戦艦富士01
(画像はwikipediaより転載)

 

 富士級戦艦はイギリスのロイヤル・サブリン級の改良型で、日本初の近代戦艦であり、当時の新鋭戦艦であった。同型艦は2隻で日露戦争で活躍する。戦艦富士は日露戦後も運用され、推進器を撤去されながらも練習艦として太平洋戦争終戦まで使われ続けた。

 

戦艦富士級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 12533トン
 最大排水量 -トン
 全長 114m
 全幅 22.3m
 吃水 8.1m
 機関出力 1万3500馬力
 最大速力 18.3ノット
 航続距離 7000海里/10ノット
 乗員 726名
 武装 30.5cm砲2連装2基
    15.2cm単装砲10基
    4.7cm単装砲24基
    45cm水上発射管1基
    45cm水中発射管4基
 装甲 舷側45,7cm
    甲板6.3cm
    主砲-cm
 同型艦 2隻

 

特徴

 1880年代に仮想敵国であった清国に対抗するために日本がイギリスに発注した戦艦である。1番艦富士はテームズ鉄工所、2番艦八島はアームストロング社のエルジック造船所で1894年に起工した。本級はイギリスのロイヤル・サブリン級の改良型で排水量は若干少ないものの性能面では優れていた。

 ロイヤル・サブリン級の主砲が30口径34cm連装砲で天蓋の無いオープントップ式であったのに対して本級は新型のアームストロング式40口径30.5cm連装砲が装甲砲塔内に搭載されていた。砲塔の旋回、俯仰は水圧駆動、砲弾の昇降は電動駆動で行われた。発射速度は1発/1.5分であり、斉射後は砲塔を艦の中心線に合わせないと次弾を装填できないという弱点もあった。

 主缶は石炭専焼缶を10基搭載、2軸推進により18.3ノットの速力を出すことが出来た。富士と八島はほぼ同じ設計であったが船体サイズはわずかに富士の方が大きく艦尾舵の装着部の形状、機械室・缶室の通気筒の大きさなども異なっている。

 

建造

 1番艦富士は1894年8月にテームズ鉄工所で起工、1897年8月に竣工した。2番艦八島は1894年9月に起工、1897年9月に竣工した。1番艦富士は竣工に先立って領収、竣工後直ちに日本に回航され10月末に横須賀到着する。八島も9月にイギリスを出発、11月末に横須賀に到着した。

 

戦艦富士級の活躍

 

1番艦富士

戦艦富士
(画像はwikipediaより転載)

 

 1897年10月末に日本に到着した富士は11月に警備艦、12月に常備艦隊に編入される。1898年3月には一等戦艦に類別された。1903年、連合艦隊に配属される(当時の連合艦隊は常設ではなかった)。1904年に日露戦争が始まると富士は主力艦として旅順口攻撃を始め、黄海海戦、日本海海戦に活躍する。

 1912年、一等海防艦に指定され、類別上戦艦ではなくなる。翌年の1913年には練習艦に指定、1922年9月には軍艦籍から除籍、運送艦、さらに12月には練習特務艦となった。その後ワシントン軍縮条約に基づき装甲を撤去、運用術練習艦となった。1923年の関東大震災では救護活動に活躍する。

 1926年には横須賀に係留され定繋練習艦となる。1934年には推進器を撤去、海軍公開学校が創設されると航海学校保管艦となり浮校舎となった。1945年7月連合国軍の空襲により被爆着底する。1945年11月除籍、1948年5月に解体された。

 

2番艦八島

戦艦八島
(画像はwikipediaより転載)

 

 1897年11月に日本に到着した八島は、1898年3月には一等戦艦に類別、1903年、連合艦隊に配属される。1904年日露戦争が始まると旅順口攻撃、旅順港閉塞作戦に参加するが、1904年5月旅順港沖合を航行中、機雷に触雷し総員退艦の後転覆沈没した。

 日本海軍は国民の動揺を防ぐために事実を1年以上も秘匿、日本海海戦直後の1905年6月に喪失を公表する。1905年6月軍艦籍より除籍。

 

戦艦富士級(模型)

 

1/700 日本海軍戦艦 富士

シールズモデルズ

 富士級戦艦の1番艦。イギリス製戦艦で日露戦争では主力艦の1隻として日本海海戦を始めとする各種作戦に参加する。戦後は練習艦となり、太平洋戦争終戦まで使われ続けた名艦である。

 

まとめ

 

 富士級戦艦は当時の日本が宮廷費の削減、公務員の俸給1割減までして購入した新鋭戦艦であった。日露戦争で活躍したが、初戦期に八島は触雷により失われてしまう。しかし富士はその後も活躍を続け日本海海戦の勝利に貢献する。当時の日本を背負った戦艦であった。

 

関連リンク

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