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軍事関係本

01_九九式艦爆
(九九式艦爆 画像はwikipediaより転載)

 

急降下爆撃機とは

 

 急降下爆撃機とは、1930年代に世界各国で研究された新式の爆撃機のことである。これまでの爆撃機の行う爆撃法とは主に水平爆撃で、水平に飛行している爆撃機からそのまま爆弾を投下するものであった。しかし急降下して爆弾を投下する戦法が有効であると知られるようになると世界各国でこの新式の爆撃法、急降下爆撃の研究が盛んになってくる。

 日本でも1930年代初頭に研究が始まったので世界レベルで見ても比較的早期に研究が始まったといえるだろう。最初に制式採用されたのは九四式艦上爆撃機(艦爆)でこれが日本初の急降下爆撃機である。その後、陸軍と海軍はそれぞれ急降下爆撃機の開発を行い、陸軍は九七式軽爆撃機(軽爆)、九九式軽爆、九九式双発軽爆撃機(双軽)、九九式襲撃機等を完成させる。これに対して海軍は、九六式艦爆、九九式艦爆、彗星艦爆、陸上爆撃機銀河、流星艦爆を完成させている。

 

 

 

危険と隣り合わせ

 急降下爆撃機といっても単純に爆撃機を急降下させればよいというものではない。急降下でかかるGは半端ではない。降下中はエンジンの力と機体の自重で速度はどんどん上がっていく。車でいえば急な下り坂で全速力を出しているようなものだ。これはパイロットの身体にも相当な負担がかかるが何よりも通常の航空機では機体の強度が持たないのだ。特に日本軍機は機体強度が低い機体が多く、このような機体で急降下をしては空中分解してしまう。この問題を防ぐためには設計段階から考えなければならないのだ。

 急降下することによって加速して爆弾の命中精度を上げると同時に対空砲火からも防御されるが、あまりにも加速してしまうとコントロールできなくなってしまう。故に急降下爆撃機にはエアブレーキと呼ばれる空気抵抗板が取り付けられている。これによって速度をコントロールすることが出来るのだ。そうは言っても高速であることには違いない。降下角も60°と凄まじい。訓練や実戦で急降下したものの引き起こすことが出来ずに殉職してしまった搭乗員も数えきれない。

 

 

 

急降下爆撃機偵察員

 著者は乙種予科練7期出身で同期には有名な西澤廣義飛曹長がいる。艦爆偵察員とはただ周囲を観察していればいいというのではない。GPSの無い当時のこと、航法は人間がやるのだ。これは偵察員の仕事。航法とは、地文航法、天文航法、推測航法という3種類がある。地文航法というのは地形を見ながら自機の位置を把握する方法、天文航法というのは天体観測をして自機の位置を把握する方法である。地文航法は主に陸軍機、天文航法は主に大型機が使用する。小型機の後方はつまりは推測航法であるが、実はこれが一番難しい。

 推測航法とは自機の速度と方向、そして偏差を考慮して計算によって自機の位置を割り出す航法。偏差というのは飛行機に左右から吹く風の強さから誤差を割り出すことだ。ちょっとの風でも長時間の飛行では誤差は馬鹿にならない。これを習得するには1,000回は航法を経験しなけば一人前とは言えないという大変難しいものなのだ。これは偵察員の世界では千本偏流と呼ばれていたという(永田P93)。1,000本とは毎日搭乗しても3年間、もちろん毎日飛行するハズはないので習得するまでには5年、10年はかかるのだろう。とにかく計算に自分とペアの命がかかっているのだ。

 そして偵察員の任務はそれだけではない。急降下爆撃機の任務はもちろん急降下爆撃である。この急降下爆撃とは字のごとく55〜60°くらいの急角度で敵に急降下、爆弾を落とすという攻撃法である。現在ではもう無くなってしまったが、ミサイルが発達する以前の時代では高い命中精度を誇る必殺の爆撃法であった。しかし敵から撃ち上げて来る対空砲火の威力は凄まじく、砲火の幕の中に突入していく状態である。まさに「ヘルダイバーズ」である。

 

 

 

急降下中の偵察員

 この急降下の最中、偵察員はただボンヤリしていればいいのかといえばそうではない。急降下爆撃中の偵察員は信じられないくらい忙しいのだ。まずは装備、首からは双眼鏡をかけ、左耳にはレシーバー、右耳には操縦員との連絡用の伝声管、口には酸素マスク、手には機銃である。これらを装備しつつ、急降下中は速度と角度を読みながら正確な照準点を操縦員に伝える。それを何百キロという速度で急降下している最中に行うのだ。もう職人技である。

 そしてこの急降下爆撃機の特徴としてはものすごく死亡率が高い。戦闘機搭乗員は生存率が20〜30%程度であったが、急降下爆撃機乗りはそんなものではない。ほぼ生存することが不可能な職種と言っていい。その中を著者が生き残ったのは奇跡と言って良いかもしれない。松浪氏は後方にいたのではない。松浪氏が配属されたのは激闘が続くラバウルの582空である。この582空とは戦闘機と艦爆の混成部隊で戦闘機隊には有名な角田和男氏等が在籍していた部隊だ。松浪氏はこの地獄の戦場で多くの任務をこなし、奇跡的に生き残ったのだ。

 松浪氏の著書は自身の体験を書いているのと同時に死んだ戦友たちへの鎮魂歌でもある。多くのページを戦友たちとの思い出に割いている。戦友たちは良い奴ばかりではない。嘘をつく奴、ズルい奴等がいて、松浪氏も騙されたりと悔しい思いをするのだ。しかしその「イヤな奴ら」も戦争で死んでいく。それはとても悲しいことなのだ。彼らは人間なのだ。人間には良い面も悪い面もある。それが人間なのだ。松浪氏が描く戦友はまさしく人間なのである。

 

 

参考文献

  1. 永田経治「海軍じょんべら予備学生出陣記」『あゝ還らざる銀翼よ雄魂よ』光人社1990年

 

 

 


ミリタリーランキング

池上彰・佐藤優 著
文藝春秋 (2014/11/20)

 

 情報分析力には定評のある池上氏、佐藤氏の共著。内容は世界の紛争地帯や世界の問題地域、例えば中東、ウクライナ、北朝鮮、尖閣諸島の詳しい分析がある。ここらへんは両氏の専門中の専門なのでさすがにすごい。私もここら辺のことを勉強したくなったら本書を再読しようと思う。以下私が気になった部分。

 

イラクの日本大使館の警護はグルカ兵が担ってますよ。
(『新・戦争論』より引用)

 

 意外なところでグルカ兵と日本の接点があった。グルカ兵とはネパールの山岳民族グルカ族出身の兵士のこと。まあ、グルカ族というのは実際にはいないそうだけど、まあいいだろう。戦闘力が非常に高い人達だ。

 

世界の富は、国家を迂回して動いているんだ。〜中略〜(管理人注 教育によって)軍人が政治に関与できないような忌避反応が後天的につくられている。それは金持ちたちが自分の資産を保全するために絶対に必要なメカニズムだ
(イスラエル高官の話『新・戦争論』より引用)

 

 

 これは面白い発想、結構ホリエモン的な考え方だと思った。というよりもホリエモンの考え方というのは世界的にみればスタンダードなのか、それとも金持ちの発想なのかは不明。

 

最低三隻ないと空母は安定的に運用できません。〜中略〜中国が保有している空母「遼寧(旧ワリヤーグ)」は、〜中略〜甲板を反らせて発進させる「スキージャンプ台式なのですが、戦闘機が頻繁に墜落してパイロットが何人も死んでいます。
(『新・戦争論』より引用)

 

 これも知らなかったこと。カタパルトが開発出来ないという話は訊いたことがあるが、犠牲者まで出ているとは。。。因みに着艦ワイヤーも一部の国しか技術を持っていない。さらに因みに初代ワリヤーグは日露戦争で日本海軍の攻撃により自沈している。

 

「耐エントロピー」〜中略〜エントロピーは、もともと熱力学で拡散していく物質の属性を指す用語です。私たちが「ひとつの個体」として成り立っているのは、耐エントロピーがあるからで、これがないと自然と一体になって腐敗してしまいます。
(『新・戦争論』より引用)

 

 『魔法少女まどか☆マギカ』でこんな話があった気がする。エントロピーが拡散なら耐エントロピーは拡散を止める力のこと。ある程度のところでバラバラになるのを防ぐ。人類社会での耐エントロピーというのが、民族やら国民やらということになる。

 

池上 〜中略〜どの国でも、スパイ情報の九八パーセントか九九パーセントは、実は公開情報なのですね。それなら私にだってできる、というのが私(管理人注 池上)の基本姿勢です。残りの一パーセントか二パーセントの部分ではプロに敵わないのですが。

佐藤 その一、二パーセントというのはだいたい要らない情報です。

(『新・戦争論』より引用)

 

インターネットでとくに重要なのは、マニアックなものよりも、むしろ公式ウェブサイト、ホームページです。ここにある基礎データが重要なのです。
(『新・戦争論』より引用)

 

 情報分析というと誰も知らない情報を持っている人や組織が行うと考えがちであるが、実際は個人の職人技という部分が大きいようだ。大本営参謀だった堀栄三氏も独学だったし、連合艦隊情報参謀だった中島孝親氏も独学だったはずである。戦争中、どちらも相手の動きを先読みする凄腕参謀だった。

 

何かを分析するときは、信用できそうだと思う人の書いたものを読んで、基本的にその上に乗っかること。その上で、「これは違う」と思ったら乗っかる先を変える。
(『新・戦争論』より引用)

 

 これは大事だと思う。全てに専門的になるよりも専門家を観る目を養った方がいいとヒルダも言っていた。彼女はそれでナンバー2にまで上り詰めたのだから参考にすべきかも。まあ、未来の話だけどね。それはともかく、これはそれぞれの分野の「参謀」を雇うのと同じだと私は考えている。参謀の助言があった方が作戦は成功する確率が高い。

 

池上 〜中略〜NHKのホームページをみると、最新のNHKのニュースが六項目か七項目に整理されていますから、それで十分です。

佐藤 CNNの日本語版のウェブサイトは、非常にいいですね。〜後略〜

池上 あとは、『ウォール・ストリート・ジャーナル』の日本語版

佐藤 有料版がすごくいいですよね。

(『新・戦争論』より引用)

 

 これは要チェック。この二人は専門性が高い。私がネットやテレビで観て、「なんだこいつ!!」と思ったのはほんの数人、その中の二人が両氏。私は結構、ケチをつける性格なのでこの私が評価する人というのは相当レベルの高い人だ。

 

 因みに両氏が紹介しているサイトは以下の通り。

 

NHKオンライン

CNN.co.jp

ウォール・ストリート・ジャーナル

 

 今回は引用を多用したので、ちょっと記事が長くなってしまったが、備忘録としてはかなり完成度が高いものとなったと自負している。まあ、自負するのは私の勝手だからねwww。

 

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倉前 盛通 著
太陽企画出版 (1984/10/1)

 

 この人の本はもう3冊目なんだよね。とある本で存在を知り、現場のインテリジェンスオフィサーが参考になったということで購入。最初の『悪の論理』は地政学の本で太平洋戦争から現在(1980年)までを地政学的に見たもの。まあまあ面白かった。ただ過去を振り返って「これは計算されていた」的な内容が多かった。

 多少陰謀論的な内容に若干の戸惑いを覚え、まあ、あとになれば何とでも言えるよねーって感じでさらりと読んだ。続いて『新・悪の論理』。これは現在(1980年くらい)の世界情勢を地政学で読んだもの。内容は『悪の論理』と同じで結果をつなぎ合わせて大きな力が働いていたというような感じで相変わらず陰謀論的な内容だった。すでにここまでくると地政学ですら無くなってしまっている。

