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零式観測機
(画像はwikipediaより転載)


<性能>
全長9.5m
全幅11m
全高4m
全備重量2.550kg
最高速度370km/h
航続距離1070km
武装7.7mm固定機銃2門、7.7mm旋回銃1門


 零式観測機とは艦砲の弾着観測専用に開発された航空機で全金属製の最後の複葉機である。太平洋戦争は主力艦同士の砲撃戦から航空機を中心とした戦術に移行していたため本来の弾着観測に用いられることはなかったが、高い格闘戦能力から船団護衛や対潜哨戒などに活躍した。複葉機でありながらしばしば戦闘機を撃墜した。戦闘機だけでなく単機でB-17撃墜記録すらある特異な航空機である。


 零式観測機は、昭和9年、愛知、川西、三菱の3社に十試観測機の名で試作が内示されたことに始まる。さらに昭和10年3月計画要求書が愛知、三菱に手交された。観測機はその性格上、敵艦隊付近を飛行して弾着観測をするため敵戦闘機の妨害を排除する必要があった。故にこの零式観測機には格闘戦性能も要求された。


 三菱は佐野栄太郎技師を主務者として開発を開始した。複葉機としたのは複座でありながら戦闘機並みの格闘戦性能を要求されたためであった。昭和11年6月9日1号機が完成する。6月22日初飛行。飛行試験で方向安定が極端に不足していることが判明した上、水上曳航中に転覆など問題が多発。数次にわたり改修を行った結果、昭和12年3月、海軍に領収された。


 しかし、軍のテストで垂直旋回中と宙返り中に自転が発生するという問題が判明する。これに対して佐野技師は、垂直尾翼と方向舵の面積を増大させることで解決した。十試観測機は、エンジンに光1型を装備していたが、ちょうどこの頃、三菱で800馬力エンジン瑞星が実用化されたため、2号機のエンジンを瑞星に換装した。


 この結果、最大速度は37km/h、5000mまでの上昇時間は約2分短縮されたため以降は瑞星を装備した。瑞星換装の十試観測機は当時の現用戦闘機である九六艦戦との比較テストで総合的には互角と判定されたほどで、水上機としては異例の高性能であった。


 昭和15年12月12日、零式1号観測機1型として制式採用された。生産は三菱で昭和15〜18年の間に524機生産された他、佐世保の第21海軍航空廠で594機、合計1118機生産された。さらに試作機が4機製造されているので総生産数は1122機である。


 バリエーションはほとんどなく、零式観測機11型と練習機の仮称零式練習用観測機の2種類だけである。但し、生産時期によって若干仕様が変更されている。初期の生産分はプロペラが二翅でスピナ無し、後期はプロペラが三翅でスピナが装着されている。因みに零式観測機の操縦席の風防は解放式であるが、試作機のみは操縦席が密閉式風防になっている。


 武装は機首に7.7mm固定銃2挺、装弾数各400発。偵察席に92式7.7mm旋回機銃1挺、装弾数582発。爆弾は30kgまたは60kg爆弾2発を翼下に搭載できる。観測機という性格上、91式観測鏡という弾着観測専用の観測装置を持っていた。

2019年6月5日初稿。

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