発売、WEがガスブローバックモデルを発売している。

 

HFC コルト25オート 固定スライドガスガン

性能

全長 110mm
重量 164g
装弾数 7発
初速 45m/s前後
定価 3,000円

 台湾製のガスガンである。固定スライド方式でフレームは「モナカ」、マガジンは「割箸」という古いファンには懐かしいガスガンである。刻印はパテントの関係で入っておらず、グリップセイフティもダミーであるが、初速は45m/s前後と比較的強力である。トリガーとサムセイフティ、アウターバレル、バレルは金属製でバレルはこれも懐かしの可動式である。命中精度は「このサイズにしては」良い。

 

クラウン コルト25オート エアーコッキングガン

性能

全長 120mm
重量 76g
装弾数 6発
初速 36m/s前後
定価 1,500円

 クラウン製のエアコッキングガンである。外観のリアリティは銃身が突出している等、お世辞にも良いとは言えないが、コルトの刻印やランパンコルト(コルトの馬のマーク)はちゃんと入っている。マガジンはフルサイズでコッキングは少し重め、命中精度は期待してはいけない。この手のトイガンで性能を追求するのは無粋である。昔ながらの楽しめるトイガン。

 

マルシン コルト25オート モデルガン

性能

全長 112mm
重量 230g
装弾数 6発
初速  -
定価 19,000円

 モデルガンの老舗マルシンが1982年に発売したコルトジュニア。当初はABS製であったが、現行モデルはHW材を使用しており、発火が出来ないダミーカート仕様である。バリエーションとしてはサイレンサー付きモデルも発売されている。モデルガンとしては唯一のモデルアップなので貴重な一丁である。

 

まとめ

 

 コルト(FN)ベストポケットは2社が同じモデルを発売しており、その後も改良が施されたりスペインのアストラ社の後継機種が導入されたりと変遷が分かりにくい。この銃専用に開発された25ACPは「25ACPを人に向けて撃ってはいけない。撃たれた奴はカンカンになって怒るからな」というジョークを生むほど威力の低い銃である。しかし本銃は改良型が現在でも生産されているほどの傑作銃であり、天才銃器デザイナーであるジョン・ブローニング、デュードネ・ザイーブの面目躍如といったところであろう。

 

 


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01_LCP
(画像はwikipediaより転載)

 

 スターム・ルガーLCPとは、スターム・ルガーが2008年に発表したコンシールドキャリー用のハンドガンで全長131mm、重量270gの小型自動拳銃である。小型ではあるが、ショートリコイル方式を採用、口径は380ACPで装弾数は6発である。スライドはスチール製、フレームはガラス繊維で強化されたナイロン製である。初期モデルにはスライドストップ機能は無いが、LCP兇らはスライドストップ機能が追加されている。

 

スターム・ルガーLCP(実銃)

 

 

性能

全長 131mm
重量 270g
口径 9mm
使用弾薬 380ACP
装弾数 6+1発
設計・開発 スターム・ルガー社

 

開発

02_LCP
(画像はLCP2 wikipediaより転載)

 

 2008年のショット・ショーで公開されたハンドガンである。米国スターム・ルガー社が開発したコンシールドキャリー用に特化した超小型拳銃で全長はわずか131mmである。スライドはスチール製、フレームはガラス繊維で強化されたナイロン製で内側にはアルミ合金製のサブフレームが内蔵されている。最大の特徴は小型拳銃でありながらティルトバレル方式のショートリコイル機構を採用していることである。

 この機構を採用していることで他のストレートブローバック方式の同型銃に比べて反動が非常にマイルドになっている。トリガーシステムはダブルアクションオンリーでトリガーを引くと、内蔵されているハンマーがコックされ、引き切ると落ちるようになっているが、2008年モデルではトリガープルが6.35〜6.8kgと非常に重い。小型軽量を追求しているため最終弾を発射した後のスライドストップ機能は省略されている。装弾数は6発であるが、2013年には7発の拡張型マガジンが発売されている。

 

バリエーション

03_LCP
(画像はLC9 wikipediaより転載)

 

 バリエーションとしては2013年にトリガーストロークを短縮させた上にサイトを改良した第二世代モデルが発売、2015年にはアルミ製トリガーと視認性の高いサイトを搭載したモデルが発売されたが、LCP兇糧売により生産は終了した。LCP兇2016年10月6日に発表されたモデルで価格は349ドルである。外観のデザインが改良された他、トリガープルが4kg程度に軽く変更され、最終弾を発射した後にスライドストップがかかるように改良されている。初期モデルに比べ重量こそは30g増加したものの全長、全幅は変わらない。

 

LC9

 2011年には、口径を9mmパラベラム弾仕様に変更したLC9が発売されている。9mm弾を使用するために重量は480g(LCPは270g)、全長は152mm(同131mm)、幅は23mm(同19mm)と大型化している。バリエーションには380ACP仕様のLC380、2014年6月29日には撃発機構をストライカー方式に変更したLC9sが発売されている他、LC9sの廉価版であるEC9s等がある。

 

スターム・ルガーLCP(トイガン)

 

概要

 2021年4月14日に東京マルイより固定スライドガスガンが発売されている。

 