 そして最後に『悪の戦争学』を読んだ。ここまでくるとただのおじさんの時事放談的な内容になってしまった。んで、まあ、こんなもんかなぁと思っていたらビックリすることが・・・。

 この人、1984年段階でソビエトの崩壊をほぼ正確に予想しているんだねー。バルト三国が独立、ウクライナが独立、ドイツは統一等々。外れていることも多いがこの時代にソビエトの崩壊を予想しているのはすごい。1980年代に生きていた人だったらわかるけど、あの当時、ソ連が崩壊するなんて夢にも思っていなかった。

 それは例えば今、「日本が分裂してそれぞれ独立国家になってしまう」といったくらい荒唐無稽なことだった。それを割と正確に予想していたのはすごかった。ただアメリカ分裂というのは当たっていなかったし中国分裂というのも今のところ間違いだ。

 要するにこの人、広大な土地を持っている国家は必ず分裂するということだったようだ。ただアメリカは自由と民主主義を持ち先進国であるから分裂する可能性はかなりすくないが、中国は分裂する可能性はあると思う。いろいろ考えさせられて面白かった。

 

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地政学の論理―拡大するハートランドと日本の戦略
中川八洋 著
徳間書店 (2009/5/1)

 

 地政学者マッキンダーとスパイクマンの理論で明治〜現在をみる。反共・親米という視点が明確。ロシア・ソ連の南下を防ぐためにアメリカと共闘するという考え。しかし何故仮想的がロシア・ソ連のみなのかという点は不明。戦後の冷戦構造という結果から明治〜戦前の国際情勢をみている様な部分がある。反米論者=ソ連の工作員というような根拠不明の考えが散見される。いわゆる親米保守であろう。

 全体的にかなり感情的で思い込みが激しい人物のようだ。内容に客観性は感じられず、魅力も感じないので全体の4割程で読書を中断する。マッキンダーとスパイクマンの地政学の説明は分りやすかった。

 


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零式小型水偵
(画像はwikipediaより転載)

 

倉田耕一『アメリカ本土を爆撃した男』

 

倉田耕一 著
毎日ワンズ (2018/5/9)

 零式小型水偵で米本土を爆撃した搭乗員、藤田信雄中尉について書かれた本。戦後のことが中心。私の知る限りでは米本土爆撃について書かれた一番新しい本。藤田氏は戦後、米国に呼ばれ決死の覚悟で行くが、思いがけない大歓迎に感激する。その後、藤田氏は米国人との交流が始まるが、著者の思想的な「思い」が強すぎるのがちょっと残念だが、戦後の藤田氏の活動を知るには最上の本。

 

槇 幸『伊25号出撃す アメリカ本土を爆撃せよ』

 

槇 幸 著
潮書房光人新社 (2017/2/1)

 米本土爆撃を行った零式小型水偵の母艦の乗組員の記録。「世界で唯一の米本土爆撃」を母艦側から見た貴重な記録。著者の槇氏は知性が高く、冷静に物事を観察している。乗艦中もこまめに日記を付けており艦内の生活が細かく描かれている。伊25潜は米本土爆撃を行った飛行機の母艦である以外にも日本で唯一ソビエト潜水艦を撃沈した艦という側面もある。撃沈した時に同じ潜水艦乗りとして素直に喜べない複雑な心理も描かれている。貴重な記録であり良書でもある。

 

槇 幸『潜水艦気質よもやま物語』

 

 同じく槇氏の著書。『伊25〜』に対してこちらはエッセイ風の内容。潜水艦乗りのエピソードが数十の短編としてまとめられている。米本土爆撃についての記載もある。太平洋戦争を生き抜いた貴重なベテラン潜水艦乗りである著者の貴重な記録。潜水艦特有の恐怖や大型艦に比べ潜水艦は高級軍人も一兵卒も一蓮托生の環境にあるため一体となって和気あいあいとしているなど実際に乗艦した人でなければ分からないエピソードが満載。

 

秦郁彦『太平洋戦争航空史話』上

 

秦郁彦 著
中央公論社 (1995/7/1)

 航空史家の秦郁彦氏が米本土爆撃について書いたもの。米本土爆撃について書かれているのは一つの章だけだが、専門家の調査であるので信頼性は高い。内容も客観的に書かれている。今回紹介した本の中で米本土爆撃の計画から実行、その後まで最も詳細に描かれている。他にも38機を撃墜したアメリカ軍2位のエースマクガイアを撃墜した日本のパイロットは誰かという話やあまり知られていないが、太平洋戦争に参戦していたリンドバーグについて等、気になる航空史のエピソードが多く書かれている。

 

藤田信雄「米本土爆撃記」『トラ・トラ・トラ』太平洋戦争ドキュメンタリー01

 

toratoratora1

 

 米本土爆撃を行った藤田氏自身の手記。複数の手記をまとめた本で藤田氏の手記はその中の一つに過ぎないが、三段組30ページにわたってぎっしりと書かれているので内容は濃い。米本土爆撃以外の自身の潜偵搭乗員としての経験についても詳細に書かれている。潜偵による偵察は、偵察終了後、母艦に戻る際に母艦を発見できること、敵がいないこと、海面が穏やかなことなど複数の条件が重なって初めて母艦に回収されるという。潜偵による偵察任務がどれほど危険なのか良く分かる。他にも著名な撃墜王赤松貞明中尉の手記などもあり貴重。今では入手が困難な書籍なので古本を見つけたら取りあえず購入することをお勧めする。

 

まとめ

 

 今回紹介した書籍はそれぞれ違った面から米本土爆撃にアプローチしているため全部を読むとかなり立体的に米本土爆撃作戦を理解することができる。藤田氏の手記は入手困難かもしれないが他の本は比較的入手しやすい。作戦の詳細、そこに関わった人々、そして戦後と単に「世界で唯一の米本土爆撃」という記録だけでない物語が多くあることが分かる。

 


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一式戦三型
(画像はwikipediaより転載)

 

 1945年8月17日、日ソ中立条約を一方的に破棄したソビエト軍は突如、当時の日本領占守島に侵攻した。当時、占守島には第5方面軍隷下の第91師団第73旅団や「士魂部隊」として有名な第11戦車連隊が展開していた。ソビエト軍の侵攻に対して、これら守備隊は果敢に抵抗し、数日間の戦闘ののち降伏した。これらの戦闘はのちに占守島の戦いといわれる。今回は、この戦いについて執筆された書籍を紹介してみたい。

 

上原 卓『北海道を守った占守島の戦い』

 

上原 卓 著
祥伝社 (2013/8/2)

 占守島の戦いで日本軍の軍使を務めた長島厚氏の経歴を中心に占守島の戦いを描いている。長島氏に直接インタビューをして書かれているため長島氏周辺に関することは正確だと思われる。具体的な戦闘の記述が克明に描かれている。ただ、ロシア人の心理描写などは何を根拠としているのかは不明。

 

早坂 隆『指揮官の決断 満洲とアッツの将軍 樋口季一郎』

 

 当時の占守島の戦いの戦闘命令を与えた最高司令官である第5方面軍司令官樋口季一郎中将について書かれた本。樋口中将はインテリジェンス畑を歩んできた人物であり、オトポール事件と言われるナチスの迫害から満洲に逃れたユダヤ人を脱出させた責任者でもある。さらにキスカ島撤収作戦では、迅速に撤退できるように兵士に小銃を放棄させるという決断を下した名将。占守島の戦いに関する部分は後半部分だけであるが、ソビエトの不法に対して敢然と戦うという決断を下した司令官は、現在でも通用する広い視野と見識を持った人物であったことが分かる。

 

大野 芳『8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記』

 

8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記
大野 芳 著
新潮社 (2010/7/28)

 ノンフィクション作家大野芳が丹念に調査、取材を行って書かれたもの。占守島の戦いの背景から推移まで詳細に描かれている。占守島の戦いに関しては今回紹介した本の中では最も完成度が高い。単に日本軍の勇敢さを書いただけでなく、終戦の詔が出た直後に海軍の高級幹部達がさっさと本土に帰ってしまったというような日本軍の負の部分も描いている。

 占守島の戦いを1冊で知りたければ大野氏の著作が一番おススメだ。他の2冊に比べれば若干分量が多いが客観的な視点から広く、詳細に書かれている。戦史上あまり注目されることのない戦いであるが、この日本軍の抵抗があったからこそ北海道がソ連領にならなかったともいわれている重要な戦い。

 


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『トラ・トラ・トラ』太平洋戦争ドキュメンタリー第1巻
(画像は雷電 wikipediaより転載)

 

 この本はもう絶版になって久しい本だ。出版されたのは1967年。まだ太平洋戦争が終わってから22年しか経っていない。終戦時20歳だった人もまだ42歳の働き盛りです。その時代の記録なので結構貴重ですね。実はこの本は編集されたものなので記事の初出はもっと早いです。全ての記事の初出は分かりませんが、岩下泉蔵「硫黄島特攻援護記」は昭和29年に初めて出版されています。

 1956年に「もはや戦後ではない」という言葉が流行しましたが、本書の記事が出版された時代は戦後9年目、上記のフレーズが流行る2年前です。1951年にサンフランシスコ講和条約の締結により日本は独立を回復し、1952年GHQの占領が終了します。その2年後に書かれた記事なので史料としてもかなり貴重なものですね。戦後に1冊30円で出されていた読み切りの各記事をまとめ、シリーズとして全24冊が出版されました。本書はその第1巻です。

 

目次

 

  1. 金沢秀利「空母飛龍と共に」
  2. 山川新作「急降下爆撃隊戦記」
  3. 赤松貞明「日本撃墜王」
  4. 藤田信雄「米本土爆撃記」
  5. 椿恵之「特攻天剣隊記」
  6. 足立次郎他「神雷部隊記」
  7. 岩下泉蔵「硫黄島特攻援護記」
  8. 羽切松雄「新兵器実験記」
  9. 木村八郎「空母を求めて」
  10. 森下久「戦艦大和と共に」

 

 本書の中で私がもっとも読みたかったのは、赤松貞明「日本撃墜王」だ。赤松氏はやたら人気があるようでwikipediaに異常に長い記事がある伝説の搭乗員だ。その赤松氏の貴重な手記である。この記事はある意味伝説の記事だ。赤松氏が言うには本人の撃墜数は350機で世界記録だという。日中戦争ですでに240機を撃墜していたとか。もちろん実際に240機を撃墜したら中国空軍は赤松氏一人で壊滅だ。

 しかし坂井三郎氏によると、エースと言われる人は有言実行型であり、むしろ大言壮語型から多くのエースが生まれたという(坂井三郎『零戦の運命』下P162)。日本のトップエースと言われる岩本徹三中尉も「空戦の腕も達者でしたが、口も達者で、いつも大風呂敷を広げていた」という(川崎浹『ある零戦パイロットの軌跡』P272)。

 実際、赤松氏も戦争末期、格闘戦では不利と言われる雷電でP51の75機編隊に単機で突入し1機を撃墜しており、これは戦後の調査で証明されている(ヘンリー・サカイダ『日本海軍航空隊のエース1937‐1945』P88)。伝説の南郷少佐を非常に高く評価していたり、当時の新聞記事の撃墜百機座談会などの引用があり、参加者に新人時代の岩本徹三三空曹や尾関行治一空曹等、のちに太平洋戦争で活躍する搭乗員の名前があったりと面白い。

