01_深山
(画像は深山 wikipediaより転載)

 

 超重爆撃機 キ91とは、日本が計画した富嶽に次ぐ超大型爆撃機である。全幅はB29を上回る巨人機であった。計画値通りであれば性能もB29に匹敵するものであったが、戦局の悪化により超重爆の必要性はなくなり開発中止となった。

 

超重爆撃機 キ91 〜概要〜

 

性能(計画値)

全幅 48.0m
全長 33.0m
全高 10,0m
自重 5,800kg
最大速度 580km/h(高度10,000m)
上昇力 8,000mまで20分30秒
上昇限度 13,500m
エンジン出力 2,500馬力4基
航続距離 10,000km(爆弾無し)
武装 20mm連装機関砲4門、20mm4連装機関砲1門
爆装 最大8,000kg
設計・開発 土井武夫 / 川崎航空機

 

開発

 1943年5月、陸軍は、川崎航空機に対して超重爆撃機キ91の試作を命じた。キ91の性能要求は、最大速度が高度10,000mで580km/h、航続距離は爆弾4,000kgを搭載して9,000km、武装は20mm機関砲12門、爆弾の最大搭載量8,000kgという空前のものであった。試作指示を受けた川崎航空機は、土井武夫技師を設計主務者として6月から基礎研究を開始、10月には設計が開始された。

 高度10,000mでの高性能を実現するためには、与圧キャビン、排気タービン過給器が必要であったが、これは同時期に川崎航空機で試験中であったキ108(キ102戦闘機の高高度戦闘機タイプ)が与圧キャビンを採用予定であることから、キ108で実験を行ったのちキ91で実用化するという方針に決まった。

 計画では、キ91は、全幅48.0m、全長33.0m、全高10.0m、重量5,800kgというB29を超える大きさであり、中島飛行機で設計中の超大型爆撃機富嶽に次ぐ大きさであった。エンジンはハ214ル(陸海軍統合名称ハ42/21型 2,500馬力)で、プロペラは直径4.4m4翅の超大型プロペラであった。

 武装も強力で、機首、前下方、後上方、後下方には20mm連装機関砲、尾部には20mm4連装機関砲の合計12門の20mm機関砲を予定していた。爆弾搭載量は8,000kgとB29の9,000kgには及ばないものの日本の爆撃機では最大のものであった。予定では1946年6月に試作1号機、1947年3月に2号機が完成する予定であったが、空襲の激化、材料の欠乏、ハ241ルエンジンの開発遅延等から1945年2月に開発中止が決定した。

 

生産数

 計画のみ。

 

まとめ

 

 キ91が仮に完成していたとしても当時の日本にはこの超重爆を量産する能力がなかった。仮に生産能力があったとしても米国の防空システムを突破することは難しかったであろう。B29ですら貧弱な防空システムと高高度性能の低い日本機相手に1割以上の損害を出していたことを考えると戦略爆撃が行える可能性はゼロに近かった。当時の日本の国力を超えた巨人機であったといえる。しかし米国ですら開発に手間取った巨人機を開発しようとした技術者の挑戦は記憶に留めておくべきであろう。

 

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