東京マルイ スターム・ルガーLCP 固定スライドガスガン

性能

全長 131mm
重量 255g
装弾数 10発
初速 56m/s前後
定価 7,980円

 最近では珍しい固定スライドガスガンである。実銃がダブルアクションオンリーの銃であることを意識しているのかもしれないが、敢えて固定スライドとするのは面白い判断である。外観の完成度の高さは秀逸であるが、スターム・ルガーのロゴは「スターム・ルガー風」になっている。命中精度は大型ハンドガンには及ばないものの、このクラスでは驚異的な命中精度である。

 

まとめ

 

 2008年に登場したLCPは、超小型拳銃でありながらショートリコイル機構を内蔵しているという高性能な銃であった。初期型はトリガーが重く、スライドストップ機能は装備されていなかったが、LCP兇砲覆辰討海譴蕕療世浪良されている。380ACPは護身用としては十分とは言い切れないがワルサーPPKやベレッタM84に比べ非常に小型軽量であり、これらの銃がストレートブローバックであることを考えればLCPの性能の高さは秀逸といえる。

 

 


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01_M1カービン
(画像はwikipediaより転載)

 

 M1カービンとは、1941年に米軍で制式採用されたカービン銃で後方部隊で使用することを前提に、取り回し易さ、適切な威力のカートリッジを採用した銃である。カートリッジは独自の30カービン弾を使用する。名称に「M」を付ける米軍の命名規則が採用されて最初のカービン銃であることからM1カービンと呼ばれる。

 

M1カービン(実銃)

 

 

性能

全長 904mm
重量 2,490g
口径 30口径
使用弾薬 30カービン弾
装弾数 15発
設計・開発 ウインチェスター社

 

背景から開発まで

 当時の米軍の主力小銃は第一線部隊にとっては十分な性能を持っていたが、後方部隊にとっては大型に過ぎ、長射程の性能を必要としない後方部隊にとっては威力もオーバースペックであった。しかしハンドガンや短機関銃では射程距離が短すぎるためその中間の兵器の開発が志向された。1938年、陸軍歩兵総監ジョージ・リンチ少将は後方部隊が装備するための新しいカービンの重要性に気付いたものの、その提案は陸軍長官により却下されていた。しかし第二次世界大戦が勃発すると一転、提案は承認されることになった。

 

開発

02_M2カービン
(画像はwikipediaより転載)

 

 ウインチェスター社は時期制式採用小銃の設計案をジョン・ブローニングの弟ジョナサン・ブローニングから購入、開発を開始するもジョナサン・ブローニングは数ヶ月後に死去、跡を継いだデイヴィット・ウイリアムズによって改良が続けられ、1940年に米軍のトライアルに出品するも最下位となってしまった。その後も様々な技術者によって改良が行われた結果、1941年にM1カービンとして米軍に制式採用された。名称のM1は1925年7月1日に決まった米軍の命名規則である「M」表記での最初のカービンであることを意味する。

 作動方式はショートストロークピストン式と呼ばれる方式で閉鎖機構はターンボルト方式である。弾薬の30カービン弾は1905年ウインチェスター社が発売したM1905用に設計された弾薬のリムレス版で設計自体は古いものの火薬は最新のものに変更されており元のカートリッジよりも27%高いエネルギーを持っている。1945年8月まで生産が続けられ、合計で612万1,309挺が生産された。

 

バリエーション

03_M3カービン
(画像はwikipediaより転載)

 

 バリエーションとしては空挺部隊用にピストルグリップ、折り畳み式ストックを装備したM1A1モデル、同じくストックに改良が加えられたA2、A3モデルがある他、フルオート機能を装備、30連マガジンを装備したM2、M2カービンに暗視装置を装備、夜間用のフラッシュハイダーを装備したM3がある。

 

M1カービン(トイガン)

 

概要

 モデルガンでは、1969年に六研が鉄製モデルを発売、1972年にはCMCが金属モデル、1978年にはMGCが初の樹脂製長物として発売、1992年にはタナカワークスが発売している。エアガンでは1984年にマルシンが排莢式のエアガンを発売、1985年にはケースレス式エンフォーサーを発売している。1988年にはガスガンでライブカート式モデルを発売しており、その後8mm仕様で発売、2011年にはCO2仕様のケースレスガスガンを発売している他、海外メーカーではデニックス社がモデルガン、AGM社がコッキング式エアガン、キングアームズがCO2ガスガンを発売している。

 

タナカワークス M1カービン モデルガン

性能

全長 900mm
重量 2,700g
装弾数 15発
初速  - m/s前後
定価 70,000円

 現在入手可能な貴重なモデルガンである。品質はモデルガンメーカーの老舗中の老舗であるタナカワークスの製品なので特上クラスである。長物であるがブローバック可能でカートリッジも改良されており発火性能も高い。ストックはウォールナット材を使用している。Ver.1とVer.2があるので注意が必要。価格が価格だけに発火するのには勇気が必要である。

 