 他にも世界でたった一人米本土爆撃をした藤田信雄中尉の回顧録もある。さらに戦艦大和の乗組員の手記や艦爆、艦攻搭乗員等貴重な記録が多く載せられている。羽切松雄氏や金沢秀利氏は著書があるがその他の手記はなかなか読むことができないものだ。随分前に買った本だが良い買い物をしたのだ。

 

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『孤独な戦闘機』太平洋戦争ドキュメンタリー第2巻
(画像は局地戦闘機雷電 wikipediaより転載)

 

はじめに

 

 本書は太平洋戦争ドキュメンタリーのシリーズ第2巻。このシリーズは「土曜通信社」という出版社から1954〜1962年まで刊行された戦記シリーズを24巻にまとめたものだ。戦後9年から17年までの間の手記なので内容がかなり生々しい。もちろん事実誤認も多いだろうがかなり貴重な資料だ。

 

目次

 

  1. 東京空戦記 厚木302部隊元海軍大尉 阿山須美雄
  2. 初出は1962年
  3. ツラギ夜襲戦 第十八戦隊司令元海軍少将 松山光治
  4. 1954年
  5. ビルマ隼戦記 飛行64戦隊元陸軍准尉 安田義人
  6. 1956年
  7. 七つボタン記 三重空予科練 西村由吉
  8. 初出は1962年
  9. 九九艦爆戦記 701空元海軍少佐 江間保
  10. 1954年(推定)
  11. 軍艦名取短艇隊の生還 名取高射長元海軍大尉 久保保久
  12. 零戦と共に 653空戦闘機隊 白浜芳次郎
  13. 初出は1962年
  14. 十八軍密林戦記 第九個定通信隊長元陸軍少佐 清水博
  15. 1956年
  16. 電探かく戦へり 連合艦隊司令部付元海軍大尉 立石行男
  17. 1955年

 

 

東京空戦記

 最初の手記は「東京空戦記」の著者は阿山須美雄氏となっているが、土曜通信社の戦記版は寺村純郎でクレジットされている。1962年〜1967年の間に養子に入るなり改名したりしたのだろう。旧軍の軍人は戦後養子に入ったり改名したりする人が多い。阿山氏もその一人だと思う。阿山氏は海兵71期で終戦時でもまだ経験では新人の域を出ないクラスだ。

 その阿山氏が指揮官として分隊を率いて戦うプレッシャーはすごいだろう。何せ部下はあの伝説の搭乗員赤松貞明中尉だ。阿山氏は赤松氏には気に入られていたようだ。厚木航空隊の戦記だが、空戦以外の搭乗員達の日常が面白い。B-29が接近中でも到着まで碁をやっている搭乗員など戦闘前でも意外とのんびりしている。当時の戦闘機は遅く上がるのは論外だが、早く上がり過ぎても燃料が無くなってしまう。

 その時間調整が新鮮だった。さらに雷電は事故が多く「殺人機」と呼ばれていたことは有名だが、その事故の中でもエンジンが飛行中に落ちてしまったことやプロペラのピッチが逆になっているというのがあったそうだ(P20)。

 

 

ツラギ夜襲戦

 第二のツラギ夜襲戦とは現在では第一次ソロモン海戦と言われる海戦である。日本軍の完勝だったが、輸送船を攻撃しなかったことが後に批判の対象になる。その海戦に司令官として参加した人の手記だ。まだこの時代は将官も存命だったのだ。

 

 

ビルマ隼戦記

 は著名な陸軍戦闘機搭乗員である安田義人氏の執筆によるもの。安田氏は『栄光 加藤隼戦闘隊』という本も出版されているので読んでみるといいと思う。この手記の部分も含まれているはずだ。安田氏が撃墜されて歩いていると前から支那兵(中国兵)がやってくる。お互いに武器を持っているがそのまますれ違うという戦場での奇妙な事件は面白い(P100)。

 さらに第64飛行戦隊、通称加藤隼戦闘隊の撃墜判定が参考になる。加藤隼戦闘隊では地面に激突したことを確認しない限り撃墜とは認められないという方針だったそうだ(P117)。近年、ビルマ航空戦を日本・連合国の史料を元に正確な彼我の損害を調査している梅本弘氏が第64戦隊の戦果報告はかなり正確であることを確認している。

 もちろん過大になっている場合もあるが、連合軍の戦闘報告と第64戦隊の戦果報告が完全に一致している場合もあったという(梅本弘『ビルマ航空戦』上P316)。

 

 

七つボタン記

 著者は乙種予科練21期生で航空機搭乗員として採用されたが飛行訓練をする間もなく特攻兵器(恐らく回天か海龍)への志願が募られた。歴戦の零戦搭乗員岩本徹三は特攻に対してはっきりと「否」と書いて提出したが(角田和男『修羅の翼』P344)、予科練の若い隊員達はむしろ特攻に熱烈志願が多かったようだ。

 これは意外であった。神雷部隊の隊員も特攻隊に編入して欲しくて大騒ぎをしたという(小野田正之「学徒出陣」『零戦虎徹』太平洋戦争ドキュメンタリー第4巻)。これは自分達は戦力にならないのでせめて体当たりをして役に立ちたいという気持ちから来ているようだ。しかしやはり飛行機乗りには未練があったようだ(P160)。

 

 

九九艦爆戦記

 急降下爆撃隊の著名な搭乗員江間保少佐の手記。ラバウルでの204空宮野大尉の印象が興味深い。江間氏は宮野大尉の二期上なので同時期に兵学校に在学していたが宮野大尉のことは記憶になかったという。兵学校の同期の間では明朗快活で目立った存在であったようだが(神立尚紀『零戦隊長 宮野善治郎の生涯』)、先輩から見た場合、あまり目立つ存在ではなかったようだ。しかし前線では勇猛果敢が全軍に響いていた(P178)。

 さらに戦死が日常茶飯事である前線では、遺品整理役というのがいたらしい。それは戦闘に出しても役に立たない者を充てるという。こういうことも実際にその場にいた人間しか分からないものだ。江間氏は『急降下爆撃隊』という本を上梓しているのでそちらの方が詳しいかもしれない。

 

 

軍艦名取短艇隊の生還

 名取短艇隊といえば松永市郎氏が有名である。松永氏の『思い出のネイビーブルー』は読んだことがあるが、ユーモアたっぷりで戦記物でありながら笑いながら読んだ。この松永氏と共に名取短艇隊での生還者の記録である。同じ事象を多角的な目で見られるのはよい。

 

 

零戦と共に

 最後の母艦戦闘機隊搭乗員、白浜芳次郎氏の手記。白浜氏は『最後の零戦』を上梓している。白浜氏は水上機搭乗員から転科してきた零戦搭乗員だ。最終階級は飛曹長で操練56期出身。中川健二大尉の思い出が印象的だ。細かいところに気が付く人格者だったという(P252)。中川大尉は海兵67期で有名な笹井醇一少佐と同期だ。この67期は開戦直前に部隊配属され、多く戦死したクラスだ。因みに海兵70期の香取穎男大尉のあだ名は「ブウちゃん」だったそうだ(P261)。

 

 

十八軍密林戦記

 これは非常に生々しい手記だった。陸軍のニューギニア戦線での話でまさに生き地獄の世界だ。補給が断たれ、そこらへんに日本兵の白骨が転がっていたという。夜になるとあちこちで炸裂音がし、探すと絶望した兵士の自決体があったという(P296)。さらに極度の食糧不足から食人まで行われたという。その光景が詳しく書かれている(P311)。

 

 

電探かく戦へり

 こちらは海軍の技術士官の手記。電探の専門家だった方だ。ドイツの駐在武官から新兵器電探の情報が送られてきてわずか半年で製品化したという(P322)。当時の日本の電気技術は理論面では諸外国に決して劣ったものではなかったという。そして日本最初の電探は千葉県勝浦灯台付近に昭和16年11月に設置された(P327)。さらに伝説の殺人光線についても触れている。殺人光線とは強力な極超短波を発射してその電磁界の作用によって航空機の発動機の点火栓の火花を消し止めて墜落させようというものであったそうだ(P358)。

 

さいごに

 

 やはりこの太平洋戦争ドキュメンタリーのシリーズはすごい。戦争後すぐの戦記なので当事者の記憶がまだ鮮明なのだ。戦争の生々しさが伝わってくる。現在の平和の中に生きている私達が戦争のリアルを感じられる数少ない書物だ。

 

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 私は以前から潜水艦にすごい興味があったので、潜水艦関係の書籍を探していたのだ。しかし潜水艦の本というのは大戦中のものが多く中々私が望んでいるような現代の潜水艦の能力や運用についてのものはなかった。確かに潜水艦というのは機密の塊だ。所在も機密であるし機能も機密が多い。おまけに気密もしっかりしないといけない(あまり面白くないですね(;^_^A)。

 古い潜水艦戦記も面白いのだけどやはり現代の潜水艦の能力が知りたいと思っていた私にとって本書はまさにドンピシャ!だった。中村秀樹氏は元海上自衛隊の潜水艦長だった人だ。経歴から見ると、潜水艦に関しては中村氏より詳しい人は日本にはいないんじゃないかと思う。内容はさすがに何もかも書いてある訳ではないが、普通の人が全く知らない世界なので機密に触れない範囲であっても相当に面白い。

 潜水艦が本気になって隠れると水上艦艇や航空機によって探し出すのはほぼ不可能だということや潜水艦は機雷敷設から陸上基地攻撃、対空戦闘に至るまでやろうとすれば何でもできるという。まさに無敵の兵器だ。私は旧軍の潜水艦のそれも中途半端な知識しかないので、現代の潜水艦が艦艇の中で最速の乗り物だということも本書で知った。

 原子力潜水艦に至っては40ノット出るものもあるという。さらに実は潜水艦の中は臭いとか食事が非常においしい等、潜水艦よもやま物語という感じの体験者でしか分からないエピソードもあって面白い。著者は本書の1/3くらいのところから何かが吹っ切れたのか、突然文章に冗談やらシャレが頻発し俄然面白くなる。軍事関係の本なのだけどあまりにも面白くて止まらなくなってしまった。

 海軍士官は冗談やシャレがうまいのだなぁと思ってしまった。あまりにも面白いので読みながらついニヤニヤしてしまう。一人でニヤニヤしながら潜水艦の本を読んでいる私は相当不気味だったと思う。中村氏は幕僚まで勤めた海自の幹部。海自の潜水艦運用の問題点や水上艦艇や航空隊まで含めた海自の問題点まで言及している。

 

自衛隊の欠点を率直に述べる姿勢

 

 実は問題点というのを通り越して海上自衛隊の内情暴露に近い。私自身、元自衛官として陸上自衛隊が見掛け倒しの軍隊であることは分かっていたが、海上自衛隊も同様だったというのは衝撃であった。護衛艦にはミサイルが全数満載されている艦がない事や補給すべき予備のミサイルもないことを暗にほのめかしている。そして海自護衛艦隊を壊滅させる方法まで書いてしまっているのだ。

 さらに自衛隊自慢のミサイルも実戦では敵とそれ以外(戦闘区域には中立国の船もいる)の識別が現実的には不可能であること。撃ったとしても命中率は一般に想像している以上に低いことなども本書によって知ることが出来た。ここまで書くというのは驚きだった。こういうことを「自衛隊をディスってる」と見るのは完全な間違いだ。著者は恐らくかなりの覚悟を持って本気で自衛隊を良くしたいと思っているのだと思う。

 退官したといっても防衛省自衛隊との人間関係はあるし圧力もかかるかもしれない。それでもここまで書いたのはすごい。本書はユーモアに包まれた中に著者の凄みを感じた。

 

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渡辺洋二 著
潮書房光人新社; 新装版 (2012/8/1)

