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零式小型水偵
(画像はwikipediaより転載)


 零式小型水偵とは、潜水艦に搭載された小型偵察機である。世界で唯一米本土を爆撃した航空機でもある。この零式小型水偵は、昭和11年6月5日、性能標準が軍令部から海軍省に示されたことから始まった。


 昭和12年、第三次補充計画で潜水艦の大幅増強が行われることとなった。同時に、その新潜水艦用として潜偵の開発も計画された。これが十二試潜偵でのちの零式小型水偵である。この開発はメーカーではなく空技廠によって行われている。


 昭和13年に1号機が完成。発動機は340馬力天風発動機12型で木金混合製の骨組みに羽布張り、金属製のフロートを装備していた。昭和15年12月17日に制式採用される。当初は零式一号小型水上機と呼ばれていたがのちに零式小型水上機11型と改称した。


 初期型は最大速度246km、巡航速度157km、航続距離882km、後期型は最大速度239km、巡航速度167km、航続距離982kmで、武装は7.7mm旋回銃1挺、他小型爆弾を搭載できる。生産はのちに震電を開発したことで有名な九州飛行機で行われた。


 総生産数は126機で、他に試作機2機、増加試作機10機が製造された。これらを含めると138機が生産されたことになる。因みに各部を再設計した改良型の零式二号小型水偵も存在する。この零式小型水偵は太平洋戦争において、2回の米本土爆撃を含め、58回の偵察行動を行った(54回とする説もある)。


 最初の作戦は開戦前の昭和16年11月30日で、フィジー諸島のスバ港の偵察が最初の偵察であった。以来、北はキスカ島偵察、南はオーストラリア、西は北米、東はアフリカ大陸と広大は空域で偵察を実施した。もしかしたら日本軍機で最も広範囲に活動した航空機であったかもしれない。


 昭和17年9月には、藤田信雄飛曹長操縦の零式小型水偵が、オレゴンの森林地帯に焼夷弾による爆撃も行っている。これが世界で唯一の米本土爆撃といわれている。そして昭和19年6月12日、伊10潜機がメジュロ環礁の偵察飛行をしたのが潜偵の最後の偵察であった。終戦時には17機が残存。現存機はないものと思われる。










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