不定期更新です。 更新は気分次第でーす(^_-)

二式大艇01
1998年船の科学館にて撮影



 二式大型飛行艇、通称二式大艇は太平洋戦争当時、世界最高性能の飛行艇であった。離水する時に発生するポーポイズ現象(水面をぴょんぴょん跳ねて水面に突っ込んでしまう現象)という問題はあったが、速度、航続距離などどれをとっても世界一の飛行艇であった。

目次

  1. <性能12型>
  2. 概要
  3. 11型
  4. 12型
  5. 22・23型
  6. 晴空32型
  7. 生産数

 

<性能12型>



全長28.13m、全幅38m
全高9.15m
全備重量24500kg
最高速度11型433km/h、12型454km/h
航続距離 11型7153km、12型8223km
武装 11型20mm機銃3挺、7.7mm機銃3挺、12型20mm機銃5挺、7.7mm機銃1挺。

二式大艇02

 

概要



 二式大型飛行艇は、十三試大型飛行艇として、昭和13年8月21日、海軍によって試作が発令される。川西飛行機は、昭和15年12月末1号機を完成。12月30日初飛行に成功する。離水時には若干の問題があったが、飛行性能は良好であり、年度末の昭和16年3月26日、軍に領収された。


 そして昭和17年2月5日、二式飛行艇11型として制式採用された。試作は、試作機1機、増加試作機4機が製造された。増加試作機の4機は量産型同様11型と呼ばれる。武装は機首部、中央上面、尾部、左右側方、下方の6ヶ所に設けられており、機首と中央上面、尾部は20mm機銃で動力式、中央上面銃座は一式大型動力銃架21型、尾部は一式動力銃架31型である。


 側方銃座は水滴形風防を取り外し7.7mm機銃1挺を出す。射界は広く確保できていた。下方銃座は7.7mm機銃1挺を装備しており、これらとは別に4ヶ所予備銃座があった。さらに4ヶ所に機銃取付設備がある。指揮官の指示によってこれらの銃座に7名の射手が配置についた。


 雷爆撃兵器は、魚雷であれば、800kg航空魚雷1本、爆弾であれば、最大搭載量1500kgで、800kg爆弾なら2発、250kg爆弾なら8発、60kg爆弾なら16発を搭載できる。


二式大艇03

 

11型



 試作機を改良して2号機以降5号機まで増加試作機が製作された。これらは艇首が1.3m延長され、1530馬力火星12型エンジンに変更。同時に排気管が集合式から推力単排気管に変更。垂直尾翼が段違いになっていたものを普通の形に改めた。上部銃座の風防が水滴形から球形に変更された。6号機以降の量産型とともに11型と呼ばれる。最高速度433km/h。


 実施部隊に配属された後、離水滑走時、機体が縦揺れを起こす現象であるポーポイズ現象を起こしやすいことが判明したが、研究により、艇体を水面5度の角度に保つことによってポーポイズ現象を防げることが判明したため、ピトー管と風防前面にマークを入れこの二つのマークが重なるようにすれば5度の姿勢が保てるようにした。


二式大艇03

 

12型



 昭和18年6月26日には、エンジンを1850馬力火星22型し、機体を若干修正した12型が制式採用された。この型の武装は機首20mm機銃が完全に電動式に改められ、側方の7.7mm機銃も20mm機銃に換装された。後期の12型は側方銃座の形も変更された。最高速度454km/h、12型は112機製作された。
 

22・23型



 この他、実験的に二式飛行艇22型、23型が製作された。
22型は12型の翼端フロートを外側へ引き上げられるようにした他、フラップをファウラー式に改め装甲も強化された。この22型は昭和17年に2機のみ製作された。のちにエンジンを火星25乙型に変更し23型となった。つまりは2機の22型が2機とも23型に改造されたので製作数は2機である。23型は801空へ配属された。


二式大艇04

 

晴空32型



 輸送機型も計画され、昭和18年初め海軍より川西飛行機に指示された。二式大艇1号機を輸送機に改造41名分の座席が設置された。エンジンは火星11型のままであったが、排気管は推力式単排気管に変更、銃座は撤去された。この機体は昭和18年11月軍に納入、のち横須賀鎮守府に配属された。


 さらに昭和18年11月、12型の輸送機型である晴空32型が完成した。晴空32型は、中央上面銃座、側方銃座が撤去され、艇内には個人用ソファー29名分、またはベンチで64名分の乗客を乗せることが出来た。最高速度420km/h。総生産数は改造機を含めて36機。


二式大艇06

 

生産数



 二式大艇の生産は、昭和15年に1機、16年に3機、17年に13機、18年に80機、19年に33機、20年に1機で総計131機。型別では11型が16機、12型が112機、22・23型が2機製造された。晴空32型は、昭和18年に11機、19年24機、20年1機。改造型も含め合計36機である。


 終戦時、二式大艇5機、晴空6機が残存していたが、連合軍から機体の引き渡しが要求された時には3機に減少していた。現存しているのは米国に引き渡された1機のみ。1978年に船の科学館が引き取り、現在は海上自衛隊鹿屋航空基地資料館に野外展示されている。ブログ内の画像は、ブログ管理人が船の科学館に展示されている当時に撮影したもの。

2019年6月8日初稿。


↓良かったらクリックして下さい。

ミリタリー(模型・プラモデル) ブログランキングへ