 

 日本の航空戦史研究の第一人者である渡辺洋二氏のドイツ航空史に関する著作だ。渡辺氏は日本の航空史研究で有名だがドイツ航空史に関しても多くの著作を執筆している。本書は大戦末期に生産されたドイツのジェット戦闘機Me262について書かれた本だ。著者の本は文献や当事者へのインタビューを元に書かれており信頼性はかなり高い。その渡辺氏が書いたものなので信頼性は高いと思う。

 ドイツ航空史の正しい知識を得られる貴重な本だ。Me262はジェット戦闘機として開発されたが、ヒトラーが爆撃機型を望んだために戦闘機型の生産が遅れてしまった。Me262は速度が最大の特徴であるが、爆撃機として重い爆弾を搭載した場合、速度は大幅に落ち、撃墜される確率も高まる。

 さらに速度が速くなりすぎ命中精度が落ちるために急降下爆撃は不利であり、緩降下爆撃しかできず、それも命中精度は低くなってしまう。Me262は爆撃機には向かないのだ。しかし、最後にエースとしても有名なガランド中将がエースパイロットを集めて第44戦闘団を編成しドイツ空軍の最後を飾ることとなる。

 おおまかにMe262のストーリーを書くと上記のような感じになるが、それ以外にもプロペラ機の速度の限界についての話などは面白い。プロペラとピストンエンジンの組み合わせはプロペラの回転速度が速くなれば速度は増すが空気の圧縮性のために推進効率は落ちていく。プロペラ機の速度の限界は800/h前後であるという。こういう情報は意外と戦記物や航空機関係の本にはあまり書かれていないので勉強になった。

 さらにドイツにも「エルベ特別隊」という空対空特攻隊があったという。これはBf109の携行弾数を半分にし、敵重爆に機銃を撃ちながらそのまま体当たりするというものだ。さらにドイツのトップエース、エーリッヒ・ハルトマンもMe262への転換訓練を受けたがハルトマンの希望により元の第52戦闘航空団に戻ったなど興味深いエピソードが書かれている。

 私が一番驚いたのは渡辺氏は二度、ガランド中将に手紙を出して直接疑問点を訊いていることだ。ガランド中将は見知らぬ質問者の手紙に対して折り目正しい返書がきたという。古い本だが戦記物は新しい本がいい本とは限らない。何せ対象にしている時代はもっと古いのだ。逆に昔の本の方が同時代人が多く存命であり、良質の情報で書かれている場合もある。ドイツ航空戦史に興味のある方は必読だろう。

 

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 ほとんど注目されることのない特殊潜航艇についての本。著者は元海上自衛隊の潜水艦艦長でこれ以上ない位の潜水艦の専門家である。本書はまず潜水艦の能力の評価の基準を説明し、その基準に特殊潜航艇がどれほど当てはまっているのかを検証する。私は特殊潜航艇というのは二人乗りの小回りの利く水中モーターボート位のイメージを持っていたが実際は舵の効きが悪い上に視界も悪く通信手段も乏しいという搭乗員には残酷な乗り物だった。

 特殊潜航艇、甲標的は改良が加えられる毎に性能が良くなっていくが、最後まで搭乗員生存率の低い危険な兵器であった。甲標的は真珠湾攻撃、シドニー攻撃、マダガスカル島攻撃、ガダルカナル島、フィリピン、沖縄戦で使用される。甲標的は、推進器の前に舵があるという構造上の理由から舵の効きが悪い。このため港湾攻撃のように精密な操艦が求められる攻撃は不得手であった。真珠湾攻撃は著者の判断では全部失敗、海兵68期の酒巻少尉が捕虜になった以外は全員死亡した。

 実はこの時、著者の見解とは異なるが、特殊潜航艇は全艇が真珠湾内に侵入し、そのうち一隻が放った魚雷が戦艦に致命傷を与えたという説があるのを紹介しておく。この真珠湾攻撃時、甲標的の一隻が米駆逐艦ウォードにより爆雷攻撃を受けている。これが実は南雲機動部隊が真珠湾攻撃を行う前だったという。先制攻撃をかけたのは米軍だったというのは驚きだった。

 シドニー攻撃、マダガスカル攻撃では戦果を上げたが搭乗員は生還しなかった。舵の効き以外にも特殊潜航艇はトリムの調整が難しい上に魚雷を発射するとさらにバランスを崩す。荒れた海では視界も確保できなかった。唯一、特殊潜航艇の能力が十分に発揮されたのはフィリピンでの戦闘であった。フィリピンでは特殊潜航艇の司令官が特殊潜航艇の特性をよく理解しており、戦闘も内海で行われた。結果、搭乗員の生還率は高まり、何度も出撃することができた。

 本書ではその他、回天や運貨筒にも言及するが、どれも生還率が低く(回天に至っては皆無)ほとんど特攻と変わらないものだ。潜水艦搭載の零式小型水偵にも言えることだが、これらの兵器はあまりにも搭乗員の命を軽視し過ぎだろうと感じた。特殊潜航艇は本土決戦のために各地に温存されたが、特殊潜航艇に期待をかけるほどに日本海軍の戦力は払拭していたといえる。だが、この温存された特殊潜航艇が仮に本土決戦が行われたとして活躍したかというと微妙だ。あたら若い搭乗員の命を消耗するだけでなかっただろうか。

 

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 著者は元海上自衛隊潜水艦艦長であり、本書は特に日本海軍の潜水艦の歴史についてほぼ網羅されているといっていい。私は正直、現代の潜水艦の運用方法や長所短所を知りたくて本書を購入したのだが、amazonポチっのよくあるパターンで、内容が全く違っていた。

 しかし、読み進めていくうちに本書はまた充実した内容であることが分かった。本書は前半と後半に分かれており、前半は日本海軍の潜水艦運用史といっていい。後半はそこから引き継いだ海上自衛隊の潜水艦を含めた全般的な問題点について書いている。私はてっきりハードカバーの本の文庫化かと思ったが、本書は文庫として書き下ろしたそうだ。私が勘違いしたのはそれだけ内容が充実していたからだ。

 前半の日本海軍潜水艦史は徹底した史料調査により「第○○号はどこでどういう行動をとった」というような細部まで書かれている上に、甲標的、回天、運貨筒まで詳述されている。さらに伊400型潜水艦と晴嵐攻撃機の能力と必要性についても言及するなど潜水艦関係は網羅されている感がある。この前半部分だけでも資料としては十分に価値があると思う。しかし著者はこれを資料としてのみ提示したのではない。この大量のデータを元に日本海軍の潜水艦戦の問題点について追及していく。

 日本海軍の潜水艦戦は戦前から敵艦隊の漸撃が目的であり、太平洋戦争(著者は大東亜戦争と称しているが、私は違和感があるので太平洋戦争と書く)開戦後、その戦術が実際の潜水艦の個性に合わなくなっているにも関わらず対艦隊戦という思想から脱出することが出来なかったという。そうなった理由というのは潜水艦隊司令部に潜水艦の専門家がほとんどいなかったことを指摘している。そのため戦略・戦術ともに素人が口を出し、本来の潜水艦の個性を大幅に削ぐ結果となったという。

 その極端な例が竜巻作戦や伊400型潜水艦による米本土空襲計画だという。竜巻作戦とは潜水艦に特四式内火艇を乗せ環礁をキャタピラで乗り越えて環礁内に潜入しようというものだ。特四式内火艇の性能不足で取りやめになったという。伊400型潜水艦は有名だ。伊400型は艦内に水上攻撃機晴嵐を3機搭載することができる。本来の計画はこの潜水空母を使用しての米本土爆撃だったという。しかし数十機の晴嵐が米本土に攻撃をかけたとしても米国の国力から考えてもほとんど意味がなかっただろうとしている。

 その他潜水艦を知らない上層部が行った作戦の多くは、潜水艦の運用自体が潜水艦の個性を殺すもので実際、多くの潜水艦が大きな戦果を挙げることなく沈んでいった。前半部分では日本海軍の潜水艦運用の問題点を指摘した上で現在の海上自衛隊ではそれはどう改善されているかを検証する。結果、より悪くなっていると結論付ける。この海上自衛隊の問題点の指摘はやはり元海上自衛隊幕僚であり、潜水艦長の著者の真骨頂だ。

 驚くほど多くの問題があることが判明する。多くのミリタリーファンが読んだらあまりの世間の情報との落差に著者の頭を疑うんじゃないかとすら思う。世間にアピールされている最新鋭護衛艦を筆頭にした精鋭のイメージとはうらはらに、現実の海上自衛隊は多くの問題を抱えていると指摘する。詳細は本書を読んでもらえば分かると思う。私は基本的に本は流し読みをする。読む本が多すぎて熟読していると時間がいくらあっても足りないのだ。本書も前半部分は割と流し読みだったが、後半の最後になるにつれどんどん読むペースが遅くなってきてしまった。

 本書が出たのが2006年、そこから現在までの間に多少でも改善されていて欲しいものだ。本書を読んで著者中村秀樹氏の著書を何冊か読んでみようと思った。

 

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ルーカ・ルファート、マイケル・ジョン・クラーリングボールド 著
大日本絵画 (2016/2/1)

 

 本書はイタリア人ルーカ・ルファート氏、オーストラリア人マイケル・ジョン・クラーリングボールド氏によって書かれた太平洋戦争初期のラバウル周辺の航空戦の実態を調査したものだ。近年、この種類の著作が多く出版されているが、本書はポートモレスビーで育った著者がその地域で起こった戦闘を調査するという地域史的な要素を持つ異色のものだ。

 オーストラリア人の著作であるため、連合国軍側の視点で描かれていると思っていたが、読んでみると、著者は日米豪それぞれの国のパイロット達に対して非常に尊敬の念を持っていることがわかる。これは客観的に書いてるというよりも、どちらの陣営のパイロットに対しても主観的に愛情を持って書いていると感じた。特に海軍航空隊の二空艦爆隊が無理な攻撃に出撃させられたことに対して大変厳しい調子で海軍の上層部を批判し、その無謀な命令に服従し、死んでいった二空の搭乗員達を「勇者」と呼んでいることからも分かる。

 読み進めていくと、ラバウルの夜の王者として有名な工藤重敏氏の九八陸偵での三号爆弾を使った有名な初撃墜の戦果が全く誤認であったことなども分かる。梅本氏の著作でも三号爆弾の戦果というのはほとんど無いことが判明している(梅本弘『海軍零戦隊撃墜戦記2』)。やはりあまり効果の無いものだったのだろう。

 本書でもやはり実際の調査の結果、戦果は過大に報告されている。これはどちらの陣営に関してもそうだ。日本海軍航空隊の場合、平均して7倍程度に膨れ上がっているようだ。因みに本書中には「撃墜が公認された」という表現が頻出するが、海軍戦闘機隊では個人撃墜を公認する制度はない。調査の結果、戦果が確認された撃墜を本書では集計しており、最後に一覧表にしている。これはちょっと興味深い。戦果が確認された撃墜上位者は以下のようになっているようだ。

 

撃墜機数の上位者ベストテン
笹井醇一中尉 5.5機
太田敏夫1飛曹5.3機
坂井三郎1飛曹4.3機
西沢広義1飛曹3.9機
吉野俐飛曹長3.4機
山崎市郎平2飛曹3.3機
遠藤桝秋3飛曹3.1機
山下佐平飛曹長2.7機
山下丈二大尉2.5機
米川正吉2飛曹2.1機

 

