01_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 ミッドウェイはミッドウェイ級空母の1番艦であり、1945年に就役以来、1992年に退役するまで50年近くも現役に留まった空母である。この間、航空機はレシプロ機から第三世代ジェット機へと変遷している。それに合わせて艦載機もF4Uコルセア戦闘機から最後はFA/18ホーネットまで搭載した。これらの母艦足り得たミッドウェイの拡張性の高さが分かるというものだろう。

 

空母ミッドウェイ 〜概要〜

 

 

性能 ※カッコ内は改装後

 通常排水量 45000(64200)トン
 最大排水量 60100(70000)トン
 全長 295m(305.26m)
 全幅 49.68m(78.79m)
 吃水 10.67m
 機関出力 21万2000馬力
 最大速力 33ノット
 航続距離 15000海里/15ノット(11520海里/15ノット)
 乗員 4712名
 武装
  建造時
    5インチ砲単装18基
    40mm機銃4連装21基
    20mm機銃単装68基
  改装後
    シースパロー8連装2基
    ファランクスCIWS2基
 搭載機 136〜145機(建造時)
     約100機(朝鮮戦争時)
     68〜80機(ベトナム戦争〜退役時)
 同型艦 3隻

 

同型艦

ミッドウェイ(起工1943年10月、就役1945年9月、退役1992年4月)
フランクリン・D・ルーズベルト(起工1943年12月、就役1945年10月、退役1977年10月)
コーラル・シー(起工1944年7月、就役1947年10月、退役1990年4月)

 

特徴

 空母ミッドウェイは1943年10月に起工、1945年3月進水、1945年9月に就役した当時米海軍最大の艦艇であり、初のパナマ運河を通過することが出来ない艦艇であった。太平洋戦争での日本の特攻隊の戦訓として装甲飛行甲板を装備していた。甲板の装甲厚は89mmで水線にも193mmの装甲が張り巡らされていた。

 搭載されていた艦載機は、当初はF4Uコルセア、SB2Cヘルダイバーであったが、1947年からはF8Fベアキャットも搭載された。1950年代初頭にF9Fパンサー、1956年からはF3Hデーモン、F8Uクルセイダーが搭載、さらにA3Dスカイウォーリア、A4スカイホーク、AD-1スカイレイダーも搭載された。1965年にはF4ファントムが配備され、1970年からは爆撃機はコルセア供A6イントルーダー、、AD-1スカイレイダーに代わり、E2早期警戒機に変更された。因みにF-14戦闘機はフライトデッキが小さすぎるために搭載することが出来なかった。

 

空母ミッドウェイ 〜戦歴〜

02_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 1945年9月に大西洋艦隊に就役。1947年には大型の航空機を運用出来るようにするための補強と通信設備の増強が行われた。1953年には最新のレーダーシステムが搭載され、1954年12月から第7艦隊所属となる。1955〜1957年まで近代化改修を受けるた後、再び第7艦隊に配属された。1961年にはレーダーシステムが最新の物に変更されている。1965年4月からベトナム戦争に参加。1966年には再び近代化改修を受けた。

 第二次近代化改修を終えたミッドウェイは1971年から再びベトナム戦争に参加、北ベトナムの港への機雷敷設作業を行った。1973年10月より初の日本駐留空母として横須賀に配属される。1975年4月には陥落寸前のサイゴンからの脱出作戦であるフリークエント・ウィンド作戦に参加した。

 その後もミッドウェイは横須賀を母港として駐留を続けた。1985年にはレーダーシステムが最新の物に変更された後、1986年には第三次近代化改修を受ける。同時に艦載機もそれまでのF4ファントムとA-7コルセアからFA/18ホーネットに変更された。1988年にはソウルオリンピックの警戒任務に就いた。

 1990年8月、湾岸危機が起こるとミッドウェイはアメリカ空母では初めてペルシャ湾に侵入した。そして翌年1991年1月7日、湾岸戦争が始まるとイラクへの航空攻撃を行った。同年6月にはフィリピンのピナツボ火山の噴火に伴い在留米国人の救出活動に参加している。

 1991年、第5空母航空団の母艦としての任務を空母インディペンデンスに引き継ぎ1992年に退役、1997年に除籍された。2004年6月よりサンディエゴ港でミッドウェイ博物館として保存されている。因みに横須賀の第5空母航空団の母艦は1998年にキティホーク、2008年ジョージ・ワシントン、2015年ロナルド・レーガンと変更されている。

 

空母ミッドウェイの改修

03_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 空母ミッドウェイは大戦中に建造され、1997年まで就役していた艦齢50年以上にもなる空母であった。この間の航空機の発達は目覚ましく、この発達に対応するためにミッドウェイは数度にわたって近代化改修が行われた。

 

第一次改修(1955〜1957年)

04_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 1955年になると近代化改修工事が行われた。具体的には艦首をハリケーン・バウに変更、後部エレベーターを廃止し、艦橋後方に新たにエレベーターを設置した。さらにそれらエレベーターは大型化されている。他にもアングルド・デッキ化(空母の進行方向に対して斜めに伸びる滑走路)、蒸気カタパルトの設置(3基)が行われた。この改装で固定武装のほとんどが撤去された。

 

第二次改修(1966〜1970年)

05_空母ミッドウェイ
(画像はwikipediaより転載)

 

 この改修によりフライトデッキが、それまでの11.412屬ら16.286屬般1.5倍に拡張された。前方のエレベーターが廃止され、艦橋前方と左舷後方に新たに設置された。さらにエレベーターの可搬重量が34tから59tに増強、カタパルトや着艦制動装置も新型が設置された。同時にカタパルトは距離不足のためそれまでアングルド・デッキに設置されていた1基が撤去され2基となる。さらにシースパロー対空ミサイルが装備された。この近代化改修はあまりにも高価になり過ぎたため、ミッドウェイ級空母2番艦であるフランクリン・D・ルーズベルトの近代化はキャンセルされた。

 

第三次改修(1986年)

 この改修では重い艦載機を搭載するために浮力を増す工事とカタパルトの強化も行われた。さらには近接防御システムとしてファランクスCIWSが装備された。しかし、この時の改修に設計ミスがあったらしく、以後、ミッドウェイは船体の動揺も大きく舷側から不自然な白波が立つようになった。

 

空母ミッドウェイ(模型)

 

マイクロエース 1/800 戦艦・空母シリーズ No.8 アメリカ海軍 空母 ミッドウェイ プラモデル

 1/800という微妙なサイズの空母ミッドウェイ。1/700サイズでないのが残念だが、これが現在普通に入手できる唯一のミッドウェイの模型。改修を繰り返した独特の艦型は他の空母にはないもの。

 

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