01_工作艦メデューサ
(画像はwikipediaより転載)

 

 工作艦メデューサは米海軍で初めて工作艦として建造された工作艦である。主に太平洋戦争で活躍した本艦は開戦後、真珠湾での復旧活動、南方での損傷艦艇の修理に活躍した。この工作艦メデューサの活動海域をみると当時の米軍が安全と認識した海域が良く分かる。

 

工作艦メデューサ 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 10620トン
 最大排水量 -トン
 全長 147.47m
 全幅 21.41m
 吃水 6.07m
 機関出力 7000馬力
 最大速力 16ノット
 航続距離 -
 乗員 499名
 武装 51口径12.7cm砲単装4基
    50口径7.6cm高角砲単装2基
 同型艦 1隻

 

特徴

 1924年に就役した工作艦メデューサは独力で水上艦艇の大規模修理を完遂する能力を持つ米海軍で初めて工作艦として設計された艦であった。艦内には鍛冶、ボイラー修理から溶接、旋盤等、艦底を修理するためのあらゆる工作機械が装備されていただけでなく、水上機の修理も行えるようになっており、さらには大型洗濯機や製パン設備、冷蔵庫なども持つ給糧艦的な艦でもあった。

 

同型艦

工作艦メデューサ(起工1920年1月、竣工1924年9月、解体1951年)

 

戦歴

02_工作艦メデューサ
(画像はwikipediaより転載)

 

 メデューサは竣工すると太平洋艦隊に配属、以降、太平洋戦争開戦までは主に輸送任務に従事した。太平洋戦争開戦時には真珠湾に停泊しており、日本海軍の真珠湾攻撃時には特殊潜航艇甲標的を撃沈する戦果を挙げている。攻撃終了後には工作艦としての修理任務に活躍した。以降、1942年3月までは真珠湾で復旧活動を行った。

 1942年4月、メデューサはニューヘブリディーズ、エファテ島に進出した。このエファテ島とは、ガダルカナル島東南約1000kmにある島で日本軍の根拠地であったラバウルからガダルカナル島までの距離に等しい。メデューサはここで1944年3月まで戦闘で損傷した艦艇の修理任務を遂行した。

 1944年3月メデューサはエファテ島を出航、ニューギニア、ガダルカナル島とソロモン海近海で修理任務を行った。日本海軍のラバウル航空基地は1944年2月にはほぼ全部隊が撤収を完了しており、本艦がソロモン海近海で作戦行動を行ったということはこの海域が後方地帯となったことを意味すると考えてよいだろう。

 以降、アドミラルティ諸島マヌス島を拠点として艦艇修理を担当、1945年1月にはニューギニア島ホーランディア(ニューギニア島中央北部パラオ諸島の南方)で艦艇修理を行った。1945年7月には再びマヌス島に進出終戦を向かえる。1946年11月退役、1947年除籍され1951年に解体された。

 

 

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