 笹井醇一中尉の自称撃墜54機には遠く及ばないが著者が調査した期間での判明している撃墜数ではトップだというのが意外であった。私は当然下士官搭乗員がトップだと思っていたからだ。 ただこの測定法だと誰が撃墜したかわからない場合は協同撃墜になるため、指揮官として空戦に参加した回数が多かったから結果的に協同撃墜が増えたという見方もできる。

 近年何かと批判されている坂井氏も実際に4.3機の撃墜が確認されている。ネット上には「偽物」的な批判をする方もいるようだが、実際に戦闘に参加して戦果も挙げているのを忘れてはいけない。本書では外国人が日本の資料を調査する困難さも書かれている。日本語はそもそも複雑であり、その上、当時の記録は手書きでさらに草書で書かれていたりもする。自然、英語で書かれた日本側の記録を参照するようになるようだ。

 その結果、資料として、坂井三郎『大空のサムライ』の英語版『samurai!』が多く引用されているようだが、この『samurai!』は、かなり内容が脚色されていることが著者によっても指摘されている。余談ではあるが、この『samurai!』の出版にまつわる経緯については、神立尚紀『祖父たちの零戦』に詳しい。

 英語版になっている資料の少なさについては、イスラエルの歴史学者マーチン・ファン・クレフェルトですらも、著作中において、日本の特攻隊員は「そのほとんどが情熱的な若者であり、良家の出身であった。」というような誤った記述をしていることからも分かる(マーチン・ファン・クレフェルト『エア・パワーの時代』)。

 逆に考えれば日本語が分かるというのはそれだけアドバンテージがあるともいえる。最後はちょっと脱線してしまったが、本書は読み物としてじっくり読んでくよりもとりあえずざっと内容に目を通してその後資料として使うという使い方が一番良いだろう。良い本だ。

 

 

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 今日紹介するのは、「読むのが大変なんだけど面白い本」、梅本弘氏の航空戦の本だ。梅本氏は本書以外にも多くの航空戦を調査した本を執筆している。梅本氏の書著の何がすごいかというと、今までの戦記は彼我一方の視点、資料で語られるものだ。

 しかし、梅本氏は彼我の記録、戦記を調べ尽くし極力事実を描こうとする。私も昔、調べてみようかと思って挫折したのだ。敵味方が乱舞し、記録もあいまいだったり消失していたりするなかでの作業は多くの困難があるのは想像に難くない。

 近年は、インターネットのおかげでこういった調査をした書籍が少しずつ出てきているが、私が知っている限り、睫攅玄・ヘンリー境田著『源田の剣』と梅本氏の一連の著作が一番綿密に調査されていると思う。『源田の剣』は共著だが、梅本氏は単著でこの完成度なのは驚きだ。ただ、読むのは大変だ。調査報告書を読むようなもので、淡々と書いてあるので結構辛いw。ただし、書いてある内容は貴重なのである。因みに私はこの梅本氏のこの手の著作は全て入手している。

 それはともかく、『ビルマ航空戦』であるが、冒頭に海軍の撃墜王坂井三郎氏とのやり取りが登場する。坂井氏曰く「空中戦の戦果というのは、まァ、そのほとんどが誤認ですね」だそうだ。そう、私も古くは秦郁彦の調査、そしてこの梅本氏の調査で完全に首肯できることだが、当の「撃墜王」が言ってしまうところが面白い。坂井氏のファンがなぜ多いのかが分かるエピソードだ。

 私は基本的に海軍の搭乗員に非常に興味があるので、本書の前半部分にある南雲機動部隊のコロンボ空襲の実際の戦果というのに興味を持った。日本側の戦果判定は撃墜51機ということになっているが、イギリス側の実際に撃墜された機数は28機であったという。

 初戦期の日本の搭乗員は選抜された上に少数精鋭の厳しい訓練を受け、尚且つ日中戦争で豊富な実戦経験を持っていた。その上、母艦戦闘機隊というのはその中でも特に練度の高い搭乗員で編成されていたのだ。それをもってしても1.8倍に戦果が膨れ上がってしまう。因みにこの空襲には私の憧れの岩本徹三一飛曹も参加している。まあ、これは本書には関係ないが。。。

 この戦果判定に関してはあの加藤隼戦闘隊、64戦隊は厳格だったようだ。梅本氏の調査の結果、64戦隊の戦果判定と実際の連合国軍側の損害がピッタリ一致していたことが数度あったそうだ。撃墜判定については、陸軍搭乗員の井上氏も著者とのインタビューで言及している。

 

戦後、英国に行って記録を見せてもらったら、向こうは撃墜の記録を誰がどこで何時何分に落としたって、時間まで全部、表にしている。日本は、本人が落としたって報告するだけでしょ。色々な出版物にはずいぶん落としたようなことが書いてあるけど、日本の戦果はちょっとオーバーだね。実戦を経験した人間が段々少なくなってるから、そういう疑いを抱く人も少なくなってるんじゃないかな。
(井上尚之元陸軍大尉「ビルマ上空一式戦の苦闘」 梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 また以前にも記事に書いた「ブラックドラゴン飛行隊」がまた登場する。このブラックドラゴン飛行隊というのは、「ガダルカナルから来た精鋭六機の零戦隊で指揮官は黒塗りのメッサーシュミットBf109に乗っている」そうだ。これは連合国軍側の証言だが、もちろん日本にそんな部隊はない。極限状態のパイロットの心理状態とみると面白い。

 本書で私が一番驚いたのは、一式戦闘機隼が第二次世界大戦の最高傑作機といわれるP51をちょいちょい撃墜していることだ。

 

11月2日に落としたモスキート、23日のスピットファイア昂審1機につづいて、25日にP51A型2機、27日にはP38J型2機、P51A型を4機撃墜、28日にまたP51A型1機を撃墜。こうしてビルマの一式戦部隊は、18年後半の雨季明け直後、連合軍が次々に投入してきた新鋭機を、いずれもその初交戦で、ほぼ、一方的に撃墜していったのである。
(梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 性能的には圧倒的に劣っているはずの隼がP51と互角に戦い時には撃墜さえしたという。しかしやはり機体の性能の違いというのは圧倒的だったようだ。それは整備を担当した方が証言している。

 

後で鹵獲したP51なんて、露天に雨ざらしにしておいてもセルモーター一発で始動だからねえ。整備も、燃料とオイルを補充するだけだから、現代の自動車並だ。
(梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 これに対して隼はというと、尾輪やプラグはすぐに壊れる上に野ざらしにもできず整備員は大変だったようだ。64戦隊が活躍した背景にはこういった整備員たちの苦労があったことも忘れてはならない。他にも、日本軍の7糎阻塞弾発射機が意外に効果があったことや、鹵獲したP-40で編成されていた50戦隊特殊戦闘隊というのがあったこと、64戦隊には第4中隊があり三式戦が配備されていた等、今まであまり知られていなかった事実が書かれている。そして損害調査の結果、彼我共に誰にも知られることなく消えていった偵察機の存在も知ることとなる。

 

8月24日のB24、9月10日と、13日のF5A、22日のB24、10月26日のB 24、11月2日のモスキート、そして3機の百式司偵。両軍とも偵察機は、敵地の奥深く、常に単機で出撃、その孤独な死を味方の誰にも知られることなく、かき消したように姿を消し、永遠に戻らなかった。
(梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 本書も含め、梅本氏の著作は彼我の記録、戦記だけでなく、海外の研究者との情報交換、生存者へのインタビュー等から空戦を再現しているかなりの労作だ。どれも普通の感覚ではかなり高価な本だが、内容から見れば格安だと断言できる。

 

 

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エドワード・ルトワック 著
文藝春秋 (2017/4/20)

 

 本書の著者は イスラエルで第四次中東戦争に参加したアメリカのシンクタンクに所属すると各社である 本当の役をしている 奥山真司氏の 師匠にあたる人のようだ。本のタイトルはかなり挑戦的だが、内容はもっと挑戦的だ。戦争には武力介入をするなという内容である。戦争に武力介入をすることによって戦争を長引かせてより多くの殺戮を産むことになると著者は指摘する。

 なぜならば戦争に介入に入ることで戦力が拮抗してしまい戦争状態が長引いてしまう。もしも仲裁に入らなければ勝敗がはっきり決まり負けた方は別のところに行く。そこでまた生活を始めて争いは終わることになる。しかし介入することによってその状況はどうすれず戦争がいつまでも長引くことになるというのが著者の主張である。本書はそれ以外にも日本の情勢についても述べており尖閣諸島に警備員を配置することや数々の提案を行っている。

 戦国時代の武田信玄と徳川家康の対比を論じているのも面白い。日本の武将にまで知識が及ぶ著者の教養の広さが見て取れる。内容的には面白い本なので一読をお勧めする。

 

 

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クリストファー・ショアーズ、ブライアン・カル・伊沢保穂 著
大日本絵画 (2001/12)

 

 本書はイタリア人ルーカ・ルファート氏、オーストラリア人マイケル・ジョン・クラーリングボールド氏によって書かれた太平洋戦争初期のラバウル、ラエ周辺の台南空と連合軍の航空戦の実態を調査したものである。ソロモン航空戦まではカバーしていない。

 近年、この種類の著作が多く出版されているが、本書はポートモレスビーで育った著者がその地域で起こった戦闘を調査するという地域史的な要素を持つ異色のものだ。オーストラリア人の著作であるため、連合国軍側の視点で描かれていると思っていたが、読んでみると、著者は日米豪それぞれの国のパイロット達に対して非常に尊敬の念を持っていることがわかる。

 

 やっと読み終わった586ページとにかく長かった。。。それも基本的に内容が調査結果の報告書のようなものなので淡々と時系列に沿って書かれており読むのに結構骨が折れた。ただ内容は値段相応の価値は十分にある。本書は1941年から1942年2月シンガポール陥落までの連合国軍側から見た第二次世界対戦のアジア 南方航空戦だ。

 私は今までずいぶん戦記ものを選んできたが 連合軍側からの記録を読んだことはあまりなかったので新鮮だった。内容は時系列でまとめられ曜日ごとに区切ってあるので後で検索するときに分かり易い。これは読み物というよりも資料としての価値がある。基本的には連合国軍側から見た航空戦であるが、航空戦史の専門家である伊沢保穂氏が共同執筆者として参加しており、日本側からの記録も提供されているようだ。

 連合国軍側はアジアを軽視しており、二線級の航空機その他兵器を低い優先度でアジア方面に配備していったことが分かる。つまりは日本軍の快進撃というのは、物量と兵器の性能で勝っていたからこそのものだった。兵器の性能で勝っていたといっても連合国軍側は二線級の航空機を少数しか持っておらず(B-17はあった)、それも大半を地上で撃破していた。

 

太平洋戦争初日フィリピン島クラークフィールド地区に米軍機の主力がいたんですが、その大半を日本は地上で潰した。後の残りカスを圧倒的な数の差で押し潰していったのが最初の半年でそれ以降はむしろちょっと負け気味です。
清水政彦・渡邉吉之『零戦神話の虚像と真実』

 

 本書を読むとこの清水氏の指摘が的確であったことがわかる。日本の戦闘機搭乗員の手記などを読むと、この初戦でのフィリピン航空撃滅戦は日本軍の圧倒的勝利で、撃墜戦果も圧倒していたように思われがちだが、それらの戦果の多くは誤認であった。日本人の私としては残念な気持ちはあるが、まあ、戦果が過大なのは昔から分かっていたことだ。むしろ、より正確に近い事実をしることができて良かった。

 全体的に梅本弘氏の著書に比べると航空戦の搭乗員が誰であったか等が若干大雑把な印象を受けるがこういった調査は時間と手間が極端にかかる。それに対して残念ながらニーズがそれほどないだろうからこういった調査をしてくれる人は貴重な存在だ。これからも続けて欲しい。出版されたら私は必ず買うので。

