会社辞めました?

会社辞めちゃいました。。。てへぺろ(・ω<)

カテゴリ: 日本海軍

片翼帰還の英雄たち

(画像はwikipediaより転載)片翼帰還の樫村! 私が調べた片翼帰還一覧 樫村寛一少尉 南義美大尉 森田勝二二飛曹 ネゲヴ空中衝突事故 F-16空中衝突事故 おまけA-10片翼飛行  樫村寛一少尉  1937年12月9日、南昌攻撃の際の空戦で中国機と衝突、左翼の1/3を失いながらも …
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坂井三郎大好き?大嫌い?

 零戦搭乗員で最も有名なのは坂井三郎ということに関しては誰もが納得するところだろう。著書は大ベストセラーで戦記ファンでなくともその名は知っているという人も多い。(画像はwikipediaより転載)  坂井氏は大正5年佐賀県生まれ、第38期操縦練習生課程を首席で卒業、そ …
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 最近は、すっかり読書三昧の日々を送っている訳だけです。まあ、読書といっても私の書評を見れもらえれば分かるように軍事関係の書籍がほとんどな訳です。んで、結構、読んでいて思うのって当時の軍隊の階級制度についてなのだ。  坂井三郎氏はこの軍隊の階級制度に …
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 前回に引き続き、日本海海戦に参加した装甲巡洋艦について書いてみたい。因みに前回はこちら 装甲巡洋艦 常磐(第二艦隊第二戦隊所属) 性能 排水量 常備:9,700トン 全長 134.72m(垂線間長 124.36m) 全幅 20.45m 吃水 7.43 m 機関 円缶12基 直立型三段膨張 …
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 今日のテーマは日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦。以前、日本海海戦で活躍した戦艦というテーマで書いたところ、たった一人だけ「拍手」をくれたので気を良くして第二弾を企画してみました。日露戦争当時、戦艦に次いで強力は破壊力を誇ったのが今日紹介する装甲巡洋艦だ …
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岩本徹三を知るための書籍

 私が最も憧れていた、そして今でも一番好きな零戦搭乗員は岩本徹三である。きっかけは近くのスーパーでやっていた古本市だった。そこで零戦撃墜王を発見した。以前、学校にあった飛行機図鑑に載っていた撃墜マークがいっぱいついた零戦のパイロットの名前は確かこの人だっ …
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 最近、神立尚紀氏の著書を読むことが多い。氏は零戦搭乗員達と親交が深く、そして長い。当初はただのインタビュアーだったのが、最近になればなるほど内容が重厚になり、搭乗員達の内面に肉薄した内容のものが多く、読み応えがある。これは他の航空戦史研究家とは一線を画 …
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 旧日本海軍の最強戦闘機隊といえば何だろうか?最新鋭機紫電改と生き残りのエースを集結させた「剣」部隊343空?いやいや、あれは都市伝説だ。最新鋭機紫電改を集中配備したのは本当だが、343空は生き残りのエースを集結させて作ったエース部隊ではない。基幹搭乗員に熟 …
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 太平洋戦争に参加した戦艦の中で異彩を放つのがこの金剛型戦艦だろう。ネームシップ金剛は太平洋戦争に参加した唯一のイギリス製戦艦であり、皮肉にも最も活躍した戦艦であった。太平洋戦争に参加した戦艦には他に日本海海戦に参加した戦艦朝日もあるが、太平洋戦争時に …
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 三式弾とは何??まあ、普通は知らないだろう。というか砲弾の名前に詳しい人は本職の人以外にはあまりいないだろう。三式弾とは旧日本海軍が正式採用した砲弾だ。主に戦艦、巡洋艦の主砲から撃ちだす、対航空機用の砲弾だ。私は三式対空弾と呼んでいたが、正式には三式 …
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 平城宮には門がいくつあるかご存じだろうか?正方形の一面に3門、全部で12門ある。古代には天皇を護る12の豪族がおり、その豪族達が一族一門警備にあたっており、門にはそれぞれの豪族の氏名が与えられた。建部門、壬生門、県犬養門等々・・・。そして最重要の南に面す …
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 前回はなんとなくミッドウェー海戦までを書いてみた。別に機動部隊の戦いの通史を書くつもりは毛頭無かったが、書いているうちに妙に面白くなってしまったので続きを書いてみよう。ミッドウェーで精鋭の一航戦、二航戦を失った海軍は空母機動部隊の再建に乗り出す。内地 …
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 世界で航空母艦を6隻同時運用したのは日本とアメリカ位じゃないかと思う。それぞれ大洋に囲まれた海洋国家であり、必要性があったことが理由でるのは言うまでもない。イギリスも同様の条件を持っているが、イギリスの相手は主に大陸国家であり、艦隊戦の重要度は日米に …
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 今では数少ない零戦搭乗員、原田要氏が死去した。享年99歳。2016年5月3日、14時31分、死因は多臓器不全であった。原田氏は大正5年生まれ、海軍に入隊後、操縦練習生35期として戦闘機搭乗員への道を歩み始める。海軍戦闘機隊でもエリートと言われる母艦戦闘機隊搭乗員として …
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 撃墜72機といわれる謎の多い撃墜王である。私が現段階で調べた結果が以下のものだ。 日本海軍戦闘機隊のエースとは  生年月日不明である。大正9年前後生まれ。乙種予科練7期生なので、昭和11年6月予科練7期生として海軍に入隊したと推定される(但し、昭和10年とする …
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 太平洋戦争は1945年8月15日に終わった。ん?・・・違うんだなぁー。太平洋戦争が正式に終了したのは9月2日、戦艦ミズーリ号での降伏調印だ。8月15日は戦闘を停止しただけだ。みんなよく勘違いをしているので改めて書いておこう。現に8月17日に占守島に上陸したソビエト …
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 渡洋爆撃で活躍したのは海軍の九六陸攻だったのは有名な話。日本海軍航空機の特徴である軽量、高速、軽装甲という3点を兼ね備えた航空機だった。日中戦争では海軍の主力爆撃機として活躍したが、重慶攻撃のいわゆる渡洋爆撃では散々な目にあった。  そもそも渡洋爆撃 …
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日本は地政学でいう海洋国家であり、アメリカを仮想敵国とする日本軍の守備範囲は広大であった。1898年、アメリカはハワイを併合し、同年、米西戦争によってグアム、フィリピン、ミッドウェー島等をスペインから手に入れると戦略上の観点から日本もサイパン、トラック諸島 …
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 紫電のベースとして知られているのがこの水上戦闘機強風だ。水上戦闘機というのを正式採用して実戦投入したのはどうも日本だけらしい。世界で唯一、水上戦闘機として設計、生産され正式採用されたのが水上戦闘機強風である。製作したのは川西飛行機という水上機の専門メ …
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 海洋国家日本らしい珍妙な飛行機瑞雲。一応分類は水上偵察機となっているようだが、実際には水上爆撃機である。飛行艇時代なんて『紅の豚』の世界だけの話だと思っていたが、日本は実際に水上爆撃機を完成して、さらには実戦配備までしてしまたのだ。この瑞雲、「水上」 …
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中島 艦上偵察機 彩雲

