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晴嵐02
(画像はwikipediaより転載)


 晴嵐は太平洋戦争後期に開発された日本海軍で唯一の水上攻撃機である。攻撃機とは水平爆撃と共に雷撃ができる機種のことで、爆撃のみの機種は爆撃機と呼称された。水上攻撃機とは水上、すなわちフロートを持つ水上機であり、なおかつ雷撃が可能な航空機ということである。この機は一般に「潜水空母」と呼ばれる伊400型潜水艦用に開発された機体であった。


 昭和17年5月15日、海軍は、極秘裏に愛知航空機に十七試攻撃機の開発を指示した。愛知航空機は、昭和18年5月初めに試作設計に着手。昭和18年11月1号機が完成する。この晴嵐も数百機単位での量産化が計画されており、計画では、昭和19年度に100機、昭和20年度に120機生産する計画だったという。


 しかし、実際完成したのは、試作機・増加試作機8機、生産機が20機の合計28機のみであった。この中の2機(試作6号機と7号機といわれている)は、陸上機型に改修されている。これは試製晴嵐改と呼ばれる。


 一般には、この陸上機型晴嵐は南山と呼ばれているがこれにはいくつか説があるようだ。一つが晴嵐を「南山」として陸上攻撃機として使用する計画であった説。もう一つはそもそも十七試攻撃機は「南山」と呼ばれるはずであったが、「南山」は「難産」に通じるため晴嵐と改めた説。さらに、フロート付きの機体を晴嵐、陸上機型と車輪なしでカタパルト射出式のものを南山と呼んだ説などがある。


 燃料タンクは翼内に8個のタンクを持ち、さらに74Lの集合タンクを持つ。総容量は962L。エンジンは初期のものは、1100馬力液冷式熱田21型エンジン。それ以外は1400馬力液冷式熱田32型エンジンを装備する。熱田21型エンジンを装備した機体は初期の極少数のみであるという。何機が熱田21型エンジンを装備した機体なのかは不明。


 最高速度は熱田21型エンジンを装備した機体が時速380km(フロート装着時)、4000mまでの上昇時間が8分36秒、航続距離2000km、熱田32型エンジンを搭載した機体は、最高速度486km(フロート装着時)、3000mまでの上昇時間が5分55秒、航続距離1111kmである。このスペックは愛知航空機側と海軍側の資料で若干異なっている。


 因みに晴嵐はフロートは投棄することも可能であり、魚雷や800kg、250kg爆弾を装備した場合は、フロートを外す予定であった。投棄した場合は速度が85km増大し、最高速度559kmに達する見込みであった。


 武装は250kg爆弾2発または800kg爆弾1発、または91式改三強航空魚雷1本が搭載できた。さらに固定武装としては後席に二式13mm旋回機銃1挺を搭載している。


 潜水艦が浮上してから射出するまでは3分程度であったといわれている。伊400に搭載されている3機全部を射出するには10数分を要した。射出した3機を回収するのには30分以上が必要であった。
終戦により伊400、伊401に搭載されていた晴嵐は海中に投棄されたようだ。戦後、1機が米軍に接収された。その1機のみが現存している。


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