 

 

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ジェイムズ・スタヴリディス 著
早川書房 (2018/11/20)

 

 著者アメリカ海軍の高級軍人でNATO軍司令官まで上り詰めた人で現代のマハンと言われている人だ。本書は太平洋、大西洋、インド洋、北極海、南シナ海、地中海、カリブ海について過去の歴史から現在、そして今後のリスクやアメリカが取るべき戦略が書いてある。さすがにNATO軍の司令官まで務めた人物だけあって、海軍軍人としての豊富な経験と博識を随所に見ることが出来る。ただ、地政学というよりも海洋戦略を一般向けに語っているという内容と理解した方がいい。

 すなわち、地理的条件から戦略を考える地政学というよりも国際政治における海洋の過去現在未来の分析と考える方がいい。つまりはメインはあくまで海洋の歴史なので古典的な地政学とは若干趣を異にすると思う。悪い書き方をしてしまうと、単に海の交流史という見方もできないこともないし、著者の昔の思い出話という見方もできてしまう。海が生きているということは分かるが、理論的なものを知りたいと思ってる人にはちょっと物足りないかもしれない。

 しかし、アメリカの世界戦略を知りたいという人にとってはヒントになるかもしれない。だが、著者はアメリカ軍人なので当然といえば当然であるが、手の内を一部しか見せていないので今一つ読み応えのない作品になっている。残念。

 今話題の北朝鮮情勢についても意見を書いている。ここらへんは日本人としては気になるところだろう。ただ、内容が世界戦略についてなので、参考になる人は結構、特殊な仕事についている日とだろう。本書は基本的には国際政治・軍事の専門家が読むのが相応しい。

 

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坂井三郎 著
潮書房光人新社 (2003/5/14)

 

 私が零戦の搭乗員に興味を持つきっかけになった本!。。。ではない。私が零戦搭乗員に興味を持ったのは中学二年生の時に岩本徹三『零戦撃墜王』を西友の古本市で見つけたのがきっかけだ。学校にある図鑑に胴体に桜の撃墜マークをたくさん描いた零戦の絵があり、「撃墜200機以上」の〇×△の機体と書いてあった。古本市でたまたま岩本徹三『零戦撃墜王』を発見して、図鑑にそんな絵が描いてあったなーなんかこの人っぽい(著者〇×△氏。もちろん1回図鑑を観ただけで名前を記憶できる能力は私にはない)と思い、購入。これが零戦搭乗員に興味を持ったきっかけだ。

 その後、徐々に興味が広がり、他の搭乗員の本も読むようになった。まあ、これは高校を卒業してからなのでだいぶ後だ。タイミングが悪かった。ちょうどその時は戦後50周年ということで多くの搭乗員が本を出版していた。搭乗員自体もまだ70〜80代で健在だった。私はどんどんはまり込んでいったのだ。

 その中に坂井氏の著作もあった。『零戦の運命』『零戦の真実』『零戦の最期』の三部作は全てリアルタイムで読んでいる。しかし何故か『大空のサムライ』は読まなかった。当時の私は正直言って零戦搭乗員の撃墜数を知りたかったのだ。坂井三郎氏の撃墜数は64機というのは有名だ(まあ創作なのだが。。。)。なので敢て記録を読み解いてみる必要もないという訳だ。

 まあ、そうはいっても著名な搭乗員、一度は読んでみなければなるまいと思い、結構後になって読んだのが『大空のサムライ』だ。恐らく2000年代に入ってからだと思う。感想としてはまあ、想像通り。当たり前だ。それ以前に私は坂井氏の著作というのは沢山読んでいる。書いてあることは知っていることばかりだ。

 ただ、私は今一つ他の著作と比べて面白くは感じなかった。理由は全体的に文章がきれいでスマートなのだ。登場する搭乗員も他の著者のものだとそれぞれ戦後、本を上梓している搭乗員が同じ部隊にいてそれぞれ名前が確認できたりとそれなりに関係があるのだが、『大空のサムライ』に至ってはほとんどそれがなかった。

 何か別の世界の話のような気がした。これも私が興味を持てなかった理由の一つだった。最近になって本書はゴーストライターが書いたものだと知った(神立尚紀『祖父たちの零戦』)。ただ、内容はフィクションを多少含むがほとんどは事実のようだ。ただ、有名な敵基地上空での編隊宙返りはどうも眉唾物だという。しかし比島で一時的に捕虜になった陸攻搭乗員達が司令部の命令で敵基地に体当たりさせられるというエピソードがあったがこれは事実であったようだ。

 これは戦史家の森史朗氏が『攻防―ラバウル航空隊 発進篇』という著書の中で詳しく調べている。ゴーストライターが書いたとはいえ、坂井氏に無断で書いている訳ではないので坂井氏の著書と考えていいと私は思っている。零戦搭乗員にあまり興味はないが、零戦に興味があったり戦史に興味があったりする人の入門書としては良いと思う。まず藤岡弘主演『大空のサムライ』から入ってそれから原作という順番がいいかな。

 

 

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渡辺洋二 著
大日本絵画 (2004/12/1)

 

 以前に購入したが中々読む機会がなかったが、最近、やっと時間が取れるようになったので読むことができた。あとがきを読むと分るが渡辺氏渾身の作品だ。今後、これ以上のものは書けないとまで書いている作品だ。内容は夜間戦闘機の開発から南方での初戦闘から終戦までという全てを網羅している。基本的に夜間戦闘機月光戦記となってしまっているが、そもそも活躍した夜間戦闘機が日本では月光くらいしかないので仕方が無い。

 ただ、そうはいっても零夜戦(零戦の夜戦型)、彗星夜戦、彩雲夜戦、極光等の夜間戦闘機も(多分)分かる限り網羅されている。夜戦に乗っていた搭乗員達の姓名、戦果等も詳細に書いている。あまりにも詳細過ぎて一般受けはしないだろうことは容易に想像できる。結果、本体価格4600円というこの手の本としては結構な値段である。ただ、本当に戦史に興味がある人や夜間戦闘機を調べたい人には理想的な本だ。逆にいえばこれしかない。

 通常の昼間戦闘機の空戦は撃墜を確認するのが難しいが夜間戦闘機の特徴としては対大型機であることと敵夜間戦闘機以外の敵戦闘機に襲われることをあまり心配しなくていいことから撃墜するまでを確認している場合が多い。さらに基地上空での空戦であることが多いため地上からの目撃情報があり夜戦の撃墜戦果というのは結構アメリカ側の記録と照合しても合致している場合が多い。

 戦果としては1945年5月25日の倉本十三、黒鳥四朗ペアの一夜で5機を撃墜したのが最大のものだ。この撃墜は全て地上で確認されたようだ。因みにこの爆撃を行ったのは第21爆撃機兵団でこの日の損失は26機だったという。これは最大の損害だったようだ。因みに実は爆撃機というのはかなり損害が多い機種だ。日本では無敵のB-29の印象が強いかもしれないが、それでも確か100機以上が日本機に撃墜されているはずだ。

 機体の性能が欧米に劣る日本空軍でさえこれだけの損害を与えている。ヨーロッパ戦線では爆撃機の損害はもっと多い。まあ、これは余談として。。。この本を読んで。。。というか戦記を読むと毎回思うのがやはり当時の日本の技術力の低さだろう。航空機用エンジンの馬力の弱さ、レーダーを始めとする科学技術の弱さである。

 当時の人々はその中で最大限の努力をしているだけに、基礎技術の弱さというのがむしろ目立ってしまう。それと本書を読んでいて感じたのが搭乗員以外の地上員の重要さである。戦争末期に地味に活躍した芙蓉部隊は主に彗星を装備していた。彗星は整備が難しく(エンジンの構造の複雑さ以外にも工作の悪さという原因もあった)、配備されている機体に対して使用できる機体の割合である稼働率は低かった。

 しかし芙蓉部隊の彗星は稼働率80%という驚異的な数字を記録したのだ(厚木航空隊の彗星の稼働率は50%以下だった)。日本軍は人命を軽視していたというのは周知のことであるが、太平洋戦争後期になると搭乗員の不足から熟練搭乗員は宝石のような扱いを受けた。外地に残された者は潜水艦までを動員して救出した(二式大艇操縦員の長峯五郎氏も外地から潜水艦で救出されている『二式大艇空戦記』)。しかし整備員の多くは救出されることなく飢餓や戦闘で死んでいった。

 結果、航空機の稼働率が下がり日本空軍の戦闘力を弱めることとなったのは記憶しておくべきだろう。同時に後方支援やその背後の技術や人的リソースというものが戦争の勝敗を決するという事実も忘れてはならない。

 

 

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 本屋の定期パトロールをしていた時に発見、購入してしまった。私が期待していた内容は、東京都多摩地域の防空体制と生産工場等の詳細な情報であったが、内容は基本的に多摩の工業の変遷であった。軍事関係の本だと思っていた私はちょっと肩透かしを食らってしまったが、そもそも私が勝手に期待しただけなので著者は別に悪くない。

 内容は多摩の産業の変遷について多くのページが割かれている。立川に陸軍の飛行場が出来て、それに関連して各飛行機会社が工場を建てる、さらにその部品会社が集まり「空都」となったという内容。まあ、その流れに意外性はない。それを明確に書いたことが本書の価値かな。メッセージ性は非常に弱い。郷土史のようだった。

 因みに私がどうしても本書に食いつきが悪いのは私は生まれも育ちも多摩なのだ。多摩地区に軍の工場が密集していたことは子供の頃から聞いていたからかもしれない。よく「あそこの○×株式会社は中島飛行機の部品メーカーだったんだよー」とか言われた。その中島飛行機のエンジン工場が多摩にあったということが分かったのは収穫だった。戦前、戦中の航空産業を調べる時には役に立つかもしれない。

 

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神立尚紀 著
潮書房光人新社 (2016/2/19)

 

 著名な海軍戦闘機搭乗員、宮野善治郎氏の生涯を追いかけた本である。著者は元海軍搭乗員との交流が深い神立氏である。著者は偶然にも宮野氏と同じ高校の卒業生であるという。因みに私が宮野善治郎大尉について知ったのは、だいぶ前(多分1990年代中盤頃)に読んだ『ラバウル空戦記』であった。204空搭乗員の生存者が中心となって執筆された本であるが、その中で宮野善治郎大尉の人望というのが非常に印象に残っていた。

 ということで読んでみたのだが、とにかくボリュームが凄い。700ページ以上の大著だ。それもそのはず、執筆には11年かかっているという。内容は史料を丹念に調査しているのがよく分る。さらに当時の生存者の証言が多く掲載されている。この証言は今後はさらに貴重になってくるだろう。宮野大尉の幼少時代から戦死に至るまでのことを詳しく書いている。元々はあまり目立たない少年だったようであるが、兵学校で鍛えられ立派な青年士官となっていった。

 本書は宮野氏以外にも同時期に同じ場所にいた人々の手記や証言を織り込むことで立体的、相対的で内容の濃い作品となっている。実際に宮野氏にはあったことがないので(当然だが)、人となりは本書やその他書籍から知るしかないが、空戦後に下士官兵の宿舎に行き、一緒に酒を飲んでいる時のエピソード等からもその人柄が偲ばれる。

 死と隣り合わせの極限状態で人を惹きつける人というのはこういう人なのだろうと思ったと同時にこういう人が上司だったら仕事のモチベーションも上がるのかな。。。とちょっと考えたりしたが、この宮野大尉、現在の私よりもはるかに年下であったことに何とも言えない気持ちになったのであった。。。

 

 

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田中三也 著
潮書房光人新社 (2020/5/23)

