F-94 Starfire
(画像はwikipediaより転載)

 

F-94 スターファイア

 

 

性能(F-94C)

全長 13.56m
全幅 12.93m
全高 4.55m
自重 5,764kg
全備重量 8,301kg
最大離陸重量 10,970kg
最大速度 1,030km/h
上昇力 40.5m / 秒
上昇限度 15,700m
エンジン出力 推力2,883kg(P&W J48-P-5ターボジェットエンジン)1基
       推力3,973kg(アフターバーナー使用時)
推力重量比 0.48(アフターバーナー使用時 / 全備重量)
航続距離 1,296km
乗員 1名
武装 Mk4 70mmロケット弾24発
爆装  -
アビオニクス AN/APG-40レーダー
初飛行 1949年4月16日
総生産数 855機
設計・開発 ロッキード社

 

開発前史

 1947年にB-29の完コピ爆撃機であるソビエト連邦製爆撃機Tu-4の初飛行が成功したことは米国にとって大変な衝撃であった。Tu-4はソ連領内から出撃して米国を爆撃することが可能な長大な航続距離を持っていたからである。さらにソ連は1949年に核実験に成功、Tu-4に核爆弾を搭載することで米本土を核攻撃することが可能となった。

 これに対して米国はTu-4をさらに上回る爆撃機であるB-36を完成させたが、本土防衛のための迎撃機の開発も重要な問題となった。この迎撃機は24時間、どのような天候でも迎撃してTu-4からの核攻撃を阻止する必要があるため全天候型であることが求められた。当座の対応として太平洋戦争以来米空軍が実戦配備している夜間戦闘機P-61P-82ツインマスタングにレーダーを搭載して全天候型迎撃機に改良した機体を配備したものの時代はジェット機へと移行しており、これらレシプロ戦闘機では迎撃性能が不十分であった。

 このため米空軍は全天候型ジェット迎撃機の開発を航空各社に要求した結果、カーチス社のXF-87とノースロップ社のXF-89(のちのF-89スコーピオン)の開発が開始されたが、XF-87は性能が要求に達せずキャンセル、XF-89の完成にはまだ時間がかかるためその間の「つなぎ」としてボーイング社にF-80戦闘機を全天候型迎撃機化することを要求した。

 

開発

 全天候型迎撃機を開発するにあたっては当然レーダーを装備することが必要である。しかし機体の操縦とレーダー操作を一人で行うことは困難であるためパイロットの他にレーダーオペレーターが必要となる。このため機体は複座機が好ましくF-80の練習機型であるT-33がベースとなることが決定した。

 胴体下部エアインテーク、水平尾翼を一部改良、新たな装備として機首に機銃、レーダー、射撃管制システムが装備されたため機首部は延長された。主翼は低翼で直翼であったが主翼は薄く再設計され、エンジンはJ33-A-33エンジンに換装した。これはアフターバーナーを装備した推力1,816kgを発揮するエンジンでアフターバーナー使用時には推力2,724kgを発揮することができた。

 アビオニクスはヒューズE-1火器管制システムでAN/APG-33レーダー、スペリーA-1C射撃コンピューターを装備しており、地上データリンクも可能であった。武装はAN/M312.7mm機銃4門であった。

 

初飛行

 初飛行は1949年4月16日で1950年5月には初期量産型のF-94Aが実戦配備された。米軍初のアフターバーナー付きジェット機となったF-94であったがアフターバーナー使用中にフレームアウト(エンジン停止)が続発、脱出装置を使用するもこの装置にも不具合があり不幸な事故が多発した。また火器管制システムE-1も信頼性が低く敵機の後方からしか迎撃できなかった。

 

バリエーション

 試作機YF-94が2機ある。内1機はT-33Aのプロトタイプ機でこれがYF-94として再びプロトタイプ機となっている。初期生産型はF-94Aで109機が製造された。武装は12.7mm機銃4門であった。この初期生産型はエンジンの性能が不安定でありコックピットが狭すぎる上に射出座席の間隔も狭すぎたため安全性に問題のある機体であった。

 F-94Bは1950年9月28日初飛行、1951年1月に部隊配備された機体で前述の問題に対処するためにエンジンの改良、コックピットの拡大、キャノピー等が改良された。この改良はかなり効果的であり実戦部隊ではF-94AからF-94Bに機種変更、F-94Aはボーイング社に返却されB型と同様の改修を受けた後、さらに12.7mm機銃2門、翼下に連装砲ポッドを追加したF-94A/Bとなった。この時期にはF-89やF-86Dが実戦配備されていたためこのA/B型は州軍に移管された。

 

 

F-94C

F-94Cは制式名称としてスターファイアと名付けられた型で計画名称YF-97と呼ばれた。名称がF-94でないことからも分かるように全面改修型でエンジンを推力2,883kg、アフターバーナー使用時3,973kgに強化されたP&W J48-P-5エンジンを搭載、機体も主翼、垂直尾翼が再設計された。

 機銃が廃止となり代わりに機首にMk4 FFAR 70mmロケット弾6発を装備、これは機首レドーム後方に内蔵されており、ランチャーを上方に展開して発射する他、主翼にもロケット弾を装備した。アビオニクスはAN/APG-40レーダーを装備したヒューズE-5火器管制システムにアップグレードされた。

 初飛行は1950年1月19日で当初はF-97スターファイアと呼ばれる予定であったが、F-86Dと同様、予算の関係で9月12日に改良型F-94Cと名称変更された。

 1951年7月から実戦部隊に配備されたものの機首に装備されたロケット弾は発射時にパイロットの目を幻惑させると同時に排気煙がジェットエンジンのフレームアウトを引き起こすことが判明した他、ドラッグシュート、オートパイロット、エンジン、エルロン等にも不良も判明した。これらを改善したのちの1953年6月に改めて実戦部隊に配備された。

 F-94Dは単座戦闘機型で機首に8門の機銃を装備、ロケット弾と爆弾を装備したが量産されることはなかった。

 

戦歴

 1950年1月にP-82に代わり米国本土防空用として実戦配備された。1951年3月には極東空軍に配備が開始され第一弾としてF-94Bがジョンソン空軍基地(現入間基地)に到着、5月には朝鮮戦争に投入されている。朝鮮戦争休戦後も韓国で防空任務に就いていたがそれもF-86Dに交代。本土防空用の部隊も順次F-86DやF-89に交代して1954年末にはほぼ州軍へ移管、1958年には完全に退役した。州軍でも1959年に最後のF-94が退役したことでF-94の運用に終止符が打たれた。

 

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F-84 Thunderjet in Action
Davis, Larry
Squadron/Signal Pubns
2011-01-01

 

 

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