01_2024跨線橋

 

跨線橋とトリオ商会

 おっはトイレ〜!
管理人です。画像は跨線橋。跨線橋というのは線路を跨ぐ陸橋のことだ。画像の跨線橋は東京都三鷹市のもの。この跨線橋は1929年に建設されたもので全長93m、幅3m、高さ5m。中央線三鷹駅の西側にあってJR三鷹車両センターを一望できるためよく鉄道ファンの撮影スポットだ。太平洋戦争でも生き残った古強者でそろそろ100年を迎えるところであったが2024年つまりは今年取り壊しが開始される。

 貴重な歴史建築であるのだけどこの橋を維持するためには大規模な修繕が必要で莫大な金がかかるらしい。このためJRは三鷹市に無償譲渡を提案したが三鷹市も費用の捻出が困難であったため解体が決定された。一部は保存されるが2年ほどかけて解体される。

 この橋は私が大好きな太宰治も愛したそうで取り壊しが決まってから私も何度も行ったが大勢の人が見物に来ていた。私は中学、高校が三鷹だったためにこの橋は昔からたまに通っていた。近くにトリオ商会というおもちゃ屋さんがあってそこでエアガンを何丁も買ったものだ。懐かしい。トリオ商会は一階はエアガンや模型、二階は鉄道専門だった気がする。どうも90年代に閉店したようだ。

 

 

今日のアップ記事

 

カーチス P-40 ウォーホーク

 P-40ウォーホークとは1938年に初飛行した戦闘機だ。太平洋戦争中期位まで使われていた。頑丈で速度が速く信頼性が高かったため太平洋戦域に限らず欧州でも使用されていた。戦争後半からはP-51マスタングP-47サンダーボルト等の高性能機が登場したために前線から消えていったがブラジル空軍では1954年まで運用されている。

 稼働率の面からいえば太平洋戦争後半の日本機よりも高かったのではないかと思う。三式戦闘機四式戦闘機、さらには海軍の紫電改等の戦闘機ははカタログスペック上ではP-40を上回っていても実際の運用ではP-40の方が使えたかもとか考えてしまう。機械は高性能であっても作動しなければ意味がないからねぇ。

 

桑原製軽便拳銃

 桑原製軽便拳銃とはみんな聞いたことがないかもしれないけど明治時代に日本のメーカーが開発したリボルバーだ。ベースとなったのはこれも日本製の二十六年式拳銃であった。この二十六年式拳銃というのは重量が928gという以外と重い銃だったため、これを軽量化、重量を半分以下の375gにまで落としたのが桑原製軽便拳銃だ。

 さらに二十六年式拳銃がダブルアクションオンリーであったのに対して桑原製軽便拳銃はシングルアクションでも射撃ができるようになっている。しかし口径が32口径と小型化したために威力は弱くなってしまった。重量を取るか威力を取るかというのは現在でも続く問題なのだ。

 




 

↓良かったらクリックして下さい。


ミリタリーランキング