 

 本書は数少ない偵察機搭乗員の戦記である。著者田中氏は甲種予科練5期生として採用され、戦中はほぼ戦場で過ごした。戦後は海上自衛隊に入隊し、搭乗員としての人生を歩み続けた。2017年現在、田中氏は恐らくご健在であろう。本書の内容はまさに衝撃的だ。田中氏は水偵偵察員として実戦に参加、その後艦偵偵察員として数々の危険な偵察を遂行する。

 フィリピンでは航空機を失い、逃げのびた挙句に特攻隊に志願し、それも偶然が重なって内地に帰還できた。本当に命からがらという表現がぴったりだ。その後は有名な三四三航空隊の偵察員として数多くの空戦を生き延びた。搭乗員の戦記というとどうしても戦闘機搭乗員の戦記が人気だが、偵察機搭乗員の記録というのは貴重だし、その経験はもっと貴重だ。

 本書を読んで感じるのは本当に良く生き残ったものだということだ。読んでみればわかるが著者の参加した作戦は本当に生還率の低いものだ。そして戦争の末期にはタイトルの彩雲に登場することとなる。彩雲はやはりかなりの俊足だったようで戦闘機に追跡されても振り切って逃げている。

 最近は戦闘機搭乗員の戦記を読みつくしてしまい、その他航空機搭乗員の戦記を読み漁っているが、戦闘機搭乗員と違い、華はないが、凄まじい修羅場をくぐり抜けていることは同じであった。一般に戦記を読む人はかなりの少数派であるが、戦争を知るために戦記を読むことは重要だと感じた。私はもちろん戦争経験者ではないが、本を通して何分の一かでも体験を知ることができる。

 

 

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槇 幸 著
潮書房光人新社 (2017/2/1)

 

 書評では初めての潜水艦戦記だ。このブログの【書評】という書き方だけど、私は今ひとつ気に入らない。何となくどのブログも【書評】と書いているので【書評】と書いてしまったが、私は感想を書いているだけでその本を「評価」したり「論評」したりしている訳ではない。まあ、それはいいとして、本書は伝説の潜水艦伊25号の航海記である。伝説というのはこの伊25号搭載の零式小型水偵が世界で唯一アメリカ本土を爆撃したからである。

 伊25号は開戦直前の1941年10月に就役した最新鋭艦である。開戦時には真珠湾に配備される。その後、アメリカ本土に接近し、さらにクェゼリン環礁で補給を受けそのままシドニーの偵察を行うという地球を股に掛けた活躍をする。世界で唯一アメリカ本土を爆撃した航空機を発進させた母艦であり、最後にアメリカ本土に砲撃をした艦艇であり、日本で唯一ソビエトの潜水艦を撃沈した艦である。

 因みにソビエトとは当時中立条約を結んでおり、条約違反ではあるが、アメリカ本土付近にいたという事実を隠蔽するためにこの事件は闇に葬られたはずだ。そのソビエト潜水艦が圧壊していく音を聴いて伊25号の乗組員達は自分達と重ね合わせ素直に喜べなかったという。

 クェゼリン環礁では日露戦争から太平洋戦争まで現役で活躍し続けた敷設艦「常磐」を目の当たりにする。敷設艦常磐であるが、その後も戦闘を生き延び、大湊で大破はしたものの撃沈されることなく終戦を迎えた。

 著者の槇氏は向学心が強く、戦争中も日記を書き読書をしていたという珍しい人だ。本書もその日記を参照しながら書いているので緊迫感が伝わってくる。米本土爆撃の時に零式小型水偵を収容した直後にB17三機に爆撃された状況等はすごい緊迫感である。

 著者は知識人であるだけに「国力の関係から日本が長い戦争は出来ない」ことや、ミッドウェー海戦について冷静な分析をしている。本書で一番感じたのは潜水艦乗りが制裁やいじめがなく、和気あいあいと任務を遂行している姿だ。日本海軍は小型艦艇になるほどいじめが無くなるというが、潜水艦とはその最たるものだろう。

 威張っていても爆弾一発で全員死んでしまうという気持ちがあったのかもしれない。士官、下士官、兵という垣根もあまりなかったようである。そして艦長をみんながすごく尊敬しているのが印象的であった。その伊25潜も昭和18年9月に南太平洋に消えていった。。。

 

 本当に良い本に出合った。

 

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倉田耕一 著
毎日ワンズ (2018/5/9)

 

 藤田氏を知る人はあまり多くはないだろう。昔一度テレビに出演したがそれを知らなければ恐らく戦史に詳しい人以外は知らない人だと思う。藤田氏は世界で唯一「アメリカ本土を爆撃した男」なのである。どうやったかというと、当時、日本は世界で唯一(たぶん)潜水艦に航空機を搭載していた。その航空機=零式小型水偵に爆弾を搭載し、潜水艦でアメリカ西海岸まで行き、そこから発進、森林地帯を爆撃したのだ。

 藤田氏は昭和7年に海兵団入団、昭和8年2月に第20期操縦練習生に採用され、同年7月に水上機操縦課程を修了した。太平洋戦争が始まった頃は操縦歴8年を超えるベテランであった。文章で書くと簡単だが、実際は大変な任務だ。日本の潜水艦が西海岸まで行くというのは、太平洋戦争初期であればそれほど難しくなかっただろう(まあ、以後と比べてね)。しかし潜水艦から発進してアメリカの防空網をかいくぐって爆弾を投下する。

 さらに海上にある点のような潜水艦を発見して帰投する。もちろん潜水艦は電波などは出さない。発見するだけでも困難なのであるが、発見出来たとしても天候次第では着水することはできない。天候が良かったとしても敵機に発見されていればむろん帰還することはできない。

 米本土を爆撃し帰還したというのは奇跡に近い。それを成し遂げた人なのである。本書は藤田氏が戦後育て上げた会社が倒産するところから始まる。その後、アメリカの招聘によりアメリカに行くのだが、内容は戦後の話がほとんどだ。戦記物の手に汗握るような迫力の描写を期待しているとちょっと肩透かしを食らうかもしれない。アメリカ爆撃時の話はほんのちょっとだ。

 私はむしろ世界で唯一アメリカ本土を爆撃した男のその後が知りたかったので良かった。こういう本の構成もありだろう。藤田氏が報復されると思い覚悟して行った米国。大歓迎され、自決用に持って行った日本刀を寄贈したこと、自費でアメリカの高校生をつくば万博に招待したこと、それに対してアメリカ大統領からホワイトハウスに掲揚されていた国旗を送られたこと等、興味深かった。

 アメリカ人の大らかさを感じるが、穿った見方をすれば、結局、藤田氏は森林に爆弾を投下しただけで、実際にアメリカに被害は与えていない。だからこその大らかさと言えなくもない。風船爆弾は実際に1000発が米本土に到達し、人的な被害も出した。その設計者にアメリカ大統領は星条旗を送れるか。逆に東京大空襲を行った米軍パイロットに日本の総理大臣が国旗を送れるか。

 本書で著者がもっとも訴えたかったことは藤田氏の功績や人柄ではない。要するに「被害国のアメリカですら藤田氏を英雄として扱ったのに日本は何もしなかった」ということを主張したいのだ。しかし、藤田氏はそもそも「英雄」として扱われたかったのだろうか。著者はどうも藤田氏には直接取材はしていないようだし、藤田氏はもう他界されてしまっている。本書は著者の「思い」が強すぎる気がする。

 

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 本書の執筆者、原朗氏は経済史が専門とのこと。私は経済史の研究者には暗いので残念ながら原氏の存在は初めて知った。それはともかく本書は著者が2012年に行った講演を文章化したものであり、明治から太平洋戦争までの期間を概論的にみている。

 本書だけではないが、日清日露戦争関係の本を読むと必ず司馬遼太郎『坂の上の雲』が登場する。私が読んだ本は大体『坂の上の雲』に対して批判的であるが、逆にここまで影響を与える司馬氏の作品というのはちょっとした脅威である。

 

坂の上の雲 『坂の上の雲』(さかのうえのくも)は、司馬遼太郎の長編歴史小説。著者の代表作の一つとされる。 1968年(昭和43年)4月22日から1972年(昭和47年)8月4日にかけ産経新聞夕刊に連載。単行版全6巻(文藝春秋、初版1969年〜1972年)、文庫版全8巻(文春文庫、初版1978年、島田謹二解説)で刊行。
(wikipediaより一部転載)

 

 司馬氏は本人も自分の作品はフィクションと語っているが、俗に「司馬史観」と言われる独自の史観はいわば日本人の隠れた正史と言ってもいいくらいに日本人の歴史観に影響を与えている。とくに『坂の上の雲』はその最たるものだ。私もだいぶ前に読んだが、原氏と同様の疑問を感じた。原氏の司馬氏批判を簡単に説明すると、司馬氏の「明るい明治と暗い昭和」という構図が決してそうではないということだ。

 司馬氏が全く触れていない「旅順虐殺事件」や義和団戦争において「日本軍は一兵も略奪はしなかった」としている『坂の上の雲』に対して事実は「馬蹄銀事件」と言われる略奪事件を起こしていることなどを指摘している。

 本書ではさらに日露戦争も日本がロシアに勝ったというよりも「痛み分け」という程度のものでしかなかったという。日本海海戦で完全勝利したにもかかわらず日本から和平交渉を持ちかけているのが何よりの証拠だ。結構、読んでいくと気が重くなる内容であるが、歴史には明の部分もあれば暗の部分もある。戦争に関して言えば世界中の国家がこの明暗を持っている。日本もまた例外ではないということだろう。

 講演を元にした本なので全体的に根拠の提示等があまり行われていないが、この時代の歴史を学ぶためには本書は一読することをお勧めする。ただ、これはこの著者の見解であって、別の思想を持っている人はまた別の見解を持っている。歴史以外にもいえることだが、一冊の本のみで歴史を理解してはいけない。

 

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井上和彦 著
小学館 (2017/7/11)

 

 5人の「撃墜王」へのインタビューを中心に書かれている。ほとんどが戦争後半に活躍した搭乗員ということに時の流れを感じる。私が零戦搭乗員の手記に興味を持った1995年前後は日中戦争以来の搭乗員がまだ存命だった。インタビューは貴重。しかし井上氏の著作はかなり日本軍ひいきで全体的に偏りがある。日本を卑下する必要もないが美化する必要もない。本書を読むと日本軍、日本兵の美談のみ書かれているが、数百万人が参加した戦争なので戦争犯罪を犯す日本兵も当然いる。連合国側も同様だ。

 笠井智一氏、本田稔氏の章では、343空の初空戦の戦果を撃墜57機と日本側の発表そのままに書いているが、実際の米軍機の損失は20機前後であったことは調査の結果判明している。これは著者が本書で度々引用している『源田の剣』に明記されているが、そこはスルーしている。それと本書では本田氏のラバウルでの撃墜戦果は43機としているが、本田稔氏自身の手記『私はラバウルの撃墜王だった』では13機となっている。

 全体的に日本礼賛的な内容でかなり偏っており、不都合な事実には敢えて目をつぶったりしているようだ。ただ当時の搭乗員の生存者のインタビューを活字にしたことには意義があるのでインタビュー部分だけを読むのが正しい読み方。

 因みに本田氏は手記、『私はラバウルの撃墜王だった』や、ちゃんとインタビューした井上和彦『最後のゼロファイター 本田稔・元海軍少尉「空戦の記録」』、笠井氏は『最後の紫電改パイロット―不屈の空の男の空戦記録』という自身の著作があるのでこちらを読んだ方がいい。

 

