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銀河01
(画像はwikipediaより転載)


 陸上爆撃機銀河は、海軍唯一の陸上爆撃機である。その設計製作は日本最高の技術を誇った空技廠が行った。結果、当時の新鋭戦闘機よりも高速であり、新鋭爆撃機よりも長大な航続距離を持つという当時の水準をはるかに凌駕した超高性能機であった。しかしエンジンの不調や粗悪乱造によりその高性能を発揮することなく消えていった悲運の航空機であった。

目次



  1. <性能>

  2. <概要>

  3. 11型

  4. 11甲型

  5. 仮称銀河11乙型

  6. 仮称銀河11丙型

  7. 仮称銀河12、13、14型

  8. 仮称銀河21型(夜戦白光

  9. 極光

  10. 16型

  11. その他

  12. 生産数

  13. まとめ


 

<性能(試作機)>



全幅 20m
全長 15m
重量 自重7265kg
最高速度 567km/h
上昇時間 −
実用上昇限度 9400m 
航続距離 5371km
武装 20mm機銃2挺
   800kg爆弾1発または500kg爆弾2発、もしくは250kg爆弾2発。

 

<概要>



 銀河は海軍航空技術廠、通称空技廠によって計画された、当時の航続距離世界最高性能を狙った機体で、当初は純粋な実験機Y-20として計画されていた。その計画が進行していた最中、爆弾1トンを搭載し、航続距離5600kmの急降下爆撃機という意見が出たことにより、Y-20は海軍初の陸上爆撃機として開発されることとなった。


 具体的には当時の最新鋭戦闘機である零戦並みの速度、同じく新鋭の一式陸攻並みの航続距離の両立を狙った野心作で正式な計画要求書が提出されたのが昭和15年末だったことから十五試双発陸上爆撃機と呼ばれるようになった。


 特徴としては、これまでの陸攻の操縦席が正副操縦士が左右に並列に並ぶ方式であったが、高速を出すためには胴体は、重量軽減や空気の抵抗の点から細い方が好ましかった。このため、十五試双発陸上爆撃機は自動操縦装置を設けた上で、操縦席を縦列に並ばせることとし、胴体の幅が一式陸攻2mに対して1.2mに縮小することが可能となった。


 縮小された胴体は空気抵抗の少ない流線形でまとめられ、主翼も理想的なアスペクト比が設定された。しかしこの計画された高性能を引き出すためのエンジンは当時、該当するものが無かったため、試験機に試験エンジンを使わないという禁を破って、当時試験中であった十五試ル号エンジン(のちの誉エンジン)が採用された。


 これら最新の技術が注ぎ込まれた、十五試双発陸上爆撃機は、昭和17年6月に1号機が完成する。試作機は、多少のトラブルがあったものの性能は期待通りのもので、最高速度も当時の最新型の零戦32型を上回る566.7km/hを記録、航続距離も初期の一式陸攻を1000km以上上回る5371kmを記録した。間違いなく当時の水準を超えた高性能機であったといえる。


 生産は昭和18年8月から中島飛行機小泉工場で行われるが、当時、日本最高の技術力を持つ空技廠が製作したものと同等の能力を持つ機体を作ることは中島飛行機であっても困難であった。そのため設計変更が続き、さらには戦訓等に基づく用兵者側からの改修要求が次々と出されたことから生産は困難を極めた。


 それでも昭和19年9月20日には制式採用前であったがプレスリリースされ、10月には陸上爆撃機銀河として制式採用された。

 

11型



 試作機3機のみは集合式排気管であったが、4号機以降は推力式単排気管に改められている。エンジンは誉11型もしくは12型で、機体設計の微妙な変更や装備の違いがある。後期型は、夜間飛行時の内面反射が問題となったため局面ガラスから角ばったものに設計が変更されているのが大きな違いである。


 

11甲型



 甲型は、後上方銃を二式13mm旋回機銃に変更したもの。二式13mm旋回機銃はドイツラインメタル社系統の13mm機銃。

 

