本書は壬申の乱、青野ヶ原の戦い、関ヶ原の戦いという関ヶ原付近で起こった3つの大決戦について時代を超えて、なぜ同じ場所で大決戦が起こるのかというのを解明した書。今はどうか知らないが、私が学生の頃、日本史の世界というのは専門の時代事に分かれ、歴史研究者であっても自分の専門以外の時代については素人同然であった。

 本書の著者は東京大学史料編纂所教授で日本中世史の専門家である。中世史の専門家である著者が古代や近世についての歴史まで言及したというのは評価できる。本書は3つの決戦を個別具体的に詳述するのが中心であり、全体を通しての法則のようなものは終章までは全くと言っていいほど言及されない。しかし終章になると突然、外圧が歴史を動かすことや多神教と一神教、日本の東西対決などが何の根拠もなく語られる。

 

あまりにも事実誤認が多い

 

 個々の時代についても史料や論理に寄らない推論が非常に多い。壬申の乱に関しては専門外なので仕方がないといえば仕方がないが古代史に関する知識不足が目立つ。著者の説のほとんどが無根拠の推論であるだけでなく「天武天皇が最初の固関をした」などの完全な事実誤認もある。7世紀後半には不破や鈴鹿、愛発に関があったことは確認されていない。関の存在が不明な以上固関をしたというのは間違いである。

 それ以外にも「(関ヶ原は)都を守るために関所を置いた防衛拠点になったのです。」という記載もあるが、これも三関の設置理由は史料上記述がないため推測に過ぎない。7世紀後半以降になると「フロンティア」は東北にまで進んでおり、東国は著者の想像するような反乱分子の巣窟ではなく、古代国家の機動軍である防人や鎮兵、皇太子の親衛隊である授刀舎人などの供給地となっている。大海人皇子の直轄領である湯沐邑も東国に置かれていることからも関係の深さが窺われる。むしろ中央の有力者が東国の兵力を頼るために、大海人皇子のように都から三関を抜けて東国で挙兵する危険性の方が高かったのだ。

 実際、764年の恵美押勝の乱の際に愛発関で藤原仲麻呂の東国への逃亡を阻止している。故に関は都を守るための防衛拠点というよりも都から東国への逃亡を阻止する施設としての目的がより重要であり、固関の目的も中央から東国への逃亡阻止という目的がより重要であったとするのが定説である。無論、上記の説もあくまで定説であって絶対の正解ではない。もし上記の説を否定して古くからの定説に回帰するのであればその根拠は示すべきだろう。

 

あまりにも推測が多すぎる

 

 根拠を示す以前に著者は上記のような研究の蓄積を把握していないのではないかという疑念も沸く。そもそもこの時代にあるのは「関」であって「関所」ではない。さらに本書中私が一番謎だったのは以下の部分だ。

 

実は、関ヶ原が壬申の乱によってクローズアップされた戦略上の重要ポイントであることは、今回本書のために調べてはじめて気づいたことです(私以外の研究者がこの説を披歴したことを寡聞にして知りません)。
(『壬申の乱と関ヶ原の戦い』より引用)

 

 まず主語がないので何を言いたいのかが全然分からない。関ヶ原が戦略上の重要ポイントであることならば著者以外にも相当たくさんの人が語っているがこれはさすがに新説とは言えない。全く意味不明なのだ。合戦に動員される兵力の推論にしても関ヶ原の合戦で20万人であるならば、人口も少なく経済基盤も弱い古代や中世に何万人もの兵員を動員することはできず、常識的に考えるならば、青野ヶ原の戦いに動員された兵力は数千人、壬申の乱は数百人であろうと推定している。

 しかし本書では関ヶ原の合戦時の日本の人口を1200万人、古代は600万人と推定している。人口は2分の1なのに、動員兵力が数百分の1減るという計算のどこが常識的なのか疑問だ。中世の研究は専門分野なのだろうが、そこでも推論や推測が多すぎる。以前に論文で論証されているのかもしれないがそれでも学者であるならば根拠は本文中に提示するべきだろう。

 終章の一神教と多神教の考えに至っても「一神教は争いが絶えない」等、何を根拠にそういう結論になったのかは全く不明だ。大量虐殺が起こる理由は「イエスかノーか」だけではない。明確な根拠があっての考えであればそれを提示するべきだし、仮に無根拠で一神教をそのように表現するのであればそれは偏見でしかない。

 外圧が歴史を動かすというのにしても豊臣秀吉の朝鮮出兵のどこが外圧なのだろうか。外圧を受けたのは朝鮮半島の人々だ。東西対決にしてもそもそも立論の土台となる基礎知識の不足や事実誤認が多い上に根拠に乏しい。実証性が乏しい土台に高度な歴史理論を乗せても意味がない。網野善彦氏の研究に影響を受けているのかもしれないが、網野氏は精緻な実証研究を元にした理論であることを忘れてはいけない。

 

あまりにも稚拙過ぎる説

 

 さらに第二次世界大戦後、ソビエトが北から本州に攻め入り、西から来たアメリカと日本を二分する可能性があったことに触れ、西日本が象徴天皇制の日本、東側が大統領制の日本に分裂した可能性もある。としているが、東京にいる天皇がなぜ西日本の象徴天皇になってソビエトの支配下にある東日本がなぜ社会主義なのに大統領制なのかも全く意味が分からない。

 さらに「東大の重鎮の○○先生が言っている」や「権威のある国史大辞典に書いてある」など、やたら権威を持ち出すのも良く無い。重鎮の研究者の説も覆ることもあるし、国史大辞典の記事もひとつの説に過ぎない。権威が正解とは限らない。歴史学者であるならば史料と論理で立論するのが正しい姿だ。本書は全体的に無根拠、推測が多い。専門外の分野にチャレンジする姿勢は認めるが、ほとんどその分野を勉強しないで書いているのがはっきり分かる。

 こと古代史に関しては恐らく古代史側からの反論や批判は来ないだろう。あまりにも内容が陳腐だからだ。wikipediaに書いてある程度のことすら把握していない。同時期に2冊出版するという忙しい中で書いたのだろうがさすがに内容が稚拙すぎる。著者の本は本書以外に読んだことはないが、専門の研究分野に関しては東京大学史料編纂所教授の名に恥じないものであると信じたい。

 

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