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流星03
(画像はwikipediaより転載)


 流星は戦闘機、爆撃機、攻撃機の3機種の機能を全て兼ね備える万能機として設計された。戦争後期に生産され実戦にも参加したが、ほとんど活躍することなく終戦を迎えた。基本性能だけを見れば世界最高級の航空機であるが、エンジンの不調や各種不調に悩まされた航空機であった。

目次



  1. <性能>

  2. <概要>

  3. 評価

  4. 生産数

  5. まとめ


 

<性能>



全幅 14.4m
全長 11.490m
重量 自重3810kg 過荷重6075kg
最高速度 566km/h
上昇時間 6000mまで10分20秒
実用上昇限度 11250m 
航続距離 正規状態1852km
     爆撃過荷重2982km
     雷撃過荷重2980km
武装 20mm機銃2挺
   13mm機銃1挺
   魚雷1
   800kg爆弾1
   500kg爆弾1
   250kg爆弾2
   60kg爆弾6

 

<概要>



 昭和16年、愛知飛行機に対して十六試艦上攻撃機の名で雷撃、水兵爆撃、急降下爆撃の三用途に使用できる高性能艦上機の開発を命じた。昭和17年1月から本格的な設計が開始され、昭和17年12月1号機が完成、初飛行が行われた。


 完成した流星は予想以上に重量があり、さらには誉エンジンのトラブルやその他故障が頻発し、量産に入ったのは昭和19年4月であった。その後も東海地震や空襲などにより生産は捗らなかった。試作機は増加試作機も含め9機(8機の可能性あり)が製造され、これらは試製流星と呼ばれ、その後の量産型は流星改、または流星11型と呼ばれた。

 

評価



 スペックとしては世界最高性能と言って良い機体であったが、誉エンジンの不調や油圧系統のトラブル泣かされ、稼働率は低かった。流星は実戦にも参加したが戦果は不明である。


 流星の実戦部隊が編成されたのが昭和20年3月であり、初の実戦が7月24日で、英国機動部隊に対するものであった。戦果は不明であるが、111機製造され、終戦時の残存機が58機と大きく消耗していた。戦闘で撃墜されたものは15機で、その他の消耗の理由は不明である。

 

生産数



 愛知飛行機で試作機1機、増加試作機8機、量産機82機、大村の第21航空廠で約20機の合計111機が製造された。終戦時には58機が残存している。


 

まとめ



 流星は戦闘機、爆撃機、攻撃機の全てを合わせた万能機となる予定であったが、あまりにも計画が理想的に過ぎた。海軍の性能要求は、当時の日本の技術力を大幅に超えたものであり、その上登場時期も遅すぎた。機体設計は素晴らしかったが、他の戦争後期の日本機同様にエンジンの不調に泣かされた機体でもあった。しかし、工場の工作精度の低下や空襲が頻発したこの時期に至ってはどのような航空機であっても高性能を発揮することは出来なかっただろう。

2019年7月4日初稿。

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