01_44口径ハンドエジェクター
(画像はwikipediaより転載)

 

超要約

 

 S&W初のスイングアウト方式のリボルバーでS&Wリボルバーの基本型となっただけでなく、その後の世界のリボルバーに大きな影響を与えた名作中の名作である。38口径モデルはのちにM10ミリタリー&ポリスと呼ばれ3世紀にわたって世界中で使用されている。

 

S&Wハンドエジェクター

 

 

32口径ハンドエジェクター

 1896年、S&W初のトップブレイク方式でない装填方式を採用したリボルバーである32口径ハンドエジェクターが発売された。それまでのトップブレイク形式のものはフレームの強度が今ひとつのため強力なカートリッジを発射することが難しい。そこでS&Wはシリンダーを銃の左側に開けるスイングアウト構造を発明した。これにより射手は手動で排出(hand ejected)できる訳だ。この設計は素晴らしく、この基本設計はS&Wだけでなく多くの銃器メーカーによって継承されている。S&W社の最も重要な功績である。

 この新規に開発されたIフレームを採用した32口径のスイングアウト式リボルバーの最初期モデルは、1903年まで7年間で19,712挺製造された。装弾数は6発で口径は3.25インチ、4.25インチで極少数6インチモデルが製造された。商業的にはあまり成功しなかったが、フィラデルフィアを始め数か所の警察が採用している。

 1903年になると32口径ハンドエジェクターの改良型が発売される。内部構造が大幅に変更されており、特にシリンダーストップがフレーム上部から下部に移動した。このモデルは数度大掛かりな改良を施され、現在のS&Wリボルバーとほぼ同じ機構に到達した。1917年まで生産が続いた。総生産数は凡そ263,000挺である。

 さらに1917年になると暴発防止のためのハンマーブロックメカニズムが組み込まれるようになる。そしてグリップはそれまでのラウンドバットグリップと共に新しくスクエアバットグリップが採用された。1942年まで273,684挺が製造された。ここで一時生産は中止されるが、1949年になると生産を再開、この時にハンマーブロックメカニズムが改良されている。1960年まで176,269挺が製造された。

 

38ハンドエジェクター(1stモデル)

 1899年に発売された最初のKフレームリボルバーである。同時に開発された38S&Wスペシャルを使用する初のハンドガンである。この38スペシャルはのちに最も人気のあるリボルバーカートリッジとなった。バリエーションは4インチ、5インチ、6インチ、6.5インチの5種類でブルースチールとニッケルメッキの2種類があった。ミリタリー&ポリスと呼ばれ、のちにM10の番号を振られることになる。様々なにバリエーションが存在する。総生産数は1942年までで約100万丁。

 

 

 

44口径ニューセンチュリー(通称トリプルロック、1stモデル)

 1908年に44口径ロシア弾のカートリッジケースを延長した44S&Wスペシャルを使用するニューセンチュリーをラインナップした。これは新たに設計されたNフレーム(当時は44フレームと呼称)を使用するモデルでエジェクターロッドシュラウド、トリプルロックが追加されたモデルで他にも数種類の口径のバリエーションが存在する。

 トリプルロックとは、シリンダーを固定するためにエジェクターロッド、シリンダー後部の他にヨークとエジェクターロッドシュラウド下部にもロックする装置が装備されている。1915年まで製造され、455ウェブリー弾を使用する英軍仕様「マーク汽魯鵐疋┘献Дター」5,000挺も含め、総生産数15,376挺である。

 この44口径ハンドエジェクターで新しく採用されたエジェクターロッドシュラウドとトリプルロックは、2rdモデルでは廃止されてしまう。理由は、どちらも泥が入り込み作動不良の原因となるというもので、特にトリプルロックは構造が複雑であり製造コストが高騰するというのも理由であった。この結果、販売価格を21ドルから19ドルに下げることに成功した。1915〜1940年まで製造され、英軍仕様の「マーク競魯鵐疋┘献Дター」69,755挺を含め、総生産数は74,755挺。

 1926年になると再びエジェクターロッドシュラウドのみが追加されたモデルが発売される。トリプルロックは実用性が無いと判断され復活はしなかった。1941年まで製造されたものの、カタログ販売のみであったため総生産数はわずか4,976挺のみ。

 1950年、44口径ハンドエジェクター最後のモデルが発売された。トリガー、ハンマーの設計を変更しており、バリエーションは、ミリタリー、ターゲットの二種類がある。ターゲットはバレル上部にフルリブを設置しており、これはのちのS&Wリボルバーに多く継承されている。1957年からはターゲットモデルはM24と呼ばれる。1950〜1957年まで製造された。

 

その他

 他にも様々な口径のハンドエジェクターが製造されているが、特に1902年から1921年まで製造されたMフレームを使用する22口径(22S&Wカートリッジ=22LR)モデルは、「レディスミス」と呼ばれた。この名称は1990年に9mmセミオートモデル、さらにJフレームモデルに再度使用されることになる。

 

 

 

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