ポケット戦艦ドイッチュラント01
(画像はwikipediaより転載)

 

 このドイッチェラント級は通称「ポケット戦艦」と呼ばれているが制式には装甲艦、その後は重巡洋艦と類別されているので戦艦ではない。しかし戦艦並みの28cm砲と巡洋艦並みの速力を持った本級は連合国側から恐れられた。

 

ポケット戦艦 ドイッチュラント級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量11700トン
 最大排水量 -トン
 全長 186m
 全幅 20.7m
 吃水 7.25m
 機関出力 5万5400馬力
 最大速力 26ノット
 航続距離 10000海里/20ノット
 乗員 619名
 武装 52口径28cm砲3連装2基
    15cm砲2連装8基
    8.8cm高角砲単装3基
    50cm4連装水上発射管2基
 装甲 舷側6cm
    甲板4cm
    主砲14cm
 同型艦 3隻

 

特徴

 巡洋艦より火力で優り、戦艦には速力で優っていた本級は誕生と同時に「ポケット戦艦」と呼ばれ注目を集めた。無論、「ポケット戦艦」というのは正式名称ではなく、正式名称は装甲艦、重巡洋艦である。本級はベルサイユ条約によって課せられた排水量10000トン以下、主砲28cm以下という制限枠内に収まるように開発された。主任務を通商破壊とし、最良の設計を行ったことが本級が傑作となった要因である。

 本級は長大な航続距離を出すために燃料消費の少ないディーゼル機関とし、最新型の28cm3連装砲を2基搭載した。さらに3番艦アドミラル・グラーフ・シュペー号には世界初の艦上レーダーが搭載された。船体は重量軽減のため90%を電気溶接で行ったのも本級の特徴である。

 

建造

 1番艦ドイッチェラントは1929年2月、2番艦アドミラル・シェーアは1931年6月、3番艦アドミラル・グラーフ・シュペーは1932年10月に起工された。就役は1番艦が1933年4月、2番艦が1934年11月、3番艦が1936年1月に就役している。

 

ポケット戦艦 ドイッチュラント級の活躍

 

1番艦ドイッチュラント(のちリュッツォウ)

ポケット戦艦ドイッチュラント
(画像はwikipediaより転載)

 

 1933年4月に就役した1番艦ドイッチェラントは、スペイン内戦時にスペイン沖に1936年から1939年の間7回にわたって派遣された。1937年5月、共和国政府軍の爆撃機の攻撃により31名が死亡する。第二次世界大戦開戦前の1939年8月、ドイッチェラントはドイツから出航、通商破壊実施のため大西洋に進出し、開戦後は通称破壊作戦に従事した。開戦後、ドイッチェラント(ドイツ語で「ドイツ」の意)は、失われた場合のマイナス要因を考慮し、ヒトラーの命により、名称を「リュッツォウ」に変更された。

 1940年4月にはヴェーザー演習作戦(ノルウェー侵攻作戦)に参加、ノルウェー軍の要塞からの砲撃により15cm砲弾3発を被弾した。ドイツ本土への帰還途中、イギリス潜水艦スピアフィッシュの雷撃により艦尾部を破損、その修理は1941年春までかかった。1941年6月、リュッツォウは再び雷撃を受け、キール軍港へ帰還した。その後も様々な作戦に参加したが、1945年4月にはイギリス軍の大型爆弾トールボーイの至近弾を受け港で着底、5月に放棄された。

 1946年には浮揚されソビエト海軍に編入されたのち、1947年7月標的艦として沈没した。

 

2番艦アドミラル・シェーア

ポケット戦艦アドミラル・シェーア
(画像はwikipediaより転載)

 

 2番艦アドミラル・シェーアは、1934年に就役、最初の任務はスペイン内戦への派遣であり、1936年から1938年6月末まで8回スペインに派遣されている。第二次世界大戦開戦後の1939年9月出撃前に爆撃を受けるが爆弾は不発であった。1940年の初頭にはオーバーホールと共に司令塔の改装を行った。この時に艦種を装甲艦から重巡洋艦に変更されている。

 アドミラル・シェーアは訓練の後、1940年10月以降、通商破壊戦に活躍する。1941年2月からはインド洋に進出通商破壊戦を行った。4月ドイツ本土へ帰還、整備の後、1941年9月にはバルト海に進出して各種作戦に従事、1942年8月には本土へ帰還、12月にはオーバーホールを受けた。その後は出撃する機会はほとんどなく訓練を続けた。

 1944年になると退却中のドイツ軍の支援等に従事、1945年4月にキールの造船所内でイギリス軍の空襲により撃沈された。

 

3番艦アドミラル・グラーフ・シュペー

ポケット戦艦アドミラル・グラーフ・シュペー
(画像はwikipediaより転載)

 

 1936年1月6日に就役し、数ヶ月に及ぶ完熟訓練を大西洋で行った後、1937年5月20日にジョージ6世戴冠記念観艦式に参加した。第二次世界大戦開戦に先立って、シュペーは大西洋に進出、開戦以後は通商破壊作戦に従事した。

 1939年12月重巡洋艦エクゼター、軽巡洋艦エイジャックス、軽巡洋艦アキリーズに捕捉され、ラプラタ沖海戦が勃発、大損害を受けたため中立国であるウルグアイのモンテビデオ港に艦を退避、のちに港外で自沈した。

 

ポケット戦艦 ドイッチュラント級(模型)

 

1/700 ドイツ海軍 ポケット戦艦 アドミラル グラーフ シュペー 1937年

 映画化もされたアドミラル・グラーフ・シュペー号の模型。シュペー号は1936年1月に就役、第二次世界大戦開戦後、イギリス艦隊に包囲され、乗組員を助けるために自沈してしまう。わずか3ヶ月の活躍であったが印象は強い。

 

まとめ

 

 ポケット戦艦という特殊な名称を与えられたドイッチェラント級は、第二次世界大戦前半には通商破壊戦に活躍するものの中盤以降は多くの地域でドイツが制空権を失ってしまったため目立った活動をすることが出来なかったが、明確な目的の下に無駄なく建造された傑作艦であった。

 

関連リンク

次級シャルンホルスト級戦艦

 

↓良かったらクリックして下さい。


ミリタリーランキング