仮称銀河11乙型



 甲型の後上方銃を四式13mm連装上方銃架に変更したもの。四式13mm機銃はアメリカブローニング社の系統の13mm機銃。この銃架は動力式で四式中型動力銃架とも呼ばれた。

 

仮称銀河11丙型



 乙型の前方銃を二式13mm旋回機銃にし、レーダーを搭載したもの。武装は前方二式13mm機銃。後方四式13mm機銃と、ともに13mm機銃となっている。

 

仮称銀河12、13、14型



 12型はエンジンを誉23型(2000馬力)に換装したもの、13型は複数の説があり、誉21型(2000馬力)に換装したもの、またはツ11型ジェットエンジンを胴体下面に搭載した実験機である。14型は三菱のハ-43(2200馬力)に換装したもの。

 

仮称銀河21型(夜戦白光)



 銀河を夜間戦闘機に改修したもので、後席の直後に20mm二号4型連装斜め銃を2基、合計4挺を装備したもの。携行弾数は各150発。完成は昭和19年6月以前で空技廠によって製作された。最高速度550km/h、上昇時間が5000mまで8分30秒、上昇限度10200m、航続距離2963km、過荷重では6019kmであった。しかし誉エンジンの不調のため後に火星25型エンジンに換装されている。武装も改修された。

 

極光



 川西飛行機によって製造された銀河の夜間戦闘機型。エンジンが火星25型エンジンに変更された他、武装が20mm斜め銃2挺、20mm旋回銃1挺に変更された。性能は、最大速度522.3km/h、5000mまでの上昇時間が9分23秒、実用上昇限度9560m、航続距離が過荷重で3981.6km。97機製造された。

 

16型



 極光の速度がB-29 を迎撃するには不適当と判明したことから極光の斜め銃を廃し爆撃機型に再設計したのが16型である。16型には甲乙丙型があり、武装は11型の甲乙丙と同様である。

 

その他



 16型のエンジンを火星25型丙に換装した17型、胴体下面に20mm機銃20挺を装備したB-29 基地攻撃用が30機製造されている他、胴体下面に20mm機銃12挺を装備した襲撃機型も存在したという。さらに桜花22型母機型、鋼製実験機、エンジンをハ-43に換装した銀河33型も計画されていた。

 

生産数



 試作機3機のみ空技廠で製作された。総生産数は1002機、または1008機と言われる。ほとんどが11型であるが、極光が97機あり、基地攻撃用に改造された11型が30機存在する。

 

まとめ



銀河は空技廠が設計した当時の水準を大きく超えた傑作機であった。爆撃機でありながら、試作機完成時点での新鋭戦闘機零戦32型の最高速度を20km/h以上上回り、航続距離も同じく当時最新鋭であった一式陸攻を1000km以上上回っていた。


 しかしこれは日本最高の技術を誇る空技廠が設計製造したもので、エンジンも初期の熟練工により組み立てられた高品質の誉エンジンを使っていた故の高性能であった。しかし基礎技術力が低かった日本では量産機でその高性能を維持することは不可能であり、さらに熟練工を無造作に兵隊として戦地に送り込み、代わりに「素人」の工場動員によって製造を行わせた軍首脳部の人的ミスの結果でもあった。


 基礎技術が低い上に素人により製造された銀河は粗悪乱造された低性能の銀河は、人命軽視によるパイロットの消耗を補填するために速成教育された経験不足の搭乗員により運用され戦場に消えていった。


 技術を含む学術は全体の水準が高いことが重要であり、その時代、その瞬間に求められている一分野の学術が高いだけでは意味を為さない。これは全ての分野においていえることだ。同時に管理者による合理的な采配がどれほど重要なのかも分かる。


 世界最高性能の傑作機であり、試作機の高性能が量産機にも維持されていれば戦局を大きく動かしたかもしれない陸爆銀河の歴史は、進歩には、学術、生産、運用の総合力が必要であることを物語っている。

2019年7月2日初稿。


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