マルシン M1カービン ガスガン

性能

全長 910mm
重量 2,300g
装弾数 15発
初速 83m/s前後
定価 41,580円

 ストックは木製でレシーバー銃身は金属製という凝ったモデルである。CO2を使用しているため冷えには強く弾道も素直。ブローバック、ホールドオープンはするものの反動はそれほど強くはない。この手の銃はサバイバルゲームで使用するというよりも室内で作動を楽しむという遊び方が一番良いかもしれない。

 

まとめ

 

 M1カービンは第二次世界大戦以降も朝鮮戦争、ベトナム戦争においても使用された。歩兵の戦闘が変化し長射程である必要性が無くなるにつれてこのカービン銃の重要性は増していった。その後M1カービンをフルオート化したM2カービン、暗視装置を装備したM3カービン、そして現在、米軍で主に使用されているM4カービンとカービンの重要性は益々高くなっている。

 

 


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01_S&WMP
(画像はwikipediaより転載)

 

 S&W M&Pとは、2005年にS&W社が発表したポリマーフレームオートである。M&Pはミリタリー&ポリスの略で、100年前にリボルバーの歴史を変えたS&W社の名銃ミリタリー&ポリスの名を継承していることからもS&W社の期待の度合いが分かる。市場での評判も良く、グロックには及ばないものの人気のあるポリマーフレームオートの一つである。

 

S&W M&P(実銃)

 

 

性能

全長 190mm
重量 680g
口径 9mm
使用弾薬 9mmパラベラム弾
装弾数 17+1発
設計・開発 S&W社

 

背景から開発まで

02_S&WMP
(画像は伝説のシグマ wikipediaより転載)

 

 1994年、最近流行の「グロック風」ポリマーフレームハンドガンを製作したS&W社。あまりにも「グロック風」であったため、本家グロック社から裁判を起こされる始末。結局、和解金を支払い、設計を変えることで和解。つまりはS&W社の完全敗北であった。「やっぱり「グロック風」はだめだよね!」ということでS&W社がちゃんと作ったポリマーフレームオートがMPである。

 

開発

02_S&WMP
(画像はwikipediaより転載)

 

 MPの開発は、シグマとワルサー社とのコラボモデルであるSW99の設計を進化させたものであるが、シグマとの部品の互換性は全く無い。相当な自信作であったらしく、S&W社の名銃「ミリタリー&ポリス」の名称を継承させた。発売は2005年で、スライドとバレルはステンレス製、フレームはステンレスのインナーフレームとポリマーの外装で構成されている。

 グリップ後部のストラップは交換可能であり、SMLサイズのストラップが製品に付属している。スライドストップは左右から操作することが可能であり、マガジンキャッチも付け替えることで左利きのユーザーにも対応している。薬室にカートリッジが装填されているかどうかを確認するインジケーターはスライド上部に位置している。トリガーはポリマー製で上下に分割されており、下部のトリガーを引くことで安全装置が解除、引き切ることで撃発する。トリガープルは競合のグロックの2.5kgに比べ2.9kgと若干重く、ポリマー特有の「ねばり」が出るため好みが別れるところである。

 最大の特徴は、人間工学を非常に考慮した設計で、グリップの形状からグリップアングルも全て理想的な形状に設計されておりボブチャウカスタムのように全体的にエッジが削られて丸みを帯びている。特に素晴らしいのはバレルの位置で、バレルが低い位置に設定されているため射手は自然な感覚で照準をつけることが出来る上に反動の抑制も容易になっている。現在のところグロックには勝てないものの市場での人気は上々である。

 

バリエーション

03_S&WMP
(画像はwikipediaより転載)

 

 お約束のコンパクトモデルの他にも口径や銃身長に多くのバリエーションがあり、M&P○○(○○内には口径の数字が入る)と表記される。バリエーションの中でも内部構造を変更したのが2017年のM&P2.0でフレームのステンレス製インナーシャーシが延長され強度が増した上に、トリガーシステムも変更されている。

 

S&W M&P(トイガン)

 

概要

 2014年8月1日に東京マルイよりM&P9がガスブローバックモデルとして発売されている。2009年10月の発表当初はM&P45の予定であったが、最終的にはM&P9となった。VカスタムやPCカスタム等のバリエーション展開も行っており、現在でも発売中である。

 

東京マルイ S&W M&P ガスブローバック

性能

全長 194mm
重量 620g
装弾数 25+1発

 最近の製品であるためスライド上部のインジケーター内に真鍮パーツを入れることで薬室に装弾されている状態を再現する等、外観は非常に凝ったものである。グリップ後部のパームスウェルも実銃同様に3種類が同梱されており射手の好みで選ぶことができる。初速は70m/s前後に設定されており、命中精度も非常に高い。バリエーションもVカスタム、PCポーテッドにFDEカラー等もあり選択肢が多いのも魅力的。サードパーティーからのパーツも豊富にあるため自分だけのM&P9を作ることもできる。

 

まとめ

 

 シグマで大コケしたS&Wであったが、M&Pの成功によってその経験は生かされてることになった。ステンレス製のインナーシャーシや発射機構、敢えて隙間を作ることで砂や埃を自然に排除するスライド等、S&W社独自の工夫も施されている完成度の高いハンドガンである。

 

 

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