 「我に追い付くグラマンなし。」日本海軍最高速機がこの彩雲だ。戦後接収され、アメリカ軍によってテストされた彩雲は最高速度694.5㎞を記録したという。偵察機というと戦闘機や爆撃機に比べて面白味にかけるのではないかと思う人もいるかもしれないが私はこの高速艦上偵察 …
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零戦搭乗員とコックリさん

 コックリさんは知っているだろうか。私が子供の頃、定期的にコックリさんが流行った。いろいろな方法があるようだが私の子供の頃はコインを使っていたと思う。私と同世代だったら一回はやったことがあると思う。コックリさんとはどういうものだったか思い出せない人(私 …
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日本海軍航空母艦 瑞鶴について

 日本海軍の幸運艦として名高いのがこの空母瑞鶴だ。瑞鶴は1941年9月25日、日米開戦の2ヶ月前に完成するという超新造空母であった。その後真珠湾攻撃、ラバウル攻略、セイロン沖海戦、珊瑚海海戦、南太平洋海戦に参加したのち、1944年マリアナ沖海戦に参加、その後エンガノ …
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三菱 烈風一一型

 「烈風200機あらば」とは海軍航空隊の名パイロット小福田租の言葉だったと思うが、日本と連合国は国力で負けていた。そして戦略もないまま戦争に突入してしまった。新型戦闘機が200機あったところで大勢は覆らない。現に新鋭戦闘機紫電改は400機生産され、「海 …
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 ミリタリーファン以外の人は零戦というよりゼロ戦といった方がいいのかもしれない。正確には零式艦上戦闘機、1940年、当時の年号で皇紀2600年ちょうどに正式採用されたのでこの名前が付いた。この零戦、好きな人はわかっていると思うが、実は何種類もある。簡単に説明し …
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日本海軍 零式水上観測機11型

  零式水上観測機。通称零観。「れいかん」と書いて「ゼロ観」と読む。。。ようだ。当時の搭乗員は基本的に「ゼロカン」と呼んでいたようだ。基本的に観測機・・・戦艦やら巡洋艦に搭載され、砲弾の着弾を観測するための航空機だ。しかし日中戦争当時、日本海軍上層部は前 …
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 末期のラバウル航空戦を戦った搭乗員である。あまり知られていないが、ラバウル航空戦においてトップエース岩本徹三、小町定等と共に連日の戦闘をこなした。この市岡一飛曹、実はすごい記録を持っていることが近年の調査により判明した。もちろん私が調査した訳ではない。 …
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 今日、紹介するのは小八重幸太郎上飛曹。ほとんどの人は全く知らないパイロットだと思う。しかし小八重上飛曹、15機撃墜という多撃墜エースなのだ。今日はあまり知られていない小八重幸太郎上飛曹について書いてみたい。 日本海軍戦闘機隊のエースとは  小八重上飛曹 …
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 今日紹介するのは夜間戦闘機隊のエースである倉本十三上飛曹である。総撃墜数は6機。その全てが撃墜困難とされたB29である。それも6機の内5機は一夜で撃墜した戦果である。今日はこの倉本上飛曹について書いてみたい。 日本海軍戦闘機隊のエースとは  倉本上飛曹は大 …
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