一般に「アイヒマン実験」といわれる心理学の古典的実験について書かれた本である。アイヒマンとはナチスドイツ時代にホロコーストに関係した人物でユダヤ人輸送に指導的役割を果たした人物だ。アイヒマンが世間を驚かせたのは彼は凶悪なサディストなどではなくごく普通の官僚であったことだ。ユダヤ人虐殺も上部からの指示で淡々とこなしていた。
ここから誰でも一定の条件下であれば残虐行為を起こしうるのではないかという疑問が提示されたのだ。そこでミルグラムは実験をする。それは人が権威というものに対してどれほど従順なのかを証明することになった。被験者は新聞広告で心理学の実験の参加者として集められた。職種、年齢、性別はまちまちだ。そしてイェール大学で試験が行われる。会場では電気椅子に座らされた人と心理学実験の指示者がいる。
一般の参加者は電気椅子に電流を流す役をやらされる。参加者がボタンを押すと電流が電気椅子に流れる。電気椅子に座らされた人が悶絶するが、指示者はもっとやれという。実は電気椅子には電流は流れておらず座っている人は電気ショックを受けているように演技をしている役者だ。この試験は指示者という権威の指示で参加者はどこまでの電流を流すのかを見るものだ。要するに目の前で苦しんでいる人がいるという現実と権威の指示のどちらが優先されるのかという実験なのだ。
その結果、恐ろしいことに多くの人は指示者の指示通りに高圧電流を流す。最高は450ボルトだが、何と40人中37人が450ボルトまで指示通りに流したのだ。人間とは権威に対して従順であることが実験によって証明される。これは社会的生き物としての人間が社会を円滑にするため生命に組み込まれているものだと分析する。
権力への服従を拒否した人々
この実験の中で面白いのは、電流を流すことを拒否した少数の人だ。そのうち一人は旧約聖書の文献学の教授だ。指示者に対して全く気圧されず反論する。彼は指示者を鈍重な技術者としてあつかっている。つまり、彼にとっては権威とは神でありイェール大学というのは権威足り得ないのだ。だが彼も逆に言えばより大きな権威に従っているといえる。
他にはドイツ人の医療技師の女性が指示を拒否する。皮肉にも彼女は若き日々をナチスドイツのプロパガンダの下で送ってきた人であった。そして従順に指示に従った人、拒否した人がいるが、その後、心に重荷を感じるのは拒否した人だという。道徳的に正しいことをしたとはいえ、自分が引き起こした社会的秩序の破壊に困惑するのだった。
本書が特に素晴らしいのは、このミルグラムの実験に対する訳者の批判である。この有名な実験に対して鋭く問題点を指摘している。これが秀逸だ。この実験自体は有用な実験であるが、この有名な実験を無批判に受け入れることはまさに権威に盲従することに他ならない。巻末の訳者の批判まで含めて本書は完全なものとなる。
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