01_レキシントン
(画像は被弾するレキシントン wikipediaより転載)

 

超要約

 

 珊瑚海海戦とは、1942年5月に行われた世界初の空母対空母の艦隊戦である。双方、輸送船団、補給艦隊を攻撃、撃沈したのち、正面からの機動部隊同士の戦闘となった。結果、日本側は空母祥鳳が撃沈、翔鶴が大破、連合軍側は空母レキシントンが撃沈、ヨークタウンが中破した。このためこの海戦は戦術的には日本側の勝利、戦略的には連合軍側の勝利とされているが、航空機、人的損害も含めると戦術的にも日本側が勝利したとは言い切れない。

 

珊瑚海海戦 〜概要〜

 

02_祥鳳
(画像は被弾した祥鳳 wikipediaより転載)

 

 開戦後、ニューギニア東方にある要衝ニューブリテン島ラバウルの占領に成功した日本軍であったが、さらにこのラバウルの防衛を完全なものにするためには連合国軍の一大反抗拠点となっていたニューギニア東南に位置するポートモレスビー攻略が必要であった。このため陸海軍共同で輸送船団を編成、海路よりポートモレスビーの攻略を目指した。これがMO作戦である。

 この作戦を察知した米海軍は空母レキシントンとヨークタウンで編成される第17任務部隊を迎撃のために派遣した。米空母がソロモン海域に投入されたことを知った日本側は増援を要請、急遽、第一航空艦隊より空母翔鶴、瑞鶴で編成された第五航空戦隊(五航戦)が増派された。これにより日本側の空母は翔鶴、瑞鶴と当初からMO作戦に編入されていた軽空母祥鳳の3隻となった。

 1942年4月下旬、軽空母祥鳳の護衛の下、ポートモレスビー攻略に出撃、少し遅れて第五航空戦隊も米機動部隊を求めてソロモン海域に出撃していった。5月7日には五航戦が米機動部隊を発見、攻撃隊を発進させた。しかし、これは米軍の油槽船と駆逐艦の誤りであったが、五航戦攻撃隊はこれら2隻を撃沈帰投した。一方、米機動部隊でも偵察機がMO攻略部隊を発見、第17任務部隊が攻撃をかけ空母祥鳳を撃沈している。

 その後、双方、散発的な攻撃は続いたものの、5月8日には双方ともに相手方機動部隊を発見、攻撃をかけた。結果、米機動部隊は空母レキシントンが撃沈、ヨークタウンも中破した。これに対して日本側は空母翔鶴が大破した。航空機の損害は日本側が97機喪失、米側が69機の喪失であった。この海戦の結果、日本軍はMO作戦を延期、その後断念することになった。

 

日本は戦術的勝利、米国は戦略的勝利?

 

03_翔鶴
(画像は前部甲板を破壊された翔鶴 wikipediaより転載)

 

 この海戦は世界初の空母対空母の戦いであった。結果は日本側が軽空母1隻、駆逐艦1隻、掃海艇3隻撃沈、正規空母1隻大破航空機損失97機であった。これに対して連合軍は正規空母1隻、油槽船、駆逐艦各1隻撃沈、航空機の損失は69機である。このことから一般的には珊瑚海海戦は日本側が戦術的勝利、連合軍側がMO作戦を阻止したことから戦略的勝利と判定されている。

 この連合軍側が戦略的勝利であることは間違いないが、日本側は空母の損害こそ少なかったものの、航空機は連合軍側の約1.5倍を失い、人員に関しても連合軍側656名の戦死者に対して日本側は966名とこちらも約1.5倍の損害を出している。特に五航艦航空隊の損害は酷く、戦闘機隊こそは被害が比較的少なかったものの攻撃隊はほぼ壊滅であった。航空機や人員の損失まで考慮すればこの海戦の結果を日本側の戦術的勝利とするのは疑問符が付く。特に育成に10年かかると言われる航空機搭乗員、その中でもさらに高い技量が必要と言われる母艦搭乗員を一挙に失ったことは大きな損失であった。

 

まとめ

 

 珊瑚海海戦により五航戦航空隊は実質的に壊滅、空母翔鶴は修理に3ヶ月を要する大損害を受けた。初戦期で日本の戦力が一時的に連合軍の戦力を上回っていた状態であったとはいえ、日本側は、第一航空艦隊に集中していた空母戦力を分散、さらにまた五航艦と祥鳳を分散して運用するという悪手を行ってしまった。緻密過ぎる作戦と無駄な戦力の分散は以降も日本海軍の作戦で多く見られる傾向である。

 

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