ほとんど注目されることのない特殊潜航艇についての本。著者は元海上自衛隊の潜水艦艦長でこれ以上ない位の潜水艦の専門家である。本書はまず潜水艦の能力の評価の基準を説明し、その基準に特殊潜航艇がどれほど当てはまっているのかを検証する。私は特殊潜航艇というのは二人乗りの小回りの利く水中モーターボート位のイメージを持っていたが実際は舵の効きが悪い上に視界も悪く通信手段も乏しいという搭乗員には残酷な乗り物だった。

 特殊潜航艇、甲標的は改良が加えられる毎に性能が良くなっていくが、最後まで搭乗員生存率の低い危険な兵器であった。甲標的は真珠湾攻撃、シドニー攻撃、マダガスカル島攻撃、ガダルカナル島、フィリピン、沖縄戦で使用される。甲標的は、推進器の前に舵があるという構造上の理由から舵の効きが悪い。このため港湾攻撃のように精密な操艦が求められる攻撃は不得手であった。真珠湾攻撃は著者の判断では全部失敗、海兵68期の酒巻少尉が捕虜になった以外は全員死亡した。

 実はこの時、著者の見解とは異なるが、特殊潜航艇は全艇が真珠湾内に侵入し、そのうち一隻が放った魚雷が戦艦に致命傷を与えたという説があるのを紹介しておく。この真珠湾攻撃時、甲標的の一隻が米駆逐艦ウォードにより爆雷攻撃を受けている。これが実は南雲機動部隊が真珠湾攻撃を行う前だったという。先制攻撃をかけたのは米軍だったというのは驚きだった。

 シドニー攻撃、マダガスカル攻撃では戦果を上げたが搭乗員は生還しなかった。舵の効き以外にも特殊潜航艇はトリムの調整が難しい上に魚雷を発射するとさらにバランスを崩す。荒れた海では視界も確保できなかった。唯一、特殊潜航艇の能力が十分に発揮されたのはフィリピンでの戦闘であった。フィリピンでは特殊潜航艇の司令官が特殊潜航艇の特性をよく理解しており、戦闘も内海で行われた。結果、搭乗員の生還率は高まり、何度も出撃することができた。

 本書ではその他、回天や運貨筒にも言及するが、どれも生還率が低く(回天に至っては皆無)ほとんど特攻と変わらないものだ。潜水艦搭載の零式小型水偵にも言えることだが、これらの兵器はあまりにも搭乗員の命を軽視し過ぎだろうと感じた。特殊潜航艇は本土決戦のために各地に温存されたが、特殊潜航艇に期待をかけるほどに日本海軍の戦力は払拭していたといえる。だが、この温存された特殊潜航艇が仮に本土決戦が行われたとして活躍したかというと微妙だ。あたら若い搭乗員の命を消耗するだけでなかっただろうか。

 




 


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