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 本書の著者、保科善四郎海軍中将は、いわゆる海軍良識派と言われる人だ。戦前は開戦に反対し、戦中は和平工作、戦後は軍隊を再建させるために努力した。

 

保科 善四郎 保科 善四郎(ほしな ぜんしろう、1891年(明治24年)3月8日 - 1991年(平成3年)12月25日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍中将。衆議院議員を4期務めた後、財団法人日本国防協会会長。
(wikipediaより一部転載)

 

 知米派の保科氏は米国との開戦にもちろん反対である。しかし当時の空気はそれを許すものではなかったという。海軍士官で米国を良く知っている者でさえも開戦やむなしという感じだったという。まあ、当時は誰も負けると思っていないので仕方ないかもしれない。開戦に当ってのかかわった人々の対応が面白い。東条首相は開戦前に日露戦争の故事を引用して、「開戦と同時に終戦の研究にとりかかろう」と発言していたという。

 しかし、開戦後、シンガポール陥落の後、日本が最も有利だった時には戦勝に酔いしれてしまって戦争を長期化させてしまったという。ちなみに私はシンガポール陥落後に終戦工作をしたところで無駄だったと考えている。連合国、特にアメリカは十分な国力と戦意を持っていた。そのアメリカに直接攻撃をかけたのだ。一発ぶん殴った後に「仲良くしよう」は通らない。太宰治の大村先生シリーズで太宰が暗に指摘している通りだ。

 現在の視点からみると、保科氏は全体的に日本の力を過信しているように感じる。サイパン島に自分が艦長となって戦艦大和を特攻させ、逆上陸を敢行すると計画していることや、さらにサイパン島に空挺降下で逆上陸を行うという剣号作戦が計画されたが、空襲により不可能となったことを執筆時でも非常に残念がっている。

 

剣号作戦 剣号作戦(けんごうさくせん)あるいは剣作戦とは、太平洋戦争末期に日本軍が立案した、マリアナ諸島のアメリカ軍基地に対するエアボーン攻撃計画である。当初は海軍陸戦隊250人が乗った航空機を強行着陸させB-29爆撃機を破壊する計画であったが、後に原子爆弾の制圧も目標に加えられ、陸軍空挺部隊300人も参加することになった。烈作戦(れつさくせん)と称する支援空襲も同時に実施する計画だった。使用予定の航空機がアメリカ軍機動部隊の空襲で破壊されたため延期となり、発動直前に終戦の日を迎えて中止となった。
(wikipediaより一部転載)

 

 しかし戦艦大和がサイパンに向かったとしても制空権の無い状態では日本近海で撃沈されてしまう。さらに剣号作戦が仮に実行されたとしてもまともにサイパンにたどり着くことは不可能だろう。たとえ到着したとしても少数の兵力でサイパン島を奪回するというのは不可能だ。そもそもエアボーン作戦というのはあくまでも一時的なものだ。一時的に制圧してあとは主力が到着するのを待つという体のものだ。サイパン島に奇襲をかけたところで主力は来ないのであまり意味が無い。保科氏は残念がっているが、むしろ実行されなくて良かっただろう。

 保科氏は軍政に力を発揮するタイプの人だったのだろう。ソ連の力を過大評価しているのは今から考えるとダメだが当時としてはそれほど的外れなものではなかっただろう。さらにアレン・ダレスとの交渉などあまり知られていない話も登場する。本書中に「天皇の力で戦争を終わらせたのだから、開戦も防ぐことができた」という趣旨の発言が戦後しばしば聞かれたが、これに対して昭和天皇自身が語っている部分は面白い。

 

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北出大太 著
光人社 (2004/12/1)

 

 最近、飛行艇物に首ったけな私である。今度は北出大太『奇跡の飛行艇』を読んでみた。北出氏は海軍の飛行艇乗りで操縦練習生21期という開戦時にはすでにベテラン搭乗員であった凄腕の飛行艇乗りだ。操縦練習生21期というのがどれくらいすごいのか分からない方も多いと思う。伝説のエース坂井三郎氏は操縦練習生38期である。操練21期は昭和8年に修了で操練38期は昭和12年。坂井氏より4年も多くの飛行経験を積んでいるということだ。

 

 

 『二式大艇空戦記』の著者である長峯五郎氏もそうだったが、本書の著者北出大太氏も向こう気が強い。私の飛行艇乗りは温和という価値観を木端微塵に粉砕してくれた。しかし北出氏は単なる向こう見ずな性格ではなく、戦争中に戦争とは経済の余裕があって初めて勝利できると考える合理的な人である。

 本書で私が一番気になったのは水戦搭乗員の河口猛飛曹長の活躍であった。河口飛曹長は戦死してしまうがそれまでに二式水戦で38機を撃墜したという。昭和18年の時点で飛曹長ということは操練でいえば20期台後半から30期台前半、甲飛でいえば2、3期、乙飛では3〜5期くらいだろうか。著者は地上から河口飛曹長の空戦を見ているのだが、かなり詳細に書いている。その戦い方は圧巻だ。その河口飛曹長も戦死してしまうのだが。。。

 それ以外にもフィリピンから金塊やダイヤ等を大量に運んだ話、内部が二階建てになっている二式大艇よりも九七大艇の方が操縦しやすいこと、日本では1機で双発6機分相当の予算がかかる4発重爆は技術的にはもちろん可能であったが、コストの関係で作れなかったことなどが面白い。それと著者が大阪川西飛行機でみたという6発の大型飛行艇というのは何なのだろうか。木製のモックアップが存在したという可能性はあるようなので著者はこれをみたのだろうか。それにしても実際に飛行できる機体があるかのような書き方だ。

 

 それにしても飛行艇戦記は面白い。

 

 

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戸高一成 著
KADOKAWA (2012/2/10)

 

 戸高氏の『海戦からみた』シリーズの多分2作目。タイトルの通り日清戦争を描くのだが、幕末の海軍伝習所から始まるのがあたり前といえば当たり前だが、ちょっと面白い。幕末に幕府内で海防が問題となった時に、「軍艦だけではダメだ。海軍生の養成が第一だ」という意見書を出した下っ端役人がいた。それが勝海舟だったという。

 勝海舟が優秀であり、自分の意見をはっきりと主張したのもすごいが、下っ端(非役の旗本・御家人)の意見を国防方針として採用した幕府もすごい。これは幕府が柔軟だったというよりも明確な方針が無かったというのが正しいだろう。それはそうと、日本と清国はそもそも連繋して列強と対抗するという考えもあった。しかし清国は有力な政治勢力を持たない上にお互いの対抗心や脅威感から連携相手とはみなさなくなったという。その結果、戦争が始まる。

 

日清戦争は単なる軍隊としてではなく、「科学技術の総合組織としての海軍の戦闘能力を示した戦争であり、その勝敗は両国の近代化の達成度を象徴するものだったのである。
(『海戦からみた日清戦争』より引用)

 

 日本が近代化を始めて最初の戦争が日清戦争であった。戦争の勝敗は科学技術のレベルに左右される。相手に対して高性能な軍艦や兵器を装備すればそれだけ勝率があがるのは今も昔も同じだ。さらに高性能な兵器を製造できる工場、その兵器の部品を作る工場、さらにその兵器を運用できる人間を育てること等の総合力が戦争の勝敗を決することとなった。

 本書で面白かったのは、日本の他国との戦争はすべて朝鮮半島をめぐる争いに端を発しているという視点だ。白村江から太平洋戦争に至るまで確かに朝鮮半島に端を発しているといえなくもない。それと登場してからまだ20年程しか経っていない新兵器の水雷艇を集中運用して作戦を行うという発想はまだ能力が証明され切っていない航空機で真珠湾の戦艦群を攻撃するという発想と通じているという指摘も面白かった。日本軍も意外と独創性があったのだなと感じる。

 

 

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武井慶有 著
潮書房光人新社 (2015/11/1)

 

 飛行艇空戦記が意外と少ないのでとうとう水偵空戦記にまで手を出してしまった。まあ、水偵も飛行艇だけどね。内容は面白い。これは著者自身の筆によるものなのではないだろうか。描写が非常にリアルだ。著者は甲飛7期、飛練24期なので部隊配属になったのは昭和17年12月。ソロモン方面に配属されたのが昭和18年8月ということなので一年弱内地での配置であったようだ。

 因みに飛練24期というのは予科練の丙飛7期、8期も一緒に訓練を受けている。これらの期は太平洋戦争後期に大量投入され多くの隊員が戦死したクラスだ。初の戦場はソロモン諸島であった。太平洋戦争初期に水上機で編成された九三八空に配属される。ここでの作戦の描写はかなりの緊迫感だ。探照灯に照らされるという経験を書いた本を私は初めて読んだ。一本に照らされると数本の探照灯が集中し、前が見えなくなってしまうという。

 めちゃくちゃな操縦をして回避すると今度は突然真っ暗になるという。探照灯から脱出した証拠だ。この生々しい描写はかなりの迫力がある。この中で二号爆弾というものが登場する。二号爆弾とは今でいうクラスター爆弾のようなものだ。空対空爆弾といってもいい。空中で投下すると一定時間で爆弾を留めているリングが外れる。そうすると子爆弾が数発ばらまかれる。実際、撃墜戦果もあったようだ。

 ここら辺は梅本弘『ガ島航空戦上』に実際の戦果があるかもしれない。著者の貴重な経験としてはソロモン戦で陸軍中将今村均を自身の飛行艇で運んことだろう。運んでいる最中は気付かなかったという。トラック島空襲を地上で体験したのち潜水艦で内地に帰還する。その後、台湾沖で筆で「大」と書いたような浮遊物を見つける。

 

浮遊物は確かに人間の死骸のようである。浮遊物はどれもみな水ぶくれで、その胴体や手、足は丸々としていて、着用している軍服は、いまにも敗れんばかりにふくれあがっている。また、その両手両足を一杯に開いているので、上空から見ると、”肉太に書かれた「大」の字”のようにみえていたのであった。
(『零式水偵空戦記』より転載)

 

 「大」は撃沈された輸送船に乗っていた陸軍兵士達であったようだ。著者は哨戒中に敵潜水艦を撃沈する戦果も挙げた。もちろん撃沈された潜水艦の乗員も上記のような状態になったのであろう。戦争は絶対に起こしてはいけない。本書には予備学生の士官に対する不満が多く書かれている。予備学生は海兵出身の士官から殴られ、その鬱憤を予科練出身の下級兵士に晴らしていたのだという。

 そうとう頭にきていたようだ。ただ、それは一部の予備学生士官なので全ての予備学生士官がダメだった訳ではない。これは海兵出身者にも同様のことがいえる。土方敏夫『海軍予備学生零戦空戦記』等を読むと今度は予備学生側からみた海軍というのが見えて面白い。著者は特攻待機の状態で終戦を迎えるが、その描写は淡々としているというかどうも今ひとつ実感がわかなかったようだ。場所が大湊だったことも影響しているのだろう。

 因みに著者が実戦で使用した兵器の中に「誘発弾」というものがある。これは、磁気感応機雷を破壊するための爆弾で、長さ30cmくらいのもので船舶のスクリュー音と類似の作用を出すことができ、機雷を爆破することが可能だったという。二号爆弾といい、誘発弾といい、あまり知られていない兵器があるものだと思った。二号爆弾は海軍戦闘機隊が使用した三号爆弾の前型なのだろうか。うーん、よくわからない。

 本書を読めばわかるが描写が非常にリアルだ。戦記物の多くがゴーストライターを使用しているらしいが、これは著者が自分で書いたように感じる。理由はうまくいえないが、何か行間から滲み出てくるものがあるという感じだろうか。非常に勉強になる本であった。

 

 

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